第六〇八話 ゼノワは実況が大変
レッカの間近にて生じさせた、風の刃。
それが間断なく彼女を斬り刻まんと襲いかかる。
が。
(何だぁあの動きは……)
見えないはずの風の刃を、完璧に躱し、いなし、撃ち落とし。
掠り傷一つ与えられないのが現状である。
接近しての直接的な剣戟は、熱無効に常時MPを持っていかれて不利。
であるからして、こうして魔法で攻めてみたのだけれど。
しかしレッカは、見事と言わざるを得ない身のこなしで、私の繰り出す魔法の尽くを捌いてみせたのだ。
不可視の刃も、光速のビームや雷撃も、空間魔法による拘束ですら。
さながら未来予知でもしているような動き。
もしやレッカも心眼を得たのか、と疑いたくなるような光景であった。
が、違う。って言うか一応知ってはいるんだ、あの動きを可能にしているその要因を。
【敵意感知】と【危機感知】。
熟達したこの二つのスキルにより、レッカは自身の身に迫る脅威の尽くを事前に知ることが出来る。
それこそ、予知と言っても差し支えないレベルで、だ。
更には迫る脅威を冷静に捌く技量。それを支えるステータスは、言わずもがなスイレンさんの演奏により大きく押し上げられており。
結果としてレッカは、接近するだけで十分な脅威となる火力と、異様な回避能力を両立させた、超戦士と化しているわけで。
イクシスさんによる特訓の果てに、彼女が獲得した大いなる力である。
一方でステータスを下げられており、不利を強いられている私。
これ、まともにやったら普通に負けるんですけど……。
有利を悟っているレッカは、しかし過度に調子づくでもなく冷静に距離を詰めては斬りかかってくる。
魔法を差し込むことでどうにか、ステータス差による強引な突破を妨害し、それこそ心眼を駆使することで危ない場面も切り抜けてはいるけれど。
しかしこれでは埒が明かない。
いや、このままダラダラと持久戦に持ち込んだなら、多分私が勝つとは思うけどさ。
流石のスイレンさんだって、永遠に歌い続けられるわけじゃない。
レッカもそうだ。スタミナは無限じゃないし、MP切れは確実に訪れる。
翻って私はと言えば、正面からやったら苦戦は必至なれど、攻撃をやり過ごす手段なら幾つも持ち合わせている。
それこそさっきやったみたいに、隔離障壁に閉じこもっているだけでも時間は稼げるだろう。
裏技でMPを補ってやれば、彼女らが息切れするのを待って仕掛けることも出来るはずだ。
けど、旅の成果を試す模擬戦で、そんなダサい戦い方をして良いのか。
って言うか今のところ、私は成果をこれっぽっちも発揮できていないじゃないか。
これじゃわざわざ模擬戦に応じた意味がない。
私がこのソロ活動で得た新たな力は、三つある。
まず、『崩穿華』を始めとした、接近戦と魔法を組み合わせた運用法。
次に、『連鎖魔法』。通常の魔法運用とは違い、自身の魔法の残滓をたどることで、対象に纏わりつかせるようなゼロ距離魔法が運用できる、っていうのが大きな強みか。
そして『連射スキル』。数は力だ。特に固定ダメージ系のスキルと組み合わせた時、その真価を発揮する。
今回の模擬戦では、この三つを上手く操って彼女たちに食らいついていかなくちゃならないわけだ。
持久戦に持ち込むなんて論外である。
となれば、さて。
(どう組み立てたものかな)
今も隙あらば、目にも留まらぬ鋭い踏み込みで懐に入ってこようとするレッカを警戒しつつ、素早く思考する。
いや、レッカが接近戦を望むというのなら、いっそ正面から受け止めてみるのも一興か。
私だって今の彼女を相手に、編み出した戦法が何処まで通じるかは、正直気になるところだもの。
そうと決まれば、レッカの迫力にビビってもいられない。
ぐっとお腹と眉根に力を込め、蛇腹剣の柄を握り直す。
こちらの雰囲気の変化に目ざとく気づいたのだろう。警戒を引き上げるレッカ。
不用意に飛び込んでくるでもなく、ジリジリと数歩分の間合いを置いて油断なく構える。
ただでさえ捌き上手になったレッカ。ガッツリ構えられると、どう打ち込んだって崩せる気がしないんですけど。
まぁでも、それは私が『普通の使い手』であればという話。
今の私は、一味違う。
通常剣形態の蛇腹剣を右手に構え。
テレポートによる、予備動作を殺した踏み込みを行使。
心眼は彼女の動揺を僅かに捉えるも、その表情にも動作にも、一切の揺らぎはない。なんて太い神経だろうか。
ばかりか、ステータス差のせいで意表を突いても動作に遅れが生じない。なかなか優位を取らせてはくれないらしい。
が、それでも仕掛ける。
蛇腹剣を最短の軌道で振るう。アーツスキル【瞬刃】は鋭い踏み込みと高速の斬り裂きを可能にする、使い勝手の良い差し込み技だ。
が、落ち着いたレッカは回避からの差し返しを狙うつもりらしい。
常人なら目で追うことすら叶わないはずの私の瞬刃を、しかと捉えて最小限の回避でやり過ごそうとする。
が。
その瞬間、レッカの動きが不自然につっかえた。
それもそのはず。彼女が身じろぎしようとしたその軌道上に、空間魔法による空間固定を仕込んだのだ。
これにより回避は失敗。已む無く愛剣で受けるレッカ。
その途端である。
蛇腹剣とレッカの愛剣が触れた、その接触面にて魔法が生じたのだ。
いや、生じさせたと言うべきか。
つまるところ、崩穿華である。
空間魔法にてレッカの動きを崩し、武器による一撃にて隙を穿ち、そして魔法の華を咲かせる。
打ち込んだ魔法は重力魔法。
瞬間的に、凄まじい重さへ化けた自慢の愛剣に、流石のレッカも瞠目を禁じ得ず。
さりとてそこは意地か、はたまた武器を手放してはマズいと踏んでか。
歯を食いしばって愛剣の柄を握り込むレッカ。
けれど切っ先は否応なく地面へ落ち、めり込んだ。踏ん張ったレッカは必然、大きな隙を晒すことになり。
姿勢の『崩れた』彼女の鳩尾へ、私は空いた左の掌底を叩き込む。
と同時、手の平で爆ぜるは水の爆弾。縛り中幾度もお世話になった、アクアボムである。
が、これを受けてよもや吹き飛びもしないとは思わなかった。
剣の重さと踏ん張りでもって、強引にその場へ踏みとどまったレッカ。
そんな彼女の左手は、メラメラと真っ赤に燃えていて。
属性アーツスキル【紅蓮拳】。
紅蓮剣と同等の一撃を、拳にて放つレッカの隠し玉だ。まぁ、私は知ってたんだけど。
故に、ということもない。心眼でも魔力感知でもその予兆は掴んでいた。
だから、彼女の拳が攻撃直後の私を捉えるその前に、テレポートにてその場から転移。
向かった先はレッカの背後、スイレンさんめがけて一直線に駆ける。
背後で、急ぎ踵を返して追いかけてこようとするレッカだけれど。
私はそんな彼女の鳩尾に滞留する、魔力の残滓より、新たな魔法を生じさせたのである。
即ち、連鎖魔法。
バチリと、強烈な電撃が一瞬にしてレッカの体を焼く。
高いステータスゆえ、ダメージ自体はそこまでではないだろう。
けれど、強烈な電撃を受ければ筋肉はどうしたって異常をきたす。
思うように身体が動かないレッカは、堪らずその場に倒れ込む。
そんな彼女を更に、空間魔法で押さえつけ。
私は顔を引き攣らせたスイレンさんめがけ、勢いよく駆けたのである。
行く手を遮るように、水の鞭がビシバシと襲いかかってくるが、私だって回避は得意なのだ。
ひょいひょいとやり過ごし、距離を詰めに掛かる。
が、ここで満を持しての音魔法。
全方位に対する、自身を中心にした範囲攻撃。近づけば近づくだけ大きなダメージを被ることになる、強力な魔法だ。
しかしその脅威を理解していれば、みすみす餌食になるようなこともない。
私はテレポートにて距離を取り、それをやり過ごした。
せっかく詰めた距離を離されたのは業腹だが、それならそれで構わない。
(一気に決める!)
私は自身の前面に、無数の火球を展開。
すると火球らは一つ一つがそれぞれ、三つに分裂。スキル分裂の効果により、手数を三倍に増やしたわけだ。
更にそこへ、多段化のスキルを乗せ、撃ち放つ。
その様を、何に例えるべきだろうか。
雨あられと呼ぶにも生易しい。さながらいつかテレビで見た、大量発生した魚の群れのようだった。
空間を埋め尽くさんばかりの、火球の群れ。いやその様子は最早、雪崩と言ったほうがしっくり来るだろうか。
慌てて分厚い水の障壁を展開するスイレンさん。
しかしそれは、正に焼け石に水のようで。
瞬く間に食い破られ、勝負は忽ちの内に決する……かに思えた。
だが。
突然、スイレンさんの張った水の壁が、氷へとその姿を転じたのである。
私は眉をひそめ、倒れているレッカの様子へ視線をやった。
するとどうだ。
彼女の自慢の愛剣は。
真っ赤な炎を自慢気に揺らしているはずの、その愛剣は。
しかし、その姿を一変させ。
普段の赤とは似ても似つかぬ、真っ白な炎を不気味に揺らめかせていたのである。




