第四八一話 急に歌うよ♪
『みんな難しく考えすぎだよ。とりあえず自己紹介とかしたら良いんじゃない?』
念話による小さな話し合いは、レッカのそんな一言でぶった切られた。
正論である。そう言えばまだ私たち、ちゃんと名乗ってすらいないもんね。私に至っては一言も喋ってないし。
そうと決まれば話は早い。
こほんと咳払いをしたイクシスさんが、「では改めて自己紹介をしようか」と早速切り出したのである。
「私はイクシス。勇者などと呼ばれてはいるが、何ということはない一介の冒険者さ。実際ギルドからの依頼でこき使われているしな……」
などと、遠い目をするイクシスさん。昨日クマちゃんに、仕事を激増させると宣言された件を思い出したのだろう。
そんなことなど知る由もないスイレンさんは、ほぉと尊敬の眼差しを向けている。
「イクシス様に届く依頼ですから、さぞ大変なものばかりなのでしょうねー……同じ冒険者でも、私とはきっと見ている世界が違うのでしょうー。憧れますー!」
「おぉぅ、何だかその類の言葉は久々に貰った気がするな……」
「そ、そうなのですかー?」
「そうさ。知られていないだけで、世の中にはとんでもない存在というのが存外居るものだからな。そんな中にあっては私などまだまだだよ」
「ほぉぉぉぉ、イクシス様がそう仰るということは、事実そうなのでしょうー! いつかは私も、そんな方々と出会ってみたいですー!」
「ほほぅ、それならスイレンちゃんは既に会っているぞ! ほらこの可愛い子だ! 私の娘なんだがな、いずれ間違いなく私をも凌ぐ力を身につけるぞ!」
「なんとぉー! 道理でお顔がよく似ていると思いましたー! お名前をお聞きしてもよろしいですかー?!」
「……クラウだ」
「クラウ様ー! 素敵なお名前ですー! 未来の大英雄様ですねー、お会いできて光栄ですー!」
えっと。
なんかすんなりと盛り上がり始めたんですけど。
さっきの相談は何だったんだって感じである。
レッカの言うとおり、考えすぎだったってことじゃないか。案ずるより産むが易し……みたいなものなのかも知れない。
っていうかスイレンさん、間延びした口調の割にテンション高いな。
上辺だけじゃなくて、心底盛り上がってるのが心眼で分かるし、目もキラッキラだし。
知ってはいたけど、やっぱり悪い人じゃないらしい。
むしろノリが良くて面白い人の部類に入りそうだ。
「クラウ様……そのお名前もしや、彼の『女騎士』様ではありませんかー?」
「存外知られているのだな、その呼び名。せっかくならもっとカッコイイのが良かったんだが」
「やはりクラウ様が女騎士様だったのですねー! しかもイクシス様の実子ー! これは捗りますよー!」
「いやその、出来れば吹聴するのは止してくれるか? 勇者の娘だと知られて、要らぬプレッシャーを受けるようなことになってはかなわないからな」
そう言って苦笑してみせるクラウ。
偉大な親を持つ子供特有の悩み、やっぱりクラウもそういったことを考えたりするのだろうか。
イクシスさんがちょっと寂しそうな顔をしている。
でもたぶん今のはプレッシャー云々よりも、勇者の娘って肩書のせいで注目が集まり、秘密バレのリスクが上がることを懸念しての言葉だと思う。
吟遊詩人の情報拡散能力が如何程のものか、というのは正直分からないけれど、何にせよ注意しておくに越したことはないしね。
スイレンさんは、そんなクラウの言葉に納得し、了承の意を示した。
「承知しましたー。もとより、許可も得ずに詩を書くような不作法はしませんので、安心してほしいですー」
「そうか、助かる」
「それにしてもー、女騎士様と言えばソロで活動されている方だと記憶していたのですけれどー、もしやそちらの方々はー……?」
「ああ、私のPTメンバーだ」
スイレンさん、なかなかどうして話の促し方が上手い人である。
彼女から受けたパスを、今度は私たちへ向けて寄越すクラウ。
しかしここで生じるのが、誰から名乗るか問題である。
譲り合いバトルが勃発する気配をいち早く察知し、まっ先に口を開いたのはオルカである。流石、空気の読める娘だ。
「私はオルカ。クラウと同じ、鏡花水月に所属している」
この流れに乗るべく、「ココロです!」「ソフィアです」「ギャウギャウ」と二人とゼノワが名乗れば、出遅れた私が最後に残った。
「ミ、ミコトです」
じ。と、スイレンさんの視線が私を捉える。
よもや、今日も今日とて頭にくっついてるゼノワが見えているわけでもないだろうに、それならなにゆえ私を凝視するのか。
仮面か。やっぱりこの仮面が気になりますか!
「ミコトさん、とても良い声をなさってますねー! もっとよく聞かせてほしいですー!」
「え、いや、そんなことは……」
そう言えばこの前、フロージアさんにも言われたっけ。
正直今まで意識したことはなかったけれど、私って良い声してるのか。
なんか、そんなふうに思いがけない評価を受けると、くすぐったい気持ちになってしまう。
「歌いませんかー?」
「……へ?」
「私と一緒に歌いましょー!」
「何でそうなるの?!」
「らーらー♪」
「!?」
な、なんか歌い始めたんですけど! しかも吟遊詩人ってだけあって、めっちゃ上手なんですけど!!
でも、何故今歌うの?!
レッカとゼノワを除く皆が困惑する中、気にせず伸びやかな歌声を披露するスイレンさん。
さてはこの人、自由人の気があるな!
一通り私たちの名を聞いて、緊張がほぐれたのもあるのだろうけれど。
それにしたって突然歌い出すというのは、ある種のビックリ人間だ。
とは言え、つい聴き入ってしまうほどの歌唱を披露されてしまっては、それを遮ることも出来ず。
あまつさえ、最初こそ困惑したものの、気づけば私も皆もその歌声にすっかり夢中になっており。
興が乗ったスイレンさんは、自前の弦楽器を取り出し演奏まで始めてしまった。
挙げ句。
まさか本当に私まで歌わされるなんて……。
拍手は貰えたけれど、めちゃくちゃ恥ずかしかった。私、人前で歌うのには向いてないんだと思う。
なお、彼女の歌った歌詞の中には自己紹介が含まれており。
おかげで皆と一緒に手を叩く頃には、スイレンさんがどういった人なのかをおおよそ把握することが出来ていた。
これが吟遊詩人か……!
まぁ、彼女を他の吟遊詩人さんと一緒くたに考えて良いものかは、甚だ疑問ではあるけれど。
しかし焦ったのは、無邪気にはしゃいだゼノワが、光魔法でステージ演出を始めたことである。
勿論危険な代物ではないが、誰がそんな魔法を使ったのか、と勘ぐられては面倒だったため、私がやったことにしておいた。
おかげで私は、光魔法のスペシャリストか何かだと思われたらしい。
「ミコトさんー! 私と組んでステージをやりましょー! 最高の演出になりますよー!」
「ギャウグアー!」
「あ、あはは、そうだね、気が向いたらね……」
何だか変な気に入られ方をしたみたいだ。
いつかの周回でも、もしかしたら私はこんな具合に彼女と一緒に旅をしていたのだろうか。なんて。
胸中に少し、懐かしいような切ないような気持ちが浮かんでは、フワリと残り香を漂わせた。
ともあれ、一先ず自己紹介は終了である。
改めてソファに腰を落ち着けたスイレンさんは、歌の途中で使用人さんが用意してくれたお茶で喉を潤す。
使用人さん、面白いくらい目を丸くしてたなぁ。光魔法まで飛んでたし、そりゃそうなるか。
改めて一頻り皆で今の小さなステージの感想を言った後、不意にクラウが別の話題を振った。
「そう言えば歌詞にもあったが、スイレンは百王の塔へ挑むつもりなのか?」
確かに歌詞の中には、そういった旨の一節があった。
スイレンさんは冒険の中で得た様々な経験、知識、気持ちを歌に乗せて語るのが好きらしく。
今回グランリィスにやってきた目的の一つは、有名な特殊ダンジョンである百王の塔に挑戦する、という目的あってのことだったらしい。
「はいー、実はそうなんですー。それで今、一緒に塔へ挑戦してくれる仲間を探しているところなんですよー」
「ちなみに、面白そうだから私も一緒に行くことにしたんだ」
ニカッと笑ってそう言うのはレッカである。
なるほど、すっかり意気投合したらしい。レッカの実力があれば、きっと良いところまで登れるだろう。スイレンさんも何気にAランクらしいし。
って、未だに新人冒険者の私が、偉そうに言えたことではないのだけれど。
しかし百王の塔か。そう言えばちゃんと攻略したことなかったね。
すっかり新しい装備やスキルの実験場、或いは戦闘訓練の場としての印象が根付いちゃってて、踏破するっていう発想が抜け落ちていた。
最上階には一体、どんなボスが待っているっていうのか……あ、なんか急に気になりだしたぞ。
でも私たちは特級冒険者PTになったんだし、イクシスさんを連れ回してモンスターを狩りまくるっていう仕事が……。
「そうだー! よかったら、鏡花水月の皆さんもー、一緒に行きませんかー? 臨時合同PTですー!」
私の小さな葛藤を見透かしたわけではないだろうけれど、唐突にそんな提案をしてくるスイレンさん。
お仕事もそうだけれど、それ以上に私たちにはやらねばならないことがある。
だから本来ならここは、そんな暇はなくってよ! と一蹴するべき場面なのかも知れない。
のだけれど。
「百王の塔……特殊ダンジョン、か……ふむ」
私の脳裏に、とある考えが過ぎったのである。
私は早速念話にて、仲間たちにそれを相談したのだった。




