第四八七話 手札と嫉妬
百王の塔アナザー、第一〇階層。
一〇分以内に撃破せよ、との指示に違えること無く、見事フロアボスであるハイ・ゴブリンの打倒に成功した私たち。
レッカがぶんと、剣身に残った赤い光を振り払い、スチャリと鞘へ納刀する。なんかかっこいいな、今の動作。
今しがたまでハイ・ゴブリンをメタメタに切り刻み惨殺していたとは思えないクールっぷりである。
「お疲れ様」
そう言って広間に入ってきたのは、入口で待機、観戦していたオルカたちだ。
「うーむ、暫く見ない間に腕を上げたなレッカ。ゾワゾワしたぞ!」
「あはは、何さゾワゾワって。褒めてくれてるんだよね?」
と、剣士同士ウキウキと笑い合っているレッカとクラウ。
ソフィアさんは普段どおりの無表情で、逆にスイレンさんは半ば放心状態だ。
「流石ミコト様です! 見事な指揮でした!」
「再生能力持ちと分かるなり、血も涙もない畳み掛け。それでこそミコト」
「ギャウギャウ!」
「ほ、褒められてる気がしないんですけど?!」
再生能力持ちには苦い思い出があるからね。
たとえ残酷だろうと、一切攻撃に躊躇なんてしてらんないんだよ。
「しかしそのお陰もあって、タイムリミットには余裕で間に合ったはずですよ。ケッカオーライというやつです」
と、話に加わってくるソフィアさん。
そこでふと、私はマップウィンドウを確認し、ついでにキョロキョロと辺りを見回した。
しかし。
「? 言われたとおり一〇分以内にフロアボスを撃破したはずだけど、これと言って何も起きないね?」
そう言って首を傾げると、皆も同じく条件達成による変化が起こっていないかとあれこれ探し始めた。
けれどやはり、何が変わったわけでもなく、特別な演出等が発生したわけでもなかった。
「もしかして、何か失敗した?」
と、やや不安げに眉根を寄せるレッカだけれど。
しかし私は別の可能性を考え、それを告げる。
「もしかすると、もっと上の階層に行ったら特別な変化が起こってるのかも知れない。結果発表を最後まで控えるっていうパターンとかも考えられるし」
私の言葉を聞き、なるほどと皆が唸る中、
「それは何とも、焦らしのうまいことですね」
と、ソフィアさんだけが呆れたように呟いたのである。
ともあれ、ここで変化を見つけられないというのであれば、たとえチャレンジに失敗していたとしても立ち止まっているだけ時間の無駄。
早々に見切りをつけ、皆で次の階へ移ることにしたのだった。
未だ心ここにあらずと言った状態のスイレンさんをレッカが引っ張り、さっさと移動を済ませたなら、また二手に分かれての行動である。
その際、ハイ・ゴブリンのドロップについてはこっちの班で話し合ってくれ、とのことだったので、早速話題に上げねばなるまい。
と思ったのだけれど。
「なるほど、確かにその手腕は鏡花水月のリーダー……あのメンツをまとめているだけのことはありますー……」
などと、不意にブツブツ言い始めたスイレンさん。
どうやら私のことを言っているらしいが、さっきの戦闘じゃ私あんまり活躍してなかったはずだけど。
一体何を思ってそんなことを言うのだろうかと、訝しんで彼女の方を見てみれば。
「ミコトさんって、一体何者……いえ、やっぱり聞きたくないですー! 絶対自分語りとかしないで下さいー!」
「急に何なのさ?!」
自分の耳の穴に指を突っ込んで、ワーワーと騒ぎ始めるスイレンさん。
困惑する私。呆れるソフィアさん。苦笑するレッカ。
どうやら、ハイ・ゴブリン戦は余程刺激的だったらしい。
冒険者、それもAランクにもなるスイレンさんなら、あれくらいの戦闘なんて割と経験するものと思っていたのだけれど、違うのだろうか?
そう言えば私、未だに『普通の冒険者』ってものの基準に疎かったりするしなぁ。
今回もそこら辺の認識齟齬が出ちゃっているのかも知れない。
「ミコトさんの戦闘スタイルは、徹底的に弱点を突くものですから。慣れないうちは引いてしまうかも知れませんね」
「だね。ミコトにとって今の戦闘なんかは普通だよ。酷い時はもっとえげつないことするもん」
「そ、そんなことは……」
スイレンさんへ、その様に補足なのかなんなのか分からない情報を語る二人。
それはまぁ、敵が強ければ手段なんて選ばないけどさ。命懸けだし。
しかしそれを聞いたスイレンさんは、なんとも言えない表情でこちらを見てくる。っていうか耳塞いでたのに聞こえてたのか。
対する私は、なんだか居た堪れなくなって目を合わせられない。
「で、でもさ、さっきの戦闘では私おとなしかったでしょ? ちょっとばかり光る魔法を使ったり、剣を振ったりしただけじゃん! 酷いことなんて何もしてないし!」
だなんて強引に自己弁護めいたことを言ってみても、
「初手で目を焼いて足の腱を断つのが、酷くないー……?」
「う」
論破は如何にも容易そうであった。
そして案の定、スイレンさんの眉根にはぐぐっとシワが寄り。
でもそんなこと言ったって、戦術として効果的なのは事実じゃないか! 大抵の生き物って、目と足をやれば戦力大幅ダウンだもん。安全に勝利するためだもん!
まして先日の、フロージアさん誘拐事件のときだって、強いらしいと噂の傭兵だか殺し屋だかっていうヤバい人。グロムさん? だっけ?
彼も足をズバッとやられただけで、一気に弱ったしね。実際効果的なのは証明されているんだもの!
だから私は、安全で効率的な戦法をみんなで実践して、確実に勝っていこうね! っていう、それだけなんだ。
なのでそんな目で見られる筋合いは……。
「……はぁ。いえ、別に文句があるわけじゃないんですー」
「?」
「冒険者たるものー、そういう戦い方が実現できたなら、それに越したことはないと思うんですー」
ため息をついたスイレンさんは、打って変わって突然そんなことを言う。
どうやら理解を示してくれようとしているらしい。
「だけどー、大抵の場合そう上手く事は運びませんー。想定外が起こったりー、有効な選択肢がなかったりするものなんですー」
「まぁ、そうですね」
「うんうん」
彼女の言を肯定するソフィアさんとレッカ。腕組をしてわかりやすく頷いて見せている。
調子づいたのか、さらに語るスイレンさん。
「現にソフィアさんが居なければ、足の腱を切ったり、足そのものを落としたりだなんてこと」
「ああ、それならミコトさんでも出来ますね」
ピタッと。一拍の間綺麗に固まるスイレンさん。かと思えば、
「……そ、ソレがおかしいって言ってるんですー!」
プンスコプンスコと、急にヒートアップし始めたではないか。何かしらスイッチが入ったらしい。
「現実は何時だって理不尽なんですー! 私がこれまで、どれだけ恐ろしい思いをしながら冒険者活動を行ってきたと思ってるんですかー!」
「えぇ……」
先程の戦闘に限ったことではなく、ここ数日分のストレスに火でもついてしまったのだろう。言い分は混沌の様相を見せ、彼女は定まらぬ感情のまま声を荒げ始めた。
「多彩な魔法が出来てー! 近接戦も出来てー! 未来でも見えてるみたいにモンスターを完封してー! あなたみたいな……あなたみたいな人さえ居れば、私は、こんなー……」
言葉は尻すぼみに。
スイレンさんはしょんぼりと肩を落とし、俯いてしまった。
心眼は、彼女がどうやら過去の出来事を思い起こしたらしいことを捉えており、私も何だか心苦しく感じてしまった。
彼女も冒険者。きっと凄惨な光景を幾度も目にしてきたのだろう。生死を分かつ局面にだって何度となく立ったはずだ。
それを思えば、私みたいな手札おばけが憎く見えるのも仕方がない。
私たちと出会って見知った数々の物事が、スイレンさんにとってはそれだけ衝撃的だったということだ。っていうか主に私のへんてこスキルが要因だろうけれど。
とは言え、私だって遊び呆けながら力を得たわけじゃない。
そう思われないように、今だって陰ながら努力を重ねているんだ。
スイレンさんの言いたいことも分かるけれど、「力を持っていてごめんなさい」だなんて、口が裂けても私は言わないぞ。
急に重たくなった空気。
けれど暫しの沈黙を挟んだ後、それを払拭しに掛かったのも当のスイレンさんだった。
「……ごめんなさい、混乱して、余計な八つ当たりをしてしまいましたー。こんなこと、ホントは言うつもり無かったんですー……」
ヘコォっと、深々と頭を下げる彼女。
そう恐縮されたのでは、私の方こそ戸惑ってしまう。
「大丈夫だよ、気にしてないから。っていうかまぁ、そう言いたくなる気持ちも全く分からないじゃないし」
それは勿論、スイレンさんがどんなものを目にしてきたのだとか、体験してきたのかなんて知る由もない私に、一体何が分かるんだって言われたらそれまでなんだけど。
でも、私だって厄災戦の折、人や動植物が死ぬのをたくさん目にした。自分の無力さだって痛感した。
そんな私がこの先、私よりもずっと万能な存在に出会ったとして、その力を目の前で見せつけられたとしたら、やっぱり考えちゃうと思うもん。
その力がもし、あの時傍にあったなら、もっと多くの人が死なずに済んだかも知れないって。
それを思うと、さぞ遣る瀬無いだろう。
言ってみたところでどうにかなるような話でもない。詮無いこと。
それでも、考えずには居られないんだ。きっと。
だから私は、スイレンさんに悪感情を懐くことなんて無かった。
「そんなことより、さっきのドロップアイテムどうします? レアドロップでしたよね?」
と、ここで唐突に話をぶった切ってくるソフィアさん。流石のマイペースである。
でも多分、彼女なりに空気を変えようとしてのことなのだろう。
案の定レッカもこれに乗っかり。
「はい! だったら私欲しい! トドメさしたの私だし、立候補していいよね?!」
と目をキランと輝かせる。
これによりまんまと話の流れは傾きを変え、話題はドロップアイテムの内容と、その所有者をめぐる話し合いへとシフトしていった。
私にもスイレンさんにも、そこに水を差すつもりなどはなく、むしろその話題にこそ関心を示し。
斯くして一一階層を行きながら、私たちは暫し戦利品の所有権を巡ってワイワイと、先程までとはまた異なる話し合いに興じたのだった。




