第四八〇話 娘の友だちの友だち
ダンジョン攻略達成の報告、及び特級PTへの昇級から一夜明けた早朝。
唐突に、レッカから念話で連絡が届いた。
その内容は
『昨日やっとグランリィスに到着したんだ!』
というニュースと。
『青髪の吟遊詩人、スイレンと友だちになったよ!』
っていう、まるで想像してなかったサプライズの、豪華二本立てで構成されていた。
青髪の吟遊詩人さんことスイレンさん。
それはいつかの周回で、ソフィアさんやレッカとPTを組んで冒険していた時、同じく仲間として苦楽を共にしたはずの人だ。
今の私にはその時の記憶はないけれど、アルバムの中になら記録として思い出が記されている。
だから私も彼女のことは一方的に知ってはいるのだけれど。
それにしても、何とも言えない気分である。
既にソフィアさんにキャラクター操作を掛けたことにより、彼女らと旅をした周回に由来する骸は出現させ、打倒している。
だからスイレンさんに対して、キーパーソンとしての協力を求める必要もないわけで。
こう言っては何だけど、無理に関わりを持つべき理由のない相手なのだ。
考えなしに知り合ってしまうと、私たちの抱える秘密を知られるかも知れないわけだから、尚の事である。
なにせスイレンさんは、インプットした情報を作品としてアウトプットする吟遊詩人さんだものね。
幾ら周回違いで仲間だったとは言っても、それなら信用して良いね! と考えるのはちょっと危険と言うかなんと言うか。
そういう問題を抜きにしても、単純にどんな顔して対面して良いかもちょっと迷うところである。
コミュ力の高いレッカは、あっさり友だちになってしまったようだけれど。果たして私はどうだろう。
迂闊に近づかない選択っていうのも、正直ありだとは思う。
でもその反面、会って話してみたいっていう好奇心も有り……むぅ。
なんて朝っぱらからモヤモヤしていると。
『吟遊詩人のスキル、興味ありますね。是非お会いしたいです!』
と、単純なソフィアさんがストレートな意見を述べ。
『周回違いのミコトの仲間。興味ある』
『ですです!』
『グランリィスまで来ているのなら目と鼻の先だな。後で会いに行ってみるか!』
などと、悩んでいたのがバカらしくなるくらいあっさりと、話はコンタクトをとる方へと転がっていったのだった。
そうして時刻は午前一〇時。
『それならスイレンを連れてこっちから尋ねるよ。みんなはお家で待ってて!』
というレッカの言に従い、朝食を摂った後みんなでソワソワしながら玄関前で待っていると。
やたら広い庭を、勝手知ったる様子でテコテコとやって来る人影が見えた。
そして、それに連れられおどおどした様子でやって来るもう一つの人影。
二人とも特徴的な髪色をしているので、見紛うはずもない。レッカとスイレンさんである。
「おーいおーい、久しぶりー!」
と、ブンブン手を振りながらやって来るレッカ。
その様子は、以前見た姿よりも心做しか頼り甲斐を帯びて見えた。彼女もきっと、旅を通じて成長しているのだろう。
一方で、そんなレッカに手を引かれながら歩いてくる美人さん。青い髪の彼女は借りてきた猫のように恐縮しきっていて。
すっかり馴染んでしまったイクシス邸だけれど、そう言えばここは大英雄様の邸宅だった。
きっとスイレンさんのあの様子こそが、本来あって然るべき遠慮や恐縮の現れなのだろう。
だからこそ、時々すごい目でレッカのことを見るスイレンさん。
勇者と面識があるっていうのは、それだけ大変なことなんだなぁ。
他方でその勇者様はと言えば、私たちと同じく一方的にスイレンさんを知っている状態であったためか、妙にソワソワモジモジしており。
「な、なぁクラウ、私はどんな態度で彼女に接するべきなのだろうか? こう、威厳のある感じが良いのか? それともフレンドリーなほうが良いだろうか!?」
などと愛娘に助言を求める始末。
「変に取り繕っても、ボロを隠すのが辛くなるだけだぞ。自然体が一番だ!」
「な、なるほど! つまり、アレか。娘の友だちが、別の友だちを連れて訪ねてきた時のママムーブをすればいいと! あらよく来たわねー、ゆっくりしていってちょうだいねー!」
「逆に不自然だぞ母上!」
などと母娘が騒いでいる間に、レッカたちはもう目の前。
するとなんだか急に感慨を覚えて、胸に去来する気持ちを持て余す私。
スイレンさんの件に関してもそうなのだけれど、レッカはレッカで一人ここまで自分の足で歩いてきたんだ。このモンスターが跋扈する世界をだよ?
それを思うと、何だか感動してしまって……。
なんか……なんか、いっつも空飛んだり転移スキル使ったりしてる自分が、急に恥ずかしく思えてきた。
これが、踏破した者にのみ宿る貫禄!
だからと言って今更移動手段を変えたりするつもりも無いのだけれど。
今だけはちょっと、レッカの姿を直視できない。
「レッカ、久しぶり」
「お疲れさまです!」
「何か新しいスキルは覚えましたか!」
「ギュルゥ!」
私が謎の後ろめたさに苛まれ、イクシスさんとクラウがワーワー言っている間にも、平常運転組はさっさと彼女らに歓迎の声を掛け。
「みんな久しぶり! 紹介するね、この娘がスイレン。私の新しい友だち!」
「あわわ、はは、はじめましてー、スイレンですー!」
レッカに促され名乗った彼女は、ヘコっと勢いよく頭を下げてみせた。
その姿を目にし。
不意に、皆が沈黙する。
皆の反応に、何か粗相をやらかしたのではないかと大いに慌てたスイレンさん。
対して私たちは一様に、彼女の懸念とは全く別のことを考えていたのである。
即ち。
生スイレンさんだ……! 動いて喋ってる!! 本物だ!!
っていう、さながら芸能人を生で見た時のような感覚。
モニター越しにしか見たことのない人が、目の前で生きているっていうのは、それだけで一種独特の感動を生じさせるものだ。
たまらず私たちは、失礼だと知りつつも、返す言葉を失ってしまったのである。
しかしそれも束の間のこと。
いよいよ泣きそうな顔でオロオロし始めたスイレンさんに気づき、いち早く我に返ったのは我らが勇者様だった。
「ぉぁ、ああすまない。スイレンちゃん、よく来てくれた。レッカちゃんも久しぶりだな、二人とも歓迎するぞ!」
「はぅあ! ああああなた様はもしかしてー!」
「イクシスだ。クラウのママで、勇者などと呼ばれてもいる!」
「じじ、実在されたのですかー!」
「す、すごいことを言うな。このとおり、ちゃんと実在しているが」
「サ、ササササインなどお願いしてもー……?」
「構わないが、とりあえず中で話さないか? 立ち話もなんだしな」
アルバムの記録には、時折動画も存在しており。
そのためスイレンさんの人となりとか喋り方とか、一応知ってはいたのだけれど。
しかしこうして改めて見ても、やっぱり独特な雰囲気のある人だなぁと実感した。
いつかの周回で私が気に入ったのも頷けるってものだ。
それに、私の中にある何かが疼いている。懐かしい懐かしいって、私の涙腺をくすぐってくる。
当のスイレンさんは、仮面で顔を隠したまま、今のところ一言も発していない私のことを不思議に思っているみたいだけれどね。
ともかく、イクシスさんの促しにより私たちは大きな玄関を潜り、そのまま応接室へと場所を移した。
レッカだけならきっと、今更応接室だなんて堅苦しい場所には通さないだろうに、やっぱりスイレンさんには気を使っているようだ。
ソワソワしながらキョロキョロと視線をあっちこっちに走らせているスイレンさん。
それとは対象的に、ニコニコしながら嬉しそうに使用人さんたちと再会を喜び合っているレッカ。
因みに彼女はちょいちょい旅先から、お土産をストレージ経由で使用人さんたちに差し入れしているのだ。
使用人さんたちがストレージを扱えるかと言えば、そういうわけではないので、更にクラウかイクシスさんを経由しての差し入れになるのだけれど。
そうした経緯もあり、彼女と使用人さんたちの仲はすこぶる良い。流石コミュ力お化け。
そんな具合にぞろぞろと歩いて皆で応接室へ入れば、早速イクシスさんの促しによりソファへ腰を下ろしたレッカとスイレンさん。
二人の対面に、イクシスさんが座るという構図だ。
私たち鏡花水月は、空気を読んでとりあえずイクシスさんの座るソファの後ろに立っている。イクシスさんの隣に座ろうにも定員オーバーだし、かと言ってレッカたちの横に座るのも違うしね。
そうして話をする準備が整ったのも束の間。
不意に、イクシスさんから念話が飛んできたのである。
『と、とりあえず応接室に通してみたけど……何を話せば良いんだ?!』
ノープランだったらしい。
まぁでも、そうだよね。スイレンさんがここへやってきた目的自体、レッカに連れられてのことだし。何をするためってわけでもない。
でも一応お客さんだし、それなりの対応はするべきと考えたイクシスさん。
結果、この先の展開に困ったと。
改めて思うけど、念話、便利なスキルである。
私たちはテンパるイクシスさんの相談を受け、こっそりと話し合いを始めたのだった。
果たして、うまく話を弾ませることが出来るのだろうか……?




