第四八五話 BGM
百王の塔。石材を主な材料とし建造された古の塔がダンジョン化した、典型的な特殊ダンジョンである。
その内装も如何にもと言った西洋風であり、実にファンタジーっぽくて心躍るわけなのだけれど。
そんなザ・ダンジョンといった背景に彩りを添えるのが、BGMである。
当然リアルな世界に於いて、そんなものが突如勝手に鳴ることなんてあり得ないのだけれど。
しかし今、私たちはスイレンさんと行動を共にしているわけで。
戦闘が始まると彼女は、自慢の楽器と声で音楽を奏で始めるのである。
味方を鼓舞し、敵を怯ませ、戦闘を有利に運ばせる。それが吟遊詩人の戦い方なのだとスイレンさんは教えてくれた。
とどのつまり、演奏スキルを駆使してバフとデバフを操るのだ。
吟遊詩人とともに戦うのは初めてだったけれど、なるほどそれは誰にでも真似の出来ることではない、独自性というものが確かに存在した。
バフ・デバフ云々もそうなのだけれど、純粋に音楽が鳴っていると気持ちが乗るのだ。
正直音楽の力というものを侮っていた。
ゲームのBGMというのは勿論私も好むところではあるのだけれど、しかしそれが現実の戦闘ともなると、驚くほどにその効果を実感するのだ。
レッカが情熱的に剣を振るう。
金属の鋭い音が走り、さながらセッションでもするようにスイレンさんの演奏が呼応する。
別にリズムに合わせようというつもりもないのだけれど、彼女は上手に音を拾うのだ。
ソフィアさんの魔法が轟音を撒き散らしても、それは同じことで。
私の舞姫が、さながら文字通り踊っているように見えるほどに、それは見事な演奏だった。
Aランクの肩書は、どうやら本物だったらしい。
戦闘を終える頃には、妙な充実感があるのも特筆するべき点だ。
スイレンさんが演奏すると、戦闘で疲れにくく感じるのだ。
音楽って凄い。これにはソフィアさんも興味津々である。
「音楽系のスキル、少々侮っていたかも知れません……私もまだまだですね」
目を爛々と輝かせ、スイレンさんを凝視しながらそんなことを言う。
悪寒でも感じたのだろう、ブルリと身震いしたスイレンさんは、さっとソフィアさんの視線から逃れるようにレッカの陰へ隠れてしまった。
その程度でソフィアさんの探究心から逃れられると思ったら、大きな間違いである。
まぁそれはそうと。
「なかなか良い連携できてるね。レッカが前衛、ソフィアさんが後方火力、スイレンさんが後方支援。そして私が自由人」
「なに、ミコトはオチ担当かなんかなの?」
「でもでもー、実際ミコトさんの万能ぶりは気味が悪いですー」
「言い方!」
「PTに一人いると便利ですよ、ミコトさん」
「一人しか居ないけどね?!」
ようやっとスイレンさんの警戒も解けてきたのか、ケラケラと笑ってくれる。
それに伴い、発言に遠慮がなくなってきた気もするけど……。
しかし連携がうまく行っているのは本当で、レッカはもともとセンスの塊のような剣士だったけれど、少し見ない間にぐっと力をつけており、立ち回りにまったく危なげがない。
それに彼女の扱う【紅蓮剣】ってスキルは、彼女の魔力のカタチと非常に相性が良いのだろう。凄まじい威力を発揮していて、並み居るモンスターを千切っては投げ千切っては投げ……獅子奮迅の大活躍であった。
その姿は確かに頼もしいのだけれど、同時にどこか力みすぎてる気もして。
「それにしてもレッカ、今日は張り切ってるね」
「そりゃそうだよ! ミコトたちに出会ってからというもの、世界の広さを思い知らされてばかりだからね……私も頑張ってるんだぞって見せつけるチャンスだし!」
「それ、変なフラグ立ててない? 頑張りすぎてピンチになるやつ! 飛ばしすぎないようにね? MP切れとか平気? 不調とかあったら些細なことでも言うんだよ?」
「だ、大丈夫だって」
「いやいやいや! 『大丈夫だって』とか『このくらい平気』なんて言う人ほどやらかすやつだから!」
「わ、わかったよ。確かにちょっと、ペース配分ミスってるかも」
「ほら! ほらみたことか!」
慌ててストレージからMP回復薬を取り出すと、レッカに無理やり握らせため息をついた。
すると。
「何で当たり前のように、何もないところからMP回復薬が出てくるんですかねー……」
と、遠い目をするスイレンさん。
「これも企業秘密ですよ。口外しないように」
「はいぃー……」
ソフィアさんが忘れず釘を刺しに掛かる。私もうっかりしていた。気をつけないと。
ともあれそんな具合に、私たちの班は存外滞りなく連携を取りながら、ダンジョン攻略を順調に進めていったのだった。
★
ミコトたちがダンジョン攻略を行っている一方で、その頃オルカたちはというと。
「うー、流石にちょっと目が疲れてきたな」
「ヒントを見逃さないように、神経を尖らせて歩いていますからね」
「フロアの広さが大したことなくて助かった」
ダンジョン内部にも、隠し部屋に関するヒントが仕込まれている可能性を考え、フロア内を細かく調べながら練り歩いていた。
流石にフロア全体をくまなく探す、というのでは無理があるため、ある程度怪しいポイントに目星をつけてからの探索にはなるものの、ミコトたちに比べるとその移動距離は段違いである。
ただ、重力魔法が働いているため、それ程大きな体力的疲労はないものの。
やはり普段は何気なく流し見している景色に目を光らせるというのは、視神経に疲労を溜め込みやすく、集中力も段々と途切れやすくなってくるもの。
「オルカは凄いね、洞察力も集中力もずば抜けてるもん」
「得意なだけ。ミコトに得意なことがあるのと一緒」
「そういうもんかー」
なんて、オルカが何気なく言葉を交わしている相手は、その肩にちょこんと乗った美しい人形であった。
いわゆる美少女フィギュアの様な容姿をした、ミコトにそっくりなそれは『コミコト』というミコトのもう一つの体である。
妖精の高度な技術がふんだんに盛り込まれた、オーバーテクノロジーの結晶とでも評すべき逸品。
そして、そんなコミコトを操るのは勿論、ミコト当人だ。
彼女の持つ【並列思考】というスキル。これを媒体に送り込むことで、もう一つの肉体とする【サーヴァント化】。
コミコトはこれによって、もうひとりのミコトとして活動できるのである。
このコミコトを駆使することで、実は普段ミコト本体がおもちゃ屋さんを留守にしている間も魔道具づくりの修行を行っていたり、或いは他の作業や広い場所でしか出来ないような鍛錬をこっそりしていたりと、陰ながら活躍の場は多かったりする。
今回はミコト本体の代わりに、オルカ班へ同行しているわけだ。
近接戦闘は苦手だが、魔法であればミコトと遜色なく扱うことが出来る。
ただし、あくまでコミコトはミコト本体が遠隔操作している存在であるため、もうひとりのミコトとは言ってもMPなどは本体と共有している。
ミコトと合流すれば二人分の戦力が期待できる、という単純な話ではないのである。
けれど今回オルカたちにコミコトがついている一番の理由は、ヒントを探すための目を増やすことにある。
ついでに重力魔法の掛け直しや、ダイレクトなミコト本体との情報共有、あとはゼノワの遊び相手なども担っているわけだけれど。
「なかなか見つかりませんねぇ、ヒント」
と、肩を落とすのはココロ。
百王の塔は、ダンジョンとは言えバカみたいに広いわけではない。何故なら一〇〇階層もある『塔』だから。
つまりは一階層当たりの攻略に、然程多くの時間は必要ないということ。
「気づけばもう一〇階層目か。節目であるこの階層になら何かあると思ったのだがな」
「あっちの班はそろそろフロアボスだよ」
「ガウガウ」
ダンジョンを真っ当に攻略するスイレン班と、ヒントや隠し部屋探しを担当するオルカ班。この二班に別れて現在は攻略を進めている状況である。
しかし未だヒントの類は確認できておらず、スイレン班に比べ疲労の蓄積が顕著なオルカ班。
慣れているオルカはともかく、クラウやココロの足取りは重かった。
如何にも何かありそうな第一〇階層。しかし今回も何も見つからないのかと、諦めかけたその時である。
「見つけた。天井に何か書いてある」
と、頭上を指したのはオルカだった。
ぎょっとした様子で皆がそれを仰ぎ見れば、確かに何やら文字が彫り込まれているではないか。
「すごいな、まったく気づかなかったぞ!」
「流石オルカ様です!」
「ほんとだよ、オルカえらい!」
「……た、大したことじゃない」
顔を赤くしながら、そう照れ隠しするオルカ。コミコトだと、その顔を視界いっぱいに捉えることが出来る。役得である。
まぁそれはそうと。
「『一〇分以内にフロアボスを突破せよ』」
「条件、ですね。今回は随分わかりやすいです!」
「それで隠し部屋が出現するのか、或いは条件の一つに過ぎないのか……」
「ともかく、そういう事なら向こうの班と合流しよう。ボスが強いようだったら、みんなでフルボッコだ!」
そのように話し合うやいなや、オルカたちは自らをストレージにしまい、直ぐにその場から姿を消した。
唯一ストレージに入れないゼノワだけがその場に残るも、彼女は精霊。どこにでも居て、どこにも居ない存在である。
スッと姿を消した彼女は、次の瞬間には既にミコト本体の頭にへばりついていた。
「ぬぉ」
と小さく驚きの声を漏らすミコトの頭を、愉快げにペシンと一度叩き。
ストレージへ入った皆へ先んじて、スイレン班との合流を果たしたのである。
そうしてオルカたちがストレージより現れたなら、いよいよ隠し百王の塔一〇階層のフロアボス戦だ。
目標タイムは一〇分。
果たして条件クリアの先に何があるのか。緊張と期待を胸に、いざフロア中央の大広間へ向かう一同。
広間にて待ち受けるは緑の肌の大男。
一〇度目のフロアボス戦が、今幕を開ける。




