第四九話 火の玉
第三階層の探索も順調に終え、第四階層に挑む前にしっかり休むことにした私達。
そんなわけで就寝を挟んで翌朝……朝……まぁ、便宜上朝としておこう。
顔を洗い、身なりを整え、腹ごしらえをする。
こうして落ち着く時間があると、やっぱり色々と不思議な気持ちを覚えてしまうな。
ここがダンジョンであることもそうだし、屋内なのに野営をしている感覚というのにも違和感があるし。
この世界にも随分慣れてきたつもりではあるけれど、日本で過ごした感覚を完全に忘れたわけでもなし。
そう考えると、なんだかやっぱり不思議な感じだ。あんまり意識しすぎると、うっかりホームシックを患いそうだから程々にしておかないと。
なんて考え事をしながら干し肉をはむはむしていると、妙な視線を感じた。オルカとココロちゃんから発せられるものだった。
妙な居心地の悪さを覚え、私は堪らず問を返す。
「えっと、二人ともどうかした? さっきっから視線が気になるんだけど」
「今日は、成果発表しないのかな、と思って」
「ミコト様のことですから、また私達が寝ている間にその……デタラメなことをやらかしたのではないかと」
「私のことを何だと思ってるのかな!?」
言われて、まぁ一応納得はする。
昨日は朝から、スキルレベルアップの報告なんてしたものだからそれが印象深かったのだろうし。
それに昨夜のこともある。
それは昨日の夕食時だった。
☆
「私、ちょっと気になってることがあるんだけど」
と、夕飯の席で切り出したのはオルカだった。
何の話かと私とココロちゃんが首を傾げると、オルカはその内容を語り始める。
「アルアノイレを見ていて思い出したんだけど。ミコト、ドレッドノートと戦ったときにすごく上手に気配を消してた、よね?」
「ん、ああ。あれはこの仮面のおかげだよ……って話は前にもしたと思うけど」
「確か、意識を集中すると特殊能力を強く引き出せる――でしたっけ?」
「多分【完全装着】の効果だと思うんだけど、最近は使う必要があんまりないからね。言われてみるとご無沙汰だった」
「そう。それで……もしかして、それでアルアノイレの力を引き出したら、どうなるのかなって」
「「…………」」
オルカの投じた疑問に、ココロちゃんも、そして私も思わず固まった。
ただでさえ凶悪な性能のアルアノイレから、更に力を引き出す……だと!?
「ミ、ミコト様……アルアノイレの特殊能力って、何でしたっけ?」
「自己再生能力と、不可視の爪だね」
「ドレッドノート戦でミコトが発揮した隠密性には、正直私も驚いた。その仮面にそこまでの効果があるなんて、私も知らなかったから」
ん? 私はてっきり、装備アイテムには適性みたいなものがあって、それで特殊能力をどれだけ引き出せるかが決まるんじゃないか……みたいな感じを漠然と想像していたんだけど、そういう訳ではないのかな。
となると、完全装着は装備品の特殊能力の効果を、通常以上に引き出した……?
「もし、ミコトが今以上にアルアノイレの力を引き出せるとしたら、それは必ず強力な武器になる」
「あわわ……ミコト様、やっぱりすごいです……!」
「なんてこった……訓練項目がまた増えたみたいだね!」
☆
というわけで、私はMP制御訓練に加え、仮面の特殊能力を引き出す訓練、というのも併せて二人が寝ている間行っていたわけだけれど。
二人が気になっているのはその進捗なのだろう。
とは言え、流石に期待が重すぎた。
「あのね、オルカがいつも言ってるじゃん。スキルはそんなにポンポン覚えたり育てたり出来るものじゃないって。一晩でどうにかなるわけないよ、流石にね」
「そっか。そうだよね」
「ほっ、ココロも少し安心しました。本当にたった数時間練習した程度でスキルに変化が現れたのだとしたら、世のスキル難民が発狂してしまいますから」
世の中にはちっともスキルが得られず、育たず、悶々としている人達も少なからずおり、才能が悪い、血が悪い、運命が悪いと、様々なこじつけを行った挙げ句、宗教に利用される例もあると言う。
人の闇だね。そんな人達の前で、もしも私が一夜にして新しいスキルを覚えちゃいましたー! なんてお花畑な発言でもしようものなら、どれ程の妬みを集めるか分かったものではない。
スキルに関して、無闇に他人に教えるものではない、というのがこの世界での常識だ。
それもこれも、そういった裏事情あってのことなのかも知れない。私も今後はもう少し、配慮していかないといけないな。
しかしもしかしてだけど、ソフィアさんがあんなにもスキルに執着するのは、ひょっとしてそういった事情に関わる事情を抱えてのことだったり……?
いや、考えすぎだろう。変なフラグが立ちそうだから、要らぬ勘ぐりはやめよう。
「でも、昨日は数時間どころか、数分で氷魔法を習得してた」
「あ」
「ミ、ミコト様。絶対他人の前でそのことをひけらかしちゃダメですよ!」
「分かった。ソフィアさんにも黙っていよう……」
「そこはなんだか、今更な気もするけど」
なんて話をしながら朝食を終え、私達は後片付け済まし、身支度を整えると行動を開始した。
しっかり休みはしたが、やっぱり野営は幾らかの疲れが残ってしまうなと、体の具合を確かめながら思う。
幾らかの怠さがある。まぁ行動に支障をきたすほどではないけれど。
お日様の光も浴びず、地下に潜ったままというのもキツいのかも知れない。頑張って早く探索を済ませないとな。
「ねぇ、このダンジョンって何階層まであると思う?」
「うーん。多分、五階層くらい?」
「ココロもそのくらいだと思います」
「え、二人とも同意見ってことは、何か当たりの付け方にコツでもあるの?」
曰く、突然発生したダンジョンというのは、そこまで深くはならないらしい。それにモンスターの脅威度や、一階層毎の脅威度の落差というのも判断の目安になるとか。
このダンジョンはまだ新しく、階層移動を行ってもそれほど敵の強さに大きな変化はない。
そのため、そこまで深いダンジョンではないだろうとのこと。
「なるほどなぁ」
「とは言え中には、普通と異なるものも稀にある」
「発生したてなのにとてもモンスターのレベルが高かったり、ものすごく深いダンジョンだったりする場合ですね」
「第一階層からいきなりボスが待ち構えている、なんて変則的なものも発見例がある」
「つまり、何があるかわからないから気をつけましょう、ってことかな」
ちなみに、ダンジョンは長く攻略されずに放置されると成長するらしい。
とは言え無尽蔵に育つということもなく、成長限界というのはあるそうで。ある冒険者が秘境にて見つけた古いダンジョンは、確かにとても恐ろしいものではあったけれど、その経年数を推測するに脅威度が釣り合わなかったと。
だからダンジョンは、放っておくと段々モンスターの強さが上がったり、階層が増えたりして厄介だけれど、ある一定の段階で成長はとどまるのだそうだ。
そんな話を、この前ギルドの資料室で読んだ。
だから冒険者は、なるべく積極的にダンジョンをクリアしてくださいね、と。
「ってことは、次が四階層目だから、もしかするとその下がボス?」
「あくまで予測だけど、可能性は結構あると思う」
「今日中に第四階層を踏破できたなら、五階層目に挑む前に準備を調えるべきですね」
今日の目標は第四階層の踏破ということで話はまとまり、私達は下階層へ下る階段を慎重に降りたのだった。
ダンジョンでは、何が起こるか分からないからね。
★
やはりというか、やってきた第四階層は別段代わり映えのすることもなく。しかしかと言って油断するでもなく。
私達はこれまで同様マップを頼りに、早速探索を開始した。
気を抜くつもりこそ無いけれど、やはり見た目にも構造的にも新鮮味がなく、敵が物凄く強くなるというわけでもない。宝箱の中身も劇的に良くなるわけでもないとくれば、流石に中だるみを感じずにはいられない。が、これが油断だというのなら気を引き締め直さなくてはならない。
私が内心で己に活を入れていると、早速この階層初のモンスターが接近してきた。
もはやお馴染みのスケルトンが三体。相手の実力を確かめながらの立ち回りを行うことで、この階層で出現するモンスターの強さに当たりをつけることが出来た。
十分、私でも対処可能なレベルである。アルアノイレという隠し玉があるので、なおさらだ。
スケルトンをぱぱっと片付けたあとは、サクサクダンジョン探索だ。危険だと分かっていながらも、やはり四階層目まで同じような構造ということもあり、流石に慣れてしまった。注意が散漫になっている気がする。
もしもダンジョンをデザインした何者かがいるとすれば、この辺りでえげつない罠を仕掛けてくる可能性は高いんじゃないだろうか。単調というのは、それだけ気の緩みをもたらす。
その危険性を私は今、肌で感じているんだ。油断するつもりがなくとも、人の気というのはこうやって緩んでしまうものなんだな。
オルカが罠に強いとは言っても、私がぼんやりしていい理由にはならないんだ。しっかりしないと。
「見てくださいミコト様、ここに来て新しいモンスターです」
「あれは、ウィスプだね」
「火の玉……?」
何度目かのエンカウントで、私達の前に現れたのはウィスプという、火の玉のモンスターだった。
夜の墓場とかで見たら、それはまぁ不気味だっただろうけれど。こうしてダンジョンで遭遇すると、あ、モンスターだ! くらいの感想しか出てこないもので。
「水魔法でいけるかな?」
「はい。効果は抜群ですね」
「でも気をつけてミコト。ウィスプは魔法を操るモンスターだから」
オルカの忠告から間髪入れず、早速ウィスプが火の玉を放ってくる。大きさはこぶし大で奴本体はそれから一回り大きい程度だ。
面倒なことに、下手をすると魔法で生み出した火の玉とウィスプ本体を見紛いそうになる。
飛来する火球は避けるなり舞姫で弾くなりすれば対処は可能だ。しかし、なかなかの速度で飛ばしてくる。
なるほど、魔法の高速展開っていうのはあまり考えてなかった。実戦に用いるのだし、その辺もしっかり鍛えないとダメだな。
なんて新たな気づきを得ながら、私は私で水魔法を唱える。
「これでどうだろう、アクアボム!」
水魔法と言うと、私は正直それほど強力だっていうイメージがない。というか、燃費が悪いという印象か。
水を普通にぶつけられたって、水を苦手にしている相手でもなければダメージにはならないと思うし、ちゃんとした威力を出そうと思えば相応に膨大な量の水を用いるべきじゃなかろうか。
そうしたらほら、当然MPの消費も膨大になってしまいそうじゃないか。だから今まで水魔法は、お湯を出したいときに使うとか、水がめの水をグリグリ回して洗濯機代わりにするとか、そういうオルカたちに首を傾げられるような使い方しかしてなかったんだけど。
とは言え、攻撃手段がないわけでもない。こういういかにも水が苦手そうな相手になら、少しの水で十分なダメージを出せるだろう。
アクアボムは水球を投擲して、内側から破裂させるというマジックアーツだ。
全方位に水をぶちまけるため、命中率は高い。反面、瞬間ダメージはヒットする水の量が分散するせいでお察しだが。
さて、どのくらいの効果が見込めるか。
結果は劇的で、ウィスプが新たに発射しようとしていた火の玉も含めて一気に鎮火。
ウィスプ本体は辛うじて燃え残っているが、随分とサイズダウンして今にも消えそうだ。
水魔法の良いところは、水を再利用できる、という点にある。
散らかった水を手のひらに引き戻し、私は再び奴へ投げつけた。私の水魔法は、水を出現させた分だけ燃費が軽くなっていくエコ仕様なのだぜ。いや、本当にエコかは置いておくとして。ニュアンス的な。
「ふむ。二投目で無事鎮火か」
「一応言っておきますけど、水魔法をそのように扱う方をココロは初めて見ましたよ」
「魔法の再利用っていう考え方が、普通はないから。MPを使って生じたものが全て。それが一般的な魔法の概念」
「私はあんまりMPを無駄にしたくないからね。ダメージソースにしにくい水魔法の利点はなんだろうって、色々考えた結果こうなったんだよ」
マジックアーツ【流転】。急に漢字のマジックアーツである。
場に水気がある場合、それを魔法に利用することが出来る。これにより消費MPを軽減することが出来る、という効果の魔法だ。
氷魔法にも応用が利くため、スライム戦の時は何度か実戦で使用してみた。が、やっぱり普通にフリージングバレットを使ったほうが効率が良かったので、使い所は限られる。
ということで、ウィスプにも問題なく対処は可能と分かった。
後はこれまで通り、特筆するべきこともなく探索は進み、あれよあれよと第四階層のマップ埋めも終了してしまった。
時間はそれなりに掛かったものの、大きな危険というのもなく。私達はいよいよ第五階層へ続く下り階段を目前に捉えるのだった。




