第四七二話 二個目
念の為一時間ほど間を空けて、戻ってきた山小屋の特級ダンジョン五七階層。
幸いダンジョンの自己修復機能がしっかりと仕事をしてくれたらしく、オルトロスをオーバーキルした現場はすっかり元通りになっていた。
古びた石畳も遺跡めいた通路も、まるっと綺麗に元通りだ。
どうせ元通りにするっていうんなら、こんな古びた状態を再現しなくてもいいだろうに……ダンジョンとは、斯くもおかしな場所である。
しかし、全てが元通りというわけではなく。
「見て、石畳の絵が変化してる」
オルカに促され、皆で先程はウィンガルの絵が描かれていたそれを覗き込んでみると、確かに全く別のものへ描き換わっていたのである。
石を削って彫り込まれた様な絵だったはずが、一体どうして描き換わるのか。などと気にしてはいけない。ダンジョンだもの。多分自己修復機能の応用とかなんとか、そんな仕組みが働いているのだろう。
それはいいとして、大事なのはその内容である。
「これは……なんだ?」
「地図、ですかね?」
「多分そう」
「マップと見比べてみましょう」
「もしや、隠し部屋の場所を示してるんじゃないの?!」
ゲーマーとしての勘が告げている。
ウィンガルをオルトロスへ進化させ、それを倒すことできっと何らかのフラグが立ったはずだと。
そしてそれは恐らく、条件を満たすことで初めて出現するタイプの隠し部屋、即ち『真・隠し部屋』の出現フラグであると!
急ぎ皆でマップを確認。地図と思しき石畳の絵と見比べてみると、確かに一致する場所が見つかったのである。
「ありましたね」
「しかも確かに、これの示している場所には隠し部屋もあるらしい。ミコトの言うとおりだったな」
「私の記憶が確かなら、さっきまでこの場所に隠し部屋なんて無かったはず」
「ということは、先程のモンスターが鍵だったのでしょうか?」
「こうしちゃいられない、みんな早く行ってみよう!」
私の妄想が、皆の言葉で現実味を帯びた。勿論何ら根拠もなく膨らませた夢物語ってつもりはなかったが、だとしても予想が的中するんじゃないかというワクワク感は、如何とも筆舌に尽くしがたい。
冒険である。
へんてこスキルのおかげで、普通の冒険者とは比べるべくもないほどに安全で快適な冒険者活動をしている私たちだけれど、故にこそ所謂『未知の探求』ってものからは少しばかり遠ざかってもいる。
そりゃ私自身が未知の塊みたいなところはあるけど、そういうこっちゃないんだ。
ヒントを見つけ、謎を解き明かし、お宝を得る。それが私の思い描く冒険ってやつなのだ。
この世界の人にとっては、ダンジョンまで足を運び、危険なモンスターや罠を潜り抜け、ボスを討ち果たしてこその冒険だ! って認識かも知れないけれど。
ゲーム脳の私は、やっぱりそれとはちょっと違う嗜好を持っているらしい。
そんな私の前に現れたのが、この謎掛けとヒント。
スパイスとして、襲いかかる凶暴なモンスター。
それを打倒した先に待つ、謎の隠し部屋!
そこにロマンを感じないなんてあり得ないね!!
「はやくっ、みんなっはやくっ!」
「ギャウギャウ!」
「こらこら、前を見て歩かないと転ぶぞ」
「ミコト、子供みたい」
「〇歳ですからね」
「流石ミコト様、愛らしいです……!」
妙に生暖かい目を向けてくる皆を急かし、タッタカと駆け足でやってきたのは一見して何もない通路の曲がり角。
さりとて先程の地図にも私のマップにも、この壁を一枚隔てた向こう側に空間があることはハッキリと記されているのである。
壁の向こうにモンスターの反応などはなく、透視のスキルで覗いてみても宝箱が一つあるだけ。トラップ類もマップに反応が見られないため仕掛けられてはいないものと思われ。
となれば後は、突入あるのみだ。
が、そうは言えども真・隠し部屋である。もしかすると思いも寄らない仕掛けがあって、何やらとんでもないトラブルが発生しないとも限らない。テンション任せに突入するなんていうのは論外だ。
一先ず皆へは透視で得た情報を口頭で伝え、いよいよ壁を破る準備に取り掛かる。
と言っても、然程頑丈なものでもないだろうし、ココロちゃんがフンってしたらそれだけで容易く破壊できるだろうけれど。
だとしても、用心するに越したことはない。石橋は叩いてなんぼのダンジョンである。
「それじゃ、行きますよ」
「わくわく」
ココロちゃんが、金棒を振りかぶって壁を殴りつける。
すると思ったとおり、それは呆気なくボロボロと崩れ去り、私たちはその奥に小広い空間を見つけたのだった。
超トカゲ4の時もそうだったけれど、真・隠し部屋と言ったって別段特別な空間ってわけではないらしい。
早速部屋に踏み入り、ぐるりと中を見回してみるけれど、他と特に代わり映えのしない遺跡然とした内装があるだけ。
正直、もうちょっと特殊な内装だとテンションももう一上がりしたところだったけれど、それは言っても詮無いことか。
その分宝箱の中身に期待するとしよう。この、他で見るより豪華仕様な宝箱の中身に!
と、思ったのだけれど。
「この宝箱、開けるんですか?」
なんて言い出したのはソフィアさんだった。
それはどういう意味かと問い返してみたところ。
「ここがミコトさんの言う『真・隠し部屋』であることは、恐らく間違いないでしょう。であれば、そんな特別な部屋に隠されていた宝箱の中身が、果たしてダンジョンボス攻略後に出現する特典部屋へ転送されるのか否か、検証するチャンスだと思うのですが」
という返答があり。
「ガウガウ」
「ミコトが固まったまま動かなくなったぞ」
「それだけ宝箱の中身が気になってたってこと」
「中身を確認して放置しておくというのはダメなのです?」
「開封した時点で転送の対象外となる可能性を考えると、やめておいたほうが良いでしょうね」
ソフィアさんの意見の鋭さと、宝箱の中身が気になって仕方のない気持ちの板挟みにやられ、私は暫し葛藤を強いられることとなった。
ゼノワがビシビシと頭を叩いてくるけれど、それどころじゃない。
せっかく謎を解いて探し当てた特別な隠し部屋である。部屋の奥に一つだけ置かれた、他よりリッチな宝箱。
ああそう言えば四〇階層の隠し部屋にあったのも、これと同じ様なリッチなやつだったっけ。ならこの宝箱がもしかすると真・隠し部屋の証……って今はそんなことよりも。
宝箱の中身は気になる。けれどそれを確認しては、検証が出来なくなる。でも気になる。ええいどうしたらいいのさ!
「透視したらいいんじゃない?」
「それだっ!」
流石オルカである。私の悩みを的確に見抜いて、完璧なアドバイスをくれる。デキる女は違うね!
開封するのがまずいなら、透視スキルで箱の中身を覗けばいい。実にシンプルな解決策だった。
まぁ、アイテムゲットはお預けだっていうんだから、その点は非常にソワソワしちゃうけれど、検証のためである。致し方なし。
早速オルカの提案に従い透視のスキルを発動、宝箱を覗き込んでみることに。
じっと目を凝らし、箱の中に眠るお宝を観察する私。
「ミコト、どうだ? 何が入ってるんだ?」
「私のこの翼のように、素晴らしいアイテムですか?」
「珍しいアイテムと言ったら、スキルオーブとか?」
「特級ダンジョン産のスキルオーブだとしたら、きっとすごいものですね!」
後ろでは皆がワイワイと予想を口にしているけれど、他方で私は一人首を傾げていた。
だってそこに見えたのは。
「なんか、黒い球が一つ入ってるだけだね……スキルオーブ、なのかな?」
目にしたものをそのまま皆に告げてみたところ、彼女たちもまた不思議そうな顔をした。
大きさは、それこそスキルオーブと同程度。野球ボールくらいかな? 或いはテニスボール……どっちも実物をあまり見たことが無いから、ハッキリとは言えないけど。
しかしスキルオーブなら、もっとちゃんと色がついているものなのだけれど、箱の中にあるそれはどうにも真っ黒で……。
「ん? 真っ黒なスキルオーブ……あ! そう言えばイクシスさんから前もらったのも、たしかそんなんだったっけ」
私は急ぎ自分のストレージからそれを取り出すと、改めて宝箱の中のそれと見比べてみた。
「うん、多分一緒だ。全く同一とは言い切れないけど、これと同類の謎スキルオーブだと思う」
そう言って皆に黒いスキルオーブを見せたところ、ほほぉと関心を示す一同。
しかしその中にあって、当然この人だけは関心の度合いが図抜けており。
「それです! 実はずっと気になっていたのですよ! 謎の黒いスキルオーブ、イクシス様ですらその正体を突き止められなかった神秘の宝玉!! はぁ、一体どの様な素敵スキルが秘められているというのか……それがもう一つ手に入るだなんて、何たる僥倖! こうなっては検証だなんて言っていられません! 今すぐ宝箱を開けてしまいましょう!!」
宝箱へ飛びかかるソフィアさん。
それを押さえつけるその他のメンバー。
「ぬぁああ放してください!! 暴かれた隠し部屋なんかに、神秘のスキルオーブを残してなんて行けません!! 私の手で確保せねばぁぁぁ」
「落ち着け! だったら魔法で入り口を元通りに伏せておけばいいだろう?」
「そもそもこんな所にそうそう人が来るはずもない」
「っていうか検証云々って言い出したのソフィアさんですからね!」
「念の為に誰も入れないよう、入り口の内側にもう一枚頑丈な壁を張っておこう」
「クゥ……」
そんな具合に、ギャーギャーとうるさいソフィアさんをココロちゃんが肩に担ぎ、えっほえっほと隠し部屋から連れ出せば、私は魔法を駆使して念入りに入り口を封鎖した後、なるべく元通りの平凡な壁に見えるよう修復を行い、隠し部屋を再び隠し部屋足らしめたのだった。
そうしたら後は、ボスフロアめがけてダッシュである。
予想通り六〇階層がそうであれば良いのだけれど、そうでなければソフィアさんが煩そうだ。
私たちは急ぎ下り階段を目指し、攻略速度を上げたのだった。




