第四九七話 スーパースキルと幽霊階段
スーパースキル【物理無効】。
正しくは、物理ダメージ無効化ってことらしい。オフィシャルで略称出してきちゃった感じだ。
効果の程は黒騎士戦で体験済みであり、使いこなせたなら間違いなく強力な武器になるはず。
それ故か、或いは単にスキルを愛でたいがためか、ソフィアさんは早く使ってみせろと催促してくるのだけれど。
当の私にしたって、反復練習を行いたいという意欲こそあるのだけれど。
それでも、あの難度を思えば、自然と気持ちがげんなりしてしまうのである。
喩えるならそれは、超精巧な美少女フィギュアを一から手作りし、完璧に塗装まで仕上げる工程を、「はい、全く同じ物をもう一体お願いしまーす」って言われているようなもの。
そんな気軽にホイホイできるか! って文句の一つも言いたくなるくらい疲れるのである。
とは言え、苦手意識を持つのはよろしくない。
たとえ発動自体が超難度のスペシャルスキルだとは言え、練習しなくちゃ上手にはならないのだ。
慣れていかなくちゃならない。
分かってはいる。分かってはいるのだけれど。
「はぁ……」
「ため息なんてついていないで、早くやって下さい」
「ぐぬぅ……わかったよ」
スキルのことになると、天使にも悪魔にもなれる。それがソフィアさん。
因みに今の彼女はデビルソフィアさんである。私の主観によるものだけれどね。
他方でみんなはと言えば、同情や励ましの視線や言葉を投げてくれる。
スイレンさんだけは、また何やら顔を引き攣らせているけれど。
あと、イクシスさんも何だか期待の眼差しを向けてきてる。それだけ物理無効が珍しいってことだろうか。
終いには頭の上のゼノワにまで急かされたことで、観念した私は静かに集中力を高めていった。
先ずは先程の戦闘中、掴んだ手応えを呼び起こすところから始める。
黒騎士のお手本や、物理無効を再現するのに辿った手順を一個一個丁寧に思い出しながら、魔力をこねくり回す私。
スキルシミュレーターにて、発動するスキルのイメージを確かめながら、徐々に徐々にカタチを作り込み整えていく。
当然のように特殊スキルに分類されるため、こうやって発動する度に魔力のカタチをガッツリ練り込まなくちゃならないし、その上このレベルで難度の高いスキルともなれば、同時に別のスキルを発動することなんて出来ないだろう。魔力のカタチが乱れちゃうからね。
他の特殊スキルであればまだ、ある程度の遊びがあるから別のスキルを同時に発動することも可能だけれど、これは流石に無理。
そう考えると、黒騎士はこんな苦労もなしにツルッとペロッと物理無効を使いこなせていたのだろう。なんて羨ましいんだ……。
そんな雑念をたまに交えながらも、むーむーと苦戦すること五分あまり。
ようやっと手応えを感じた私は、一気にそれを発動させた。
「来た、【物理無効】!」
瞬間、ギュルンと吸われる私のMP。まだ調整が甘いせいか、消費がエグい!
しかしそうは言えども成功である。今の私に物理的なダメージは一切通らない! はず!
するとその時だ。
「では早速……」
そう言って、スチャッと弓を構え矢をつがえるソフィアさん。
狙う先は、私である。しかも左肩を穿つ気満々じゃないか! しかも至近距離!!
「えちょまっ」
ビシュッ!
問答すら無く、解き放たれた矢は鋭く飛来し。
そして。
私の服に触れるか触れないかというところで唐突に勢いの一切を失うと、ポテンとそのまま床の上へ落下したのである。
その際、私の靴に接触しようとしたのだけれど、何とこれも静かに弾かれ。
「おおおおお!!」
と皆がどよめく中、テンションの上がったレッカとイクシスさんが飛びかかってきた。
が、二人の手は私に触れることすら叶わなかった。
「な、なにこれ?! 表面に膜でも張ってるみたいに、全然触れないんだけど!」
「すごいな! 本当に再現できてしまったのか!! いや、本当にすごいなミコトちゃん!!」
二人の感想を受け、他の皆も一斉に殺到する。
興味本位に触ってこようとするが、そのいずれもが身体や服にギリギリ触れるか触れないかというところで逗まってしまうようだ。
ゼノワも不思議そうに頭を叩いてくるけれど、流石は精霊。皆とは違って、彼女だけは普段どおり普通にダメージを通せそうである。まぁうちの子はそんなことしませんけどね!
「っていうか待って、MP消費がエグいから一回解除するよ! 攻撃しないでね?!」
特にソフィアさんへ向けて強くそう言い含めた後、物理無効を解除。
裏技にてMPを補充し、ようやっと一息ついたのだった。
すると早速、ソフィアさんが問うてくる。
「それで、使ってみた感じはどうでしたか!?」
「あー、うーん。とりあえずMPを大量に使うから、もっと念入りに調整しなくちゃダメかも。それに何より発動までが大変で、ちょっと実戦には使えないかなって感じ」
私の答えに、やや残念そうにしたのはクラウやイクシスさん。
他の面々は「まぁ、それはそうだよね」ってなもので。
しかしソフィアさんだけは、興味の対象が戦闘に使えるかどうかではなく、スキルそのものに向いているため、全く興奮が冷めた様子もなく。
「なるほど、それではもっとたくさん使って、先ずは安定させられるよう頑張って下さい! 訓練には勿論、私がバッチリ付き添いますからね!!」
「えぇ……」
「ミコトさんなら出来ます! さぁ一緒に頑張りましょう!!」
こういう時だけやたらハツラツとするソフィアさん。
その覇気を、ぜひ戦闘中にも発揮してもらいたいところなのだけれど……。
なんて私が気圧されていると、助け舟を出してくれたのは流石のオルカであり。
「ところで、そろそろ階段を見に行かない? 上に何があるのか気になる」
そう言って話題を逸しに掛かってくれたのだ。
するとこれにはイクシスさんが首を傾げ。
「階段? 上ということは、まさか更に登りの階段があるということか?」
チャンス到来である。
「そうそう、そうなんだよ! ヒントにあった条件を全部満たしたら、ボス部屋に登り階段が現れたんだ!」
「なんと……それは興味深いな。よし、早速皆で調べてみようじゃないか! もしかするとさらにすごい武器が眠っているかも知れないぞ!!」
勢いに便乗してイクシスさんの問へ返答すれば、案の定勢いよく特典部屋から飛び出していく彼女。
皆もそれに続くように、次々にボス部屋へと戻っていく。
最後に残された私とソフィアさん、あとゼノワも。
「物理無効の特訓ならちゃんとやるから、今は階段を見に行こ?」
「グルゥ」
「むぅ……絶対ですからね!」
ということで、共に皆の後を追ったのだった。
そうして特典部屋を出てみると、階段付近ではイクシスさんが何やら首を傾げており。
しかし不思議なのは、そんなイクシスさんを見て他のみんなも同じく首を傾げていることだった。
一体全体みんなして何をしているのだろうかと、ソフィアさんやゼノワとともに駆け寄ってみれば。
「?? ぬぅ、私にはその階段というのがさっぱり目に掛からないんだが。それはこの辺にあるのだよな?」
そう言ってウロウロと歩き回るイクシスさん。
どうやら彼女には、登り階段が目に見えていないらしい。
それどころか。
「す、すり抜けてる……」
「奇妙な光景ですー!」
イクシスさんの体は、さながら当たり判定のない3Dモデルにでも接触した時のように、ぬるっと階段の中へ埋没し、そして突き抜けたのである。勿論、それで階段が破損するようなこともなく。
まるで幽霊階段だ。イクシスさんにはどうやら本当に、見ることも触れることも出来ないらしい。
ゼノワがまさにそんな感じか。そういう意味では、見慣れた光景に近いものがある。それゆえみんなほど大げさに驚きこそしなかったけれど、不思議な現象であることは間違いなかった。
そんな中、顎に手を当ててオルカが言う。
「条件を満たしていないから、階段を認識できない……?」
「なるほど、そうかもですね」
「ということは、母上はお留守番だな」
「そんな!! やだやだ! 私も上に登りたい!! 何だったら今すぐ一階層から駆け上がって来るが?!」
「本気でやりかねないところが何ともイクシス様らしいですね……尤も、スキルが絡むのなら私も負けてはいませんが!」
「いや張り合わなくていいから。っていうかダンジョンボス倒しちゃったから、今からじゃどうしようもないって」
尚もやだやだと駄々をこねるイクシスさんを皆がなだめる傍らで、私はため息をつき、ふと階段の上を見上げて考えた。
ダンジョンボスである黒騎士。
果たして、あいつが真・隠し部屋で言うところのガーディアンだったのだろうか?
それに『真なる王』って言葉も引っかかってる。
だって黒騎士ってば、王様らしくはなかったもの。あれはどっちかと言えば、王を護るナイトだ。
だとするなら、もしかするとこの上に真なる王様が居る可能性だって残ってるんじゃないか。
そう考えると、今すぐこの階段を上がるっていうのは何だか危険なことのように思えてきた。
私は一つ固唾を飲み込むと、皆へ向けて今思い至った可能性について語って聞かせた。
その上で。
「今日のところは疲れたし、この階段を登るのは明日にしない? 万が一ってこともあるし」
そのように提案したのだった。
斯くして、まだ午前の内なれど、私たちはイクシス邸へと引き上げたのである。




