第五六話 鬼のルーツ
暮れゆく空の匂いというのは、世界が違っても同じようで。胸を締め付けるような心持ちを運んでくる。
日も完全に落ちきろうかという頃、私達はようやっと街へ帰り着いた。
ダンジョンへの片道が、おおよそ二時間くらいかかる。今日はダンジョン内での成果がほぼ無かったので、帰り道はマップを見つつ、近くをうろついているモンスターを手当たりしだいに狩りながら戻ってきたのだ。
結果、結構余計に時間を食ってしまったようで。
だがまぁその甲斐あって、最低限の稼ぎくらいは確保できたはずなので、これもまた冒険者のあり方と言えるのかも知れない。
街門をくぐり、ギルドへ向かうべく人足もまばらな通りを歩いていると、不意にココロちゃんが口を開いた。
その声にはいつもの明るさもキレもない。
「すみません。ココロのせいで余計なお手間を取らせることになってしまって……」
「いやいや、気にし過ぎだよココロちゃん!」
「私もミコトも、迷惑になんて思ってないよ。ただ心配してるだけ」
「そう、それ!」
「うぅ……ありがとうございます」
鬼のダンジョンで気分を悪くしてしまってからこっち、ココロちゃんはすっかり小さくなっている。ただでさえ小さいのに。
私とオルカ二人がかりの慰めも、或いは励ましも、効果はあまり見られないようで。
どうにも彼女の中で、何か気に病むべきことが蟠りをこさえている気がする。
今は時間を与えるべきなのだろう。今日のところはギルドで収穫物を売って、さっさと宿に戻ってしまうとしよう。
私達はすっかり通い慣れたギルドへの道をなぞり、ギルドにていつものように素材の売却を行った。
普段より少ない成果に、買取おじさんも少し拍子抜けしたような顔をしていたが、私達は敢えて何も言わなかった。それで察してくれるだろう。
ソフィアさんにも軽く挨拶だけして、その日の冒険者活動は店じまい。
公衆浴場でひとっ風呂浴び、食堂でお腹を満たし、自室ではお勉強だ。
普段はココロちゃんもオルカと一緒になって、あれこれと私の知らない常識や知識なんかを語ってくれるのだけれど、今日はなかなか部屋へやって来ない。もう寝てしまったのだろうか? 少し心配である。
なんてチラチラと扉の方を気にかけていると、オルカが不意に立ち上がって部屋の扉をそっと開いた。
ココロちゃんが立っていた。
彼女はノック一つにすら苦労するので、ココロちゃんがやって来るとオルカが扉を開け、迎え入れるというのが最近の当たり前になっている。オルカの気配察知の精度は凄まじいなと日々感心するばかりだ。
まぁ私とて、マップを見れば扉の外に誰がいるかくらい分かるんだけど、常に確認してるわけでもないし、そもそも宿内でマップを見ることなんてあまりしない。結果、オルカ式自動ドアには完敗なのだ。
少し時間を置いたことで大分落ち着いたのか、ココロちゃんの顔色も先程より幾らかマシにはなっていた。
けれどその分、どこか張り詰めたような表情で部屋へ入ってくる彼女。オルカへは律儀にペコっと頭を下げてお礼を言っているが。
そうして備え付けの椅子へちょこんと腰を下ろした彼女。居住まいを正し、少し間を置いてから口を開いた。
「あ……あひょっ」
「「……あひょ?」」
「……噛みました」
顔を真っ赤にして空咳をつくココロちゃん。くっ、たまらん!
だが、茶化していい雰囲気でもないので我慢する。
「こほん。こほん! 改めまして……あにょっ、あぅ……お、お二方に話しておきたいことがありまして」
「ごめん! その前に愛でさせて!」
限界だった。
ひとしきりココロちゃんをナデナデして、どうにか落ち着きを取り戻す私。
オルカにグイグイと引っ剥がされなければ、うっかりココロちゃんを抱き枕に就寝していたところだ。危なかった。
「ごめん、話の腰を折っちゃって。それで、話しておきたいことって?」
「は、はい。実は……モンスターである鬼の、そのルーツについてのお話なのです」
「鬼の、ルーツ?」
はて、と私は首をかしげる。オルカも同じようだ。
そも、よくよく考えるとモンスターに起源だとか歴史だとか、そういうものが存在するのか、だなんて気にしたこともなかった。
だが確かに、唐突にモンスターが発生した、なんてこともないだろう。いや、絶対とは言わないが。
何せゲームみたいな世界だから、世界の外にゲームプログラマーみたいな存在がいて、ある日突然モンスターをこの世界に実装したのだとしても、私は別に驚かないと思う。
でも、もし仮にそうだったとしても、だ。オンラインゲームにはアップデートってものがつきもので、それを重ねるうちにやっぱり歴史は折り重なっていくわけだ。
だから、鬼のルーツがあったとてそれもまた不思議な話ではないのだろう。
ココロちゃんはとつとつと、驚くべき話を語ってくれた。
「今から昔、遥か昔の鬼は、モンスターではなかったのだそうです」
「「!」」
「ちゃんとした理性を持ち、モンスターのようにポップすることもなければ、リポップすることも当然なく。普通の生き物のように生まれ、そして死ぬ。言い方は悪いのですが、今で言う『亜人』のような存在だったと」
亜人。この世界で言うところのそれは、エルフやドワーフ、獣人等のファンタジーな種族を一纏めにした言葉だ。
最も数の多い人族が言い始めた言葉で、差別の意味合いで用いられる場合も少なからずあるらしい。
大昔は鬼も、人と違う特徴を持った人、として認知されていたということだろう。言葉も通じれば、理解もし合える。なるほどそれは確かに、モンスターではないだろう。
「それが、どうしてモンスターに?」
「それは……鬼の持つ『癇癪』を他種族が恐れたからだそうです」
「……なるほど」
「彼らは普段こそ温厚な種族でした。しかし一度怒らせてしまうと、恐ろしい力で見境なく暴れまわります。そのことが他種族を遠ざける原因となった、とされています」
いやに、心当たりのある話だ。
他でもないココロちゃんの持つスキル、【狂化】の特徴そのままではないか。
私はどう反応を返していいか分からず、黙ってしまった。
ココロちゃんの話は続く。
「恐れられ、排斥され、やがて人々からは化け物や怪物として扱われるようになった鬼たち。彼らは度々激怒し、暴れ、結果さらに他種族との溝を深めたそうです」
「……やるせない話」
「うん……」
「そうしていつからか、彼らの屍は黒い塵に変わり、そしてリポップするようになったそうです。その頃にはもう、理性は失われていたと」
「「…………」」
ココロちゃんはこの話を、独自に鬼について調べて回っている過程で見つけたのだと言う。古い資料や、言い伝え、学者の研究など、数度別の場所で知り得た情報なので、信憑性は高いと思われるとのこと。勿論、確証こそないけれど。
人が、モンスターに変わることもあるのか。そして鬼たちはもともと人だったと。
なんとも苦い話だ。
重くなった空気の中、私は疑問に思ったことを問うてみる。
「……どうして、その話を私達に聞かせたかったの?」
「それは……不安、だったからです。ココロは、もしかすると……いつか、鬼になってしまうんじゃないかって。とても恐いんです」
「ココロちゃん……」
肩を震わせ、彼女は涙をこぼしながら心情を明かした。
今まで溜め込んだものを、吐き出すように。
「ココロはずっと、一人ぼっちでした。初めは良くしてくれた人も、お互いを知り合う内に段々距離が開いていって、いつの間にか一人に戻って。陰口を叩かれることもたくさんありました。みんながココロを怖がるんです……まるで、大昔の鬼のように」
堪らず、私はベッドから立ち上がり、彼女を抱きしめた。小さな体で、カタカタと震えるココロちゃん。
私の胸に顔を埋めながらも、言葉は紡がれ続けた。
「誰かが……もし誰かがココロを、ちゃんと人だって。そう信じてくれるなら、人のままであり続けられるような、そんな気がして。でも、こんな話をしたら余計に恐がられるかも知れなくて。だから、ココロは……」
「私達のこと、信じてくれたんだね。だから話してくれたんだ」
「大丈夫。私もミコトも、ココロを鬼だなんて思わない。こんなに優しい鬼なんていないよ」
「ふふ、まったくだね」
鬼という種族がモンスターに変わった。それは、彼らが他種族に恐れられ、そして鬼も他種族を憎むようになったことから生じた変化であると。ココロちゃんの話からはそう読み解くことが出来る。
人に恐れられ続けたココロちゃんは、いつしか自らを大昔の鬼たちに重ねて考えてしまっていたのだろう。彼女がこんなにも善性であろうとする理由の一つは、もしかすると自身が他者を憎むことで、鬼に近づいてしまうのではないかと恐れているからなのかも知れない。
いずれ理性を失い、ただ暴れ、死んで、塵になって、また生み出されては自我もなく暴れる。そんな本当の怪物に成り果てることを恐れ、必死に自制してきたのだろう。他者を恨むまい、憎むまいと。
それが果たして、どれだけの負荷を彼女の心に強いてきたことか。想像するに余りある。
「ぅぁぁ……ぅあああっ」
わんわんと、そのまま泣きじゃくるココロちゃん。
私とオルカは二人して、彼女が落ち着くまで抱きしめ続けた。
そんな彼女が、嫌われたり、避けられたり、恐れられるかも知れないという恐怖を噛み殺し、必死に語ってくれたんだ。
自身が最も忌むべき鬼というもののルーツを。自身こそが、それに最も近しいという理屈を。
話して尚、私達ならば受け入れてくれると信じてくれた。
私もオルカも、それがとても嬉しかった。彼女を助けたいと、改めてそう思った。
結局ココロちゃんはそのまま泣き疲れて眠ってしまい、私のベッドで抱き枕と化し……げふんげふん。
わざわざ彼女を自室まで運ぶのも野暮に思えたので、私の隣で寝てもらった。
へ、変なことはしてない。ほんとほんと。
★
一夜明けて、現在は午前九時くらいか。
私達は今、再び鬼のダンジョンへ来ていた。朝一番に宿を出て、ギルドにも寄らずに直行だ。
それというのも、私が目を覚ますとココロちゃんは既に目覚めており、顔を真っ赤にして部屋の隅でプルプル震え、丸まっていたのだ。
かと思えば、昨日の暗さが嘘のようにやる気を漲らせ、今日こそはお役に立ってみせますからと鼻息荒くふんすふんす言っていた。
なので、触発された私とオルカは手早く支度を調え、簡単に食堂で朝ごはんを頂いた後、モチベーションも高く行動を開始したわけだ。
マップを確認してみると、早速下級鬼の存在を見つけてしまった。
黙っておいて、エンカウントを避けるルートへ誘導しようかとも考えたのだけれど、やっぱり伝えることにした。
「二人とも、この先下級鬼が二体。こっちに向かってきてる」
「ココロ、どうする?」
「……お気遣い、ありがとうございます。でもココロは大丈夫です。ミコト様とオルカ様が一緒なら、戦えます!」
強い瞳でそう返してくるココロちゃんは、なんだかいつもより頼もしくさえ見えた。けれど、半分は虚勢だろうことは察しがつく。
それでも、彼女の意気込みに水を差すようなことはしたくない。
私は頷き、下級鬼を迎え撃つべく戦闘準備を二人に指示した。そして自身も、アクアボムを準備する。
戦闘に備えて各々が、敵から視認できない岩陰等に身を潜めて待ち伏せる。
これも先に相手を探知できるからこそ可能な戦法であることを思えば、マップスキルやオルカの探知能力はもしかすると、私達の戦術を支える基盤となっているのかも知れない。
これまで数多のモンスターを屠ってきたけれど、それらの戦闘の殆どが奇襲による先制攻撃から成り立っていたように思う。
そして今回もまた。
下級鬼が、私達の潜む道をのっそのっそと通過しようとしたその時である。
突如、下級鬼の一体の頭に、音もなく一本の矢が突き刺さった。オルカの放ったものである。奴らのコアはどうやら頭にあるらしく、自身より格下のモンスターならばそのコアの位置を看破できるオルカは、的確な一矢でそれを射抜いてみせた。
ただ、普段であれば貫通して、床や壁に突き刺さるか、遥か彼方へ飛んでいく彼女の矢が、突き刺さるに留まるというのは奴らの頑強さの証明と言えるだろう。
下級鬼は二体。うち一体は、オルカの放った矢で見事仕留められた。だが即座に異変を察知したもう一体は警戒態勢へ移行する。オルカの矢は、連射には向かないのだ。
しかし私達もそれを傍観していたりはしない。ココロちゃんが岩陰から飛び出してくる前に、すかさず私はアクアボムを鋭く投げ放ち、奴の足元で爆ぜさせた。下級鬼は堪らずすっ転び、強かに地面へ体を打ちつける。
間髪入れずそこへフリージングバレットを打ち込めば、忽ち奴は体を氷漬けにされて、碌な身動きも取れなくなってしまった。
だが、異様なほどの膂力ですぐにでも氷にヒビが入り始める。凄まじい形相をした下級鬼には、確かに狂化の兆候が見て取れた。
しかし、そんな奴へ飛びかかったのがココロちゃんである。
ギリと歯を食いしばり、愛用のメイスをバッターよろしくフルスイング。起き上がりかけた鬼の頭は一瞬で砕け散った。衝撃映像である。
生前、海外の悪趣味な動画を目の当たりにして、気持ち悪くなったことを思い出してしまった。
これはココロちゃんもキツいんじゃないかと思ったが、一つ大きく息を吐き出し、瞑目する。そして気持ちを切り替えたように脱力し、こちらへ力なくはあるが、苦笑を向けてきた。
足元には塵に還りつつある、頭の無い下級鬼というのがなんともハードな絵面ではあったが。
私は岩陰から出て、彼女へと歩み寄る。オルカもどこに潜んでいたのやら、シュタッと近くに現れ駆け寄ってきた。
「ココロちゃん、平気……?」
「無理はしなくていい」
「あはは……はい。ちょっと、まだキツいですけど……なんとか行けそうです」
ココロちゃんはその場で膝をつくと、ドロップ品である鬼の角へ向けて小さく祈りを捧げた。
暫しの黙祷の後、彼女は語る。
「彼らが、かつてなんであったとしても。ココロの中の鬼がなんであったとしても。ココロは冒険者であり、ミコト様やオルカ様の仲間です。ですから、躊躇いはしません」
決意を言葉にし、ココロちゃんは立ち上がる。
そうして改めてこちらへ向き直ると、今度こそ決意のこもった瞳で言うのだ。
「さぁミコト様。修行を始めましょう!」
「……あ、そうだったね。それも大事な目的だった」
どうやら、ここからは私のターンらしい。
未熟な私が、経験を積むための修行が始まる。
ぅぉぉ、どうも。目が節穴の私です。
たくさんの誤字報告、本当にありがとうございます。そしてお見苦しい失態を晒してしまい、申し訳ない。
もはや誤字が多すぎて、間違い探しゲームでもこさえてる気分ですが、腐らず頑張りますので今後も遠慮なくご指摘いただけると、ビクンビクンして喜びます。
あ、でもマゾヒストではないです。




