第五九九話 超連射プロジェクト
前方を遮る森の中へ、躊躇いなく突っ込み駆け続ける私たち。
濃厚な緑の匂いを感じながら、煩わしい草木による進路妨害を嫌って、枝の上をひょいひょい渡って移動する。
気分はさながらニンジャである。オルカリスペクト。
モチャコもプチゼノワも、問題なく並走している。並走と言うか、並飛行だけど。
まぁ、そんな事はいいとして。
スキルの超速連射に関して、些か行き詰まりを感じた私は、一先ず新たに得た『スキルレベルの上昇に伴う個人差』という発見を参考に、早速スキルのトレーニングに精を出していた。
多分だけど、スキルの育成には結構な可能性があると思うんだ。
流石にスキルをカスタマイズする! ってほど自由自在ではないだろうけれど、意識的に育ててやれば、なかなかにピーキーな性能へ仕上げることだって可能なんじゃないだろうか。
例えばダメージ固定系のスキル。
パッと思いつく限り、与えられるダメージ量の上昇をひたすら目指して使用し続ければ、それに従いダメージ量重視の性能へと育つだろうし。
発動の速さを重視したなら、発動までの隙を大きく縮めることが出来ると思う。
他にも、それこそ連射性を意識しながら育てたなら、発動までの隙と、発動後の隙を程よく小さくできたり。
それにひょっとすると、スキル訓練時に『どの程度強く理想の性能を意識するか』って点が、成長の度合いに関係する可能性もないわけじゃない。
或いは、特定の性能を犠牲にしてもこれを伸ばしたい! みたいな、それこそカスタマイズみたいな変化も期待できる……かも知れない。
とは言えこれは、そうなったら良いなぁって程度の希望的観測だ。高いスキルレベルで振るわれるスキルには、性能に個人差がある、というところまでは分かった。
けれどそれは意識的な育成など関係なく、純粋に資質とか意識程度じゃ変わらない深層意識とか、魂の色だとか、或いはレベルアップの際ランダムで成長するってことも考えられるのだ。
ひょっとすると、狙った育成だなんて不可能なのかも知れない。
そこはまぁ、試してみないことにはわからない部分だけど。
それに、比較実験のしづらい検証にもなるだろう。
スキルの性能が高ければ、それは一口に『スキルレベルが高い』で片付けられることだもの。
同じスキルレベルなのにこんな差が! なんて気付ける機会自体が、そもそも稀なのだ。
だから私も、本当に狙ったとおりに育てられたかを確認すること自体が難儀であり、一番手っ取り早いのはやはり……。
「いっそ他者と比べず、自分で満足の行く性能が実現できたかどうか。それを基準にすることか……」
「まだなんかブツブツ言ってる」
「グラァ」
モチャコとゼノワの訝しげな視線をスルーしながら、私は一先ずの結論を得る。
結局は、どこまでワガママになれるかが重要であり、そしてどこまでスキルがその要望に応じてくれるか、という話でもある。
時には必要性の薄い性能を犠牲にしながらでも、特定の性能を伸ばしたいと、強く念じながらスキルを繰り返し使用すること。
それが、スキルを理想の形に育てるための方法であると、私は仮定することにした。
もしも想像したとおり、一部の性能を落としてまで特化した能力を持つスキルに育て上げることが出来たのなら、スキルを育成できるという仮定の裏付けが取れるはずだから。
であれば、後は実験あるのみ。
固定ダメージスキルの連射性に、「まだまだこんなもんじゃないだろう! 出来る出来る! 君なら絶対出来る! どうしてそこで諦めるんだ! もっと熱くなれよぉぉぉっ!!」などと、某有名な元プロテニス選手をイメージしつつ、熱心に心の中で唱えながら、ひたすらスキルを繰り返し発動し、森の中へ撒き散らしたのである。
おかげで周囲の気配がざわついていたり、殺気立っていたり、モチャコたちも一層ジトッとした視線を向けてくる。
が、これも鍛錬。成果を得るためのコストというやつである。
移動と鍛錬に集中すること数時間。
懐中時計の針は、既に午後四時を大きく過ぎ。
相変わらず鬱蒼とした森の中にも、段々と夕の落ち着きが感じられてきた頃。
一際太く高い樹木の、がっしりとした枝の根本に腰掛け、休憩をしている私たち。
日が長くなってきたためか、まだ朱が差すには少し掛かりそうな空を眺めながら、私は一つ呟きを零した。
「MPコスト……どうしよう」
「…………」
「グル……」
とっても今更な言葉に、もはや呆れてものも言えないモチャコと、視線すら寄越さないゼノワ。
そうさ、分かってはいたんだ。
それは至極当然で、簡単な問題。
例えば消費MP1で発動できる固定ダメージスキルでも、コストが安ければ得られる結果もたかが知れており。
それを超速連射して大ダメージを叩き出そうとするのなら、当然その分大量のMP消費が求められるのは当たり前の話だった。
なんなら、どうやってスキルを素早く連射するかより、余程重要な問題であるとすら言える。
スキルレベルの上昇に伴い、消費が軽減されるにしても、勿論限度ってものがあるしね。
まぁ、MPに関しては裏技っていう秘策があるにはあるのだけれど、何せ超速連射だ。
当然、MPを補給している時間などないわけで。
如何に消費MPを抑えられるか、というのはとっても頭の痛い問題なのであった。
つまるところ、固定ダメージスキル超速連射プロジェクトの実現に際し、現状抱えている大きな問題は二つ。
『連射効率の向上』と『消費MPの削減』
まぁ、どちらも難題である。
「うーん……もし、一回分のコストで複数回分のスキルを同時に発動できれば、話は簡単なんだけど……」
口から漏れるのは都合の良い理想。
さりとて、それを実現するための方法というのが思い浮かばない。
仮にスキルを銃に喩えてみるとするならどうだろう。
理想とするのは、引き金を引き続けている間、凄まじい勢いで弾を吐き出し続けるマシンガンのような方式だろうか。
でもそれは要するに、高速で一発一発の銃弾を装填、発射しているに過ぎず。
結局それだと、弾を打ち切るまでの時間っていうのは、それなりに掛かってしまう。
だとすると、これは理想形としての正解ではないのか。
なら散弾方式はどうだろうか。一発の弾が拡散して複数の傷を負わせるって考え方。
しかしそれでは、命中精度の面で不安が生じる。そもそも、固定ダメージスキルを拡散しても、大した意味なんて無いだろう。
少なくとも、私が理想とする形からは遠ざかるように思う。
そうすると、ワントリガーで複数の銃身がいっぺんに弾を吐き出すような方法はどうか。
……いや、スキルや魔法の同時展開は得意分野だけど、そんなのは既に織り込み済みだ。
確かにこれで一気に手数を増やすつもりではあるけど、しかし消費MPの問題については一切解決できない。
「そうすると……いっそ、もっとぶっ飛んだ発想が必要かも……例えば、打った弾が分裂するとか……発射した弾が二回攻撃を……!」
そっか、そう言えばゲームには『多段ヒット』という概念が存在した。
もしそれをスキルでも再現できるのなら……!
単純に発射した魔法なんかが、対象にぶつかった後も消滅しない、みたいな話じゃなく。
ダメージ判定自体が複数回生じる……つまり『複数回分HPを削る』ような。
いや、でもそういう固定ダメージスキルは、少なくとも私が習得しているスキルの中には無かった。
それに、そういう固定ダメージスキルがあったとしたら、それは最早、多段ヒットの要素も含めた上での固定ダメージ、という扱いになると思う。つまり、多段ヒットが息をしない。
だとすると……。
「もしかして、強化系スキルの中に……?」
強化系のスキルと言えば、主に一時的にステータスを上昇させたり、他のスキルの威力や効果を引き上げたり、というものが殆どだ。
でももしかすると、ヒット回数を増やすようなスキルだって存在しているんじゃないだろうか?
ともかく、考えるより調べてみたほうが早い。
早速魔力調律とスキルシミュレーターを駆使し、該当するスキルを探しに掛かった。
すると。
「……おお」
二つほど、目ぼしいものを見つけた。
幸い特殊スキルの類ではなかったため、手早く習得まで済ませてしまう。
新たに得た二つのスキル。
早速効果の程を試してみるべく、先ずは実際使ってみることに。
「えっと、アクアボムでいいか。これに【スキル分裂】を掛けると……」
私の手の上に浮かんだ、拳大の水球。
それが、【スキル分裂】を掛けた途端、思った通り二つに分かれたではないか。
元は拳大だったそれは、やや小ぶりなピンポン玉ほどの大きさへサイズダウンしながらも、二つの水球として手の上で静かに浮かんでいるのだ。
確かにこれなら、間違いなくヒット数は増えることだろう。
試しに二つとも放り投げて爆ぜさせてみる。
「おぉ……威力もおおよそ半分ずつくらいか。ふむ……」
「な、なんか珍しそうなスキル使い始めたんだけど!」
「ガウガウ!」
関心を示すモチャコとゼノワ。
しかしそれを敢えてスルーしつつ、もう一つのスキルを実験する。
何せ、どちらかと言えば本命はそちらなのだから。
先ずは同じようにアクアボムを手のひらの上にぷかりと浮かべ。
そうしたらそこへ、習得したもう一つの強化系スキルを施す。
さて、どうなるかな……?
浮かんだ水球をつぶさに観察してみる。
そして、私は小さく首を傾げた。
「あれ、見た目には何の変化もない……」
些かに肩透かしを感じながらも、それはそれで一つの結果である。
そういうものなのだろうと納得しつつ、いよいよ強化したアクアボムを、ポイと放り投げ。
そして起爆。
果たして、今度こそ私は瞠目したのだった。
その、通常と何ら変わらぬ爆ぜ様に。
期待を膨らませた【多段化】のスキルだったのだが、まさかの不発だろうか……?




