第六二話 元気じゃない元気なドラゴン
下級鬼のコアが頭にあるというのは、もしかして『鬼の首を取った』だなんて言葉が由来だったりするのだろうか?
いやいや異世界だし、そんなはずはないのだろうけれど。元日本人としては、そういうところに因果関係をこじつけたくなるものだ。これも一つの郷愁なのだろうか。
さて、ノシノシと通路の先から近づいてくるモンスターは下級鬼が三体。
対してこちらは、実力も定かではない手負いの冒険者が四人と、私という戦力。
無闇に彼らへ実力を知らしめるというのは、正直リスクもある。下手をするとまた変な目立ち方をしかねないし。
しかし共闘する相手を理由に手加減をするというのは、それはそれで本末転倒。冒険者には、同業者の情報を気安く他言してはならない、というような暗黙のルールもあることだし、ここは私が引き受けてしまってもいいだろう。
「ちっ、お前ら行けるか!?」
「ごめん、あたいはさっきの戦闘で得物がイカれたっ」
「私はやれるよ!」
「仕方ねぇ、二人で行くぞ……! すまねぇが、あんたも出来れば力を貸してくれ!」
「え、あ。盛り上がってるところ申し訳ないんですけど、あのくらいなら私だけで対処できるので、皆さんはここで休んでてもらえませんか?」
「な……無茶だ! あんたDランクなんだろう!? いくら実力があるとは言え、相手が悪い!」
相手が悪いとは、異なことを言う。
それらを相手に出来なければ、こんな所をうろついているはずもないだろうに。って、さっき自分で逃げ隠れが得意なだけだと語ったばかりだったっけ。
彼らが万全ならその通り、逃げ隠れでお茶を濁してもいいのだけれど、しかしわざわざ助けた相手にまた怪我をされたのでは、二度手間になってしまうからね。
ここは私が受け持たせてもらう。
「まぁ、もし私が危なくなったなら、その時助けに入ってもらえればいいので。それまではじっとしていてください」
返事を待たず、私は通路の先から姿を見せた鬼たちへ小走りで駆け寄り、そして捕捉されるよりも前に隠密で姿を隠した。
現在の装備は、彼らに治癒魔法を施すことを想定しての、魔法運用に適したコーディネートとなっている。
勿論換装を用いれば、即座に別のスタイルへ切り替えることも出来るのだけれど、他人の目がある今回それは避けたい。まぁ、隠密で隠れたから私の姿を捉えられているかは定かじゃないが、念の為にこのまま魔法戦を仕掛けようと思う。
とは言え目新しいことはしない。比較的いつも使っている手段を用いれば、多少手の内が知られても困りはすまい。寧ろ私の十八番だと思ってもらえたら、もし何かあった際意表を突く布石にもなるし。
ということで、私は特大アクアボムを生成。下級鬼たちの中心に放り込むと、一気に爆ぜさせた。
局所的な洪水を思わせる、全方位へ向けた鉄砲水は容易く鬼たちの体勢を崩し、体を強かに打ちつけ、床や壁へ激突させた。
そして、そこへフリージングバレットによる氷結。
更に今回はここからもう一手加える。普段なら後はオルカかココロちゃんに丸投げしてしまうのだけれど、今回は自分でとどめを刺さねばならない。
ということで、私は隠密を解くこと無く三体の下級鬼それぞれの頭部へ、急いで触れて回った。と同時に、魔法をかける。
フリージングバレットのもととなった、よりシンプルな魔法。その名もフリージング。
触れたものを凍りつかせるというそれは、バレットにするよりも氷結力が高い。
それを直接施せば、触れた部分を凍らせるくらいどうということもない。
後は仕上げに、最近開発した魔法。
飲み物に氷を入れる際、氷塊を砕くのに使ったとてもシンプルな魔法だ。
凍ったものを砕く。それだけの、簡単で、単純で、そして……致命的な魔法。
「クラッシュ」
瞬間、三体の鬼の頭部はボゴンと崩れ落ち、直ちに黒い塵へと還るのだった。
MPの消耗も、総じて大したことはなく。というのも実は、かねてよりMP量の調整を訓練していた結果、とあるスキルを獲得するに至ったためだ。
必要最低限のMP消費量でモンスターを倒す訓練、というのをひたすら続けた。その結果、【魔力制御】なる新しいスキルが生えてきた。これにより、最適効率を求めやすくなったわけで、今回も戦果の割にコスパはとてもいい。
例えば最後に使ったクラッシュ一つとっても、普通に使うと大体等分の大きさで氷を砕くのだけれど、MPを削減すると大きさがまちまちになるだけで、砕けるという結果に違いはないのだ。戦闘においては、氷の砕け方なんていうのにそれ程こだわる必要はないため、MPを費やすだけ勿体ない。だから節約しても良い。
というように、削れるところは削り、盛るところは盛ることで、魔法をより効率よく運用できるようになったわけだ。
十秒足らずで決着はつき、隠密を解いて四人のもとへ戻った。
意識も曖昧な元重傷お兄さんはともかく、他の三人はぽかんとした顔でこっちを見ている。私が近づくと、ビクッとして表情を強張らせた。
え、何なのだろうその反応は。
「終わりましたよ。後は皆さんだけで大丈夫ですか?」
「……あ、ああ。世話になったな」
「構いませんよ。それより謝礼、用意しておいてくださいね?」
「ひっ、わ、わかった! ちゃんと準備しておく!」
「? はぁ、それじゃぁ私はもう行きます」
妙におどおどしたリーダーのお兄さんを不審に思いつつも、私は四人に別れを告げて隠密を発動。
そのままオルカたちの待つ場所へと戻るのだった。
★
『元気なドラゴン』はB・Cランク冒険者で構成された、中堅に片足を突っ込んでいる冒険者PTである。
槍使いのリーダー、ボルタスはBランクであり、その実力もさることながら、持ち前の面倒見の良さやリーダーシップで、男女混成という扱いの難しいPTをうまく纏めており、結果彼らのチームは実力派PTとして認知され始めていた。
そんな彼らはある日、最近発見されたばかりのダンジョンへと挑んだ。担当の話によると、どうやらこの辺りでは滅多に出会う機会のない、鬼という種類のモンスターが出るとか。
これも経験だと考え、彼らは勇んで件のダンジョンへ向かったのである。元気なドラゴンという、名前が残念なPTは、しかしその名前に違わず前傾姿勢を常とするPTだった。倒れる時は前のめり。それが彼らのスローガンである。
彼らを見守る受付嬢は、今日もハラハラとその背中を見送るのだった。
そして彼らは歯ごたえのあるモンスターたちとの激戦を繰り返し、まだ行けるまだやれると、奥へ奥へ進んでいった。
が、第二階層で道に迷った挙げ句、下級鬼の集団に囲まれてボコボコにされてしまった。
鬼は厄介なのだ。小細工なしに、単純にフィジカルが強い。しかも自己再生能力が強力で、ダメージを与えてもすぐに回復してしまう。
これまでは集団に出遭うこと無く進んでこれたから良かったものを、ここに来ての団体さんだ。十体近くの下級鬼に、彼らは為すすべもなく撤退戦を強いられるのだった。
命からがら逃げ切りはしたが、状況は最悪。
相変わらず道は分からないし、殿を務めて重傷を負ったタンクのマキシは危険な状態だ。回復薬はとうに使い果たし、半ば途方に暮れていると言っていい。
そんな状態でも、モンスターとエンカウントすれば容赦なく戦闘が始まってしまう。
死物狂いでそれらを突破し、絶望の縁をひたすら彷徨い続けていると、不意に背後から何者かが接近する気配がした。
もう勘弁してくれという弱音を必死に踏み潰して、全員で警戒態勢に入る。そうして振り返ってみると、しかしそこにはぽつんと一人、冒険者と思しき人が歩いてくるのみだった。
モンスターではなかったことから気を抜きそうになるも、ダンジョンの中は無法地帯。質の悪い冒険者は、あからさまに弱っている自分たちを見て、良からぬことを考えるやも知れない。そして目の前のそいつがそうでないとは限らない。
「止まれ!」
ボルタスは鋭くそう発し、警戒心を顕にした。だが、敵意までは向けない。
誰何しようとし、しかしその姿をよく見てみると、どうにも見覚えがあることに気づいた。
Aランク冒険者、野良シスターことココロは危険人物として有名だ。幼い見た目やその性格とは裏腹に、一度彼女を怒らせるととんでもないことになると。
かつて、Aランク冒険者が束になって怒り狂った彼女を取り押さえようとし、失敗したという逸話もあるほどなのだ。
そんなココロと最近つるんでいる新米冒険者。それが彼女だった。
常に仮面を着けた彼女は、新米ながら既にギルドでも名が知れており、その仮面の下にはとんでもない美貌を隠しているともっぱらの噂だ。それでかつて騒動が起こったとも。
二、三やり取りをすると、やはり件の冒険者、ミコトであることが分かった。
しかしこの間冒険者になったばかりでDランク。しかもこんな場所を一人でうろついているなど、その実力は恐らくランク以上。野良シスターとつるむだけのことはあるようだ。
それにしても、表情が窺えず、そして一人というのがなんとも不気味である。困窮した現状から、必要以上に警戒しているせいかも知れないが、彼女からはなんとも言えない異様な雰囲気を感じるのだ。
しかし、そんなボルタスの懸念もどこ吹く風。彼が藁にもすがる思いで助けを求めようとした時、しかし彼女はみなまで言うなと回復薬を差し出してきたのだ。
更にはこうも言った。私は治癒魔法が使える、と。
一も二もなく彼らは彼女に救いを求め、そして彼女はそれに応じてくれた。
ただ、不気味にも思った。どうして彼女は縁もゆかりも無い我らに、ダンジョン内では金にもまさる価値を持つ回復薬を、ぽんと躊躇いもなく手渡すのかと。
まして、重傷を負ったマキシに対し、Dランク冒険者程度の治癒魔法が、一体どれほど役に立つものかと疑問にも思った。
しかして結果は劇的。信じ難いことに、マキシの傷はまたたく間に癒えていき、流石に快癒とまでは行かずとも、その大半の損傷をあっと言う間に癒やしてしまったではないか。
そして彼女は言うのだ。ちゃんと請求はするから、そのつもりでいろと。
それが恐ろしくもあり、しかし安堵もした。ああ、ちゃんと見返りを求めるのか、と。
けれどそれも束の間、彼女がぱっと顔を上げ、そして最悪の通告を発したのである。
下級鬼が三体、接近していると。
何ということだろうか。神はそうまでして我々を嗤いものにしたいのかと、そう呪詛を吐きたい気持ちに陥った。だってそうだろう。せっかく目の前に救いが現れた。助かると、そう思った瞬間これである。
なまじ希望が見えたせいで、その直後に訪れた絶望はより深い。もう駄目だ。助からない。
Bランクであるボルタス一人ならば、逃げおおせることくらいは出来るだろう。しかしそんな事が出来よう筈もなく。
だけれどかと言って諦めるわけにも行かない。せめて、せめて手を差し伸べてくれた彼女だけは、どうにかして逃さねばならないと、意識の朦朧としたマキシを除く、元気なドラゴンの三人は強く思った。
ところが、だ。
共闘は不要だと。ミコトはそう言って、本当に一人で三体の鬼の下へ軽い足取りで向かっていってしまった。
そして、消えた。見失った。その場の誰もが、ミコトの姿を唐突に見失ったのだ。
そこからは、一瞬の出来事。瞬き一つする間もなく、全てが終わった。
水が爆ぜ、凍りつき、そして鬼の頭が砕け落ちた。
まるで理解が追いつかず、それ故に皆が一様に怖気だった。恐怖とは少し違う。あまりの不気味さに、全身が引き攣るような感覚を覚える。
するとどこから現れたのか、いつの間にか目の前に立っていたミコトは、まるで何事もなかったかのように飄々としており、そして言うのだ。
謝礼を、ちゃんと用意しておけと。
とんでもないやつに借りを作ってしまった。血の気が一気に引き、そのくせ嫌な汗が全身から吹き出した。
そしてミコトは、また消えるように去っていき、元気なドラゴンはすっかり元気じゃなくなった。
気づけば地上に出ていたけれど、正直どうやってダンジョンを脱出できたのかまるで覚えていない。
装備も体もボロボロになっていたが、とにかく街に戻って謝礼を用意しなければと。ただその一念で彼らは帰還を果たした。
尚、マキシだけはダンジョン内で意識を取り戻して以降、仲間たちの異様な雰囲気に、終始困惑しっぱなしだったとかなんとか。
斯くして、ミコトの善意は曲解され、また妙な噂の一助となるのだった。




