第四八話 氷魔法
ダンジョン探索を始めて、何時間が経過しただろう。恐らく二四時間は超えたのではないだろうか。
私達は現在第二階層を制覇し、まさに第三階層へと足を踏み入れたところである。
あいも変わらず石レンガ作りの景色は代わり映えもせず、しかし上の階層に比べると幾らか、壁や床の罅割れや、むした苔、顔を覗かせた雑草が散見できるようになっただろうか。
空気感も、こころなしかしっとりしている気がする。
「ちょっとは変化があった、かな」
「少し湿度が上がったように感じられますね」
「こういう場所には、アレが出るかも」
なんてオルカが思わせぶりなことを言っていたが、そのアレというのが何なのかはすぐに判明した。
私達の目の前に、実際現れたのだから。
そいつは天井にへばりついており、私達のような探知に長けたスキルを有していなければ、うっかり不意打ちを食らっていたかも知れない。
が、分かっていれば間抜けな姿。遠くからそれを発見した私は、一人興奮を押さえられないでいた。
「スライム! 生スライムだよオルカ!」
「ミコト様、スライムに生もへったくれもありませんよ……」
「寧ろ干からびたスライムなんて聞いたこと無い」
「温度差が酷い‼」
スライムと言えばゲームの定番モンスターなのに、やっぱり分かっては貰えないようだ。
寧ろ、オルカもココロちゃんも嫌そうな顔をしている。はて、そんなにマズい相手なのだろうか?
「二人はスライム苦手なの?」
「アレは、地味に厄介で困る」
「ですね。触れると溶かされますし、コアも壊しにくいですし。強いというわけではないんですけどね……」
「……おぉぅ」
スライムと言えば、ポヨンとして可愛いか、ひんやりして気持ちいいかのどっちかが定番だと思っていたが、どうやらこの世界のスライムは可愛くないタイプのやつらしい。
確かに遠目にではあるが、観察してみるとゼラチン状の濁った体に、赤い球体を内包している。アレがコアだろう。
二人によると、あのコアは弾性があり、しかもヌルヌルするので飛び道具が刺さらないのだとか。余程ど真ん中に真っ直ぐ突き立てなければ、物理攻撃は逸らされてしまうと。
なるほど確かに厄介そうだ。
「それじゃ、倒し方は?」
「ミコトはどう思うの?」
「お、冒険者たるものまずは自分で考えろってことか。そうだなぁ、魔法なんてどうかな?」
「正解ですミコト様! ご明察です!」
最も理想的とされるスライムの倒し方は、ズバリ魔法で凍らせることとされている。
凍らせれば動きも封じられるし、物を溶かすという特性も無効化出来る。あとはどうにかしてコアを砕きさえすれば、それで片が付くとのこと。
氷でなくとも、スライムに有効な魔法は幾つもあるため、魔法を使えるものがいるのなら物理戦は避けるべし! というのがスライム攻略におけるベターとされているそうだ。
「とは言え、ココロの聖魔法はあまり相性が良くないのですが」
「そうなの?」
「はい。倒せないこともないんですけど、過剰な大技を出すことになってしまって……」
「となると、私とオルカの魔法で頑張るか」
「正直、私はまだ練習不足……」
「うぇぇ、じゃぁ私が頑張るしか無いね」
どうやら、スライム担当は私になったらしい。ココロちゃんの聖魔法は、主に浄化に重きを置いた魔法なので、アンデッド系など弱点属性にハマる相手を除くと、使い勝手の良い攻撃手段にはならないようだ。
まぁ、もしかすると燃費の良い攻撃系の聖マジックアーツ、なんてものが何処かには存在するのかも知れないが、少なくともココロちゃんは覚えていないとのこと。
「とは言え氷魔法か。私まだ水しか使えないんだよな……よし。今覚えよう」
「ミ、ミコト様、それは流石にどうかと……」
「スキル習得は、本来長い鍛錬の末に実を結ぶようなもの。覚えようとして覚え……てるね、ミコトは」
「まぁ水は扱えるんだし、応用だよね。ええと、とりあえず水たまりを作って凍らせるようにイメージするか……」
私は早速その場にかがみ込むと、床に水のマジックアーツで小さな水たまりを生成。
あとはこれを何とかして凍らせればいけるはず。
「ところで二人とも、分子運動って知ってる?」
「「???」」
「なるほどね。じゃぁそれで行こう」
物凄く雑に言うと、熱エネルギーとは分子くんが暴れ回ることで生じるものだ。速く動けばそれだけ強力な熱になるし、逆に分子くんがピタッと止まれば熱がない状態、つまり冷気となる。
なので、水たまりを鎮める。そんなイメージを強く懐き、MPを注ぎ込んでいく。
ちなみにオルカたちへ問いを投げたのは、もしもこういった学術的な話が浸透している上で魔法の習得が捗らないというのなら、もっと別のアプローチが必要だろうと考えたからだ。
けれど、そうでないのなら。科学的な角度からのアプローチというのがマイナーだとすれば、素早く魔法を習得できる可能性は残されているんじゃないかと思ったわけで。現に私の習得速度は異常らしいし。
こういうのを現代知識チートっていうのかな? チートと呼べる代物かは定かじゃないけど。所詮知ってるかどうかっていう話だしね。
まぁ、チートの定義なんて論じるつもりもなければ、そんな暇もない。
やり方がある。だから試す。それだけのことだ。
水たまりへ意識を集め、MPへ奇跡を願う。完璧に発動させる必要はなく、必要なのはほんの少しの非現実だ。
願いがMPを介し、現実を捻じ曲げたのなら、まるで不条理を肯定するようにそれは、スキルという新たな条理を生み出す。そんな感じがする。
「……あ、ココロ見て」
「み、水が凍っていきます……!」
「お、成功したかー」
果たして、私の願いは届いたらしい。少しばかりのMPと引き換えに、見事水たまりの一部を氷の欠片へ変じさせることに成功したのである。
すぐさまステータスを確認すれば、そこには間違いなく【氷魔法】が追加されており、更に詳細を確認すれば、新たなマジックアーツ【フリージング】という表記を確認することが出来た。
「フリージング……対象を凍らせるマジックアーツ、かな?」
「あ、その魔法なら聞き覚えがあります。ココロが知ってる限りですと、触れた相手を凍りつかせるマジックアーツでした」
「でも、スライムに直接触れるのは危険」
「む、そうだなぁ。じゃぁこの勢いでマジックアーツ開発もやってしまおう。【氷魔法】と【万能マスタリー】のスキルが補助してくれるから、多分すぐにできるよ」
というわけで、対スライム用の氷魔法を即興で考えていく。オルカやココロちゃんにもアイデアを出してもらい、早速習得のための訓練に取り組む。
とは言え、そんなに大げさなものでもないが。
先程の水たまりに、適当に拾った石の小さな欠片をペッと放り込む。
その際、欠片には氷魔法と氷結のイメージ、そしてMPを注ぎ込む。
そうして数度試していると、放った石の欠片が水面に触れた瞬間、カチッと着水部分を凍りつかせたのである。
氷結は見る見る内に水たまり全体へ広がり、あっと言う間に氷の板へ変えてしまった。
「出来た! ええと、マジックアーツの名前は……【フリージングバレット】だね」
「うぅむ、ミコト様。今度ココロにも魔法習得の手解きをお願いできませんか?」
「スキル習得には長い年月を要する……って、本で読んだのに。あれは嘘だったの……?」
「オ、オルカ様、そんな事はありません! 本がおかしいのではなく、ミコト様がおかしいのです!」
「私、おかしいのか……」
「ちち、違うんですぅ! ミコト様はおかしいのではなく、すごいんです‼」
なんだかわちゃわちゃしてるココロちゃんに癒やされつつ、私はどっこいしょと徐に立ち上がった。
舞姫をスリングショットに持ち替え、くず鉄を消費するのも勿体ないのでビー玉くらいの小石を拾う。小石と言うか、壁から剥がれた欠片かな。
それをスリングショットにつがえると、早速覚えたての魔法を準備する。
「じゃ、実戦で役に立つか早速やってみよう。失敗したらごめんね!」
「その時は力技で何とかしよう」
「ココロも準備大丈夫です」
「よし。それじゃぁ……フリージングバレット!」
唱えると同時に小石を解き放つ。一直線に飛翔したそれは狙い違わず、天井にへばりついているスライムへ着弾し、そして劇的な効果をもたらした。
先程の水たまりとは比にならぬほど一瞬で、体のすべてをカチコチに凍らせてしまったのだ。
スライムは自重を支えられなくなり、重力に惹かれるまま天井から硬い床へ落下。鈍くもうるさい音が響いた。
落下の衝撃でスライムは砕けており、コアが露出してしまっている。こうなったらあとは容易い。
「ココロちゃん」
「お任せあれ!」
凍っているとは言え、流石にスライムを素手で叩くのに抵抗があるのか、背中に背負った愛用の無骨なメイスを引き抜き、ドタドタと突撃していくココロちゃん。一振りであっけなくコアを粉砕してのけ、ニコニコ顔でこちらに振り返った。
凍っているから良かったが、確かに通常のスライムにあんなことをすれば大惨事だろう。
現に砕け散ったスライムの氷片は四方八方へばらまかれている。
今後も見つけ次第、バッチリ凍らせないと。
「ミコト、MPの消費は大丈夫?」
「うん、それは平気なんだけど……」
「? なにか気がかりなことでもあるの?」
「もうちょっと、加減できないかなって思って」
確かに今回は、何ら問題なくうまく行った。MPの消耗も許容範囲内であり、回復スピードを鑑みればそう安々と枯渇することもあるまい。
だけれど、思ってしまうのだ。果たして今のフリージングバレットの威力は、適切だったのかと。
些か過剰すぎたんじゃないか? もう少し威力を落として、無力化することに意識を向けて別の一手を打てば、消耗的にも効率的にももっと良くなったんじゃないだろうか、と。
「次はもうちょっと、注ぎ込むMPを減らして撃ってみようかな」
「そ、そんな事出来るの?」
「あれ、何のお話ですか?」
ドロップを回収して戻ってきたココロちゃんが、会話に混ざろうと問うてくる。
私は魔法に用いるMPを調整したい旨を告げた。
「むむ、ココロにはそんな器用な真似、ちょっと無理ですね……とても魔法に長けた人なら、MPを余計に注ぎ込んで威力を引き上げる、なんてことが出来るらしいですけど、それもスキル由来の技術だそうです」
「ココロは物知り」
「えへへ、Aランクですからね。このくらいは一応」
「なるほど、そういうスキルがあるんだね……なら、覚えるしか無いじゃない!」
通常、マジックアーツを使用すると消費されるMPというのは、固定値だという話だ。
けれど消費MPが固定だとするなら、威力の調整が任意に出来ないということでもある。私は、そんな非効率的なことは好かない。
もしも注ぎ込むMPの量を任意に調整することが出来るのなら、より最小限の消費MPでマジックアーツを運用できるばかりか、戦術の幅も広がるというものだ。
ゆくゆくは、単純な消費量だけに留まらず、魔法の効果に意図的な斑を持たせたり、なんて出来たら素敵だと思うんだ。
例えば火のマジックアーツ、ファイアアローはその先端にMPを集中させることが出来れば、きっと貫通力の増したマジックアーツとして運用できるはず。
そんなふうに、もっと自在にMPを操れたら、どんなに素敵だろう……どんどん意欲が湧いてきたな。
「よーし、ストレージと換装の訓練も一段落したことだし、次はMP制御にターゲットを絞ってみるかー!」
「ミコトがまた、おかしなことをしようとしてる……」
「オルカ様。我々は温かい目でミコト様の成長を見届けましょう」
新たな目標も決まり、その後私はスライムを見つける度フリージングバレットをなるべく手加減して撃つよう努めるのだった。
ダンジョン探索は続く。




