第五〇六話 自分探し
ステータスを育てるために、もっとも効率の良い方法。
それは、兎にも角にも死力を尽くして戦うことであると。
化け物じみたステータスを持つイクシスさんから、そのように教えられた私たち。
当の彼女は心配からか、何とも複雑そうな表情で皆を見回しているけれど。
他方で教えを受けた私たちはと言えば、一様に前向きな姿勢を見せたのである。
まぁスイレンさんだけは、涙目でイヤイヤしているけれど。多分レッカに押し切られるんだろうなぁ。
さて、そうと決まれば話し合いは次の段階へと進むわけで。
普段のハキハキした様子とは打って変わって、何とも弱々しい様子で司会進行を務めるイクシスさん。
さっきまでは元気だったのに、余程クラウのことが心配だと見える。
「えー……それでは、ステータスを伸ばすための特訓をする、ということで話を進めていいのか……?」
皆から首肯ないし、無言による肯定が返り、彼女は重たいため息を一つこぼすと再度忠告を投げかけてきた。
「言っておくが、生半可な話ではないんだぞ? 文字通りの命懸けだ。何せ自ら危険に飛び込むようなものだからな……無力感に幾度も苛まれることになる。本当に命を落としてしまう可能性も、決して低くはない。それでも、やろうというのか……?」
ともすれば、脅しのようにも聞こえるその言葉。
勇者の冒険譚を知る皆は、それが誇張でもなんでも無いのだとよく知っているだろう。特にクラウなんかは殊更だ。
もっと言うなら、皆冒険者なのだ。
ステータスを伸ばすために求められるリスクが如何なものなのか。それを想像できないはずもなかった。
理解していて尚、やると言ったのだ。
そうまでして、自らを鍛えたいのだと。次こそは王龍に勝利するために、成長が必要なのだと。
であれば必然、イクシスさんに脅しめいた忠告をされたところで、今更怯むはずもなく。
皆の表情からそれを理解したイクシスさんは、一度渋い表情を作り、しかし今度は溜息を呑み込んだ。
彼女も彼女で、どうやら腹を決めたらしい。
「いいだろう。ならばここからは、如何にして自らを追い込むのか。それを話し合っていこうじゃないか」
斯くして、王龍リベンジのための話し合いはその様相を変え、ステータスを伸ばすためのストイックプラン構築へと転じたのである。
これに際し、皆からは次々に恐ろしい提案が飛び出た。
やれ装備を身に着けずにモンスターと殴り合うだとか、特級危険域長期キャンプだとか、ダンジョンボスタイマンチャレンジだとか、転移禁止のダンジョンフルマラソンだとか。
鏡花水月の基礎方針『命大事に』が全く息をしていない。
まぁ、ステータスを伸ばすっていうのは、命大事にとは真逆の立ち回りが求められることだもの、仕方がないことではあるのだけれど。
それにしても、みんなしてとんだ命知らずっぷりである。
言うだけならタダの精神、かと思えば、実際やる気満々だというのだから本当に恐ろしい。イクシスさんもドン引きである。
しかしそんな話し合いの中、どうしてもネックになるのが私の能力だ。
私が居たら、どんなに追い詰められた状況でも『最悪ミコトの能力で逃げることは出来る』って考えが生じてしまう。
皆のステータスアップを妨げている最大の要因。
それが、私の存在そのものであることは、他の誰でもない私自身がよく理解していた。
だからこそ、私はしかと挙手をしたのだ。
察しのいいオルカは、私の表情からか、はたまた所作から、或いは雰囲気からだろうか。何かを感じ、不安げにこちらを見てくる。
そんな彼女には敢えて反応するでもなく、静かに手を上げていると。同じく何かを察したらしいイクシスさんが、神妙な調子で私の発言を促してきた。
「……ミコトちゃん、どうした」
緊張に、少しばかり乾いた唇をぺろりと舐めて湿らせ。かねてより考えていた提案を、静かに口に出す。
「私、ちょっと一人旅にでも出てこようかなって思うんだけど」
瞬間、水を打ったように静まり返る会議室。
スイレンさんだけが緊張に耐えかねたのか、落ち着きなくオロオロとしており。
ゼノワが頭の上で、居心地悪そうに身じろぎした。
そんな中、最初に反応を返したのはオルカだった。
すっくと立ち上がった彼女は、妙に通る声で言うのだ。
「反対」、と。
次いでココロちゃんも騒ぎ始める。
「コ、ココロも反対です! ミコト様のお考えに背くなんて恐れ多いことですけど、こればっかりは無理です!!」
するとクラウやソフィアさんも。
「ミコトに一人旅はちょっとなぁ……」
「私の胃に穴を開けるつもりですか!」
と、反対の様子。
レッカやスイレンさんはと言うと。
「ミコト、人には向き不向きってものがあってね」
「ミコトさんのような危険生物を、世に解き放つなんて……ひえぇ~」
とか何とか、失礼なことを言うじゃないか。
そしてイクシスさんは。
「ミ、ミコトちゃんが居なくなったら、私の仕事が激しく滞っちゃうんだが?!」
などと、違った角度からの反対意見を述べてきた。
とどのつまり、満場一致で反対であると。
よもや誰も賛成してくれないとは、流石に思ってなかった。ちょっとショックである。
とは言え。
「そうは言うけどさ、みんな。よく考えてみてほしいんだ。正直、私が傍に居たらステータスアップの特訓にならないと思わない?」
ズバリと指摘すれば、誰もが一瞬口をつぐむ。とっさに返す言葉が出てこないようだ。
それでも、一拍を置いてあれこれ声が返ってくる。
「そ、そうとは限らない。ミコトに頼らなければいいだけ!」
「ですです! そのための工夫をみんなで考えるべきです!」
「仮にミコトの言うとおりだとしても、だからといって旅に出る必要はないだろう!」
「そうですよ。ミコトさんはこれまでのように、スキルを磨いていればいいじゃないですか!」
仲間たちの言うことは、まぁ分かる。
そも私は、人よりステータスが伸びにくい体質らしく、未だに装備をすべて外した時の能力は、最初の頃と大差ないくらいだ。
それにMPの最大値が上昇してしまうと、裏技の仕組みが成り立たなくなる恐れすら出てきてしまうため、何だったら私はステータスを鍛えないほうが良いまである。
それを思えば、みんなの言うように旅に出るなどはせず、ちまちまスキル訓練にでも時間を当てていたほうが、効率的な戦力アップを図れるのかも知れない。
そうは思えど。
「スキルの訓練なら何時でも何処でも出来るよ。だったら、普段出来ないようなことに挑戦するべきだって思うんだけど、そんなにいけない事なのかな?」
率直に、そのように考えを述べれば、しかし次に返ってきた言葉は至極もっともな指摘で。
「ミコトは自分がどれだけ大変な秘密を抱えているのか、全然分かってない」
「う」
オルカの鋭い言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。
そこを指摘されたら、確かに強く否定することは出来ない。
何せこの世界で活動を始めてから、未だ一年にも満たず。
たったそれだけの期間で、一体世界の何を知れるというのか。
知らないことばっかりなのだ。世界のこと、一般常識、自分自身の危うささえ。
「オルカさんの言うとおりです。ミコトさんは自身が思うよりも、余程特殊な存在なんですよ」
「そうだぞ。万一その能力の一部でも知られて広まりでもしてみろ。狙われる理由が次から次に湧いてくるはずだ」
「ましてお一人での旅など、以ての外です! 危険すぎます!!」
「お願いだから考え直して!」
さ、流石鏡花水月。
弱点と見るなり、容赦なく畳み掛けてくる。おかげで一気に劣勢だ。
ゼノワも頭をベシベシ叩いてくる。一体どっちの味方なのやら。
皆の言い分に私が不利を感じていると、不意にレッカが口を開いた。
述べられた言葉はさりとて、私を擁護するようなものでもなければ、皆の勢いを助長するものでもなく。
「そもそもさ、ミコトはどうして一人旅に出ようだなんて思ったの?」
という、動機を問うものだった。
「みんなに心配をかけるってことくらい分かってたでしょ? それなのに、それでも一人旅を選んだ理由って何かあるんじゃない?」
そのように問われ、皆の視線が改めて私へ集まる。
確かにレッカの言うとおり、旅に出るだなんて言い出せば、周囲に心配を掛けるであろう事など、簡単に予想の出来たことだ。
それでも、一人旅に出たいと思ったのは、そう。
「……みんなの言うとおり、私は未だに私自身がどれだけ特殊で、危うい存在なのかを自覚できてない。一人で旅に出れば、それを知ることが出来るんじゃないかって、そう思ったんだ」
確かに私は、ギルドのグランドマスターが特例を認めちゃうくらいにはおかしな能力を持ってるのだろう。
普通の冒険者はホイホイ転移なんかしない。空を自力で飛びもしないし、ダンジョン攻略には何ヶ月も時間を割いたりする。もしかしたら年単位とかかも。
それを鑑みれば、自分がどんなにおかしいのか想像はつく。
だけれど、想像しか出来てない。そこに未だ、実感が全く伴ってないんだ。
「だから私は、装備もお金も最低限のものだけを持って、『普通の旅』を経験してみよう。してみるべきだ、って……」
「ミコト……」
私の考えを聞き、再び神妙な空気が漂う。
どうやら、皆にとってもそこには一考するだけの意義が感じられたようで。
頭ごなしの否定ではなく、話し合う余地が確かに生まれたのである。




