第四七三話 双頭
山小屋の特級ダンジョン攻略も九日目を迎え、私たちはいよいよ六〇階層へ足を踏み入れていた。
昨日の内にさっさとこのフロアまでは降りてきていたのだけれど、どうにも合体技【ブレイブ・ロア】を使用した反動で疲労を拭えずにいたクラウ。
大事を取って昨日は攻略を早めに切り上げ、六〇階層攻略は翌日に回すことにした次第である。
そして本日。
朝から早速やってきた六〇階層は、予想通りボスフロアだった。
果たしてこれがダンジョンボスの待つフロアなのか、はたまた中ボスの待つフロアなのかはまだ判断のつかないところではあるけれど。
何れにせよ、クラウも皆も体調は万全。どんなボスでもどんと来いである。
「早く行きましょう! そして一刻も早くスキルオーブを確保しなくては!」
「ソフィアさん昨日からそればっかりです」
「急いては事を仕損じる」
「お、よく覚えてたね日本のことわざ」
「なんだかんだで平常運転だな」
「ギャウギャウ」
ソフィアさんに急かされ、せっせと一本道を歩けば、程なくして見えてきたのはボス部屋への入り口。大きな金属製の扉である。
今回もこの向こうには広い広いボス部屋があり、私たちが入室するなりボスが出現するはず。
速攻で勝負を決めるのであれば、今のうちから大技の準備をして部屋に入るのが良いだろう。
勿論それは、確実にヒットさせられるならという話にはなるのだけれど。
その点うちにはオルカが居るからね。足止めならお手の物である。
しかしながら、今回ばかりはちょっとだけ事情が異なり。
ふんふんっと、いつもより鼻息の荒い娘が約一名。手に入れたばかりの新たな装備を携え、意気込んでいる。
ココロちゃんである。彼女は昨日のオルトロス戦にて入手したレアドロップの所有権を獲得しており、このボス戦で存分に活かすつもりなのだ。
そんな彼女のやる気を削ぐような真似が、どうして出来ようというのか。
それにこれは、特級PTとしての認定を受けるための試験なのだ。
もしこの先にいるのが中ボスではなくダンジョンボスなら、この試験もいよいよ大詰めってことになる。
そうでなくとも六〇階層のボスともなれば、強敵なのは間違いないだろう。
そんな相手に、得意の速攻ではなく、ガッツリとした戦闘を挑んでみるのもありなんじゃないかと。事前の話し合いで、そんな方針が決まっている。
ただし、それはプランAだ。
もし普通にやって苦戦するような相手なら、いつもどおり邪道でも何でもぶっ込むプランBへ即刻移行する予定である。
でもさ、よくよく考えたら普通って何なんだろうね?
私たちって、そんなに変なことばっかりしてるかな……?
いや、してない。いつだって普通にしてるだけ。何故なら出来ることをやってるだけだもの。
なら、プランAもBも大差ないのかな。むしろ、プランBのために凄い作戦考えておくべき?
でも、相手がどんな奴か分からないことには作戦立案も難しいか。
ってことはつまり、アドリブ力が求められるってわけだ。
プランBに移行した瞬間、頑張ってとんでもないことをやらかさなくちゃダメ! それくらいの意気込みで臨むとしよう。
例えば、そうだなぁ。あ、精霊力を使って防御不可の精神魔法とかどうかな? 普段は禁じ手じみてるから、そうそう使うようなことはしないけど、プランBなら解禁だよね!
他には……そうそう、精霊魔法ならMNDの抵抗をほとんど気にせずに済むから、体内に直接作用する魔法なんてのも有効ってことだよね? なら、ボスの内側に……。
「ミコトから不穏な気配を感じる」
「どうせまた良からぬことでも考えているのだろう」
「流石ミコト様です!」
「新スキルですか?!」
「ガウガウ」
「みんな準備はいい? 扉開けるよー」
皆の言葉をサラッと流し、私は扉へと手をかける。
大きくて分厚い割に、案外スムーズに開く内開きの扉を潜れば、すぐにバタムと勝手に閉じてしまう。
取っ手の一つもないため、内側からじゃ開けられないし頑丈だし、脱出できないタイプのボス部屋らしい。
まぁ、フロアスキップを使えば多分問題なく出られるのだろうけど。
ボス部屋に入ったなら、ここからのやり取りは念話で行われる。
因みにすごく今更なことだけど、ゼノワの念話はみんなには聞こえていない。
私にだけにしか見えない精霊……特別感があって良いっちゃ良いんだけど、やっぱりちょっと寂しくも感じている。いつかゼノワのこと、ちゃんとみんなに紹介できたら良いな。
とまぁそれはともかく。
『ココロちゃんやオルカは、変身しておかなくて平気?』
『大丈夫。羽化は状況に変化をつけるためにも使えるから、最初は温存しておく』
『ココロもです。もし長期戦になるようなら、途中でバテちゃいかねませんからね』
とのこと。速攻で勝負を決めるのならばともかく、今回は様子見から入るつもりのようだ。
なるほど確かに、如何にも正攻法っぽい戦い方である。
しかしそうなると、変身する場合ちょっと時間が掛かるからね。そのための隙は私たちが稼がねばならない。留意しておくとしよう。
そうして私たちが部屋の中央へと足を進めていくと。
不意に、黒い塵が一箇所にシュワシュワと集い始めたのである。ボスポップの始まりだ。
巨大な柱が等間隔に立ち並ぶ、高い天井のボス部屋は広大で。
サッカーグラウンドよりも広いこの部屋の真ん中辺りに、ムクムクと姿が形作られていくのは一体の巨大なモンスター。
その姿は果たして、四足のトカゲのようであり。さりとてただのトカゲにあらず。
若草色の鱗が全身を覆った、竜だ。けれどただの竜でもない。
奴にはなんと、長い首が二本。その先に鋭い角と牙を携えし頭が一つずつ。
即ち、双頭の竜。その名前もまんま『ツーヘッドドラゴン』と言うらしい。実に分かりやすい。
背には立派な翼を携えており、どうやら飛ぶことも可能な様子。
そう言えばドラゴンは羽ばたきで飛ぶわけじゃなく、魔法的な力で身体を浮かすのだ、というのはファンタジーでよくある話だけれど。この竜も魔力で飛ぶのだろうか? これを機にその辺、じっくり観察させてもらおうじゃないか。
もし飛行スキルとかあるんなら、真似してみるのも……。
『ミコトさん、このドラゴン【飛行】のスキルを持ってますよ! 真似してみて下さいよ!』
早くもご自慢の技能鏡で双頭竜の有するスキルを看破したらしいソフィアさんが、私の思考に先駆けてその様な念話を飛ばしてくる。
流石である。
しかしソフィアさんめ、最近はすっかりモンスターのスキルだろうと関係なしに、私に真似してみろと要求するようになってしまった。
以前は「流石にモンスターの持つスキルは人間には使えませんよ。ハッハッハ」ってな感じだったはずなのに。
まったく、慣れっていうのは恐ろしいものだ。
でもせっかくの機会なので、素直に試してみるとしよう。やっぱり飛行は魅力的だもの。
などと緊張感のないやり取りをしながらも、武器を構え戦闘態勢を取る私たち。
対する双頭竜もしかとポップが済んだようで、最後にお約束の咆哮を一つ。煩いからやめてほしいんですけど。
咆哮と同時、その身に凄まじい稲妻を纏い、早速羽ばたきを始めた。飛ぶ気である。
すると、そんな奴へ向けて飛び出したのはココロちゃんだった。
如何に頑丈なココロちゃんとは言え、稲妻を纏っているようなやつに直接攻撃は危険だと思うのだけれど、果たして大丈夫なのか。
なんて心配は無用で。
「せいっ!」
と繰り出した踏み込みは床を粉砕し、そこから放たれた恐るべき拳はしかし、双頭竜には遠い位置。
けれど拳に纏いし篭手は彼女の怪力を火力へ変換し、凄まじい熱量を孕んだ豪炎を双頭竜めがけて吐き出したのである。
そう、その篭手こそがココロちゃんの新装備、オルトロスより得たレアドロップ。
その名を『双頭獣の篭手』。
ココロちゃんの右手には、ドヤッとした顔のかわいいワンちゃんヘッドが装備されており。
ココロちゃんの左手には、まったりした顔のこれまたかわいいワンちゃんヘッドが装備されているのだ。
ドヤ顔は火を吹き、まったり顔は冷気を吹く。いずれも、パンチの威力をそのまま熱エネルギーに変換して打ち出す篭手となっており、能力補正値も相当に高い。あ、双頭だけに……げふんごほん。
この新装備のおかげで、頭には王冠、身体には修道服、手にはワンワンの篭手という、もう何が何やらって感じのファンシーココロちゃんとなっている。
因みにだが、ココロさん化するとどういうわけか、ワンワンもカッコイイ篭手に変化する特殊仕様となっている。流石レア装備、とでも言えば良いのだろうか……。
ともあれ、これで念願の飛び道具を手に入れたココロちゃん。
これみよがしにバカスカと拳を連打し、飛び上がろうとしていた双頭竜へ火炎と冷気をたらふく浴びせかけている。
が、相手は特級ダンジョン六〇階層を守護するボスである。流石にそれだけで押し切れるような手合ではない。
ダメージは確かに通っているようだけれど、討伐にはまだまだ程遠そうだ。
お返しとばかりに稲妻を放ってくる双頭竜。ココロちゃんも負けじと氷炎で応戦し、凄絶な双頭対決を演じている。
とは言え流石に、光の速度で迫る稲妻をどうこうするのは難儀なようで、攻撃を受けぬようドタバタと駆け回っては柱に身を隠し、アクションゲームさながらの立ち回りを見せるココロちゃん。
他方で私たちも、それをのんびり観戦しているはずもなく。
オルカは分身し、奴へ矢を射かけては適度にヘイトを分散させることに成功している。
クラウは奴の身に纏う稲妻を嫌い、距離をとって魔法による牽制を仕掛け。
ソフィアさんは双頭竜に先んじて宙に浮かんでおり、大きく距離をとって魔術の準備に取り掛かっている。
それからゼノワだが、彼女にとってはどうやら双頭竜は相性のいい相手のようだ。何せ迂闊に近づけない以上、遠距離戦を主体に立ち回って対峙するべきボスだもの。
的も大きいため、好き放題にビームを撃ち込んではキャッキャとはしゃぐゼノワ。ココロちゃんとともにダメージソースとして活躍してくれている。
しかし私の頭にくっついたままビームを撃ちまくるものだから、当然双頭竜に睨まれるのは私であり。
その度にこそっと気配を消しては場所を移している。
また、遠隔魔法にて私も攻撃に加わっているため、双頭竜は着実にそのHPを減らしていることだろう。
問題は、こんな調子で削りきれるのかってことだけれど。
竜の鱗は魔法耐性が高く、物理防御にも長けている。正直見た目ほどには攻撃が効いていないんじゃないだろうか。
心眼で見ても、煩わしそうにはしているけれど、まだまだ余裕っぽいし。
もしかすると第二形態とか隠してる可能性もある。
さて、どう攻略したものか。




