第四八六話 VSハイ・ゴブリン
百王の塔には、一階層毎にフロアボスという強力なモンスターが配置されており、これを倒さねば次の階層へ上がることが出来ない仕組みになっている。
通常とは異なるこの百王の塔アナザーに於いては、フロアボスの強さというのも尋常ではなかったけれど。
次に挑むのは節目である一〇階層のフロアボス。
果たしてその実力の程が如何なものか、自然と皆の間に緊張が漂っていた。
殊更、ここまでのフロアボスとはなかなかの激戦を繰り広げてきたレッカや、ヒィヒィ言いながら熱い音楽を奏でているスイレンさんの表情は強張っており。
しかしスイレンさんはともかく、基本的に熱血思考なレッカはと言えば、相手が強ければ強いほどボルテージが上がるようで。
自身でも気づかぬ内に、その口の端を吊り上げていたのである。
「私の剣がどこまで通用するか……!」
そう言って握り込む剣の柄からは、相当に使い込まれた跡が見て取れ。
一目見ただけでも、その一振りと多くの修羅場を潜ってきたことが伺い知れた。
まさに、レッカにとっての愛剣なのだろう。
冒険者にとって、装備というのは定期的に新調して当然のものである。
何故なら、装備には明確な性能差があり、鑑定すればその数値すらしかと確認することが出来るのだから。
彼女の愛用するそれが、果たして何時、どういった経緯でその手に渡ってきたものかは知らない。
しかしレッカとともに数多の困難を乗り越えてきた、掛け替えのない相棒であることはよく分かる。
その物持ちの良さは、私も是非見習わなくてはならないだろう。
私の場合ステータスに直接影響しちゃうから、正直難しい部分ではあるのだけれど……。
そんな頼もしき相棒と共にあるからか、彼女に気圧された様子はない。
皆の準備も既に整っている。オルカたちも合流を終え、クリア条件らしきものも聞いた。
一〇分以内にボスを撃破する。そうしたら何かが起こる、かも知れないと。
求められるのは速攻。大丈夫、得意分野である。
が、一先ず今回はスイレン班の四人で挑むことに。
残り時間が半分を切ったなら、オルカ班を加えてのフルボッコプランへ移行する予定だ。
広間には既に、緑色の肌をした大男が待ち構えており。
「あれは、ハイ・ゴブリンですね。ゴブリンの進化個体で、非常に高いステータスと巧みな格闘術が特徴のモンスターです」
と、ソフィアさんが教えてくれた。
一番やりにくい、『普通に強い』タイプのモンスターである。言い方を換えるなら、バランスタイプか。
わかりやすい弱点がなく、どんな攻撃もそれなりに効くけど、致命的な効果は期待できないっていう。
ガチンコで実力が試される、真っ当な強敵である。
『みんな、準備はいいね?』
念話で皆へ問いかけると、静かに頷きが返ってきた。
スイレンさんもいつの間にやら、私のステータスウィンドウに表示されているPT欄に名前が追加されていたため、通話と念話を解禁しておいた。
これにより、最初はご多分に漏れずなかなか愉快なリアクションをしてくれたけれど、ここまでの道のりで大分慣れたようだ。
今では戦闘中念話を送っても、ビクッと驚いて演奏が乱れるようなこともなくなった。
『おさらいだけど。初手は私とソフィアさんで奴に魔法を叩き込む。狙うのは目と足だね』
『ひぇーえげつないですねー』
『命がけの勝負に、卑怯も汚いもないんですよ』
『その後すぐにスイレンは演奏を。私が一気に距離を詰めて畳み掛ける、だったね』
『反撃には十分注意して』
『仕留めきれなかった場合は、通常戦闘へ移行。無理な攻めはせず、確実に削って行きましょう』
なにせこの世界、敵の攻撃は確実に防具で受けねば、如何に高名な冒険者でも即死があり得るような仕組みになっているのだ。
一部例外も居るけど……。
防具に触れた攻撃ならば、その威力を防具の力で軽減できる。
けれど防具で受けそびれたなら、生身に攻撃を受けたのと同じだけのダメージが通ってしまう。
当たり前といえば当たり前の話なのだけれど、それだけ注意が必要で、決して戦闘で手を抜けない理由でもある。
しかしだからこそ、モンスターにもステータスでは克服しきれない、生物的な弱点っていうのは存在するし、純粋なHPの削り合いが全てではないわけだ。
私たち鏡花水月の戦闘なんて、ほぼほぼそういう弱点を突いてなんぼって立ち回りをしているからね。
だからこそ今回のハイ・ゴブリンはやりにくい。
命大事に! で行かねば。
『それじゃ、行こうか』
念話によるオルカ班からの声援を受けながら、私たちはいざ作戦の実行に取り掛かるのだった。
大広間入り口の陰より、バッと飛び出したるは私とソフィアさん。
瞬間、浴びせかけたのは強烈な閃光と、ソフィアさん得意の閃断だ。
結果、見事ハイ・ゴブリンのアキレス腱はバツンと切断され、光魔法が奴の双眸を強烈に焼いた。
予定通り。
故に、疾風が如く駆けたレッカが、その愛剣を落陽が如き緋色に染めて斬り掛かる。
彼女の十八番【紅蓮剣】である。
属性アーツスキルは、魔法寄りのアーツスキルだ。
単純なダメージ補正だけでなく、火や水、雷などの属性を載せて技を繰り出すことの出来るのが属性アーツスキルの特徴となっている。
レッカの振るう紅蓮剣は見るからに強力で、生身に受けようものなら血液は瞬く間に沸騰し、その太刀傷は一種特殊なものとなる。
恐らくはあのリリが扱う、魔創剣にすら匹敵するほどのポテンシャルを秘めていることだろう。
現にレッカの紅蓮剣をその胴体に受けたハイ・ゴブリンは、強烈に命の危機を予感し転がるように身を翻したのだ。
残念ながら致命傷と呼べるほどの一撃にはならなかったが、さりとてそこに受けた痛みは想像を絶するものに違いない。
ステップで距離を取ったハイ・ゴブリンは、しかしあまりの痛みから着地も叶わず、絶叫を上げ床の上を転げ回った。
スイレンさんの奏でる音は、精神的にも奴を蝕んでいく。
苦しみは長引かせるべきじゃない。
手を止めること無く、流れるような動作で次の一太刀を繰り出すレッカ。
ソフィアさんの風魔法が奴の動きを縛り、スイレンさんの音が背中を押す。
私は心眼や魔力感知を駆使して、状況を観察。不測の事態に備えた。
すると、そこで異変に気づいたのである。
『! 傷がすごい速度で癒えてる! レッカ注意して!』
『!?』
直後、奴はなんとソフィアさんの魔法による拘束を跳ね除け、使い物にならないはずの足で床を蹴り、レッカの剣を紙一重で避け飛び退いたのだ。
『このモンスター、どうやらただのハイ・ゴブリンではないようですね』
『再生速度が異様に速い。一気に核を狙ったほうが良いだろうね』
『そんなこと言ったって、場所分かんないよ!』
『ど、どうするんですかー!』
オルカの有り難みを脳裏に感じながら、次なるプランを提案する。
『一先ず奴はレッカの紅蓮剣で痛みを覚えた。強く警戒するはずだよ。これを軸に私とソフィアさんで立ち回る』
『了解です』
『分かった。隙があれば斬り込んで良いんだよね?』
『勿論。スイレンさんは引き続き演奏で支援して』
『わ、わかりましたー!』
幸いレッカの付けた傷は、如何な再生力をもってしても容易く回復できるものではないようだ。奴の腹には炎の残滓と炭化した肉がへばりついているのだから、当然といえば当然か。
未だ感じる強烈な痛みに表情を歪め、低い重心を保ちきつくレッカを睨みつけるハイ・ゴブリン。
やはり相当に彼女の剣を警戒しているらしい。どうやら紅蓮剣と奴の再生能力は、なかなかに相性が悪いらしい。いや、良いと言うべきか。
だが、警戒のあまり動きを疎かにしたのでは、こちらの思うツボである。
瞬間、ソフィアさんの閃断が容赦なく襲い掛かった。
今度は右の膝下がバッサリと切断され、痛みよりも先に驚愕に目を見開くハイ・ゴブリン。
そこへ間髪入れず、レッカが迫真のフェイントを差し込めば、残った左足で大げさに退く奴。
どうやら視力はまだ戻りきっていないようだが、気配にはそれなりに敏感らしい。
しかし跳んで退いたその背に、舞姫を携え斬りつけたのは、テレポートにて移動した私である。
狙うは挙動のその先。
心眼を駆使すれば、奴がどういったリアクションを取るか、どんな対応を選ぶか、どう動くかが手に取るように分かる。
私はそこに先んじ、舞姫の刃をけしかけていった。
身を捩ろうとするなら肩を裂き、首を回そうとするならうなじを斬りつけ、逃げを選ぶのなら膝の裏を断った。
その傷の何れもが、あっという間に修復していくのだから恐るべきことだ。
が、今恐れを懐いているのは私ではない。奴の方である。
スイレンさんの歌が響く。
力が漲ってくる。逆にハイ・ゴブリンは精神的にも強烈な圧迫感を感じているようだ。ステータスにも悪影響が出ているらしい。
複数の斬撃を受け、とうとうバランスを維持できなくなったハイ・ゴブリンの体勢が崩れる。
瞬間、容赦なくソフィアさんの閃断がその首を断って飛ばした。
レッカが間髪入れずにそれを叩き斬る。見事な反応だ。
が、まだ絶命には至らないらしい。断たれた足も頭も、失くした首から上も、次の瞬間にはムクムクと肉が盛り上がって再生の兆しを見せているのだから、本当に呆れた再生能力である。
が、ここに至ったならもはや詰みだ。
『レッカ、やっちゃって!』
『応さ!』
彼女の紅蓮剣が凄まじい速度で振られる。
ぶつ切りと呼ぶにもお座なりな、大胆すぎる解体作業だ。
バラバラ殺人事件……なんて言葉が脳裏をそっと通過していったけれど、敢えて考えないようにする。
結果、程なくして紅蓮剣は見事ハイ・ゴブリンの核を捉え、焼き砕いたのだった。
奴のバラバラになってなお蠢く肉片らが、一斉に黒い塵へと変わり霧散していった。
討伐タイムは、五分どころか三分にも満たず。無事、目標達成である。




