第四九一話 塔の主
奇襲と言えばオルカ。オルカと言えば奇襲。
私たち鏡花水月の一番槍の座には、長らく彼女がついて譲らない。
それ程に奇襲に長けた彼女なのだけれど。
しかし流石に全身くまなく甲冑で守っているような相手に、痛烈なダメージを与えることは至難の業かに思えた。
が、当人曰くそんなこともないらしく。
「甲冑内の影に接触できれば、多分一気に内側を掌握できる」
とのこと。
そうと分かれば話は早く。
相手は、確かに全身を覆う甲冑を着込んでいるけれど、甲冑の中に侵入できる隙間は幾らでもある。
故にオルカによる初手は、足元から這い上がる音も気配も無い影の脅威。
堂々たる佇まいのまま、微動だにせぬ奴のその足裏から、するりと靴の継ぎ目に潜り込み。
そうしてまんまとその内側へ接触を済ませたオルカ。
『捕まえた』
その念話による一言が合図だった。
直後、スイレンさんの演奏が始まるとともに、ボス部屋の重厚な扉はココロちゃんにより勢いよく開け放たれ、矢のように突っ込んだのはクラウ。その背にはピタリとレッカが追従した。
ダンジョンボスたる大剣の白騎士は、一瞬だけビクリと体を震わせたが、クラウたちの接近に対応を示すことはなく。
オルカによる【影縛り】が物理的な奴の動作を一切押さえつけた結果である。
かと思えば、更に何かしらの影による攻撃を仕掛けたらしい。
ダメージを与えたことにより、騎士の持つモンスターとしての核が輝きを放ち始めたのだ。
が、そこで厄介なことが判明した。
動いているのだ。鎧の中を絶えず、アッチコッチと凄い速度で。それもそこに規則性などはなく、ピンポン玉のように跳ね回っているわけでもない。喩えるなら、鎧内を自由自在に泳ぐ魚のようだった。
『ごめん、流石に核の位置を固定するのは無理』
『構わん! ならば身体をぶつ切りにして、逃げ場を絞ってやるだけだ!』
『クラウは何気に恐ろしいことを言うよね。まぁ賛成だけど!』
クラウの聖剣とレッカの紅蓮剣が、奴の関節めがけて鋭く迫る。
が、なんとこれが弾かれてしまったではないか。
ガインと耳障りな音を響かせ、二人の刃を見事に弾き返す不動の甲冑。それどころか、オルカの拘束に抵抗しているらしい。ギチギチと僅かに動きを見せ始めたのである。
『っ! コイツ想像以上に硬いぞ!』
『関節狙ったのにっ!』
剣が弾かれ、僅かに生まれた空白。
それを、ロケットの如き勢いで塗りつぶす者があった。
ココロちゃん、いやココロさんである。
見事なドロップキックが奴の胸部へ深々と突き刺さり、その巨体を遥か後方の壁めがけ弾き飛ばしたのだ。到底甲冑を蹴りつけた音とは信じ難い轟音が、衝撃とともに広間中を駆け巡った。
その際、奴は得物である大剣こそしかと握ったままだったけれど。その荷重をもってしても勢いは凄まじく。
なれば。
『チャンス! クラウ!』
『応!』
私はテレポートにてクラウを飛ばし、吹き飛ぶ騎士の進行方向へ送り出した。
鍛錬によりテレポートもレベルアップしており、今やワープ同様指定した対象だけを視界内の好きな場所へ瞬間移動させることが可能となっている。そこそこのMP消費こそあるけれど、ストレージよりもタイムラグのない移動が可能だ。
結果、クラウは飛んでくる騎士へ向けて盾を構え。
ジャストガード。
クラウにダメージは入らず、逆に受けた衝撃は加害者へ跳ね返るという、今やクラウの代名詞となりつつある盾スキルだ。
騎士の身に跳ね返った衝撃は、さぞ凄まじいものだったはずである。
何せその体躯は、大柄な人間のそれより二回りほども大きく。加えてその体格と比較してもなお大剣と呼ぶべき、凄まじい重量の剣を携えているのだ。
それらが、ほぼバウンドするでもなく一直線に吹っ飛んだのである。それだけでも恐ろしいことだ。
そこに込められた膨大な運動エネルギーが、クラウのジャストガードにより反射し、奴のその鎧内で衝突した。
想像を絶するようなダメージが行って然るべき、凶悪なコンボである。
『ひゃー! 大ダメージですよー!』
奏で歌いながらも、念話にて興奮気味に叫ぶスイレンさん。
がしかし、直後彼女はその言葉を引っ込めることになる。
なぜなら、
『いや、よく見ろ。コイツ、甲冑に凹みの一つもできてやしないぞ!』
クラウがそのように注意を促したためである。
彼女の言うとおり、ジャストガードを受け、勢い余って宙を乱回転しながら舞っている騎士には、しかし傷ついた様子が一切なく。
それどころか、
『みんな注意して。影縛りが切れてる』
というオルカの言葉のとおり、宙に浮き上がったことで影による束縛が解除されており。
それ故、早速奴からの攻撃の前兆が見て取れたのである。
私は素早く心眼にてその狙いを読むと、背筋が冷たくなるのを感じながら念話にて告げた。
『全体攻撃だ! 全員注意して!』
皆から一瞬の動揺が伝わってくるが、そこは一流の冒険者たちである。対応も速かった。
ソフィアさんとゼノワが、奴の行動を妨害するべく魔法攻撃を仕掛ける。
雷撃と閃光が見事、空中の騎士を捉えるも、やはり異様に頑丈なその甲冑は損傷するでもなく。
奴は魔法を浴びながらも、その巨大な剣を振り回し始めたのである。
剣圧が確かな脅威となって、デタラメに発射される。
厄介なことに、乱回転を続ける奴がそれを何処に放つかも見極めづらく、描いた弧より扇状に広がる激烈な衝撃波は、無差別に広間の中を破壊していったのである。
そんなものをまともに受けたのでは、無論無傷で済むはずもない。
ノーダメージでの勝利を目指す私たちにとっては、まさしく最初の関門と呼ぶに相応しい局面であった。
これに対し、私たちの打った対策はと言えばシンプルで。
前に出ていたレッカとココロさんは、そこにクラウをテレポートさせて彼女の隔離障壁にて防御。オルカもちゃっかりそこに交じっている。
一方で後衛組は、私が同じく隔離障壁にて保護した。
数ある障壁系スキルの中でも最高峰に位置する、この隔離障壁。
その頑強さは凄まじく、騎士のもたらした大破壊も何のその。
見事にそれを無傷にてやり過ごすことが叶ったのである。
心眼による予知と、強力無比なこの障壁があってこそやり過ごせたけれど、そうでなければとんでもない初見殺しである。
特にノーダメージだなんていうのは、初挑戦じゃほぼほぼ無理なんじゃないだろうか。
まぁとは言え、本来はあんな乱回転をしながら放つ技ではないのだろうけれどね。
ぎゅるんぎゅるんと物騒にメチャクチャな回転を披露しながら、放物線を描くように床へと落ちていった騎士。
正にドンガラガッシャンとでも表現するべき音を立てて、受け身も出来ずバウンドした奴は、流石に衝撃波を飛ばすのも止め。
それを認めるなり私たちは障壁を解除し、再度攻撃へ転じたのである。
しかしながら厄介なのはあの頑丈さだ。
『まずはあの甲冑をどうにかしなければ、ろくなダメージが入りませんね』
とはソフィアさんの言。
皆もそれに同意すると、次はダメージを与えることより甲冑を如何に引っ剥がすかということで知恵を絞りながら、各々攻撃を仕掛け始めたのである。
『脱げやすいのは兜だ。ココロ、思い切り金棒で弾いてやれ!』
『了解ですっ!』
『拘束は任せて』
奴が地についたのなら、再び待ち受けるのはオルカによる影魔法だ。
騎士に体勢を立て直す暇すら与えず、即座にぬるりと影を甲冑内へ忍ばせれば、再びの影縛りが騎士を捕らえる。
奴も警戒はしていたようだが、逃れることは叶わなかったらしい。悔しげな感情を心眼が確かにキャッチした。
そのことから、どうやら操り人形のように、無感情に襲ってくるってタイプではないらしいことが分かる。
上手く焚き付ければ、怒りで思考力を鈍らせるって手段も有効そうだ。或いは別の感情を刺激しても良い。
またズルいだの汚いだの言われそうなので、余り積極的に使うべき手段でこそ無いけれど。しかし手札としてはちゃんとカウントしておく。
他方でココロさんがその場にて、得物である金棒を思い切り引いて構えれば。
『ミコト様!』
『おk』
直後、テレポートにて彼女を騎士の目前へ移動させる。
そうしたなら、ココロさんのフルスイングは的確に奴の兜にジャストミート。
これには流石に耐えかねたらしく、メゴシャっと金棒は異様に頑丈なそれへとめり込むと、スイングの勢いそのままに弾き飛ばしたのである。
正直目視で捉えられるような速度ではない。
気づいた時には、奴の頭部が消し飛んでいた。それはそうである。
あんなスイングに、騎士の肉体が耐えられるはずもない。
『ひえ、首なし騎士ー!』
と、これまた歌いながらも器用に念話で悲鳴を上げるスイレンさん。すっかり使いこなしてるなこの人。
しかし彼女の言うことも尤もで、頭部を失ってなお塵へ還る気配はなかったのだ。
が、そんな事は関係ない。
良い一撃が入った。兜がすっ飛んだ。隙が出来た。
即ち、追撃チャンスである。
さながらハイエナが如く、未だ影で拘束され動けぬ騎士へ、ワッと群がる前衛組。
かくいう私もご多分に漏れず、ツツガナシとゼノワを携えテレポートにて奴へ襲い掛かったのである。
今の所ノーダメージ。
さて、このまま決着なるか。
誤字報告感謝です! 適用させていただきました!




