第五九話 口論とスニーク
ソフィアさんを交えての試験内容決定会議の結果、私は厄介な一般人に扮したオルカとココロちゃんを、鬼のダンジョン五階層まで護衛することが決まった。しかもマップとストレージを封印された状態で。
試験に向けて、急いで特訓を行わねばならないと、慌ててダンジョンまでやって来たのは良いのだけれど、件の会議で時間が押してしまい、時刻は既に午後二時を回っている頃合い。
時間的に、最悪野営も視野に入れての活動になるだろうか。
そして、今回の特訓に際して出されたお題は、不仲を演じるオルカとココロちゃんを伴い、第二階層入り口へたどり着くこと。マップは無しで。
生前から私は、あまり人間関係ってものが得意ではなかった。気の合う人とは気軽に接することが出来たが、そうでなければ極力近づかないようにしていたし、誰かが喧嘩をしていたなら空気に溶け込むように過ごしていたものだ。
しかし課題とあらばそういうわけにも行かない。ダンジョンに入る前から気が重たいが、これも経験を積むためだ。
冒険者を続けていくのなら、きっとそういう反りの合わない人に出会ったり、逆に私とは良好な関係を築ける人が集ったとしても、メンバー同士で反目してしまうってケースもあるだろう。
そういうシチュエーションに出くわした時、知らぬ存ぜぬを通しても良い結果は得られない。最悪命に関わってくるのが冒険者稼業ってものだ。
なので今のうちに、仮想とは言えそういう経験をしておくことは有意義に違いないだろう。
とは、思うのだけれど……。
「それでは、早速参りましょうかミコト様!」
「待って。まだ到着したばかりだから、もう少し休憩していくべき」
「いえ、時間も押していることですし、すぐにでも行きませんと。ねぇミコト様?」
「焦って怪我をしては馬鹿らしい。行動は何れにおいても盤石であるべき。ミコトもそう思うよね?」
「ぐぉぉ、これが板挟みというやつか。早くもストレスで胃が……」
初っ端からこれである。
え? え……ゴールに辿り着くまで、ずっとこんな感じが続くの? ストレスで私の胃と毛根がどうにかなるのでは……流石に〇歳児で円形脱毛症だなんて嫌なんですけど。
あちらを立てればこちらが立たずとはまさにこのことだ。かと言って、折衷案ばかり取り続けても優柔不断のそしりを受けてしまうだろうし。ど、どうしろと……これがPTリーダーのストレスってやつか。正直しんどい。
「えっと、オルカは疲れてるの? それなら休むべきだと私も思うけれど」
「自覚のない疲労が溜まっていることもある。それが思わぬ危機を招くことも考えられるから」
「なるほど……一理あるね。昨日も課題に挑んだわけだし、私は氷水で体冷やしちゃったしなぁ」
「そ、それはいけませんねミコト様! もしやお風邪を召されたりは……こ、こうしてはいられません! 今治癒魔法をおかけします!」
「あはは、大丈夫だよココロちゃん。昨日は一応回復薬を飲んで休んだからね。体調管理も冒険者にとって仕事の内。だったよね、オルカ」
「その通り」
「よし。それじゃココロちゃん、少しだけ休憩してから行くことにしようか。私も急ぎたい気持ちはあるけれど、急いては事を仕損じる、って言葉もあるしね」
「急いては事を仕損じる……わかりました。ミコト様がそう仰るのであれば」
今回はオルカの提案を採用し、少しの休憩を挟んでからダンジョンに挑むことにした。
うー。両者の言い分の正当性を吟味して、いい感じの落とし所を見つけるというのは、それだけでなかなかの苦労がある。
今回はまだ、話し合う猶予があったから良いけれど、これがもし戦闘中なんかに起こったらと考えると、とても恐ろしい。
今のうちから対応策を練っておかないと、大変なことになるかも知れない。
うーんうーんと考え事をしている内に休憩も終わり、その際も休憩時間の切り上げ時を見極めるのに結構配慮したりと、全然気が休まらなかった。
不慣れだから落ち着かないだけで、熟練のリーダーなんかはもっとドンと構えているものなんだろうか。私にはまだ難しい話だな。
それでも、こういう経験を積み重ねた結果、揺るがぬリーダーってものが出来上がっていくんだろうから、大事なのは目を背けず、真摯に向き合って、ちゃんと考えることだろう。
普段ならこんなこと、思うこともなかっただろうな。早速課題の効果が出ている。この調子でしっかり学んでいかないと。
休憩を終えた私達は、第一階層の最奥を目指して探索を開始したのだけれど、予想していた通り事ある毎にオルカとココロちゃんが真逆の意見を述べ、そして私にそれぞれ同意を求めてくる。その度に胃がキリキリするんですけど。
私は努めて二人の意見をよく聞き、私なりの意見を素直に述べることで対処した。
結局毎回、どちらかに偏ってしまうわけなので、不採用になった側にはフォローも入れなくちゃならない。
それでも、話し合える状況ならまだマシだった。
すぐ近くにモンスターや他の冒険者が迫っている状態で口論し始めた時は、流石に焦った。ちょっと役に入り過ぎじゃないですかね!?
後にしてくれと二人へ苦言を呈した後、急遽戦闘準備を行ったり、身を潜めたりしてその場を凌ぐことは出来たけれど、正直結構肝が冷えた。
しかし、それですらまだマシな方で、とうとう戦闘中にも拘わらず口論を始めた二人。
チームワークは大きく乱れ、私は必死にカバーへ回ることになった。危ない場面も幾つかあったけれど、そこは優れた冒険者の二人。実際被弾するようなことはなかったため、それは良かったのだけれど。
流石に頭にきた。この時ばかりは演技であることも忘れ、二人を叱りつけてしまった。
「意見を主張するなとは言わないけれど、時と場合を弁えなさい!」
「「……ごめんなさい」」
それ以降はようやっと少しはマシになり、口論の数も減った。
それと今回は、マップを確認できないということで手書きのマッピングに挑戦もしている。
これがなかなか難しくて、歩幅に気をつけたり、方位磁石を片手に洞窟の曲がりくねりと戦ったりして、大分頭を酷使した。マルチタスクは得意なので、発狂するようなことこそなかったけれど、慣れないマッピングと仲間をまとめることの両立というのは想像以上に大変で、精神的にはかなり疲れてしまった。
しかしその甲斐あって、どうにかこうにか大きなトラブルに見舞われることもなく、第二階層へ続く下り階段へと辿り着くことが出来たのだった。
到着後、周囲の索敵を行い、ようやくココロちゃんから課題クリアの判定が下され、思わず深い深い溜め息が漏れ出てしまった。
するとオルカもココロちゃんも、随分すまなそうにしながら労いの言葉をかけてくれた。
「ミコトお疲れ様。演技とはいえ、嫌な思いをさせてごめんね」
「ミコト様! どうぞココロのことを煮るなり焼くなりお好きなように甚振ってください! ミコト様のお気が晴れるまで、どうかご随意に!」
「いやいや、私をどんなドSキャラだと思ってるのさ……厄介な同行者がどれだけ危険かっていうのが分かって、勉強になったよ。感謝こそすれ、甚振るだなんてとんでもない。それにしても、二人とも演技上手いよね……本気でイラッとしたもん」
「ご、ごめんミコト。嫌わないで……」
「みごどざまぁぁぁ」
「冗談だって」
ともあれ二人の青ざめた顔が見れて、ちょっとだけスッキリしたのは内緒だ。やっぱりこういうのは、片方だけが嫌な思いをしているとしこりが残りがちだからね。これくらいは大目に見て欲しい。
少し休憩を挟んだなら、次は出口を目指すことになる。
課題内容のアイデア自体は色々事前に話し合っているとはいえ、実際に何をするかは状況を見ながらの決定なため、私は今のところ知らないのだ。
なんて思っていると、オルカとココロちゃんが帰りの課題を打ち合わせし始めた。
おっかなびっくり私が待っていると、どうやら結論が出たらしく。早速その内容が明かされる。
「それじゃぁ、帰り道でミコトにやってもらう課題についてなんだけど。安心して欲しい。次は精神的にキツいものじゃないから」
「ほっ、それなら一安心だ……と油断させておいて、何をさせるつもりなの!?」
「ミコト様、警戒しすぎですよ。帰り道はマップを禁止する以外ですと、オルカ様が探知情報を秘匿されるだけの軽い制限です」
「か、軽くないよね? オルカの探知がないってことは、耳目を奪われたようなものじゃないかな!?」
「その状態で、モンスターや冒険者に一切出遭わず出口まで移動すること。それが帰りの課題」
「……もし、出遭っちゃったら?」
「やり直してもらう」
「一度この場所まで引き返していただいた後、再スタートになりますね」
「マジカヨ……」
これはつまり、私にも気配を察知するためのスキルを身につけさせたい、って意思の現れなのだろうか?
そうじゃないとしたら、とんでもない嫌がらせなんですけど! 確かに、どうしても敵に見つかるわけにはいかない状況っていうのは、いつか訪れるかも知れないけどさ。そう考えると、見つかった瞬間即ゲームオーバー! だなんてことにならないだけまだ配慮されているのだろうけれど、それにしたってやり直しって。
帰るのが何時になるか、分かったものではないなと気が重くなった。
さりとて何事も、やらなければ終わらないのだ。いつまでもげんなりしている場合じゃない。
スニーキングをメインとするアクションゲームなら、経験はあるんだ。ゲームの主人公が如何にして敵の注意を逸らせ、意識の隙間をすり抜けるかというのは、知識としてなら一応持っている。
ただ、所詮はゲーム。そうはならんやろ! とツッコミを入れたくなるようなものもあったし、もしそんなフィクションへ全幅の信頼を寄せて再現を試みようものなら、手痛い現実に夢を壊されそうな気がする。
ここは大人しく、意識を研ぎ澄まして気配を探り、オルカの真似事ができるよう頑張る他ない、か。
「じゃぁ、行きますか。悪いけど二人とも付き合ってもらうよ。長期戦を覚悟しておいたほうが良いかも知れない」
「ミコトが頑張ってるのに、私だけ休んだりはしないから安心して」
「そのとおりです。ちゃんと後ろで見守っていますよミコト様」
「えっと、少しくらい手伝ってくれたり、助言してくれても……」
「「…………」」
「で、ですよねー」
無情と思うことなかれ。二人はきっと私のことを思えばこそ、敢えて助力も助言もするまいと涙を呑んでくれてるんだ。そうに違いない!
ならば私は、そんな二人の想いに応えなくては。見事なスニーキングを披露して、無事にこのダンジョンを脱出してみせる!
……なんて、自身を鼓舞しながら出発して程なく。私はあっさりこの場へ戻ってきてしまったわけだけれど。
下級鬼やヒトツメならまだ、耳をすませば足音が聞こえるからいい。他の冒険者達だってそうだ。
でもここには、スニーキングミッションにおいて最も厄介なモンスターが徘徊しているわけで。
そいつの名は、ウィスプ。要は宙に浮かんだ火の玉だ。
気づいたら接近を許しており、正直跳び上がるほど驚いてしまった。
戦闘自体は一瞬だ。水魔法でペッてしたらそれで終わる。
だけど、わざわざスタート地点へ引き返すというのが地味にしんどいわけで。取って返すその足は、自分が失敗したのだなということを延々と私に知らしめてくるのだ。
そんなことが二度三度、四度五度六度と続き、だんだん精神的なダメージが拡大していった。
「ごめん二人とも、私がヘッポコなせいでこんな無駄足につき合わせちゃって……」
「ミコト。無駄だと決めてかかると、本当に無駄になってしまう」
「そうですよ、実際回数を経る毎に移動距離は伸びているではありませんか! この調子ならすぐに出られますよ!」
「うぅ、ありがとう。仲間って良いものだなぁ」
今のところ、ウィスプは視認してその存在を見つける他ない。だけれど、視認したときには実質ほぼ見つかっているわけで。気配探知のスキルを未だ持っていない私が奴を、先行して察知するにはどうしたら良いだろうと必死に考えた。
すると、そもそもウィスプって一体どういう存在なんだろう? というところにまで考えが及び、どんどん不気味に思えてくる。
あいつ、何を燃料にどうやって燃えてるんだろう? しかもちゃんと生きてるって、意味が分からない。科学的に不可解。
日本人の大半は科学脳で出来てるからね。「解らない」と「恐怖」っていうのが結構近い位置にあるんだ。
でも、そこでふと考えた。この世界で不可解と言えば、魔法由来の何か、なんじゃないかと。
魔法と言うと、MPが関わってくるってことだ。するとウィスプは、MPで体が構成されている、みたいな……そういうモンスターなのだろうか? 詳しいことはわからないけど。
もしその考えが正しいないし、いい線をいっているとしたなら、もしかしてMPの存在を探知できるようになれば、結果としてウィスプのような魔法生物? みたいなやつを察知することが出来るようになるのでは……。
「……待てよ。まさか、【霊感】ってそういう……」
私は嫌々ではあったが、この前入手した髑髏モチーフの仮面をストレージから取り出した。
後ろでオルカとココロちゃんがギョッとしているけれど、私だって内心ギョッとしている。やっぱり不気味だなこれ……。
そして恐る恐る、普段着けている仮面を外し、髑髏の仮面を装着。
すると忽ち、世界の色が変化したような、そんな錯覚を覚えた。何も変わってはいない。なのに、何かが変わった気がする。
と、不意に何か、得体の知れないものが近づいてくる気がして、ゆっくりと後ろを振り返ってみた。
「「ひっ」」
「……傷つくなぁ」
私の顔、というか仮面を見て、堪らずと言った具合に小さな悲鳴を漏らすオルカとココロちゃん。私だって好きでこんな仮面つけてるわけじゃないんだから!
とまぁ、それはさておき。何かが、曲がりくねった通路の先からこちらへ近づいてくる……気がする。
私は二人を引っ張って、とっさに岩陰へと身を潜めた。
すると案の定、ふわりふわりと現れたのは、ウィスプであった。
このことから、もしかすると霊感という特殊能力は、ウィスプのような不思議生物を感じとることが出来る能力なのかも知れない。
或いはMPの気配、とでも言うべき何かか。それとももしかして、ウィスプは実際幽霊か何かで、霊感は文字通りそれを感じ取っただけ、という可能性もある……やめよう。これ以上はただ怖いだけだ。
なにはともあれこの仮面、マヨイビトのおかげでウィスプも、ついでに他のモンスターたちの気配も察知することが出来、どうにか無事にダンジョンを出ることが出来たのだった。
どうして他のモンスターの気配まで霊感で察知できたのかについては、多分ちゃんと理由があるのだろうけれど、怖いから敢えて深くは考えないことにした。ちゃんと便利ってことが分かってよかったよかった。
その後、私達はドタバタと駆け足で街へ戻ったのだけれど、時間的に街門はとっくに閉ざされており、仕方なく街の外で急遽野営を行い一夜を明かした。
尚、マヨイビトの影響なのか、妙に幽霊とかオバケなんてものの存在に信憑性を感じてしまった私は、オルカかココロちゃんをだきまくらにして眠ったし、自分の見張り番のときはかつて無いほど全身全霊を込めてスキル鍛錬に集中した。
朝日をこんなにも歓迎した夜明けはなかった。
修行はまだまだ続く。それに際し、マヨイビトの力も必要になってくるであろうことを思うと、堪らずどんよりした気持ちになるのだった。




