第五一話 制覇特典
広々とした空間には石製の柱が規則正しく並んでおり、しかしそれらには五本の爪痕が深々と刻まれている。
部屋の主は塵へと還り、戦闘の痕跡として残ったのは歪な形の氷群と、転がった五つのドロップアイテムだけだった。
そして私達はそれらの品々を一つ一つ拾い集め、床に並べて三人で囲った。
「さて、戦利品の分配をしようか」
「……分配なんて、必要かな?」
「少なくとも、ココロは不要ですよ。ミコト様に差し上げます」
「私も」
「ちょっと、またそんなこと言って!」
楽しい戦利品の分配を、またしてもそんな言葉で不要と言い放つオルカとココロちゃん。
宝箱を開けて、装備品が飛び出すたびに快く譲ってくれたのには頭の上がらぬ思いだったが、流石に同じノリでボスドロップを譲ってはダメだろう!
私の目の前には、鋼鉄製の剣、盾、兜、そして鎧は同じものが二つ。それらが無造作に並べられている。
ストレージで調べてみたところ、特に特殊効果がついているわけでもなく、二人の装備適性を考えると確かに不用品かも知れないが、だったら売ってお金にするとかやり様はあるだろうに。それを要らないって。
「そもそも、このダンジョンにはミコトのスロットを埋めるために来たようなものだから、ミコトに装備を回すのは当たり前」
「そうですよ。その代わりに、ココロたちはドロップ素材なんかの売却額から、分配の際少々色を付けて頂ければそれで十分です」
「いやいや、どう考えても価値として釣り合わないのでは……」
「ミコト。もう少しよく考えてみて」
遠慮する私に、オルカが言う。
普通の冒険者はそもそも、持ち帰ることの出来る素材に限りがある。沢山モンスターを倒そうとも、それらが全てお金になるわけじゃないのだと。
持ち帰ることの出来た分だけを売って、得たお金を利益とする。だから、そういう冒険者にとっては確かに宝箱の中身というものは貴重だろう。たとえ安物の装備でも、買えば一日やそこらの稼ぎじゃとても手が出ないような品なのだ。
そうであったなら、もう少し話し合う必要もあっただろう。でも、我々の場合は土台から事情が違う。
狩れば狩っただけ、素材を持ち帰ることが出来る。それを数日に渡ってダンジョンに籠もり、得た成果とあれば決して軽視できない売却額が期待できるだろう。
まして宝箱から出てきた品と言っても、買えば確かに高いが、売ればそれ程でもない。
ボスドロップとは言っても所詮スケルトンナイトだ。もっと難度の高いダンジョンに行けば、一般モンスターとして徘徊していることもある。
そんなモンスターから落ちたものだし、特殊能力もついていないのではたかが知れているのだ。
それよりかは、素材売却総額から分配される割合を幾らか傾けてもらったほうが、普通に利益が大きいのだと。
そんな、ド正論で論破されてしまった。
「な、何も言えねぇ……」
「それにミコト。私達は仲間でしょ? 仲間の戦力が充実するのは、全員にとってのプラスだから。ミコトが気を使うようなことじゃない」
「オルカ……」
「ココロも、PTに加える予定だしね」
「あう、オルカ様……」
そんなこんなで、ボスドロップの鋼鉄シリーズは私のスロットに収まることとなった。
このダンジョンで得た装備だけで、無事幾つかのスロットは埋めることが出来た。十分な成果と言えるだろう。
私個人の成長率を見ても、望外の結果が得られたのではないだろうか。
「さて、それで。ボスは倒したけど、ダンジョン攻略ってこれでお終いなの? なんだか妙に締まりが悪いと言うか、オチが付かない感じだけど」
「ミコト様、それならご安心を。ちゃんと特典がありますので」
「え、そうなの!?」
「見て。あそこに扉が見える」
オルカが指差した先には確かに一枚の扉があり、マップで確認すると奥には部屋があるらしい。
しかし、さっきまではそんなものなかったと思うんだが、もしかしてボス撃破でフラグが立つ仕様なのだろうか?
だとしたら、相変わらずゲームっぽいなぁ。まぁいいか。
早速皆で扉の前まで歩み寄る。近くで観察すると、このボス部屋入り口に据えられていた大扉のように、装飾の施された幾分飾り気のあるものだった。
ボスフロアだから、作りに手が込んでいるということだろうか。或いは、クリア特典だからそういう意匠が凝らされているのか。
まぁどうでも良いか。そんな事を言い始めたら、このダンジョンは一体誰が、どうやって作り出したんだというような話に繋がっていくだろう。
そういうのは学者さんなんかの分野だろうし、私はただの冒険者だ。余計なことを気にしたって仕方がない。
オルカとココロちゃんに目配せをし、ゆっくりと扉を押し開いた。
すると部屋の中には、これまで見てきたものより豪華な宝箱が一つ鎮座していた。大きさは人が一人余裕で入れそうなほどだ。
「わぁ……すごいですねミコト様。こんなの始めて見ましたよ!」
「私も。本当に取り逃しが無かったんだ」
「? どういう意味?」
二人が言うには、ボスを討伐した時点で現れるこの部屋には、ダンジョン内で未開封だった宝箱の中身が送られてきて、床に散乱しているのだと言う。
しかし私達は、マップを隅々まで埋め、宝箱は取り尽くしてきたために一つもそれらしいアイテムが落ちていない。
唯一存在している宝箱は、ダンジョン制覇の特典なのだと。
「それなら、無理に宝箱開けて回らなくてもよかったかな。どの道ここに送られてくるのなら」
「ううん。もしかしたら、私達が下層に降りている間に他の冒険者が宝箱を開ける可能性もゼロじゃなかったから、取れるときに取っておくのは間違いじゃない」
「それに、隠し部屋の宝箱は例外だという話を聞いたことがあります。発見できぬままダンジョンを制覇すると、消えてしまうのだとか」
それでも普通の冒険者の場合、どんなに気をつけても幾つか取り逃しが出るのが普通であり、この部屋には幾つかアイテムが散らばっているのが当たり前だと言う。現に、オルカもココロちゃんもダンジョン制覇に携わった際にはそれを目にしたのだそうだ。
それを鑑みるに、マップウィンドウがいかに便利だったかを改めて思い知らされる。
なるほどなと私は納得し、そうして改めて目の前の宝箱へと視線を向けた
「未回収だったアイテム群が特典の一部だとして、そうなると気になるのは本命のこの宝箱だけど……ボスドロップもちょっと良いだけの平凡な装備品だったから、あまり期待しすぎないほうが良いのかな?」
「そこは、それなりに安心していいと思う。制覇特典は結構貴重な品が得られるものだから」
「もし装備品だったなら、必ず特殊能力がついているそうですよ!」
「マジですか! それなら俄然ワクワクしてきた。早速開けてみよう!」
三人で頷き合い、装飾の施された金属製の宝箱を、ゆっくりと開いていく。くっ、金属製なだけあって蓋が地味に重い。
そんな実用性に乏しい宝箱を踏ん張って開封すると、私達は揃ってその中を覗き込み、そして息を呑んだ。
「これは……」
「仮面、だね」
「しかも、なんだか不気味です」
宝箱の中にあったのは、仮面が一枚。
箱は大きいのに、なんとも贅沢な空間の使い方である。と、思わないでもないのだけれど、それより何より問題なのは仮面のそのデザインである。
一言で言うなら、髑髏の仮面だった。頭蓋骨の顔面をモチーフにしたデザインの仮面。はっきり言って、なかなか不気味な仕上がりとなっているが、ロックでかっこいい! という見方もまぁ出来る。
このダンジョンには確かに、第一層からずっとスケルトンが出現していたし、ボスもスケルトンナイトだったことから、この仮面も納得といえば納得なのだけれど。
動く人骨というのを嫌というほど目にしてきた手前、あまり喜んで手に取りたい品ではないなと思ってしまう。
「えっと、それで。オルカとココロちゃん、どっちがこの仮面を着ける?」
「ココロはシスターなので、この手のデザインはちょっと無理ですね……」
「私も遠慮する。やっぱり仮面と言ったらミコト、みたいな所あるし、多分特殊効果も付いてるから尚更」
「いやいやいやいや、私ボスドロップ貰っちゃったし、折角だから二人の内どちらかに貰ってほしいなぁ!」
「それならオルカ様が良いと思います!」
「良くない! 私にも趣味嗜好というものがあるから。この仮面は趣味じゃない」
「え。じゃぁ、勿体ないけど売っちゃう?」
「売ってしまうと、なんだか呪われそうですよね……いつの間にか手元に戻ってきている、みたいな」
「ひっ……!」
と、意外なことにここでプルプル震えだしたのはオルカだった。
さっと私の背後に隠れ、仮面が視界に入らないようにしている。
ココロちゃんは、やってしまったという顔をして後頭部をポリポリ掻いていた。
「あ、すみませんオルカ様。ただの冗談ですよ」
「そうだよオルカ。怖くないよー、呪いなんて無いよー」
「……ううん、呪いはある」
「ですね。呪いはありますよミコト様」
「ちょっと、ここでそういう話ぶっ込むの!?」
どうやら、バッドステータス的にこの世界には呪いというものが実在するらしい。
それをかけるスキルもあれば、解くスキルもあるのだと。
ちょっと、私まで怖くなってきたんですけど!
「ミコト、お願いだからストレージで鑑定してみて」
「ですね。呪いの有無くらいは分かるのでは?」
「うー、仕方ないなぁ」
私も出来れば関わりたくなくなってきたところだけど、二人に頼まれたのでは仕方ない。
恐る恐る仮面を、宝箱から直接ストレージへ収納する。そしてアイテムウィンドウを確認すると、そこに仮面の情報を見つけることが出来た。
名前は『髑髏面 マヨイビト』。アルアノイレと違って、意味の分かる言葉だ。でも意味が分かるからこそ気持ち悪い。
マヨイビトって、迷人だよね? 迷った末に骨になり、骨になって尚迷っているとか、そんなバックボーンをうっかり想像してしまう。いかにも曰く付きって感じがとても嫌だ。
そして気になる特殊能力だけど、どうやら【霊感】というものがついているらしい。
うわぁ……だよ。うわぁ。
一人で背筋を寒くするのも癪なので、知り得た情報をオルカとココロちゃんにも共有する。
結果、みんなして顔色を悪くした。特にオルカなんかは、お願いだからそのままストレージにしまっておいてと懇願してくる。
普段は飄々としているし、スケルトンとも普通に戦っていたのに、怪談が語られた途端すっかりへっぴり腰だ。なんだろう、これが庇護欲か。たまらん。
私はオルカを宥めつつ、マヨイビトは私が管理するから大丈夫だよと宣言してしまった。もう後には引けない。
そうしてようやく落ち着きを取り戻したオルカと共に、私達三人はもう何もないその部屋を一応軽く調べてから、そそくさと後にしたのだった。