第六一三話 お疲れ様会
「レッカに聞いたわよ。ミコト、負けたんですって?」
「ぐぬぬぅ……」
イクシス邸にて、再会の挨拶もほどほどに。
何とはなしに一番落ち着ける転移室へと向かう道すがら、早速蒼穹の地平のリリにからかわれる私。
彼女が言っているのは今朝の、突発的な模擬戦の話である。
そりゃ二対一だったからとか、戦い方をある程度限定したからとか、言い訳しようと思えば出来ないでもないのだけれど。
しかし負けたことは事実なので、悔しいけど言い逃れはしない。
それにしてもリリのこの表情である。なんて憎たらしいんだ……!
やたら形の良い眉をこれみよがしに八の字にして、口は半笑い。
時折笑いを堪えられず、「ふっ」と漏れ出すのも腹が立つ。
何気にクソガキ属性持ちだったかコノヤロォ。
「ねぇねぇねぇ、長旅のゴール目前で敗北するってどんな気持ち? ねぇ今どんな気持ちなのよ??」
めっちゃ煽ってくるじゃん!
すると、そんなリリの脇腹に突き刺さる、アグネムちゃんのロケット頭突き。
「ぐふぉぉっ?!」
と蹌踉めいたところに、聖女さんの拳が左右からゴリッと、リリの頭を挟み込んでホールド。
「ぎやぁぁぁ! ちょ、や、やめ」
「ふふふ、リリエラは悪い子ですね。天使様に向かってなんですか? その態度は? んん?」
ミシミシッと、リリの頭蓋が嫌な音を立ててる。
そしてそんな様子を、一歩引いた位置から半笑いで眺めるクオさん。
うん。蒼穹の地平は今日も通常運転である。
おかげさまで私の溜飲も下がろうというもの。
それにしても、私が敗北したという話は既に皆に伝わっていたらしく。
鏡花水月の面々も、その話題に関しては何とも触れ難そうにしていた。
何せ彼女たちは、レッカとスイレンさんの頑張りも知っているわけだからね。
二人の成長に賛美を贈りたい気持ちと、負けた私への気遣いがぶつかって、コメントに窮しているのだろう。
そういう意味では、分かりやすく煽ってくるリリの態度は、業腹ではあれど助かる部分も確かにあり。
やっぱり呼んでおいて正解だったなと、口には出さないけど内心で密かに思うのだった。
お疲れ様会の開宴には、今しばらく準備に時間が掛かるということらしい。
なので私たちは先にお風呂で身綺麗にしたり、一応パーティーってことで服装を整えたり、あとは適当に各自時間を潰したりして過ごすことになった。
皆がそれぞれ話に花を咲かせたり、おめかししたりする中、私はと言えば鏡花水月メンバーと固まって延々と談笑に興じていた。
何せ話の種なら幾らでもあるのだ。どれだけ話しても話し足りないくらいである。
お風呂に浸かっている時も、メイクルームで仮面をピカピカに磨いてる時も、時にPT外のメンバーも交えつつ姦しく会話を楽しみ。
そうこうしている内に、あれよあれよと時間は過ぎていったのである。
時刻はやがて午後七時を回ろうという頃。
私たちは賑やかに飾り付けされたパーティーホール……ではなく、例によって食堂に集い、出来たての料理を前にグゥとお腹を鳴らし、開宴のその時を今か今かと待っていたのである。
すると、わざわざこしらえられた小さなステージに、主催者であるイクシスさんが立つ。
何時になく気合の入ったパンツドレスを着こなし、私たちをぐるりと見渡した彼女。
その際、相変わらず仮面をつけ、頭にはワガマママウントフラワーを乗っけておめでたい感じのコーデを決めた私の姿に、不意を突かれたのか口の端をピクピクさせ。
それでもどうにか吹き出さずに堪えたイクシスさんは、一つ深呼吸をして徐に口を開いた。
「──始まりは約三ヶ月前。『ちょっと一人旅に出てくる』なんていう、ミコトちゃんの一言からだった」
皆の視線が自然とこちらを向き、直後さっと目を逸らす。
微妙におかしな空気が流れるも、イクシスさんは真面目な調子で続けた。
「通常とは異なる百王の塔。その、真なるボスと思しき隠しフロアの主。百王を統べる『王龍』。彼の者の圧倒的な力を前に、皆は撤退を余儀なくされた」
皆の脳裏に過る、苦い記憶。
まったく歯が立たず、手も足も出ない。次元の違うステータスを持つ、絶対的な存在。
私たちはそんな王龍を前に、逃げ去ったのだ。
「彼奴へのリベンジを誓う皆の前に、しかし大きく横たわったのは『ステータス不足』という根本的かつ越え難い、大きな課題」
そうさ。古今東西RPGの基本は、今も昔も『レベルを上げて物理で殴る』だ。
スキルレベルはあるが、ステータスを上昇させるためのレベル、ってものが存在しないこの世界に於いて、『レベルを上げて物理で殴る』を実現するための手段は、レベルではなくステータスを直接引き上げてやるしかない。
それこそが、王龍に対する真っ向からの対抗手段。
奴が次元の違う相手だというのなら、その分自分たちを鍛え、同じステージにまで押し上げてやればいい。
「ステータス不足を解消するために、最も効果的な方法。それは、『死線を越えること』だ。安全マージンをかなぐり捨て、危険な相手と死闘を繰り広げる。それでこそステータスは大きく成長し、王龍との力の差を着実に埋めることになるわけだ」
オルカたちが特級ダンジョンを攻略したのも、レッカたちが勝ち目の無いモンスターに挑み続けたのも、全てはそのため。
死線を潜り、己が弱さを悔やみ、力を渇望するため。
「けれどそれを成すためには、一つどうしてもネックとなる物があった。そう、ミコトちゃんの力だ。彼女の力があれば、どんな死線も絶命の危機とはなり得ない」
具体的に言えば、PTストレージが最たるところだろうか。
その他にも私の持つへんてこスキルは、いつしか仲間たちの冒険者としての感覚を鈍らせ、危機感を希釈していた。
私の存在が、彼女たちの成長を妨げていたのだ。
「──だからミコトちゃんは、旅に出た。仲間の元を離れ、自らの力に厳しい制限を設けて」
まぁ、それだけが理由ってこともない。
私もまた、知らず識らずの内に仲間たちに依存していたんだ。甘やかされていたと言っても過言じゃないだろう。
私はもっと、苦労を知るべきだった。その上で、自分の異常さを自覚するべきだと思ったんだ。
だから私は、旅に出た。
「そして。そんなミコトちゃんがついに、今日! 約三ヶ月にも及ぶ長い旅を経て、ここへ帰ってきたのだ!」
強調されたイクシスさんの言に、皆から小さな歓声が上がる。
当の私も、胸の内が熱くなるのを感じた。
こうして他人の口から経緯を聞いてみると、三ヶ月。何だか大変だった気がしてくるから不思議なものだ。
いや、実際結構大変だったけどさ。
「また、折よく鏡花水月のメンバーも、見事数多の死闘の果てに特級ダンジョンの踏破を成した! レッカちゃんとスイレンちゃんも、ミコトちゃんと模擬戦をして勝ちをもぎ取れるほどに力を付けた!」
ワッと、今度こそ皆が沸き上がる。
皆の表情には、確かな自信の色が刻まれていて。
彼女たちそれぞれから感じる気配からして、三ヶ月前のそれとは大きく異なっていた。別人のようだと言ったって、過言にはならないだろう。
「そして、そんな彼女たちの特訓は、依頼を代わりに請け負ってくれた蒼穹の地平の協力あってのことでもある!」
イクシスさんの声に、再び盛り上がる会場。
リリたちは少し照れくさそうにしていたけれど、彼女たちは彼女たちで普段やらないようなハードスケジュールをこなしてくれていたのだ。
何せ特級クラスの依頼を、一日に幾つも消化していたのである。相当な苦労をかけたことは間違いない。
それを思えば、ちょっと足を向けては寝られそうにない。
そんな皆を見回し、熱量の上がった会場の空気に口角を上げながら、イクシスさんは更に言葉を続けた。
「皆よく頑張った! 皆偉い! 今日はそんな皆を労う、お疲れ様会だ! 好きなだけ食べて飲んで、存分に楽しんでいってくれ!」
満を持して、ぐっとイクシスさんがグラスを掲げてみせる。
皆もそれに倣い、手持ちの飲み物を掲げて応えた。
そして。
「乾杯!」
カチンカチンと、あっちこっちでグラスのぶつかる高い音が鳴り。
一気にワイワイと談笑の始まる会場。
斯くしてイクシス邸の食堂を舞台としたお疲れ様会が、いよいよ開宴と相成ったのである。
早速とばかりに料理に飛びつく者もあれば、飲み物を片手に雑談に興じる者もあり。
早くも皆思い思いに宴を楽しみ始めたのだった。
かくいう私はと言えば、相手をとっかえひっかえして、もっぱらお話してばっかりである。
オルカと気の置けないトークでリラックスしたかと思えば、ソフィアさんに掴まってしつこくされたり。
かと思えばココロちゃん・アグネムちゃん・聖女さんによる小さな教団に接待されたり、リリに再び絡まれたり。
突然始まった出し物や、豪華賞品を懸けたじゃんけん大会などは大いに盛り上がった。
特にやはりと言うべきか、こういう場でのスイレンさんは強い。
彼女の奏でる、特訓を経てパワーアップした演奏は大いに場を沸かせ。
負けじと誰かが一発芸を始めたり、演奏に合わせて皆で大合唱してみたり。
そのようにして私たちは、心ゆくまでお疲れ様会を楽しんだのである。
涙が出るほど、楽しいひと時だった。




