第四七六話 新たな突破者
イクシス邸には、所謂リビングの様な場所っていうのは存在しない。
強いて言うなら現状、食堂若しくはこの転移室こそがそれに近いのではないかと密かに思っている私である。
家が広すぎると、そこそこの広さで家族団らんするスペースっていうのが取りにくいのかな。
その辺私はあまりよく分かってないのだけれど、まぁだからといって困るようなこともない。
少なくとも私たちにとっては、転移室があれば十分である。
ソファもベッドもテーブルや椅子、本棚にプロジェクター用のスペースまであるここは、ぶっちゃけ鏡花水月の秘密基地と言っても過言ではない。
いっそのこと入り口を秘密道具で隠しちゃうのも面白そうだ。流石にやらないけど。
そんなくつろげる部屋の中、慌ただしく帰ってきた私たちはようやっと落ち着きを取り戻し。
ゆっくりとテーブルを囲って、皆でお茶を啜っているところだった。
ちらりと部屋の奥へ目をやれば、ベッドではぐぅぐぅとクラウが寝ている。ブレイブ・ロアはやはり余程疲れるらしい。
しかし、帰ってきてからすぐに意識を飛ばした彼女である。あれから二時間近く経つし、そろそろ起きてもいい頃だ。
「むぅ……ふぁ……ぁ」
噂をしたわけではないけれど、眠そうにあくびをしながらモゾモゾし始めた彼女。どうやら目が覚めたらしい。
「お、気がついたかクラウ」
と、早速そこへ声を掛けたのはイクシスさんだった。
そう、一応帰宅を知らせるべく部屋に設置してあるベル型の魔道具、通称『ただいまベル』を鳴らし帰ってきたことを知らせたところ、使用人さんに交ざって彼女までもがやってきたのである。
使用人さんたちは、適当にお茶菓子の用意なんかをして戻っていったけれど、イクシスさんだけは残って娘の寝顔を堪能していた。デレデレである。
今日は六〇階層に挑むことと、もしかしたらそこに待つのがダンジョンボスである可能性も告げていたため、出発からそれ程間を置かずして鳴ったベルの音に察したのだろう。
私たちがダンジョンボスを倒し戻ってきたのだと。
そうしてそれから今に至るまで、流石にクラウ抜きで戦利品を確認するのも気が引けたため、皆でダラダラしながら過ごしていたわけだ。
ただ、ソフィアさんだけはどうにも我慢が利かなかったため、先に隠し部屋で得た黒いスキルオーブを握らせている。
おかげでそれ以降はずっとニヤニヤしながら、スキルオーブを愛で続けている。傍から見る分には、まぁ気持ち悪い。
検証の結果として、黒いスキルオーブは案の定特典部屋に転送されぬまま、五七階の隠し部屋に残っていた。
転送対象外ということは、やはり見落としたら二度と手に入らないってことである。それを思うと、私の気分はずんと落ち込んだ。
黒いスキルオーブにはイクシスさんも興味を示した。
私が譲り受けたものも、元は彼女が持っていたものだったしね。けれど、結局今のところはまだそれに関する何かが判明したということもなく。それ故オーブについては然程話の広がりはなかった。
ただ、彼女も私たちと同じ様に、所謂『真・隠し部屋』を発見して黒いオーブを見つけたそうで。
やはり余程特殊なアイテムらしい、ということは改めて確信できた。
時刻は午前一一時も半ば。
寝ぼけ眼のクラウを交えての、戦利品の確認をするには微妙な時間である。
それ故お楽しみは午後からということで、先ずはお昼を摂るべく皆で食堂へ向かうことになった。
イクシスさんに手を引かれて歩くクラウは、いつになく子供っぽく見えた。微笑ましい。
★
転移室に戻ってきたのは、それから僅か三〇分後のこと。
食堂ではみんなして急くように昼食を口へ運び、その後ドタバタと競うようにしてここへ戻ってきたわけだ。
まるでゲームの続きを早くプレイしたくて仕方のない、子供のような心持ちである。
そんな私たちの目的はと言えば、勿論戦利品の確認にあり。
クラウが寝ている間お預けをくらっていた私たちは、そろそろ我慢の限界だったのだ。
クラウもクラウで、いい加減しゃっきり目を覚ましており。ゆえにこそダンジョンクリア時にどんな品が手に入ったのか、ものすごく気になっている様子。
イクシスさん含め、六人と一匹で転移室へ飛び込んだ私たちは、早速全員でテーブルを囲って戦利品を改めていくことに。
しかし何分六〇階層分の品々である。その量は非常に多い。
そのため先ずは、特典宝箱から得た品と、双頭竜のドロップアイテムがずらりとテーブル上へ並べられた。
おお……!!
と、思わず皆の口から感嘆の声が漏れる。
それはイクシスさんとて例外ではなく。
昔の、仲間たちと冒険をしていた頃のイクシスさんなら、今回と同じ様なダンジョン攻略くらい何度も経験しただろうにと、一瞬首を傾げそうになったけれど。
しかしよく考えたら六〇階層である。
それも当時の彼女たちには、マップスキルも、転移スキルも無かった。
であれば如何なイクシスさんたちでも、深層に潜るのには相応の苦労を強いられただろう。
食糧問題や、蓄積する疲労、精神的な負荷。
ダンジョン攻略に付きまとうのは、純粋な戦闘面の問題だけじゃないんだ。
それを思えば、彼女が私たちと似たようなリアクションを見せたのも納得できる。
むしろ私たちなんかより余程、これには思うところがあるんじゃなかろうか。
まぁ、それはそれとして。
そんな冒険者たちの苦労を思えば、とてもウェイウェイとはしゃぐ気も消え失せるけれど、しかし強力なアイテムを得られるというのはやっぱり嬉しいものだ。
早速皆と同じ様にテーブルの上を眺め。そしてそれに目が行った。
金色のスキルオーブ。
即ち。
「これ、【限界突破】?!」
「!」
「わぁ、とうとう出ましたね!」
「鑑定を掛けてみたが、間違いない」
「レアスキルオーブですよ! レアスキルオーブ!!」
「さすが特級ダンジョンだねぇ」
「ガウガウ」
限界突破。それは、人のステータス上限値である99、それを超えるためのキースキルである。
これを持たざる人間ないし亜人種は、素のステータスが99までしか育たない。
どんなに恵まれた才能を持とうと、どんなに努力を重ねようと、その壁は突破できないのである。
しかし、そんな人の限界を破るためのスキルが存在している。
それこそが限界突破。
超越者と呼ばれる者たちが、おしなべて所持しているスーパーレアスキルだ。
「感慨深いな……前回は私が使わせてもらったこのスキルオーブ。次は……」
クラウが金色のスキルオーブを手に取り。
そして、それをそっと……オルカへと差し出した。
「お前の番だ、オルカ」
「…………」
鏡花水月には、おかしなメンバーが揃っている。
私はステータスが装備で変化する、特殊体質だし。ゼノワは精霊だからステータス関係ないし。
ココロちゃんは鬼の力で、上限値が仕事をしていない。いつか頭打ちが来るのかも知れないけど、今のところそんな気配はない。
ソフィアさんは既に超越者だし、伸びしろおばけのクラウも既に限界突破を獲得済みである。
そんな中にあって、オルカだけがまだ上限値の枷を外せないままでいた。
だからこのスキルオーブは、議論の余地すらもなく彼女のものである。
オルカはぐるりと私たちの顔を順繰りに眺める。
それに皆が頷きを返してやれば、ようやっとクラウから差し出されたスキルオーブを静かに受け取り。
「……ありがとう。私、もっと強くなる!」
短く宣言するなり、早速それを使用したのである。
オーブが砕け、光が彼女の胸へ吸い込まれていった。
金色がフワリとオルカの身体を灯せば、彼女の中に新たなスキルが確かに芽生えた。
オルカがとうとう、限界突破を獲得したのだ。
これでオルカも人外への一歩を踏み出したわけだ。
特級PT認定試験でのゲットというのが、また狙ったかのようじゃないか。
とは言え、素のステータスがそんなに容易くギュンギュン成長するかと言えば、そんなことはない。
オルカが実際に99を通過するのは、きっとまだ先のことだろう。クラウもね。
それでも私たちの前途は洋々である。
そうしてオルカへのスキルオーブ進呈が済めば、改めて皆で残りの戦利品を一つ一つ確かめていった。
今回も当たり前のように仮面があったため、これまた当たり前のように私の元へやってきた。
なんと双頭竜のレアドロップである。
双頭を表しているのか、左右でデザインの異なる一風変わった仮面だ。
驚くべきはそのステータス上昇値で、流石は特級ダンジョン産。オルカのマフラー程ではないにせよ、私のステータスをぐっと引き上げてくれた。
特殊能力として、全身に雷を纏うことが出来る上、雷そのものになっての光速移動が可能になるらしい。
とんでもない品である……名を『雷帝の双面』。
欠点は、バリバリうるさいことだろうか。使用には注意が必要そうだ。
双面っていうくらいだし、隠し能力とかあったら面白いのに。なんて妄想を膨らませている間に、皆は他のアイテム分配をさっさと進め始めた。
何れに於いても、これまで入手してきた装備とは一線を画すような、高いステータス補正値を持つ装備ばかりである。
宿した特殊能力も軒並み強力で、先程冒険を終えて帰ったばかりだというのに、早くも次が楽しみに思えて仕方がない。
その後はお約束と言わんばかりに、皆で訓練場に出て装備の試しを行い、日が暮れるまで大騒ぎしたのだった。
明日は冒険者ギルド本部へ、試験内容の達成報告をしに向かう。
クマちゃんの驚く顔が、今から目に浮かぶようだ。




