第五〇話 ダンジョンボス
予定では第五階層へのアタックはまた明日とし、階段を降りる前にしっかり休息を取ることになっている。
私達は現在、第四階層へと続く下り階段を見下ろしていた。
これまでの行程を鑑みるに、気力体力共にまだ余力があり、休むには些か早い気がしているのだが。
しかし今回は、慎重になるべき理由があった。
「この下がボスフロアである可能性が高いって話だけど、どうしようか。一応確かめに行ってみる?」
「ミコト、それなら斥候は任せて欲しい。得意分野だから」
「それもそうか……わかった。オルカ、お願いできる?」
「うん。すぐ戻る」
「オルカ様、お気をつけて」
オルカとココロちゃん、二人の見立てによると、このダンジョンは五階層くらいで打ち止めだろうという話だ。
そして次が問題の第五階層。もし予想が当たっているのなら、そこはダンジョンボスの鎮座するボスフロアになっているわけで。余力があるからと言って、軽はずみに挑むのは憚られた。
資料によると、ボスフロアはおおよそシンプルな構造をしており、ボス部屋と隔てる大きな扉があると言う。
少なくともこれまで通ってきた階層の構造とは大きく異なるため、一目見ればボスフロアかどうかの判断はつくだろうとのこと。
なので、今回はオルカが階段を降りて様子を見てきてくれることになった。
もしも何らかの罠がしかけられているとしても、オルカには罠を見破るスキルがある。適任と言えるだろう。
私とココロちゃんはオルカを見送り、しばらくその場で休憩していたが、オルカは宣言通りすぐに戻ってきた。
「おかえり。早かったねオルカ」
「うん。階段出口から覗いただけですぐ分かった。構造的に、多分間違いなくボスフロア。仮にそうじゃなかったとしても……」
「構造が異なるということは、警戒するに越したことはない、ということですね」
「なるほどね。それじゃ、予定通り今日はこの辺りでお泊まりだ」
話は決まり、私は早速マップで手頃な部屋を見繕うと、揃ってそこへ移動。
ココロちゃんが魔物除けの結界を張り、私はストレージから水や寝具、食料等をぱぱっと取り出していく。
流石に手慣れてきたようで、私も以前に比べて迷いなく行動できている。
他方で、オルカはなんだか手持ち無沙汰を感じているらしく、所在なさげにしていた。
夕飯の席では、やることがないから料理でも覚えたいと発言しており、これからの活躍に期待できそうである。ストレージも拡張され、次回からは新鮮な食材の持ち込みが可能になるため、オルカには是非頑張ってもらいたい。
なんて、今日も干し肉をかじりながらそんなことを思う。
それはそれとして、明日はいよいよボス戦だ。
「ボスかぁ……一体どんな相手なんだろう。やっぱり強いんだろうなぁ」
「ミコト、そんなに心配しなくても大丈夫だと思う」
「そうですよミコト様。これまでの敵の強さから見るに、ボスも恐らく大したことはありません」
「うーん、そうかも知れないけど、備えておいて損はないでしょう? ちょっと、ボス用の作戦とか考えてみない?」
目指すのは、どんな相手が出てきてもとりあえず先制ダメージを与えること。
これにより有利な流れをものにしやすいし、単純にダメージさえ与えておけばその分余裕も出来る。
ボスが何者かは不明だけれど、相手の出方を窺うまでもなく出頭を叩ける作戦を一つ作っておけば、相手が何者であれ優勢を取れるはず。
結局その後、数パターン先制攻撃の流れを話し合い、組み上げておいて、明日の本番に備えるのだった。
★
しっかりと全員が十分な休息を取り、朝食を済ませた後部屋を出た。
体内時計もすっかり狂って、今が朝なのか、それとも夕方や深夜帯なのかも分からないけれど、ともかく疲れは取れて頭も体もスッキリしている。準備はバッチリである。
再び第四階層の下り階段前にやって来た私達は、頷きあって第五階層、即ちボスフロアへと下っていくのだった。
階段を降りきると、確かにそこはこれまでとは異なる造りをしていた。
マップを見れば、階段のあるこの小部屋からまっすぐ通路が一本伸びており、その先にかつて無いほどの広間が存在するという、ただそれだけのシンプルな構造のようで。
その情報を二人に共有したところ、この階層は間違いなくボスフロアだろうとの見解で一致した。
私達はゆっくりと歩みを進め、大広間と通路を隔てる大扉の前へ辿り着く。ここまでにエンカウントはなく、マップを見ても赤いマーカーは扉の向こうに五つほどまとまっているだけ。
このことから、恐らくこの階層にはボスやその取り巻き以外ポップしないのではないだろうか。果たしてそれが、このダンジョン特有のルールなのか、はたまた何処のダンジョンでもそうなのかは分からないけれど。
ともあれ扉を隔てた向こうには、モンスターを示す反応がマップに記されている。
扉は金属製で、私の背丈の倍はありそうなほどもあり、見上げるとそれだけで圧倒されそうな迫力を感じる。
無骨ながら装飾も施されており、堪らず緊張感が高まってきた。
「この先に、ダンジョンボスがいるみたいだ……」
「ミコト、普段どおりに戦えればきっと、それほど苦戦することもないはず」
「ココロがついていますよ、ミコト様。作戦もあることですし、きっと大丈夫です!」
「うん……よし、まずは準備しよう」
昨夜の打ち合わせ通り、私は早速先制攻撃を行うための準備を始めた。
用いるのはマジックアーツ、アクアボムだ。ただし、普通のそれではない。
私の手の上に生じた水球は、見る見る内に大きさを増していった。
それに気づいたオルカとココロちゃんはぎょっとし、何事かと狼狽してみせる。
「待ってミコト、アクアボムってそんな大きさだった……?」
「確かこぶし大じゃありませんでしたか? それがもう、人の頭くらいは……ど、どうしてこんなことに!?」
「二人が寝てる間に、MPを上乗せしてマジックアーツを強化できるようにしておいたんだ。私なりのボス対策!」
就寝時は交代で見張りを行う。野営の基本だ。しかし、ココロちゃんの結界がしっかりモンスターを遠ざけていることもあって、基本的に見張り時間というのは退屈を持て余すもの。
なので、私は毎夜二人が寝ている間、スキル訓練をゴリゴリに行っているわけだ。深夜のゲームが捗るように、スキル訓練も不思議と集中できるんだよね。
その甲斐あって、流石にMPの精密制御とまでは行かなかったが、MPを通常より多くつぎ込み、魔法やスキルの力を強化する方法は会得することが出来た。
しかしそれは新たなスキルとして顕現したわけではないため、MPを過剰に注ぎ込むこと自体はもしかすると、誰でも練習すれば出来るテクニック、みたいなものなのかも知れない。
そうして水球にどんどんMPをつぎ込み、膨らませていく。バラエティ番組で使われる、大きな風船を彷彿とさせるね。
たゆんたゆんと重力を無視して宙に浮き、今尚どんどん膨らんでいく。
昨日の時点では、通常のアクアボムを用いての作戦を考えていたのだけれど、MP過剰供給を身につけた今、ぶっつけ本番にこそなってしまうけれど、実戦投入しない理由もない。
私は頭上に右手を掲げた。その上でさながら元○玉のように肥大化していく水玉は、結局大玉ころがしに用いられる玉並みのサイズまで膨らんでいった。
「そうしたらこれを、圧縮します」
それは『圧縮することで爆発力も上がるだろう』という、割と短絡的な考えに由来するものだが、実際効果は期待できると思う。
圧縮作業にもまたMPを使い、ぐりぐりとサイズダウンさせていく。
ほんの今しがたまでゆるゆるだった水球は、なんだか硬質化したみたいに揺らぐことを忘れ、最終的にスイカくらいのサイズにまで落とし込むことが出来た。今はこれくらいがやっとだ。練習すればもっと行けそうな気はしているが、それは今後の課題としよう。
水球を携えたことで、先制攻撃の前準備は無事終わった。
他方でオルカは、私が水球を圧縮し終えるのを確認すると、扉へ近づき、なるべく音を立てぬようそっと押す手に力を込めた。思ったより蝶番は素直だったらしく、さりとて軽くもなく。そろそろと重たい扉は徐に開かれたのである。
オルカのスキルには、【消音】という文字通り音を消してくれるスキルがある。そのためか、扉が異音を鳴らすこともなく。何とか中を覗き込めるだけの隙間を開くと、すかさず彼女は中を確認した。
するとそこには……。
「鎧を着たスケルトンが五体……剣と盾も装備してる」
「スケルトンナイト、ってやつか」
「スケルトンナイトは鎧でコアが守られているため、通常のスケルトンより戦いにくい相手です。加えて剣や盾の扱いにも長け、更にボスですからステータスも普通のモンスターより高いでしょう」
「それが五体。こっちは数でも負けているし、油断できない相手かも」
「でも、あいつらなら作戦通りにダメージを期待できそうだね」
準備が無駄になるようなことは無さそうだと、私は内心ホッとしつつ、突撃姿勢を整えた。
一応、ここまでに登場したモンスターなら、何れにおいても確実に先制ダメージを与え、何ならそのまま止めをさせるような作戦を準備していたが、正解だったらしい。
私とココロちゃんがオルカへ頷いてみせると、彼女も小さく頷きを返し、再度金属の扉へ手をかけた。
反対の手を背中に回し、スリーカウントを指折り示してみせる。
三、二、一……ゼロでオルカが扉へ体当たりをかまし、人が一人通れる隙間を速やかに確保した。
すぐさま私はそこから部屋の中へ滑り込むと、雑然と並び立っていた五体のスケルトンナイトを捕捉。その中心へ、思い切り水球を放り投げた。
「行け、アクアボム!」
圧縮された水球は、狙い違わず五体の骨騎士が中心へと落ち、そして盛大に爆ぜた。
その威力たるや、何と一撃でスケルトンナイトをすべて吹き飛ばし、バラバラにしてしまうほどである。
また、圧縮から解き放たれた水分はしっかりと奴らの体を濡らしており、私の目論見に違うこと無い成果を見せている。
「次、フリージングバレット!」
勢いよく爆ぜた水球は、当然こちらにもその余波を及ぼそうとする。来襲する波は凄まじい勢いで足元へ迫り、放っておけば十中八九足をとられる事だろう。
だから、そこへ氷結の魔法を放つ。これにもまた魔力の上乗せを行い、十二分にその威力を高めておいた。
構えたスリングショットにつがえたのは、氷結魔法を込めたくず鉄の欠片。それを素早く波めがけて解き放てば、着弾と同時に劇的な効果をもたらした。
ほんの一瞬にして、着弾点を中心にアクアボムにて撒き散らされた水という水が、カチコチに凍りついたのである。
自身が狙って行ったことではあるが、ぶっつけ本番だったこともあって驚きの感情は反射的に湧き上がって来る。が、今はそれどころじゃない。ここまではあくまで、仕上げのための布石に過ぎないのだから。
私はフリージングバレット発射と同時に、すぐさまスリングショットをアルアノイレへと変更。
そして、そこに意識を強く集中させた。
夜中の内に、仮面でしっかりコツは掴んでおいたので問題はない。
装備の特殊能力を強く引き出す。願うのは、不可視の爪を更に強く鋭く、そして長く。
今凍りついているスケルトンナイトたちを、叶うなら一撃で屠るほどの力を求めた。
そして、私は勢いよく虚空へ向け、回し蹴りを一つ振り抜いて見せたのである。私のつま先は鋭い風切り音とともに、宙空を引き裂いた。
当然直接的に私の足がスケルトンたちへ届くことはない。距離的に土台無理な話だ。
しかし。
「どっ、せい!」
「……え」
「……わぁ」
蹴りの振り抜きから一瞬遅れて、驚くべき現象が生じた。
この部屋はマップからも分かるが、広い。端から端までおおよそ百メートル以上はあるんじゃないかと言うほどの、巨大な空間だ。
そんな、遠く向こうの壁面にも、規則正しく並んだ柱たちにも、それは深々と刻まれたのだ。
抉るように走った五本の巨大な爪痕が横に一閃、振り抜かれた足の延長線上に沿う形で。
そして、氷漬けにされていたバラバラの骨たちはと言えば、恐ろしいことに鎧ごとコアを切り裂かれ、既に塵へと還っていく最中であった。
それはあまりにもあっけない決着。
よく言うならば、作戦が功を奏した。しっかりバッチリハマった。反撃も防御も許すこと無く、与えたダメージが奴らの許容限界を超えたのだと。
しかし悪く言うのであれば、敵の脅威度を見誤って、過剰な戦力をぶつけただけ。オーバーキルというやつである。
「私達の出番、全然なかったね……」
「ミコト様、やりすぎなのでは……」
「あ、あれ……? ここからオルカとココロちゃんに突っ込んでもらって、優勢を維持しつつ戦っていくつもりだったんだけど……」
まさかダンジョンのボスが、こんなにあっけないはずはないだろう。
私はその後もしばらく、スケルトンナイトの復活や、増援の登場、はたまた第二形態等に備えて緊張を解かなかったのだが、他方でオルカたちはすっかり気を抜いている。
そして実際、その後別の脅威が姿を現すことはなかった。
「え、まさか……本当にこれでお終い?」
「だから言ったのに。そんなに心配しなくていいって」
「スケルトンナイトは、確かに普通に戦うと技術もありますし、厄介な敵だったかも知れませんけど、ミコト様の氷結コンボには為すすべもありませんでしたね」
「それにやっぱり、アルアノイレの力が凄まじかった」
そもそも聖魔法もあったため、先制攻撃なんて行わずとも普通に勝てただろう、と語るココロちゃん。
緊張し、張り切ってMP上乗せまで習得した私の努力は一体何だったのか……。
私だって、ゲームの初見プレイであったなら、ここまで緊張したり無闇に気張ったりもしないさ。でも、この世界では失敗すると大怪我を負うし、最悪死ぬ。死ぬばかりか、仲間を死なせることにもなる。そのリスクは到底看過できるものではない。
だから、警戒してしすぎるなんてことはないと思っていたのだけれど。
正直、肩透かしを食らった気分ではある。さながら枯尾花を怖がっていたような。
私自身のステータスはヘッポコで、それこそDランクとしてやっていくにも危ういくらいなのに、装備や仲間の力で結果が出てしまうっていうのは、何か妙な違和感を感じるな……チグハグだ。
せっかくの初ダンジョン踏破。だと言うのに、私はなんだか釈然としないものを感じ、心底喜ぶことは出来なかった。
とは言えクリアはクリア。ここまでの道のりを思えば嬉しくないはずもなく。確かな高揚もまた、胸の内には湧いていたのである。
そうして私達は早速、戦利品の確認を始めるのだった。
おかげさまで五〇話突破でございます。
それもこれも、読んでくださる方の存在あってこそですね。お世話になっております。
誤字報告もたまに頂いておりまして、本当に助かっています。感謝です!
今後ともお楽しみいただけるよう、引き続き頑張りたく思います。




