第六〇九話 白蓮
属性アーツスキル【白蓮】。
それが、白き焔の正体だ。
紅蓮剣を一途に極めたレッカが至った、強力な派生スキル。
万物を焼き尽くさんとする紅蓮剣に対し、白蓮はその反対。
即ち、冷気を放つのである。
加えて用いられたのは【伝火】という、これまた紅蓮剣より派生したアーツスキルであり。
物体を辿って目標を燃やすという、なかなかに物騒かつ使い勝手の良いスキルだ。
これを利用し、地を伝ってスイレンさんの水壁を白蓮で焼いたレッカ。
結果として、水壁は一瞬にして凍りつき。その強度は通常の水壁を大きく凌ぐものへと変じたのである。
これにより、私の放った弾幕は氷の壁に阻まれることとなった。
強固な氷壁は無数に群がる火球に表面を削られ、溶かされ、みるみるうちに薄くなっていくけれど。
負けじとスイレンさんは、水壁で補強。レッカがそれを凍らせ、削られた側から氷壁を分厚くしていった。
根比べの様相を呈し始める現状。
多段化を掛けた火球たちは、一発のヒットで三回分のヒットカウントを叩き出す。
にも関わらず、それと拮抗してみせるとは。二人が協力しての防御スキルだけあって、なかなかに堅固である。
だが、それなら更に火力を上げてやるだけのこと。
模擬戦ということで、分裂も多段化も三つに控えていたけれど、私にはまだ余力がある。
しかし四つ五つと引き上げていけば、それだけ集中を余儀なくされる。それではレッカへの警戒が少しばかり疎かになってしまうため、正直迷いどころではあるのだ。
何せ彼女には……。
なんて考えていると、案の定。
突如レッカの身体が炎に包まれたではないか。彼女の様子に視線をやり、ぎょっとする。
アレもまた、紅蓮剣より派生したスキルの一つ。
その名を【慈炎快癒】。
燃やして癒やすという、なかなか大胆なコンセプトの回復スキルである。
その様は正に、不死鳥が如し。
傷を癒やし、HPを回復させ、更には状態異常まで消し去るという、万能型の回復効果を有する慈炎快癒。
その分MPの消費も大きいわけだが。しかしその程度で息切れを起こすレッカではないだろう。
あっという間にあらゆる不調を燃やし尽くし、再びレッカに戦う力を授けた癒やしの炎。
鳩尾を強かに打たれ、全身に電流が駆け巡ったのだ。もう少しゆっくりしてくれていてもいいのに、何とも早い立ち直りである。
スイレンさんめがけて弾幕を張っている私の背に、凄まじい勢いで突っ込んでくる彼女。
しかも、慈炎快癒により重力魔法の影響すら焼き飛ばしてしまったらしい。愛剣を軽々と携えている。
相変わらず続くスイレンさんの演奏も相俟って、レッカのステータスは今や、超越者の領域に大きく踏み込んでいるに違いない。
加えて、立ち位置的にスイレンさんとレッカによる挟み撃ちを受けることになる。
白蓮モードのレッカと、水魔法を得意とするスイレンさんのシナジーはヤバい。
歯噛みした私は、テレポートにて位置替えを図ることに。
が。
ここで突如切り替わる音色。生じるスキルキャンセリング。
私のテレポートは阻害され、代わりにステータスは弱体化を脱する。迫るレッカもまた、通常のステータスに戻されたようだ。
けれど、既に彼女は目前。
こうなったら正面から勝負である。
レッカの拳に炎が灯る。紅蓮拳だ。
右手に白き炎を宿した剣を。左手に真っ赤な炎を宿した拳を携え、真っ直ぐに突っ込んでくるその様は。
(ど、ドチャクソカッコイイなっ!)
私の中二心をゴリゴリに刺激する、何とも素敵な姿だった。
はじめに襲ってきたのは白炎の刃。
合わせるように、背後からは水球も飛んできており。完璧に息を合わせたコンビネーションである。
対する私は、体捌きのみで迫る脅威へ対処。水球と白炎をギリギリで躱してみせる。
が、間髪入れずに突き込まれたのは赤い拳。
これをエアロボムで弾き飛ばそうとするも、妨害を受けて不発。
スイレンさんのスキルキャンセリングは、近接魔法の天敵だな。
已む無く無理な体勢で、拳を避ける私。
すると。
(くぅ……っ)
極めつけと言わんばかりに、再び迫る白炎の刃だ。
たまらず私は、これを蛇腹剣で受けることに。
ご丁寧に背後からは、再度水球が迫っており。
蛇腹剣に触れた白炎が、【伝火】により瞬く間に私の体へ伝播。
背では水球が爆ぜた。この私に、アクアボムをぶつけてきたらしい。ぐぬぬ!
一瞬で爆ぜた水は私を巻き込んで凍りつき。
氷結した水による拘束を受けながら、苛烈な白炎で燃やされ続ける。何という生き地獄か!
幸い熱無効スキルのおかげでダメージは無いけれど、MPはすごい勢いで削られている。
それにアクアボムによるダメージは確かにあり。
自動回避にて発動しようとしたテレポートもキャンセルされてしまったらしい。
そんな大ピンチの私へ、レッカがビシッと剣を突きつけてくる。
(……あー……これは)
スキルは封じられ、氷による拘束で身体の自由も利かない。
MPはどんどん削られてるし、チェックメイトまで掛けられたとあっては、うん。
「……参りました」
残念ながら、私の敗けである。
★
所変わってグランリィス近郊の草原。
要するに、模擬戦を終えて元の場所へ転移で戻ってきたわけだが。
私とレッカたちの対比は、まぁ極端なものだった。
「はーっはっはっは! 我々の勝ちだ!!」
「我々こそが真の仮面ボウケンシャーです~!!」
「ぐ、ぐぬぬぬぬぅ……」
両手両膝を地につけ悔しがる私と、それを見下ろしながら勝ち誇る仮面をつけ直したレッカたち。
そして、惨めな私を憐れみの表情で見てくるゼノワとモチャコ。
な、泣いちゃいそうなんですけど……。
っていうか真の仮面ボウケンシャーってなんなんだよぉ……。
だが、結果は結果である。
事実二人の成長は目覚ましかった。ステータスの上昇も然ることながら、新たに獲得した凶悪なスキルたち。
コンビネーションも息ピッタリで、見事にしてやられた形である。
まぁ尤も! まだまだ私、本気出してないしね! やろうと思えばもっと勝ちにこだわった戦い方とか出来たし? 精霊術も強力な装備も敢えて使用を控えてたっていうか?
(…………)
これが負け惜しみか。やめよう、虚しいだけだ。
でも、これだけは言っておかねば。
「次は……次は、負けないから……!! 負けず嫌いに火をつけたこと、必ず後悔させてやる……!!」
「ひっ」
「う。……さ、さぁてスイレン、私たちは一足先に帰ろっか! ほらミコト、勝者からのお願いだよ。私たちを転移室に送って!」
顔を引き攣らせたレッカの言に、爆発しそうな悔しさを身の内に抑え込みながら、ゆっくり立ち上がる私。
そして彼女らへ手をかざし、最後に一言。
「覚えてなよ……!!」
ワープ発動。
直後、仮面ボウケンシャーの二人は、忽然と私たちの前より姿を消すのだった。
勿論要望に従い、イクシス邸転移室へ転送しただけである。変な嫌がらせなどはしていない。
この借りは、次の模擬戦で返さねば意味がないのだから。
などと、心の中でボーボーと火柱を立たせていると。
「旅の終わりに試合で負けちゃうとか、まったくミコトは締まらないなぁ!」
「ガウガウ」
モチャコ師匠とゼノワから、そんな呆れ混じりの言が飛んできて。
私は密かに、これまで以上の自己鍛錬を己に課すことを、心に決めるのだった。




