第四九三話 首なしの黒騎士
白から黒へ。
月並みな表現だけれど、それはさながら闇落ちのようだった。
清廉な印象すら覚えた鎧や大剣は、色どころかそのフォルムからして禍々しく攻撃的なものへと変じ。
変身直後、凄まじい魔力を込め振り上げたその巨大な大剣には、恐るべき破壊の概念が凝縮して見えた。
彼我の距離は一〇メートルほど。如何に剣が大きいとは言え、流石に間合いの外である。
が、心眼はこれより放たれる一撃の正体を、全体攻撃の類であると看破している。
故にこそ仲間たちを退避させ、こうしてクラウを盾にしているわけだけれど。
目標は依然としてノーダメージでの勝利。
果たしてあの一撃を、クラウが無傷で耐えきれるかどうか。ここが一つの分水嶺であることは間違いない。
私は黒宿木の力を駆使し、クラウへはありったけのバフを、首なしの黒騎士へは逆にデバフをてんこ盛りにして、その瞬間へ備えたのである。
ゼノワにもワガマママウントフラワーを装備させ、バフフィールドを発生させているため能力の底上げは十分なはず。
後はクラウ次第だ。
そして。
とうとう振り下ろされた大剣。明々たる紫炎を纏い、激しく床へと叩きつけられたそれは、瞬間大爆発を引き起こした。
これではクラウお得意のジャストガードも意味を成さないだろう。
しかし私と彼女の対応は素早く。展開したのは絶対の防壁、隔離障壁。
二枚重ねのそれは、万一片方が破られたならもう片方がカバー。その間に再展開し、障壁を維持するという純粋な二枚重ね以上の耐久力を発揮する。
ましてバフをしこたま受けたクラウと、黒宿木を発動している私の隔離障壁は常時のそれよりなお強固。
相手がデバフで弱っていることも相まって、爆発を凌ぎ切ることは然程の難題ではなかった。
それでも、隔離障壁に罅を入れるほどには強烈な威力だったけれど。最強の障壁のはずなのになぁ。
しかし驚いたのは、そんな一面が煙と光に覆われる最中、障壁に直接叩きつけられた大剣である。
なんと奴は爆炎の踊り狂う中をお構いなしに駆け、一息に間合いを潰すと攻撃を仕掛けてきたのだ。
『ぐ、なんて奴だ!』
『大丈夫、障壁は破られてない。それより問題なのは、奴のあの耐久力だよ』
『グルゥゥ』
大剣による攻撃は執拗なほどに続いた。隔離障壁に罅を入れるほどの大爆発の中でも、それを脅威とすら認識していないような淀みない太刀筋だ。
私のデバフを受けてなおアレというのは、流石に納得の行かない話である。
『多分だけど、無効化系のスキルを持ってる。爆発を無効化してるのか、それとも別の何かか』
『厄介なことだな……っ』
『グラァ!』
好き放題に暴れる黒騎士にムカついたのか、ゼノワが光魔法を吐き出した。
彼女の魔法は精霊力にて紡がれており、故にスキル類の影響を受けない。
つまりは、隔離障壁すら素通りするし、無効化系スキルだってお構いなしというわけだ。
実際、ビームの直撃を食らった黒騎士は、それを嫌い大きく飛び退いた。これみよがしに追撃するゼノワの攻撃を、煩わしそうに回避している。大きな図体のくせに大した俊敏性である。
というか、彼女にはこの視界の悪い中でも、ハッキリと奴の居場所が分かるらしい。流石精霊と言うべきか。
そうこうしている間に爆発の脅威は過ぎ去り、煩わしい土煙はしかし、ダンジョンの自動修復機能の働きに伴って直ぐに沈静化。私たちの目にも黒騎士の姿が捉えられるようになった。
十分に警戒しながら、ストレージへ避難したメンバーを取り出し、念話にて簡単な状況説明を済ませる。
目下優先するべきは、奴がどんな無効化スキルを有しているのか、それを調べることだけれど。
そこで頼りになるのがソフィアさんである。
技能鏡のスキルを駆使し、あっという間にそれを看破してしまった。
その結果、目をキランと輝かせる彼女。
『ミコトさん、アレは絶対真似してください! スーパースキルです!!』
『アレってなに、結果を早く教えて!』
『【物理無効】ですよ!! 物理攻撃の尽くを無効にする、超希少スキルです!!』
『?!』
大興奮のソフィアさん。今にも鼻血を吹きそうな勢いだけれど、それを聞かされた皆は逆に顔色を青くする。
だってそれはそうだろう。物理攻撃が効かない? ってことはつまり魔法を使えないメンバーは攻撃手段を封じられたってことじゃないか。
いやそれどころか、魔法は魔法でも地魔法なんかの、物体をぶつけてどうこうする系は同じく無効化されるんじゃないだろうか?
どこまでが物理で、どこまでが魔法ダメージなのか。私はそれをよく理解していない。
これじゃ、最適な戦略を練ることが出来ない。
『ソフィアさん! 物理無効に効く攻撃ってなに?!』
『そうですね、火、雷、光や闇といった、非固体系の魔法でしょうか。それに属性スキルアーツの類も効果があるみたいです』
『! つまり、私にもまだ出番はあるわけだ』
『あ、私音魔法使えますー!』
ぐっと愛剣の柄を握る手に力を込めるレッカと、慌てて申告してくるスイレンさん。
となれば私たち全員が一応、奴に通用する攻撃手段を持っていることにはなる。
私は言うに及ばず、クラウも魔法や聖光、灼輝を使える。オルカは影があるし、ココロさんは炎と氷が出せる。
そして何よりソフィアさんだ。多分彼女が鍵になるだろう。
『それじゃソフィアさんは、例のやつで壁の中にある核を狙って。他のメンバーはソフィアさんをガードしつつ奴の意識を逸らそう!』
例のやつ。つまりはこの世で今のところ彼女だけが使える、強力無比な新技術、『魔術』の出番というわけだ。
黒宿木でのブーストも加えれば、壁を破壊した上でその中に埋没している奴の頭を消し飛ばすことも可能なはず。
問題は溜めが長いことだが、これは皆でどうにかカバーする他無い。
『了解しました! 皆さん、時間稼ぎをお願いします! あとミコトさんはちゃんと物理無効真似してくださいね?! 約束ですよ!!』
『わ、わかったよ』
『モンスターのスキルを、真似するー……?』
『スイレン、気にしちゃダメだよ。これも結構ヤバい秘密だから』
『ひぇ、そういうお話はー! 私の聞いてないところでしてくださいー!』
スイレンさんの悲鳴を合図に、隔離障壁を解除した私たちは一斉に動き始めた。
幸いゼノワが奴を近づかせぬようビームで牽制を続けてくれていたため、解除直後を襲われるようなことこそ無かったけれど。
しかし障壁が消えたと認めるなり、凄まじい速度で突っ込んでくる首なしの黒騎士。
物理無効を持っているせいか、全く怖いもの知らずの突撃である。
迎え撃つのはクラウだ。繰り出される大剣の一撃を、得意のジャストガードで受ける。
が、跳ね返ったはずの衝撃は何と、奴をふっ飛ばすどころか怯ませすらしなかった。
ばかりか、そのまま力任せに押し切ろうとして来るではないか。
しかしそうはさせじと、ココロさんがその篭手より炎と冷気を横合いより浴びせかける。ゼノワもこれみよがしにビームを浴びせに掛かった。
これには堪らず距離を取る黒騎士。
しかし、そんなとっさのステップはオルカにとって良いカモである。
着地と同時、その足首にギュルンと巻き付くのは黒き帯。
とっさに大剣にてそれを断ち切ろうとする黒騎士だったが、剣が帯を素通りしてしまうことに気づき些かの焦りを見せた。
無理もない。拘束が成れば、その先の展開は既に分かりきっているのだから。
先ほど受けた、地獄の仕置が如き苦しみが再び訪れると恐れたのか、どうにか跳び上がって脱出しようと試みる黒騎士。
その際紫炎を纏い、その明かりで影を弱体化させようと策を巡らせたようだけれど。
しかしその対策は、実のところ間違っている。
強い光を当てれば、確かにオルカの影魔法は基本的に弱体化する。
けれどそれは、正しい光の当て方をした場合の話だ。
万が一欠片でもそこに影ができようものなら、むしろオルカの操る影は一気にその強靭性を増すのである。
何故なら、強い光には相応に、強い影が出来るものだから。
そして黒騎士には、足元より一切の影を払うという配慮が欠けていた。
結果、思惑に反して黒帯はたちまち奴の全身を這い回り。
そんな小競り合いの最中へ、皆の遠距離攻撃が殺到したのである。
だが、恐るべきは奴の纏う、その鎧の耐久度だ。
ソフィアさんとオルカ以外の全員が総出で、中・遠距離より強力な魔法や属性アーツスキルを浴びせに掛かったけれど、果たしてまともに通ったダメージが如何ほどか。
流石に鎧には損傷も見られるけれど、奴が弱ったようには全く見えなかった。
『物理無効だけでも厄介なのに、こんなの堅すぎです!』
『抵抗力も白かった時より上がってる。拘束しておくだけで手一杯……っ』
と、そこで奴より攻撃の意思を感知。
『紫炎を暴発させるつもりだ! クラウ、一緒に隔離障壁!』
『ああ!』
対象にしたのは黒騎士そのものである。私たちをガードするより、こうして相手を封じ込めてしまえば大抵の攻撃は抑え込むことが出来る。
殊更時間稼ぎには最適の手法と言えるだろう。
もし呼吸が必要な相手だったなら、障壁内に水を満たしてやっても良い。或いは熱で蒸し焼きっていうのもありだろう。
まぁ何れにしたところで、今回は意味を成さないだろうけれど。
現に、私とクラウの二重で展開した障壁の内部にて、黒騎士が発動した紫炎がド派手に爆ぜて暴れ狂っているけれど、当の奴は苦しむ素振りすら見せない。
紫炎は黒騎士自身へはダメージを及ぼさないのかも知れない。が、それでも障壁内部の気温は凄まじいことになっているはずである。炎で酸素も消費尽くされているんじゃなかろうか。あの炎が尋常のそれと同じものであれば、という前提ではあるけれど。
しかしそれらが見るからに意味を成していない辺り、やはり窒息も高熱も、奴を害するための有効な手立てとしては、ちょっと期待できそうにない。
しかしまぁ、このまま閉じ込めておきさえすれば時間は稼げるだろう。
後はソフィアさんの魔術が完成するのを待っていれば、それで勝ちが確定する。
かに、思えた。
『! やばっ』
心眼にて危険を察知した私は、とっさに空間魔法のスペースゲートを発動。
クラウを狙ったそれを、辛うじて阻んだのである。
襲ってきたのは、紫色をした熱線。
それは唐突に遠く壁の中より放たれており。
私たちは一様に、そちらを険しく睨んだのである。




