第四七〇話 未知のギミック
石造りの古びた迷宮然とした様は、もはや相変わらずと言う他ないか。
罅割れた石畳の上を身軽に駆けながら、マップを確認しつつ私たちは突き進んでいた。
これまでのチーム分けとは異なり、現在私と行動を共にしているのは、先ず当然といえば当然のゼノワ。
そしてもう一人がオルカである。
他方でもう一班の編成は、クラウ・ココロちゃん・ソフィアさんの三人となっている。
タンクのクラウとフィニッシャーのソフィアさんに加え、アタッカーとヒーラーを兼任できるココロちゃんは相性バッチリだ。
一方でこっちの班は、大体のことがこなせる私と、同じく様々なことを器用にこなせるオルカ。そして反撃の心配なく魔法を撃ちまくるゼノワという、非常にアクロバティックな編成となっている。
流石にこの辺りの階層帯にもなれば、ツーマンセルでは一戦一戦に時間を要するようになってきた。
これを受けて編成を改めてみたのだけれど、その効果たるや劇的だった。
会敵したのは新たに出現するようになったモンスター、『ウィンガル』。
一言で言うならそれは、翼の生えた大きな犬である。
体も翼も白に近い灰色で、なかなかどうしてカッコイイ。
こういう容姿の素敵なモンスターを前にすると、テイムスキルを求めたフロージアさんの気持ちも分かろうというもの。
そうは思えど、容赦はしないのだけれどね。
ボス相手にすら十分な能力を発揮するオルカの影帯は、ぶっちゃけ反則級に強力なスキルである。
ウィンガルは残像すら残すほどに素早い相手だった。特級ダンジョンも四〇階層を超えたとあり、モンスターのステータスも尋常ではない。
が、心眼持ちの私に速さのアドバンテージは意味を成さない。イクシスさんレベルは例外だけども。
奴が鋭く駆ければ、その進行方向に障壁をぺろっと展開。
まんまと体をぶつけて怯みでもすれば、その瞬間影帯の餌食である。
直後、ボッコボコにされる翼犬。
攻略法が確立すれば、以降は何ら脅威とは成り得ず。
しかもこの戦法、大抵のモンスターに嵌るものだから、戦闘時間は短時間に抑えることが出来た。
とは言え、同じことを繰り返していても為にならない。
そのため道中は、手を変え品を変え、様々な連携戦術を試しながら、モンスターの居る隠し部屋や怪しいギミックなんかを探しつつ、スピード攻略を行ったのだった。
無論、クラウたちの班も順調である。
どうやら空を飛べるようになったソフィアさんが、色々と無茶をやらかしているらしいが、それはそれで新たな連携の材料として役立てているとか。強かなことである。
★
ダンジョン攻略も八日目。
快進撃の結果、私たちは現在五七階層にまで来ている。
一昨日と昨日で四一~五六階層を駆け抜けたのだ。まぁ、ハイペースだ。
とは言えフロアの広さも縮小傾向が続いているため、ハイペースでありつつ慎重な歩みであるとも言えた。
ここまでの間、モンスターの居る隠し部屋というのは幾つかあった。が、レアモンスターに遭遇するようなことはなく。他に比べるとちょっと強い程度のモンスターが宝を守っている、くらいのもの。
流石にもう『無理やり変身を促す!』みたいな酷いことはしない。その代わり瞬殺である。
隠し部屋の中で待ち構えていると分かっているのなら、むしろそこらに徘徊しているモンスターなんかよりも余程先制攻撃を仕掛けやすいのだ。
それこそイクシスさんを脅したような、影帯を対象の体内の影に繫げて、内側からグサッ!! っていうのを実際にやったりとか。
アレは、恐ろしいよ、ホント……オルカは怒らせちゃダメだって本気で思った。
真・隠し部屋に関しては、残念ながらそれらしいヒントすら見つけることは出来ていない。
もしかするとレアモンスター並みに珍しいものなのかも知れない。
或いは単純に見落としているか、探索したルートとは異なる道や部屋に何か隠されていた可能性もあるけれど。
しかしそれを考え始めると悶え転げそうになるので、なるべく意識の外へ追いやるようにしている。
「それにしても五七階層か。今までこんなに深いダンジョンってあったっけ?」
「百王の塔は一〇〇階まである」
「あー、そう言えばそうだった。あそこもそのうちちゃんと攻略してみたいねー」
「私たちならきっと踏破できる」
「ギャウギャウ」
このダンジョンが何階層まであるかは分からないけれど、ここまで二〇階層おきに中ボスのフロアがあった。
三度目の正直という言葉もあるし、私たちとしては六〇階層がいよいよ中ボスではなく、ダンジョンボスの待つフロアなのではないかと睨んでいる。
それを確かめるためにも、こうして朝からせっせとダンジョン内を駆けているわけだけれど。
そこでふと、オルカが声を上げた。
「ミコト、ちょっと待って」
「ん?」
「クゥ?」
言われ、足を止める私たち。
するとオルカが、今来た道を振り返りながら言うのだ。
「今ちょっと、気になるものがあった。勘違いかもしれないけど、もしかするとミコトの言う『真・隠し部屋を出現させるヒント』かも」
「なんだって?!」
「クェー?!」
ってことで、オルカに案内されるまま急ぎ足で来た道を引き返した私たち。
そうしてオルカが徐に指差したのは、通路の端。石畳の一枚である。
ゼノワと一緒に注目し、そして私たちは驚きに目を見開いた。
何故ならその石畳には、他とは明らかに異なる特徴があったから。
四角い石畳の真ん中にちょこんと小さく、何かの絵と思しきものが刻まれていたのである。
一応マップを確認してみるも、そこにはこれと言った罠の反応もなく。
オルカにしても、罠らしい罠を見つけることは出来ないと言う。
ただ一点、この絵だけが不自然だったから目についた、と。流石と言う他ないだろう。
もっぱら罠探知に関してはマップスキルに頼ってばかりの私たちだけれど、オルカはそもそも斥候に長けた能力を持っているため、マップに映らないような違和感の類にも敏感に反応するのである。
現に私、何も気づかなかったしね……オルカが居てくれてよかった。
して、問題のその絵なのだけれど。
「この絵……犬? 羽が生えてるっぽいね」
「クゥ」
「ウィンガル?」
「おお、それだ! ウィンガルが鍵を握ってるってことかな?」
「ギャウ!」
あくまで可能性だ。ひょっとしたら何者かが、このフロアに出現するモンスターのラクガキをしただけかも知れないし。
けれど睨んだ通り、真・隠し部屋のヒントか何かだって線も否定はできない。
ならば調べるっきゃ無いだろう。ロマンがそこにあるのだから!
私は早速クラウたちの班にも連絡を入れ、ストレージ経由で彼女らを素早く呼び寄せた。
そうして三人にも絵を見てもらい、皆で意見を出し合うことに。
「このフロアでウィンガルを一定数討伐すると、この場所で何かが起こるんじゃないか?」
「その絵の上で、ウィンガルのモノマネをするっていうのはどうです?」
「いっそウィンガルをここまで連れてきて、その絵を踏ませる、或いはその絵の上で倒すとか、そんな感じなのでは?」
様々なアイデアが出てくる。が、それはとどのつまり、ヒントが漠然としていて可能性を絞りきれないということでもあり。
仕方がないので私たちは、挙がったアイデアを片っ端から試してみることにしたのだった。
一先ずココロちゃんの言うように、モノマネを試してみたけれど。
うんともすんとも言わなかった。マップを確認しても、どこかに隠し部屋が出現した様子もなく。
それならばと、ウィンガルをここへ誘導して絵を踏ませてみることに。
しかし奴の速度は尋常ではなく、誘導と言ってもそう容易いことではない。
が、ここで手を上げたのは、モンスターの誘導に関して一日の長があるオルカであり。
しかも彼女には勝算があった。
「羽化を使う」
そう。先日得た黒繭のマフラーを用いた羽化。これにより『スーパーオルカ』となった彼女の速度は、このフロアのウィンガルにも勝るほどである。
そこに加え、バフだの重力軽減だのを掛けてやれば、安全にウィンガルを連れてくることが出来るはず。
後はどうやって絵を踏ませるか、という問題だけれど。
「絵の上以外の道を、魔法で行き止まりにしてしまえば良いんじゃないか?」
というクラウの提案に従い、地魔法で通路を狭くしてしまう作戦を採用することに。
斯くして準備は速やかに整えられ。
スーパーオルカに変身した彼女を軽くモフってから、早速作戦が始まったのである。
マップや透視、遠視のスキルを駆使して早速ウィンガルの居場所を探し当て、マーカーをくっつけてやれば、現場に急行したオルカがこれを挑発。
先導するように凄まじい速度で駆け、あっという間に絵の近くまで連れてきてしまった。
随分駆け足ではあれど、作戦は滞りなく第二段階へ移行。
地魔法で狭めた通路は石畳一枚分しか無い。オルカは先行して、その細い通路を颯爽と駆け抜ける。
その背を追ってウィンガルも駆けるが、残念。君にとっては行き止まりなのだ。
件の絵の描かれた石畳。ちょうどこの上でウィンガルがたたらを踏むように、進行方向へ障壁を展開してみせたのである。
ドゴッ! とすごい音を立てて障壁に顔面からぶつかったウィンガルは、目論見通り目標の石畳にしかと乗っかった。
すると。
『ミコト様、石畳が光ってます!』
『ソフィアさんの読みが当たったってことかな? だけどそれだと、今まであの絵がウィンガルに一度も踏まれたことがないってことになるし、もしかすると更に別の条件があったのかも……』
『考察は後だ。見ろ、ウィンガルの様子がおかしいぞ!』
クラウに促されよく観察してみれば、確かにただならぬ様子のウィンガルがそこには居た。
あれは、輝き始めた石畳の光に触れた影響だろうか? 奴の放つプレッシャーがどんどん増大していっているように感じられた。
ばかりか、体にも確かな変化が見て取れる。
背中の翼が、さながら退化でもするように萎んでいき、代わりにどんどんと体のサイズは大きくなっていく。
ただでさえライオンを一回り大きくしたようなサイズだったのが、更にムクムクと膨らんでいくのだ。
これに伴い、狭っ苦しい通路はゴリゴリと無理矢理に破壊され、あっという間に見上げるほどの巨体へと変貌を遂げてしまった。
しかしそれより何より最も注目するべき変化と言えば、その頭にこそある。
まるで二〇階層で戦った中ボス、ケルベロスのように、奴の頭が増えていたのである。
ただし今回は三頭ではなく、二頭。
即ち、『オルトロス』と呼ばれる犬型のモンスターであった。
対する私たちも、目の色を変える。
『みんな、奴の変身が終わり次第速攻で決めるよ!』
『『『『応!!』』』』
『ギャウ!』




