第五〇七話 可愛い子には
考えてみたらまぁ、当然の話ではあるのだけれど。
私の常識、価値観っていうものは生前の世界基準で培われたものであり、この世界での物事は一度前世の価値基準や道徳観っていうフィルターを通して眺めるのがデフォルトになっている。
私の転移系スキルの力だって、真っ先にイメージとして出てくるのはゲームの情景だし。
次点でそういう超能力を持ったキャラクターの活躍する映画、とか。
だから、いまいちこの世界の人たちが私の能力を知って、どんな風に思うのか、っていうのは分かりかねているのだ。
幸い私がこれまで出会ってきた人たちっていうのは、私の能力を知ったところで過度に騒いだり、喧伝して回るようなことをせず、内密にしてくれたのだけれど。
しかしそれゆえにこそ、私の中では『その反応が当たり前』っていう勝手な常識が出来てしまっている。
偉い人に知られると悪用されるかも知れないから! なんて警戒して立ち回ってはいるけれど、その実もしもそういった恐るべき事態に陥った時、具体的に自分がどういう立場に立たされ、どういう目に遭うのか、なんていう事には想像が及んでいないのだ。
何なら、本当に私ってそんなに大層なものなんだろうか?
なんて風に、疑問に思っていたりする程だ。
我ながら、それこそ非常に危うい状態だって思う。
だからこそもっと、実感を伴って知るべきだとも。
自分が如何に『普通』とかけ離れていて、常識ってものを知らないのか。
普通の冒険者の目線や価値観に近づくことで、それが学べる気がするんだ。
だから、改めてペーペー冒険者として俗世に紛れ込み、『普通の旅』ってものを経験してみたいなと。
そんなふうに思ったのである。
みんなへそのように、胸の内を吐露してみたところ。
「なるほどなぁ。ミコトちゃんもミコトちゃんなりに、そういう事を考えていたんだな……」
と、腕組みをして頷いてみせたのはイクシスさん。
「そういう事情だったんだ……確かに、ミコトにとっては必要な経験なのかも知れないね」
レッカもそう言って、理解を示してくれた。
未だ私の詳しいプロフィールなんかをよく知らないスイレンさんは、ノーコメントだ。
そして問題の、鏡花水月の仲間たちは。
「それでも、心配……」
「そうですよ、お金も装備も最低限だなんて、万が一何かあったらどうするんですかっ!」
「あぁ……母上の気持ちが、今なら少し分かる気がする……」
「一理あるのは認めますが、かと言ってはいそうですかとは行きませんね」
理解はしてくれたようだけれど、しかしやはりと言うべきか、簡単に許可してくれる様子ではない。
そこにはきっと、単に私の身を案じてという以上の意味があるのだろう。
私が未だに見えていない、懸念すべき可能性ってものが彼女らにはきっと見えているんだ。
或いは、私がやらかすであろう能力バレに繋がりそうなポカでも思い浮かべてのことだろうか。
何れにしても、彼女らの内心には心配や不安が渦巻いていた。
しかしそれこそが、私が如何に世間知らずなのか、ということを如実に表しているのだ。
「まぁともかく、ミコトちゃんの主張も皆の意見も分かった。ならばここからは、互いに納得の行く道を模索するとしようじゃないか」
そのように促したのは、司会進行役のイクシスさんである。
そう、そのための話し合いなのだ。皆は席に座り直し、居住まいを正すと、特訓プランに関しては一旦脇に退かし、私の一人旅に関する話し合いへ集中したのである。
★
夕方から開始された話し合いも、気づけば数時間が経過しており。
途中晩御飯やお風呂休憩を挟んだものの、長きに渡りあれこれと議論が交わされた。
私の旅に関する話し合いも然ることながら、修行プランに関するアイデアも詰められていき。
気づけば時計の針は既に夜の一〇時を大きく過ぎていた。
王龍戦の撤退に始まり、レッカやクラウの治療、長時間の会議を経て、皆心身ともに疲れた様子。
一時は白熱した意見交換も、決着を見た今となってはすっかりおとなしく。何なら眠たげな空気感すら薄っすらと漂っているほどである。
そんな中、ようやっとイクシスさんから会議を締める一声が述べられた。
「えー、それでは皆長い時間お疲れ様。会議はこれにて終いだ、ゆっくり休んでくれ」
これにより、ようやっと長かった会議も終りを迎えた。
皆はくたびれた様子でノロノロと席を立ち、誰からともなく会議室を後にしていったし、私もそれに続いたのである。
結論は、出た。
ステータスアップの修行に関しては、全員が全員命を賭した恐るべき挑戦を行うことになり、はっきり言ってメチャクチャ心配である。
対して私の一人旅に関しては。
どうにかこうにか、挑戦する権利を勝ち取ることが叶った。
旅立ちを見事、皆に認めさせたのだ。
ただし、どっさりといろんな制約を課せられてしまったわけだけれど。
最近は随分マシになっていたけど、そう言えばそうだった。オルカやココロちゃんなんかは、過保護組の筆頭なんだった。
過剰なほどに私のことを案じ、何をするにも心配してしまう。そんな気質を持つ過保護組とのバトルは、それはもう壮絶なものとなった。
雨霰が如く飛んでくる杞憂の連続。
以前考案された『縛り』のルールも見直されたし、やっぱり自分もついていく、という旨の言葉を跳ね除けるのには本当に骨が折れた。
しかしなにはともあれ、一人での冒険が決定したのである。
あ、ゼノワはまぁ一緒だけどね。寧ろ、ゼノワが一緒だからこそ辛うじて認めてもらえた、まである。
でも、ゼノワの力に頼るようなことは無いだろう。
だって普通の人は、精霊術なんて使わないからね。
なのでゼノワに関しては、あれだ。私にしか見えないマスコットキャラみたいなものとして、精々見守ってもらうとしよう。
なんて事を考えながら、ゼノワを腕に抱えて会議室を出ると。
「ミコト」
と、オルカに呼び止められた。
用件を聞くまでもなく、その表情にはありありと心配の色が浮かんでおり。
私は苦笑を浮かべると、彼女へと向き直る。
すると、オルカは何かを言おうと口を開き、さりとてうまく言葉にならずにその口をキュッと結んだ。
会議で、話は決まったのだ。彼女らに出されたいろんな条件を呑んだ上での決定である。
その事実が、彼女の言葉を押さえつけたのだろう。
ひどくモヤモヤした感情を抱え、俯いてしまうオルカ。
そんな心許ない様子を見せられてしまうと、私の方こそ不安を感じてしまう。
「オルカ。心配してくれてありがとうね」
「! ミコト……」
「だけど、そんなに心配されたんじゃ、寧ろ私の方こそ心配だよ。だってオルカたちはこれから、ギリギリの戦いに挑もうっていうんだよ? それなのにそんな調子じゃ、きっとろくなことにならないもん」
「それは……」
そう。これこそが、私にとっての一番の懸念点。
私がワガママを言うことで、みんなの心が揺らいでしまうんじゃないか。その結果、戦闘に支障が出るんじゃないか。
自意識過剰っていうんなら、それで良いんだ。思い過ごしならそれに越したことはない。
だけれどもし、私のせいでオルカや他の誰かが力を十全に発揮しきれなかったとしたら、それは悔いても悔いきれない結果としか言いようがない。
「やっぱり、私の一人旅には反対?」
「……心配なの。もし何かあったらって……それこそ、ミコトと最初に出会ったあの時みたいな……」
「あー……」
この世界で初めて経験した、おっかない思い出。
仮面で顔を隠し始める前、この顔面が原因で襲われかけたことがあった。
っていうか、うん。最終的には片腕がちぎれた。嫌な思い出だ。
オルカはそんな私を救ってくれた恩人であり、だからこそ誰より私のことを心配もしている。
またあの時と同じようなことになるんじゃないか。オルカはそこを強く懸念しているらしい。
そうでなくとも、あの時より余程狙われそうなオプションを付けまくってるのが今の私だものね。
顔を隠したからって、それで安心することは出来ないのである。
けれど。
「確かに私は、オルカと出会ったあの時よりも、随分へんてこな能力を蓄えたし、秘密も増えた。だけどさ、その分力だって付けたし、知識も得た、知恵も回るようになった。冒険者としての心構えだって」
「!」
この世界で活動を始めて、それなりの時間を経たんだ。
まだまだ知らないことも多いけれど、だからと言って何も知らないわけじゃない。知ったことや学んだことだってたくさんある。
あの時の、本当に右も左も分からなかった私ではないのだ。
「オルカ、私を信じてほしいんだ。これまで一緒に歩んできて、成長した私のことを信じてほしい」
「ミコト……」
「それに、私も信じてる。オルカならたとえどんなに危険な戦いに挑んだって、きっと無事に帰ってきてくれるって。最初に私を助けてくれた、あのかっこいい姿……今も鮮明に覚えてるよ。オルカは私にとってのヒーローだからね!」
「っ!!」
ガバッと、思い切り抱きしめられた。
すると、何処からともなくワラワラ集まってくる鏡花水月のメンバーたち。
まぁ知ってたけどね。聞かれてるの知ってましたけど。でも、やっぱりちょっと照れる。




