第四九五話 黒騎士戦決着!
『それで、どこを狙えば良いんですか?』
魔術の発動準備を無事に終えたソフィアさんが、そのように念話にて問いかけてくる。
考えてみたら現状、狙うべき対象である黒騎士の核を宿せし頭部は、壁の深い部分へ埋没してしまっている状態である。
そして問題のその壁からは、先程よりビシバシと紫色の熱線がこちらを狙って飛んできており。
魔術の発射に伴い姿を晒そうものなら、光の速さでその熱線に貫かれてしまうに違いない。
かと言って、今私たちが防壁代わりにしているのは、黒騎士の身体を封じ込めている二重隔離障壁。
ぶち抜いて壁を狙う! なんて力技は使えないし、もし障壁を解除しようものならその瞬間奴が襲い掛かってくるに違いない。
それらを鑑みると、考えなしに魔術を放つことが如何に危険かが分かろうというもの。
しかし、普通にやってダメなら工夫すればいいだけの話。
解決法は、私にとって然程難しいわけでもないしね。
先ず透視のスキルで奴の頭部がどこにあるかを確認。ついでに可視化マーカーを付けておく。
次に、スペースゲートの発動準備を整えたなら、ソフィアさんとタイミングを合わせる。
魔術が発動したなら、その瞬間ゲートを開通。
結果、ゲートから飛び出した魔術が壁を穿ち、その奥に潜む黒騎士の核を、その頭部ごと消し飛ばそうというわけである。
『──っていう段取りなんだけど、大丈夫?』
『威力は足りますか?』
『そこはブーストリングも併用するから安心して!』
『い、一体幾つの魔法やスキルを併用できるんですかー……』
『え、うーん。内容にもよるかな。特殊魔法の類を使ってる時は、流石に随分制限がかかっちゃうけど。あ、でも今回はそんなに大変でもないよ』
『…………』
質問しておいて急に黙ったスイレンさん。ちらりと様子を窺ってみれば、正に死んだ魚のような眼をしてこっちを眺めていた。そっとしておいたほうが良さそうだ。
ともかく、ソフィアさんとの打ち合わせは成ったので、あとは実行に移すのみである。
予定通り早速透視のスキルにて壁の中を観察。
すっかり壁に取り込まれてしまっている黒騎士の頭部を認めたなら、そこに目印がてら可視化マーカーをくっつけ。
そうしたなら後は、適当な方向へ向けてソフィアさんに魔術をぶっ放してもらうのみ。
それならばと、後方へ向けて撃ち放つことにしたソフィアさん。その手元にブーストリングのスキルを展開すれば、これみよがしにゼノワが便乗してきた。
『ガウガウ!』
『!』
ゼノワの姿も念話の声も、私以外には届かない。けれど二重に現れたブーストリングを見て、ゼノワの助力だと察したソフィアさんは、敢えてそこにリアクションを見せるでもなく。
『それでは、行きます』
と、早速魔術発動の体勢へ移ったのだった。
その瞬間、もしかしたら嫌な予感でも覚えたのか、頭部から曲射ビームが放たれ、こちらの行動を妨害しにかかってくる。
が、心眼で読めていればこそ対処は苦でもなく。むしろ、
『奴が自棄を起こしてる今がチャンス。ソフィアさん発動しちゃって!』
『分かりました』
ぱん! と、彼女が手のひらを胸の前で打ち合わせる。
曰くそれは、二つの術式を融合させるための動作なのだとか。
合わせた手をグリンと回すことにより、術式が噛合わさって強力な魔術が発動すると。そんな話を、このまえドヤ顔で語ってくれたっけ。
説明されたところで、一体何をどうしたらそうなるのか、さっぱり想像すらつかない話だったけれど。
しかし実際、ソフィアさんの中で二つの大きな力がぶつかり合い、見事に融合し、より強大な力として顕現しようとしているのが伝わってくる。
そして直後であった。
ソフィアさんの目前より、生じたるは一個の球体。
白と黒の渦巻く光の玉。属性すら定かじゃない奇妙な、それでいて悍ましい破壊力を想起させる実体無きボール。
それはふわふわと二重のブーストリングをくぐり抜けると、一層強烈なプレッシャーを発し始め。
眺めているだけで、ただならない不安感が胸中に漂ってくるような、恐るべき代物と化したのである。
『ず、随分とゆっくりだね。加速は出来るの?』
『ええ。いつでも』
『わかった。それじゃスペースゲートを繋ぐから、一気に走らせて』
『了解です』
頭部より飛来する妨害ビームの切れ間を狙い、私はソフィアさんの目の前と、奴の頭が埋没した壁の真ん前をスペースゲートにて繋いだ。
そして。
『今!』
合図とともに、バシュンと消える白黒の球体。
いや、消えたと見紛うほどの速度で放たれたのである。
視界に残るのは残像のみ。私たちがその軌跡をようやっと追いかける頃には、すべてが終わっていた。
最初に気づいたのはレッカだった。
『! 見てみんな、黒騎士の身体が!』
言われ、一斉に全員が振り返ってみると。
二重に展開された隔離障壁の内側。そこには、身体が解け黒い塵へと還る黒騎士の姿があったのだ。
それの意味するところは、核の消滅ないし、HPの枯渇か。今回は前者だと思われる。
その証拠に、奴の頭が埋没していた壁には大穴が開いており。
規模こそ然程大げさなものではなかったけれど、恐らく破壊の密度は私の想像を軽々と超えるほどのものだったのだろう。
特級レベルのモンスターともなると、核が異様に堅いのだ。それを黒騎士の頭部もろとも容易く消滅させたというのが、正にその証拠である。
ソフィアさんの魔術は、どうやら今なお進化を続けているらしい。
ともあれ、決着である。
私たちは皆でしかと脅威が去ったことを念入りに確認し、ようやっと隔離障壁を解除したのだった。
しかし安堵するにはまだ早い。
「みんな怪我は? HP減った人っている?」
今回の目標はあくまでノーダメージでの勝利。ただ勝つだけじゃ意味がないのだ。
それを確かめるべくそのように問いかけたのだけれど。
「ミコトさん【物理無効】はどうなりましたか?!」
と、私がノーダメージを気にするより尚、鬼気迫った表情で問いかけてくる者の姿があった。勿論ソフィアさんである。
かと思えば。
「ミコト、何か来る!」
と、いち早く異変に気づいたオルカがそのように注意を促してきた。
損ないかけた緊張感を持ち直し、急ぎ彼女の視線の先を追えば。
「! 天井が、降りてくる……!?」
ゆっくりと天井の一部が稼働し、部屋の中心へ階段を形成し始めたのである。
そう、上り階段だ。百王の塔一〇〇階層をクリアして尚、階段が現れたのだ。
これには皆、戸惑いが隠せなかった。
がしかし。
「ミコト様、広間の奥に扉が出現してます!」
「え、あ、ほんとだ」
「特典部屋ですかねー? だとしたら、やっぱりさっきのはダンジョンボスで間違いなかったってことですかー……?」
「ふむ、そうなるとこの階段は……」
ココロちゃんの言ったとおり、広間の奥にはいつの間にやらダンジョンのクリア特典部屋へ続くと思しき扉が出現しており、マップを見てもどうやらそれっぽかった。
ぐるりとボス部屋を囲うように一周していた通路。しかしその構造が変化し、見覚えのない部屋が一つ形成されているのだ。
一応透視のスキルで中を覗いてみても、特典部屋で間違いない様子。罠とかではないみたい。
すると謎なのは、この階段である。
しかし皆、首を傾げながらも既に察しはついていた。
「多分だけどこの階段、ノーダメージクリアに成功したから現れた、隠し部屋……っていうか、隠しフロアへの入り口ってことなんじゃないの?」
私がそのように見解を述べたところ、誰かがゴクリと固唾を飲み。
スイレンさんが震えるような声で言うのだ。
「つ、つまりー、あんな恐ろしいダンジョンボスを、本当に無傷で倒しちゃったってことですかー?!」
今更になってワナワナし始めるスイレンさん。
その背をレッカがぽすんと叩く。
「勇気を出して参加した甲斐があったね。スイレンも私も含めた、みんなで勝ち取った勝利だよ!」
彼女のその言葉を、皆で頷き肯定する。
「違いない。各々が各々の出来ることをした。ベストを尽くした。だからこそ叶った無傷の勝利だ」
クラウが力強くそう述べれば、スイレンさんはようやっと実感を得たのだろう。
ヘナヘナとその場に座り込み、しかしその顔はだらしなくニヤけていた。
「まさか、こんな私がー……ただの歌うたいなのにー……!」
「それなら今日からは、『すごい歌うたい』」
「そうですね。黒騎士の強さは間違いなく特級ダンジョンクラスのボスに比肩していました。それと対峙しておいて、ただの歌うたいはありませんね」
「ですです。実際スイレンさんの歌にはたくさん力をいただきました!」
「今のうちにサインでも貰っておこうかな?」
そんな具合に一頻り勝利の余韻を噛み締め、皆で健闘を称え合うと。
ようやく落ち着きを取り戻したスイレンさんが、大穴の空いた壁を眺めて言うのだ。
「それにしてもー、最後のアレは何だったんですかー? 見たことも聞いたこともない魔法? でしたけどー」
問われ、ギクリとする一同。
さりとてそれを繰り出した張本人は、眉一つ動かすこと無く答えた。
「【閃断】と同様、特殊な魔法ですよ」
「ほえー、流石特級冒険者ですねー! すっごくすごかったですー!」
真顔で言えば、結構疑われもしないものである。
まぁ魔術なんていうのは、ソフィアさんの生み出した新しい技術だしね。
傍目には魔法との違いなんて分からなくて当然である。
っていうかスイレンさん、作詞も仕事の内だろうに、そんな語彙力で大丈夫なんだろうか……。
まぁ何にせよ、斯くして私たちは『もう一つの百王の塔』攻略に成功したのだった。
けれど鏡花水月にしたら、寧ろここからが本番。
ヒントに記されたクリア条件を満たすことで、ようやっと出現した隠しフロア。
果たしてそこに待ち受けるものとは何なのか。
逸る気持ちを一旦飲み込み、私たちは一先ず特典部屋へと向かったのである。




