第五八話 試験会議
異世界の動植物が、どれもモンスターかと言うとそんなことはなく。
普段私達が口にしているお肉なんかは、確かにモンスタードロップで落ちた食材だということもあるそうなのだが、同時にちゃんとした家畜だったり、野菜類も畑で育てられたものや山菜など、そういう普通の食材も当然用いられているそうで。
だから、朝が来れば異世界だろうと野生の鳥が鳴くのだ。眩しくも穏やかな朝の光に、チュンチュン。朝チュン。
私達は早朝の食堂にて、朝ごはんを頂きながら今日の予定を話し合っていた。
今日はどんな課題を出そうかと、声を弾ませるオルカとココロちゃん。楽しそうっすね……。
そんな彼女らに私は、昨夜考えたことを告げた。
「試験、ですか?」
「そう。ゴールも設定せず、ただ経験を積みなさいって言われてもどこを目指していいか分からないでしょ? なので、『これが出来たら鬼のダンジョンの深層へ進むことを認めます』っていうような、試験を考えて欲しいんだ」
「ふむ……確かに、一理あると思う。私にしてみても、そういった区切りになりそうなことを定めておかないと、いつまでだってミコトには修行していて欲しい、危ないことはして欲しくない、って際限なく課題を出すと思うから」
「言われてみると、ココロも似たようなものですね……」
「おい」
流石の過保護組。でも、もしそれで私がどんどん難しい課題を平気でクリアできるようになっていったら、最終的にとんでもない超人へ育つ可能性があるのでは……なんて、それは私の潜在能力が青天井であればという話か。
私個人の力じゃどうにもならない、とんでもない無茶振りをされたのでは、永遠に修行から抜け出せないことになる。それは流石に困る。
私が渋い表情を作ってみせると、二人はあははと苦笑を返し、ココロちゃんが一つコホンと空咳をついた。
「そういうことでしたら、ソフィアさんも交えて話し合いませんか? 彼女が納得せぬまま適当な試験内容を考えたのでは、今後斡旋される依頼等に影響が出かねませんし」
「確かに。でも、すごい難題を提示してきそうな気はする」
「ちゃんと公平な内容でお願いします!」
課題として、『そんなのSランク冒険者だって不可能でしょうが!』なんてものを出されてはたまったものではない。
オルカとココロちゃんには、どうか公平な判断を下してもらうよう、これでもかとお願いしておいた。過保護組にどれだけ効果があるかは定かじゃないけれど、そこはもう信じるしか無いだろう。
斯くして私達は冒険者ギルドへ向かったのだけれど、早朝は混み合うためソフィアさんを交えての話など出来ようはずもなく。
私達はとりあえずソフィアさんが受付をしているカウンターの列に並び、彼女に後で相談があることを伝えた上で資料室の使用許可をもらい、勉強をして時間をつぶすことにした。
私は経験も不足しているが、知識もまだまだ足りていないからね。ここの書物には全て目を通す勢いで挑まねば。
そうやって一時間ほど黙々と本の文字を追いかけていると、お待たせしましたと待ち人たるソフィアさんがやって来た。
資料室には相変わらず人の気配もないため、私達しかいない状況だ。丁度いいのでここで話してしまう。
彼女は私達からの話ということで、スキル関連なんじゃないかとウキウキしていたのが、私が鬼のダンジョンの奥へ行きたいという話を切り出したことで、能面のような無表情に一変。
基本的に表情筋が死にがちなソフィアさんだが、よくよく見るとしっかり気持ちが顔に出ている。意外とわかりやすいのだこの人。
なんて、変なことに感心していると、いつもより低い声でどういうことですかと問い詰められてしまった。
私は、今朝オルカたちに話した内容と同じことを彼女にも伝え、反応を窺うことに。
すると案の定、くわっと表情をしかめ、妙な迫力を発し始めるソフィアさん。
「いい度胸じゃないですかミコトさん。貴重なスキルホルダーであるあなたが、わざわざ危険な場所に赴こうというのを、この私がそう簡単に認めるとでも思いましたか?」
「だ、だから相談しに来たんですよ。どうしたら認めてくれますか? って」
「言っておくけど、試験内容を考えるのはあくまで全員で」
「ソフィアさんだけにお任せすると、とてつもない無茶振りが飛び出しそうですからね。あくまで一つの意見として発言してください」
「ぐぬぬ……では、Dランク相当の依頼を一千件片付ける、というのではどうですか。それだけやれば、相応に経験も積めましょう」
「ほら言わんこっちゃない!」
そんなの、一日に一件ずつ、しかも休み無しで依頼を消化し続けたって、三年近くもかかるじゃないか。そんな悠長にはしてられないよ。
そんなことをしていたのでは、せっかくの鬼のダンジョンが誰かの手でクリアされてしまう。クリアされてはダンジョンが消えてしまうじゃないか。
それは、ココロちゃんの抱える問題に対する何らかの手がかりが目の前で失われて行くのを、ただ指をくわえて見ていろというのに等しい。
それを阻止するためにこそ、私は試験を求めたって言うのに。
「っていうかそれ、試験じゃなくて条件じゃないですか。却下です却下!」
「受験者が却下ですか。我、試験官ぞ」
「……ねぇオルカ、ココロちゃん。もうソフィアさんを抜きで話を進めない?」
「それがいい気がしてきた」
「ですね。真面目にやる気のない人はお仕事に戻っていただきましょう」
「ごめんなさい。ちゃんと考えます」
それからしばらく、熱い討論が交わされ、なかなか結論の出ぬまま話し合いは延々と続いた。
既に昨日行った課題の内容や、これから課される修行課題についてなんかを参考に、ようやく話が詰められていったのはそろそろお昼になろうかという頃になってである。またソフィアさん、こんなところで時間つぶしちゃってるけど、大丈夫なんだろうか? なんてどうでもいいことを考えている内に、ようやっと結論が出たらしい。
「それでは結論ですが。ミコトさんに受けていただく試験の内容は、『マップ・ストレージ縛りで一般人をダンジョン五階層まで送り届ける!』です」
「一般人役は勿論、私とココロが務めるよ」
「ですが頑張ってポンコツを演じますので、ミコト様にはかなり気合を入れて貰う必要があります」
「…………」
「あ、ミコトが白目をむいてる」
第一階層だけでもきつかったのに、縛りが恐ろしく強化された上で第五階層までの護衛……だと?
こ、殺しに来てるとしか思えないんですけど。殺意さえ感じられるんですけど!
愛のムチだって言っておけば、何だって許されると思ってませんか!?
ちょ、ちょっと冷静に考えてみよう。
ええと、まずはマップとストレージ縛り。マップはまぁ経験済みだからわかるとして。ストレージは、入れるのはいいけど出すのはダメっていう縛りらしい。一度物をしまったなら、試験終了まで取り出しは不可能。つまり、荷物は全部リュックや鞄、バッグに詰めて移動しなくちゃならないってことだ。
この時点で、かなりしんどい。私が日頃、この二つのスキルにどれ程助けられているか……幸い換装スキルは使っていいらしいので、装備品の心配はないみたいだけれど。それを差し引いても、かなりの苦労が予想される。
そして、一般人の役を演じるオルカとココロちゃんを護衛しつつ、鬼のダンジョン五階層を目指せ、と。
しかもポンコツを演じるという意気込み付きだ。絶対碌なことにならない。
その上五階層というのなら、ダンジョン泊は必須。そのための荷物も要る。
水はまぁ、魔法があるからいいとしても。食料は絶対必要だし、何泊の予定になるかも予想しておいて、さらに予備も持っておかないと厳しいだろう。もう味がどうこうとか言ってる場合じゃない。
「ち、ちなみにその、オルカやココロちゃんにも荷物を持ってもらうってことは……?」
「ミコト。私はスプーンより重いものを持ったことのない御令嬢」
「ココロはやんちゃな子供です」
「……あ、はい」
「面白そうなので、私も参加していいですか?」
「だめです。私が死んでしまいます」
もう役柄まで考えてあるし。これじゃ持ってくれるとしても、軽い荷物だけになりそうだ。更にソフィアさんの参加だなんて、まじで許すわけには行かないぞ。
その上一般人というのなら、戦闘は私一人で受け持つことになるだろう。しかも護衛をしながらだから、立ち回りも考えなくちゃならないし。マップなしの索敵っていうのもまた、かなり重要になってくる。
はっきり言って、無茶振りのオンパレードだ。無理ゲー……とまでは言わないけれど、相当に修練を積まないと厳しいだろう。
「あの、質問なんだけど。試験までにスキルゴリゴリ習得しまくったりっていうのは……新たに縛りの対象になったりします?」
「なりません。ゴリゴリ習得しちゃってください!」
「ソフィアは少し黙ってて」
「覚えたスキル次第ですね。ですが、余程の壊れ性能でもない限りは制限を設けはしませんよ」
「じゃぁ、スキル習得が生命線になるかも知れないわけだ……」
スキルを使わずに経験を積もうっていう趣旨なのに、その試験のために新たなスキルを求めるっていうのは、どうなんだろうって気がしなくもないのだけれど。でも、そうも言っていられない状況なんだよな。
確かに試験内容は、今の私にとってかなり厳しいものだけれど、時間さえかければ恐らくそれくらい難なくこなせるようにはなると思う。
でも、私はその時間が惜しいんだ。
目指すのは、鬼のダンジョン深層への立ち入りが出来るだけの実力を、なるべく早く身につけること。
けれど肝心のダンジョン自体が、うっかり他の冒険者に攻略されることも十分あり得るわけで。
そうなる前に腕を磨かなくてはならない、という。普通に考えればとんでもない話だ。冒険者なめてんじゃねぇぞ! ってゲンコツを貰っても文句の言えない馬鹿げたお話。
だって経験や知識なんていうのは、もっと何ヶ月も何年も時間をかけて、しっかり身に染み込ませながら積み重ねていくようなものだ。それを短期間で詰め込もうだなんて、そんなのは染み込む前にポイポイ上っ面に情報ばかり積み上げただけの、なんちゃって冒険者でしかなかろう。
短期間の内に、長年を費やして経験を浸透させてきた冒険者達と、同じことが出来るようになる必要がある。
それはある意味、冒涜めいてさえいる。あなた達が時間をかけて積み上げたことを、私は短い時間で出来ちゃうんですよねー……なんて。品もなければユーモアもない、まるで低俗の煽りじゃないか。それに挑もうって事自体、なんとも頭の軽い話である。
でも、誰に何と思われたところで、挑まなくてはならないのだ。不甲斐ない自分を変えるために。ココロちゃんの力になるために。そして、オルカと作ったこの鏡花水月を、より盤石なものにするためにも。
「ソフィアさん。現状鬼のダンジョンをクリアしてしまいそうな、有力な冒険者が潜った――みたいな情報ってありますか?」
「そうですね、私の耳に届く情報の中には、そういう話はありませんね。挑んでいるのは今のところBランク以下の冒険者ばかりです。とは言え件のダンジョンは最下層が何階かすら分かっていませんから、もしも思いがけず浅かった場合、どこかのPTがあっさり攻略してしまう可能性というのも無くはありません」
「むぅ……やっぱり悠長にはしていられませんね」
誰かに先を越される前に、冒険者として成長し、攻略しなくちゃならない。それこそ無理ゲーじみているが、それならそれで望むところだ。私が生前どれだけの数、無理ゲーと呼ばれた難関を打ち破ってきたことか。
今回だって、なんとかしてやろうじゃないか。為せば成るのだ。
「ええい、こうしてはいられない! 試験内容も決まったことだし、早速特訓しなくちゃ! オルカ、ココロちゃん、行くよ!」
「ミコト、行く前にお昼ごはん」
「あ、それじゃぁソフィアさん、お時間を取らせてしまいすみませんでした。失礼します」
ドタバタと資料室を出て、ギルドを飛び出した私。
適当な屋台で昼食を済ませ、勇み足で街を出た。のだが。
「ミコト、試験当日はダンジョンへ向かうときもマップ使用禁止」
「うぐっ……わかった。マップ無しで移動しよう」
「ファイトですよ、ミコト様!」
前途多難である。結局いつもよりフラフラ移動しながらも、どうにかダンジョンへは辿り着くことが出来た。時間は余計にかかったが、特訓はまだ始まったばかり。
早速今日の課題を二人に尋ねる。
「それで、今日はどんな状況を想定した課題なのかな?」
「そうだね、試験の内容も決まったことだし、それも見越した訓練内容が良い、よね」
「それなら、ココロとオルカ様を二階層へ続く階段まで護衛するというのはどうですか? 勿論マップ無しで」
「? それだと昨日とあまり代り映えしないんじゃ……」
「ちなみに、私とオルカ様は不仲設定です」
「!」
「なるほど。同行者の関係が良くない場合というのも、冒険者を続けていると、結構出くわすシチュエーション」
「そうです。なので、私とオルカ様は度々、真逆の提案をミコト様に投げかけます」
「ミコトはなるべく正しい選択を、しかも出来るだけ波風の立たないように選ばなくちゃならない」
「うわぁ……人間関係が不得手な私にはよく効きそうな、超難題じゃないですかヤダァ」
早くも、私の漲るやる気に大打撃である。
ぐぬぅ、負けねぇぞ!




