第四八二話 伸るか反るか
華美な装飾はなく、シンプルでいて品のある応接室。
質の良いソファにはレッカとスイレンさんが腰掛け、その向かいに座るイクシスさんは興味ありげに話の流れを見守っていた。
スイレンさんより、イクシスさんの背後に立っている私たち鏡花水月へ突如持ちかけられた、合同PTのお誘い。
一緒に百王の塔を攻略しないか、という話である。
百王の塔と言えば、一流から超一流の冒険者に至るための登竜門として知られているような、有名な特殊ダンジョンだ。
これに挑むべくスイレンさんは仲間集めをしているそうで、現在のメンバーはまだレッカと彼女の二人しか居ないらしい。
そこへ私たちを加えたなら、戦力としては恐らく十分だろう。
なにせ超級ダンジョンでも実力が通用すると判明した鏡花水月である。百王の塔も、きっと問題なくクリアできると思うのだけれど……しかし勿論、そうは行かない可能性もある。何が起こるか分からないのがダンジョンだから。
けれどもし不測の事態に陥ったとしても、私たちならそそくさと逃げ帰る術を持ち合わせているため、危険性を理由に断ったりはしない。
が、それとは別の問題が幾つかあり。
まず一番大きな問題が、もしスイレンさんと一緒に塔へ向かう場合、彼女に私たちの秘密を明かすのかという問題。
もし明かさぬようにするのであれば、百王の塔攻略に、結構な時間を割くことになるだろう。
今や私たちは、イクシスさんに協力して各地のヤバいモンスターやダンジョンを処理するという、結構大事なお仕事を課される立場になってしまった。
とは言え、あくまで私たちはイクシスさんに『協力する』って立ち位置であるため、今のところは具体的なノルマがあるってわけでもないのだけれど。
しかし勇者であるイクシスさんの場合はそういうわけにも行かない。
なので少なくとも私は、彼女の送り迎えにある程度時間を割かなくちゃならないわけだ。
私たちが戦闘まで行うかは、自由意志を認められているけれど、イクシスさんに暇はないのである。
そういう事情があって、私は長いこと拘束を受けるわけには行かない。
スイレンさんに協力するのであれば、幾らかの秘密を明かすって前提を呑まねばならないってことだ。
少なくとも転移スキルの存在は知らせなくちゃ、辻褄が合わないだろう。
スイレンさんの目を盗んで塔を出入りするって方法も無いわけじゃないけど、嘘が下手くそな私たちにそんな器用な真似ができるかどうか……。
であるならば、やはり先に明かしてしまったほうが良い。
すると必然、口止めが必要になってくるわけだけど。吟遊詩人のスイレンさんに口止め……大丈夫なのだろうか。
疑いたくはないけれど、心配や懸念はどうしたって生じるものだ。
けれど他方で、一つ気になることもあり。
私は念話にてそのことを皆へ相談したのである。
『思ったんだけどさ、もしかして特殊ダンジョンにも……真・隠し部屋ってあるのかな?』
私の疑問に、皆からは明らかな関心が寄せられた。
『真・隠し部屋と言うと、ダンジョンに隠された特別なギミックのことだよな?』
とイクシスさんが問い返してくる。それを肯定すれば、皆もそれぞれに意見を述べ始めた。
『へぇ、なにそれ! 私見たこと無いんだけど!』
『謎の多い特殊な隠し部屋です。ダンジョンのどこかに、それとなくヒントが仕込まれている場合があるのですよ。そのヒントを読み解き条件を満たすことで、初めて隠し部屋自体が出現、或いは生成されるという仕組みのようです』
『特殊ダンジョンの、特殊な隠し部屋……実在するとしたら、そこに隠されているものも特殊なもの?』
『ココロ気になりますっ!』
『これは、一度確かめてみなくてはなるまいな!』
という具合に、皆興味を持ってくれたようだ。
しかしながら問題は、スイレンさんと一緒に行くのか、それとも彼女とは別に調査を行うのかということ。
無難なのはやはり、スイレンさんと別行動を選ぶことだろうけれど。
でも私の中の何かが、彼女と行くことを望んでいるような、そんな気もするんだ。
思い違いかも知れないけれど、きっと仮面の化け物から引き継いだ何かが、こんな気持を連れてくるのだろう。
しかも今なら、スイレンさん、レッカ、それにソフィアさんが揃っており。
いつかのPTを再現できるチャンスであることは間違いないのだ。
そこにどんな意味があるのかと問われたなら、さしたる意味なんて無いのかも知れないけど。
それでも単純に、私は心のどこかでそれを望んでいる。
だからだろう。
『良い機会だし、スイレンさんに協力しながらそれを探しても良いんじゃない?』
なんてことを述べてしまったのは。
念話による議論は、実際の時間にして一分以上も続いた。
流石にスイレンさんが気まずさからあわあわして、自身の述べた提案を撤回しようとしていたけれど。
しかしながら議論の決着は成り。
「スイレンさん、合同PTについてなんだけど」
「あ、はいぃー。ご迷惑、でしたかー……?」
「迷惑、ではないんだけどね。私たちにもちょっと事情があって……」
「そう、ですよねー。イクシス様の邸宅に滞在している方々ですもんねー、お忙しかったですよねー……」
まぁ、忙しいといえば忙しいのだけれど。
でもそうでもないと言えばそうでもないわけで。
何だか意気消沈しているスイレンさんに、私は思い切って話を切り出した。
「えっとね、もしスイレンさんが条件を呑んでくれるのなら、合同PTの件、受けてもいいよ」
「! ほ、ほんとーですかー?!」
「ああ、本当だ」
どうにもスイレンさんは、鏡花水月のリーダーをクラウだと思い込んでいる節がある。
そのためクラウが私の言を肯定して頷いて見せると、一層目を輝かせたのだった。
女騎士で勇者の娘でカリスマ性も抜群だもの、そりゃ仮面を付けた怪しい私なんかよりリーダーっぽいよね。分かるけど、ちょっと凹むなぁ……。
オルカが私の内心を察してか、ポンポンと背中を優しく叩いてくれる。
逆にゼノワはベシベシ頭を叩いてくる。慰めてくれてるのか、それともバカにされているのか。なんとも微妙なラインだ。
「それで、その条件とは……一体何なんでしょうー?」
「大丈夫、そんなに難しいことじゃないよ。むしろ冒険者としてはマナーの範疇とすら言える簡単なことだよ」
「? と言いますとー?」
「私たちの手の内を、他の人に喋らないこと」
「我々の行うダンジョン攻略は、ちょっとばかり特殊でな。他者に知られるわけには行かないんだ」
「な、なるほどー……?」
クラウの補足を聞いて、何とも言えない表情をするスイレンさん。
まぁ特殊な攻略だなんて言われても、ちょっと想像しにくいだろうからね。
だけれどこれを守ってもらえないことには、合同PTへの参加はあり得ないのだ。
「ちなみにスイレン、これって結構ガチな話だからね。うっかり情報が漏れちゃうと、それはもう大変なことになるっぽいよ?」
「ひぇ、そ、そうなのですかー? っていうかレッカちゃんもグルだったのー?」
「グルって、人聞きが悪いなぁ……。誰も悪事を働いてるわけじゃないし、条件を呑めないのなら断ったら良いだけの話だよ。あと私はまだ常識人枠だから」
「レッカちゃん以外は非常識ってことですかー……?」
「……まぁ、それはちょっと、否定できないけど」
「レッカ?!」
急な梯子外しである。
皆からの視線を一身に受け、引き攣った笑いで誤魔化す彼女。
怯えるスイレンさん。
「ち、ちなみに、大変なことになるって、具体的にはどんなー?」
「えっと、先ず勇者様を敵に回すことになる」
「ひぇぇー! 何も聞かなかったことにしますー!」
「ちょっとちょっと! 決断が早すぎるって!」
勇者のネームバリュー、恐るべし。
すっかり顔を青くし、イヤイヤし始めてしまったスイレンさん。
ソロでAランクまで上り詰めるような冒険者は、一部例外を除いて危機察知能力に長けているものである。チーナさんが言ってたから間違いない。
それゆえスイレンさんは、この話が如何にヤバいかを察してしまったようだ。
まぁでも実際、脅しと言うか事実だしなぁ。
今や冒険者ギルドのグランドマスターまでこっち側だもの、うっかりポロリしてしまうと、確かにとんでもないことになる。
私たちも困ることになるけど、秘密を聞かされる側にもなかなか重たい覚悟を強いるわけだ。
いつの間にこんな大袈裟なことになっちゃったのやら……。
「あとスイレン、あの仮面の娘。ミコトね、あれは歩く嘘発見器だから。メチャクチャ人のつく嘘に敏感だから、万が一やらかしちゃったら一発でバレるよ。だから、口の堅さに自信がないのなら、確かに関わらないのも手だね」
「う、うぅぅー……口の堅さには自信ありますよー! ありますけど、うっかりに対するリスクが大きすぎますよー!」
「確かに……」
今度はレッカの視線が痛い。
そう言えば彼女に秘密を明かした頃はまだ、ここまでの大事じゃなかったものね。
いや正しくは、転移スキルがそこまで大げさにヤバいものだと感じてなかった、と言うべきなのかも知れないけど。
悪用しようと思えばヤバいものであるっていうのは、最初から分かっていたことではあったけど、しかし実感っていうのはなかなか伴ってくれないものだから……。
ともあれ、彼女の抗議は至極もっとも。正直心苦しくは思っている。
でもそっか、スイレンさん口の堅さには自信ありと。それこそその言葉に偽りの色は無かった。心眼さんの保証付きである。
ならば、あとは彼女の選択次第だろう。
まぁ流れ的に見て、手を引きそうな感じだけどね。客観的に見たら怪しさ満点だもの。もし私がスイレンさんの立場なら、絶対関わり合いになんてならない。
「私はただー、百王の塔を一緒に攻略してくれるか訊いただけなのにー、どうしてこんなことにー……」
「大丈夫だよスイレン、今なら引き返せるよ! だってスイレンはまだ何も聞いていないんだから!」
「だけどー、吟遊詩人としての野次馬根性が疼くのー! ここで引いちゃいけませんって疼くのー!」
スイレンさん、難儀な人である。
……そんなこんなで結局、準備期間を一日空けた明後日、私たちは共に百王の塔攻略へ赴くことになったのだった。
誤字報告ありがとうございます!
適用させていただきました!




