第四九九話 操り人形?
玉座を仰ぎ見ながら、私は言う。
「ごきげんよう」
慎重に顔色を窺い、心眼を駆使し。
人の形をした王様をよく観察した。イクシスさん曰く、もしかすると『龍種』とやらの可能性があるって話だけれど。
何にせよ、人の形をしているのだからお話が通じるはずだ。
そう思ってのコンタクト。
果たして結果はと言えば。
「…………………………」
無言。
圧倒的無反応。
心眼にも、これといった感情の動きは見て取れず。
まるで、私の声が全く届いていなかったかのようだった。
だけれどこれは……違うな。
「もしかして、言葉が通じない?」
「……………………」
聞こえてはいる。
けれど彼にとってはどうやら、私の声なんて鳥の囀りや葉の擦れる音なんかと大差ないらしい。
とどのつまり、言葉とすら認識していないようだ。精々がただの環境音。
後ろでは皆が、ヒヤヒヤしながら私と王様のやり取りを眺めている。
隠されし百王の塔。その中にあって更に秘されし一〇一階。
そんな場所に唯一人、ぽつんと玉座にて絶大なプレッシャーを放ちながら腰掛けているムキムキの老人が、ただの人間であるはずもなく。
それ故王と思しき彼の前にあってなお、皆は武装を解くこと無く、寧ろ何時襲われても対処できるような構えでもって控えていた。
交渉も、偉い人との話し方だってさっぱりな私が、敢えてこうして一歩前に出ているのは、私に自動回避や心眼のスキルがあればこそだ。
急に戦闘が始まったとしても、私ならどうにか出来る。少なくとも逃げることくらいは可能だ。
たとえそれが、ドラゴンを相手にしたところで変わりはしないだろう。
故にこそ、私はさらに言葉を投げる。
「言葉が通じないなら、念話なんてどうかな?」
「……………………」
「むぅ。ええい、物は試し」
私は意を決し、一言皆にこれからやろうとしていることを告げると、早速念話のパスを王様相手に繋ごうと試みた。
相手が応じればその瞬間、言葉など通じなくたって意思の疎通が可能になるはずなのだけれど。
しかし。
「! ダメか……」
「……………………」
拒まれてしまった。いや、拒んだという風ですら無かった。
まるで非対応とでも言うべき手応えの無さ。
こんな感触は初めてだ。はじめからただの人ではないと身構えてはいたけれど、どうにもこの王様には違和感がある。
何ていうのかな……こう、生き物を相手にしてる感じがしないっていうか。
まるで人形にでも話しかけているような……いや、違うな。うーん。
私は油断なく王様を観察し、そのどこか無機質な表情を眺めるうちに、ふと脳裏をとある言葉が過ぎったのに気づいた。
それと同時、いよいよ痺れを切らしたのだろう。クラウが念話を飛ばしてきたのである。
『ミコト、どうする? どうにも会話の出来る相手ではないようだが』
『かと言って、襲ってくる感じでもない』
『今のところは、ただ迫力のある寡黙な老人という感じですね』
『どうしましょう? いっそのことここは、一発ガツンとやっちゃったほうが良いですか?』
『いやいや、流石にそれはちょっと待って』
腕白なココロちゃんにストップを掛けつつ、私は今しがた脳裏をかすめた言葉を反芻する。
ゲーム、殊更RPGなんかでは必ずと言っていいほど登場する、ゲーム世界に無くてはならない存在。
それでいて、私がゲームのようなこの世界に於いて、これまで一度も出会ったことのないそれ。
そう、即ち。
ノンプレイヤーキャラクター。所謂『NPC』である。
改めて王様を観察する。
一見すると、プレイヤーと何ら変わらずそこに生きているような。
それでいて、特定の内容しか言動を持ち合わせず、それ以外は精々がランダムパターンに支配された行動しか取らない。
器だけの、空っぽの存在。ゲーム制作者の操り人形。
玉座に腰掛けているこの王様はまさしく、何ら命令を受けていない状態のNPCを彷彿とさせたのである。
もしこの想像が正しかったとするなら、もはや龍族がどうとかいう以前の問題だ。
NPCが実在するのなら、『それを配置した製作者』の存在までもがチラつき始めてしまうのだから。
この隠しフロアには、もしかするとそれに関わる何かしらの手掛かりが存在するのかも知れない。
或いは私の勝手な勘違いやも知れないけれど。
何にせよ、確かめてみる他ないだろう。
『よし。とりあえず、フロアの探索をしてみよう』
『ぅえ~?! そ、それって大丈夫なんですか~?!』
『そうだよ、王様を怒らせちゃうんじゃない!?』
私の提案に、スイレンさんとレッカが慌てて異を唱える。
けれど。
『それを確かめる為にもやるんだよ。もしも私の想像が正しければ、この王様はちょっとやそっとじゃ怒ったりしない……いや、どこに地雷が隠れてるかは分からないんだけどさ』
『ダメじゃん!』
レッカのツッコミをスルーしつつ、私は考えを巡らせる。
仮定の話だ。
この王様をNPCだと仮定するなら、私たちのどんな行動に反応するだろうか?
例えばこちらから攻撃を仕掛けた場合、戦闘が始まる可能性は大いにある。
これがゲームだったなら、無敵設定が施されていたり、友好的なNPCでもなければ、キレて反撃してくるっていう自衛設定がなされている事は十分に考えられる。
っていうか無敵のNPCとか、正直考えたくもないな。でも最悪、そういうのが居る可能性だって考慮しておかなくちゃ。かなり眉唾めいてはいるけどね。
それから他に、反応を示しそうな行動だけど。
もしかすると特定の行動をとったり、鍵になるような話題を振ったりすると、何かしらのリアクションを見せてくれるかも。所謂フラグを立てるってやつだ。
設定された条件を満たした上で話しかけると、会話の内容が変化したりっていうアレ。
後は、ここから去ろうとしたら呼び止められたりとか。
大雑把にはそれくらいだろうか?
何にせよ、急に戦闘が始まるって展開は考え難い。
勿論、これらの予想はあくまで『彼が本当にNPCであれば』という前提のもとで成り立っているため、そこが否定されたのなら台無しになってしまうのだけれど。
しかしそれならそれで、何かしらの進展があるだろう。
ならば何れにしたところで、こちらから動く必要はあるのだ。
『ともかく、彼の反応を見るためにも試してみよう。どの道このままじゃ埒が明かないんだし』
『ふむ……まぁ、それもそうだな。了解だ』
クラウが納得し、了承してくれる。他の皆にしても、緊張の色を見せつつも反対はないようだ。
『それじゃ、探索をするに当たって注意してほしいことがあるんだけど』
皆へ注意事項として述べたのは、『王様へ攻撃や危害の類を加えないこと』『声はなるべく出さず、やり取りは念話にて行うこと』『勝手に下の階へ移動しないこと』という三点。
皆の了解を得たなら、いよいよ実行へと移していく。
『もしかすると私の思い違いで、普通にバトルが始まる可能性も全然有るから、その点は常に念頭に置いて警戒しておくように!』
最後にそう警告すると、皆でじわりじわりと玉座の元より離れたのである。気分はさながら、警戒態勢の肉食獣から距離を取る時のそれ。緊張した。
しかしやはりと言うべきか、幸いと言うべきか、私たちが遠ざかっても王様に変化は見られず。
皆は解せない様子で首を傾げつつも、早速探索作業へと取り掛かるのだった。
当然、念話にて説明を求める声はすぐに届いた。
隠すようなことでもなければ、隠すつもりもないため、私は自身の考えを皆へと共有する。なお、イクシスさんも聞いている。
結果『いやいやそんなまさかー』という尤もな反応をしたのはスイレンさんだけで、皆は存外真剣に取り合ってくれた。
『確かに、今のところ辻褄はあってる』
『だとすると、何が鍵になるかですね』
『戦闘になれば、強敵なのは間違いないだろう。特殊な存在だというのなら尚の事な』
『技能鏡を使ったら怒らせてしまいますかね? ちょびっとなら……』
『ちょ、やめてよ! それで戦闘になったらシャレにならないよ!』
スイレンさんに関しては、まだゲーム云々って話がうまく理解できていないのだろう。
っていうか、この世界がゲームみたいなんです! なんて私の話自体、普通に考えれば世迷い言だものね。無理もないことだ。
ともあれ、皆の反応が意外だったらしい彼女は一人大いに狼狽え、『み、皆さんがそうおっしゃるのであればー……』という具合に、協力してくれることになった。
斯くして、このだだっ広い玉座の間探索が始まったわけだけれど。
さて、何か見つかるだろうか?




