第五一一話 つるん
クマちゃんこと、冒険者ギルド本部現グランドマスター、ダグマさん。
私が転移スキルを持っていることを知っており、イクシスさんやサラステラさんなんかと繋がりを持っていることも知っている、浅からず深からずって感じの協力者だ。
まだまだ内緒にしていることも多いからね。
そんな彼女は今、私たち鏡花水月やイクシスさんとテーブルを挟んだ向かいのソファにて、何とも渋い表情を作っていた。
ただでさえ渋いおっさんフェイスなのに、ますます貫禄が出てしまっている。
クマちゃんがこんな顔をしているのは、他でもないイクシスさんの
「ってわけで、仕事を減らしてくれ!」
という発言を受けてのことだった。
イクシス邸にて昼食を摂り終えた私たちは、すぐさまワープを駆使して王都へと飛んだ。
これには何やかんやでオルカたちも同行している。私としてもその方が心強いし。
転移に際する諸々の面倒くさい誤魔化しや偽装工作に関しては、クマちゃんがあれこれ手を回してくれているらしいので最低限で済んだ。
一応例によって、転移した際に人に見られないようにすることと、無闇に目立たないこと。
それだけ心がければ、普通に王都内へ転移しても平気平気、とか何とか。本当に大丈夫なんだろうか……。
しかしそうなると必然、イクシスさんを伴っていては目立ってしまうので、王都へは先ず鏡花水月で飛んだ。
その足で冒険者本部へ向かい、受付を済ませれば、以前長時間待たされたのは何だったんだと言いたくなるほどあっさりとグラマスの部屋へ通され。
そこからイクシスさんを連れてきたり、一通り話をしたりして、今に至る感じだ。
既に『のっぴきならない相手にリベンジするべく、修行期間を設けたい』という旨は説明してある。
しかし、勿論それをハイソウデスカと二つ返事で呑んでくれるはずもなく。
眉間のシワをグニグニと揉みほぐしながら、彼女は徐に口を開いた。
「あのね、依頼に伴う期限っていうのは、テキトーに設けられているわけではないの。こちらの都合で安々と変更なんて出来ないわ。かと言って他の特級の子に依頼を回そうにも、そう都合よく動ける子なんて居ないし……っていうかミコトちゃんとイクシスちゃんの力を前提にして組まれたスケジュールだもの。代役を立てること自体無理な話だわ」
そう言って重たい溜息をつくクマちゃん。
まったくもって返す言葉もない。
「そもそも何? そののっぴきならない相手っていうのは。しかもリベンジって言ったわよね? もしかして負けたの?! 怪我は?!」
「大丈夫だクマ姐さん。敵わないと早々に見切りをつけて、さっさと退散してきたからな」
「そ、そう。なら良いのだけれど……でも、特級ダンジョンを一〇日で落としてきたような子たちが、逃げ帰ってくるような相手、ねぇ」
ジロリと鋭い視線を向けられる。
その圧に負けて、うっかり聞かれてもいないことを喋りそうになってしまう。
でも大丈夫、心眼があるもの。このプレッシャーは、ダメ元で掛けてるだけだって分かってるもの。
仲間たちへも念話で注意を呼びかけ、どうにか重苦しい空気に耐え抜く私たち。
すると根負けしたクマちゃんは、睨みに意味がないことを悟ったのか一度目を閉じ、厳しい雰囲気を霧散させたのである。
とは言え、納得してくれたわけでは勿論なく。
「どうにもあなた達は、私にまだまだ隠していることがありそうね」
なんて、思わずギクリとしてしまうようなことを零すのだ。
瞬間小さく跳ねる、ソフィアさん以外の肩。泳ぎ彷徨う視線。
そしてその様を前に、呆れ返るクマちゃん。
「はいはい、いいわよ。分かったわよ」
そう言って肩をすくめた彼女は、イクシスさんに視線をやりながら言った。
「そもそも、イクシスちゃんが噛んでいて『のっぴきならない相手』だもの。そんなの軽視するわけには行かないでしょ」
「おお、流石クマちゃんだ! そう言ってくれると思っていたぞ!」
なんて、無邪気に笑ってみせるイクシスさんだけれど、クマちゃんの表情は困った子でも眺めるような笑みで。
「だけどどうしようかしらね、今から急いで手配しても、どうしたって討伐に遅れが出ちゃうわ……」
そう言って、改めて表情を曇らせるクマちゃん。
時折私の方をチラチラ見ながら溜息をつく彼女は、どうやら転移スキルを当てにしているらしい。
がしかし、それを人前で使うことには大きなリスクが伴うため、たとえクマちゃんが手の空いている特級冒険者を見繕ってきたとしても、それを転移スキルで現地へ送って良いものか、というのはまた別問題となる。
っていうか、それで言うと私には都合のいい人材ってものに心当たりがあるわけで。
その名を出してしまっても大丈夫だろうかと、一度逡巡した後、徐に口を開いたのである。
「リリたちの力を借りられないかな?」
その様に提案を述べてみれば、クマちゃん以外が、ふむと感心を示してくれた。
しかしリリという愛称では理解しかねたクマちゃんが、眉をしかめて苦言を呈してくる。
「もぅ、内輪で納得してないで分かるように説明してちょうだい」
「ああ、ごめんごめん」
「ミコトさんが言っているのは、特級冒険者PT蒼穹の地平でリーダーを務める、リリエリリエラさんのことですよ」
と、すかさずフォローしてくれるソフィアさん。
するとそれを聞いて、目を丸くしたクマちゃんである。
「なにミコトちゃん、もしかしてお友だちなの?」
「まぁ、そうだね。今でもちょいちょい連絡を取り合ってる仲だよ」
「ふぅん、どうやって?」
「そりゃ念話で……」
「へぇ」
「…………」
ああ、やってしまった。
黙る一同。私に集中し、突き刺さる視線。ゼノワがベシベシ叩いてくる。
「念話って?」
「…………えっと」
「ソフィアちゃん、念話って何かしら?」
「ぐっ! わ、私に振るとは、よく分かっておいでですね……」
珍しく激しい動揺を見せるソフィアさん。
ことスキルについて質問をされたなら、たとえ嘘だろうと『知りません』などとは言いたくない彼女である。
しかしこの状況。言うべきか、言わざるべきか、悩ましいところだ。
『ど、どうする? 教えて大丈夫なやつ?』
『クマちゃんの胃痛の原因を増やしそうだがな……まぁ、いいんじゃないか?』
『教えたところで、ミコトの協力がなければ意味のないこと』
『でもでも! ミコト様を指して、利用価値だなどと言い出す輩が現れかねません! 危険です!』
『だが念話の内容は、基本的に全てミコトに筒抜けなのだろう? ならば寧ろ良からぬ用途には使いにくいだろう』
『ああ、確かにそうかも』
『いいんですね? 語ってしまって良いんですね?!』
ってことで、ゴーサインを得たソフィアさんは、嬉々としてクマちゃんへ念話に関する説明を行った。
それはもう、聞かれてもいない専門的なことや、ソフィアさん独自の調査によるデータの提示、更には考察なんかを交えて長々と。
その結果……。
「わ、分かった。もういいわ、ありがとうソフィアちゃん。よーく分かったから、だから落ち着いて!」
「む。まだまだここからが面白いところですよ?」
「こ、これでも私グラマスなのよ。このあともお仕事が詰まってるから、ね? お話はまた今度改めて聞くことにするわ!」
「そうですか……残念です」
やたらキラキラした表情から、スンと普段の無表情へ帰還するソフィアさん。
ほっと胸を撫で下ろすクマちゃん。
流石のグラマスも、ソフィアさんのオタクトークには付き合いきれなかったらしい。
それはそうと、斯くして念話について理解したクマちゃん。
改めてじっと私を見ると、当然次に飛び出す言葉は決まっていた。
「ミコトちゃん、さぁ!」
「ああ、はい」
言わずもがな、というやつで。
私は抵抗するでもなく、クマちゃんにも念話のスキルを掛け、皆とやり取りが出来るよう新たなチャンネルを開設したのである。
ちなみにこの通信に関してだけど、実はウィンドウにて管理することが出来るようになっている。
視覚的に通信状況や、チャンネル管理などが出来るっていうのは非常に助かるわけだけれど。
このウィンドウって、元々はステータスウィンドウだったんだよね。多機能化が進んで、今や名前負けならぬ、名前勝ちがすぎる気がするのだけれど。
そろそろ別の呼び名でも考えたほうがいいのかな?
まぁ、それはそれとして。
『テストテスト。クマちゃん聞こえる?』
「ひゃん?! な、なに? 頭の中にミコトちゃんの声がしたわ!」
『聞こえてるね。それじゃ、伝えたいメッセージを思念として飛ばすイメージで発信してみて。繋がってるメンバーに届くはずだから』
「や、やってみるわね……」
『こう、かしら……?』
控えめに飛んでくる念話。
おー出来てる出来てると、にわかに盛り上がる一同。
すると。
『おー? 急に念話が繋がったぱわ』
『あら、その声はサーちゃんね?!』
『! ダーちゃんぱわ? 念話に入れてもらえたんぱわ?』
『そうなのよー! ミコトちゃんが口を滑らせちゃってね』
『あー、そのうちやるとは思ってたぱわー』
などと、失礼な話題で盛り上がり始める二人。
気を利かせて、クマちゃんと仲良しのサラステラさんと繋いでみたらコレである。
しかも念話の特性上、長電話ならぬ長念話をしたところで時間は然程掛からない。
そのせいで捗るガールズトーク。迷子になる本題。
私たちは暫し、クマちゃんとサラステラさんによる他愛ないやり取りをBGMに、出されたお茶とお菓子をのんびりと楽しんだのだった。




