第四六九話 隠れた部屋を求めて
すっかりオレンジ色に染まった訓練場のさなか、ようやっとオルカのモフモフから正気を取り戻した私たちは、取り繕うように慌てて彼女に羽化を経ての変化についてなど、色々と質問を投げデータを集めていた。
そうして分かったことはと言えば。
先ず変身中は常にMPを少しずつ消費していること。
変身に伴いステータスが大きく上昇していること。
解こうと思えば変身は解けること。
変身の解除は一瞬だということ。
獣耳などが生えたのは、恐らくオルカに流れる父親の血が現れたせいだろうということ。
獣人化に伴い、各種感覚器官も鋭くなっていること。
そしてこれから行われるのは、具体的にどの程度能力が増しているのかというテストである。ステータスの数値調査ではなく、実演形式のそれだ。
先日行ったように、三分間イクシスさんを相手に模擬戦を行うことで、それを確かめるのである。
また、オルカ自身が上昇したステータスに振り回されないための訓練って意味合いもある。
それに私がバフを掛けることまで視野に入れるなら、そこら辺の感覚調整っていうのは結構デリケートなのだ。
今回は一先ず、オルカ自身に感覚を掴んでもらえればそれで十分だろう。
「ってわけで、それじゃゼノワ」
「クゥァ!」
一言返事をした彼女が、空へ向けて火の玉を打ち上げる。
パカンと、夕映えの空に綺羅びやかな花が一輪咲き、それを合図に模擬戦が開始された。
悠然と構えるイクシスさんに、鋭く襲いかかるのはオルカだ。
その速度に、誰もが目を剥いた。音もなく、気づけばイクシスさんの背後で派手にすっ転んでいたのだ。
オルカらしくない転倒だが、それは彼女自身が体の制御に手こずっていることの証左である。
即ち自身が思っていたよりもずっと、ステータスの上がり幅が凄まじかったということに他ならない。
いくら速いとは言え、流石にイクシスさんが反応できない程ではなく。
さりとてその表情には驚きがあり、それこそ獣のように、オルカの動きに合わせてビクリと飛び退く彼女。
対してオルカも、その受け身は淀みなく。且つ学習能力もずば抜けている。
次の瞬間にはイクシスさんの懐に踏み込み、愛用のツインダガーにて斬りかかっていた。
これをピンポイントな障壁で阻み、コンパクトにカウンターの斬撃を見舞うイクシスさん。
するとどうだ。
振られた刃がオルカへ至るその直前、イクシスさんの横腹にもう一人のオルカの拳がめり込み、彼女をふっ飛ばしたではないか。
分身である。もはや当たり前のようにオルカが二人居る。
しかも驚くべきは、あのイクシスさんに気取られることなく攻撃を成功させたこと。
そして何より、その打撃力だ。
『何あの膂力?!』
『羽化の効果でしょうね』
『実戦で十分に通用する威力だったぞ!』
『あぅ、ココロの得意分野がぁ』
念話は観戦時にも便利だ。何せ喋ってる間に戦闘はどんどん進んじゃうからね。
やり取りが一瞬で済む念話なら、変に気を散らす心配がなくて済む。
そうして私たちが注目する中、イクシスさんを殴り飛ばしたオルカは当然、間髪入れず追撃に出た。
対するイクシスさんも、脇腹を殴られた程度で動転するような人じゃない。
軽く二〇メートルほどは低空飛行を強いられながらも、オルカへ向けて魔法を撃ち放っている。追撃防止と、攻撃後の隙を突いた反撃である。
しかしオルカは、これをマフラーにて軽く排除。飛来する火球をペンペンと押し退け、凄まじい速度でイクシスさんへ迫った。
かと思えば、未だ地に足の着かぬ彼女の影から、無数の影帯がドバっと飛び出し一斉に襲い掛かったのである。
ギョッとしたイクシスさんは、光魔法にて全身を強烈に発光させ、殺到する影帯をやり過ごした。
が、この魔法のデメリットは、自分自身の視界も一瞬利かなくなってしまうという点にある。
流石に自分の放った光で目が潰れる、ということはないのだけれど、それでもほんの一瞬視界が真っ白に染まってしまう。
オルカを相手に、それは如何にも危険な隙だった。
「ぎゅむっ?!」
おかしな声を上げたのはイクシスさんだ。その顔面に、ガッツリマフラーが巻き付いているのだからそういう声も出るだろう。
慌ててマフラーを剣で断ち切ろうとする彼女だったが、補正値200は伊達じゃない。加えて、もしかすると羽化に伴い性能が上がっている可能性まである。
その隙にマフラーはさらに彼女をぐるぐる巻きにし、その中に影帯がぬるりと侵入していく。
「むぐーっ! むぐーっ!」
簀巻きである。超トカゲの悪夢再び。
しかも、ここに来てオルカが念話にて、とんでもないことを言い出した。
『私にとって、一番の武器になる影が何か分かる? それは、体の内側に生じる影。口でも鼻でも耳でも、どこでも良い。私の影が一度体の内側に触れたなら……』
『『『『『……ひぇ』』』』』
途端、ドッタンバッタン暴れ始めるイクシスさん。
それはそうだ。オルカの話が本当なら、体の内側から影が攻撃してくるってことになる。
彼女は影から棘とか槍を生み出すことも出来るんだ。もしそれを体内でやられようものなら……。
恐怖に苛まれたイクシスさんは、そうはさせじと体の内側からも光を発し始め、全身ピカピカ人間と化した。マフラーのせいで見えないけど。
しかもどうやらガチで恐かったらしく。あろうことか灼輝まで用い、マフラーを焼き始めたではないか。大人げない!
これには慌てたオルカ。投げ捨てるようにイクシスさんを解放すると、さながら蜥蜴の尻尾切りが如く灼輝に焼かれている部分を本体から分離。焼き尽くされるのを逃れたのだった。
そして若干短くなった部分も、マフラーに備わった四つ目の特殊能力である【自己修復】により元に戻る。
が、元に戻るとは言っても今のにはカチンと来たらしい。
それはそうだ。模擬戦で、よりによってアイテム破壊という凶行に出られては堪ったものではないだろう。
ましておニューのマフラーである。鏡花水月みんなからのプレゼントである。それに火をつけられたのだから、普段温厚なオルカでも心穏やかでは居られない。
『……怒った』
あ。どうやらオルカは、怒ったら怒ったって口で言うタイプの娘らしい。今回は念話だけど。
しかしその怒りっぷりは、彼女の耳と尻尾の毛が逆立ってることからも明白。
加えて、ジャキンと彼女の爪が鋭く伸びたではないか。私が黒宿木を使った時みたいに、その爪は真っ黒だった。オルカのそれは、もしかして武器としても使えるってことだろうか。
どうやら羽化により、オルカは肉弾戦に凄まじく強くなるらしいことが判明したわけだ。
対するイクシスさんは、そんなオルカを前に。
『い、今のは私が悪かった。このとおりだ!! すまんっ!!』
まさかの土下座である。
ガチで反省しているようだ。それはそうだろう。
何せそれは、大事な仲間に託された新しい武器を、模擬戦で折られかけたのと同義だもの。
武器愛好家のイクシスさんが、その痛みを分からぬはずもない。
寧ろ誰よりそれが分かるからこそ、躊躇いもなく頭を下げているのだ。
イクシスさんへ向けて、一時凄まじい怒気を発していたオルカだったが、しかしイクシスさんのガチ反省を前にどうにか落ち着きを取り戻した。
斯くして模擬戦どころではなくなり、試合はお開きとなったのである。
思いがけない幕切れとなりはしたものの、スーパーオルカのポテンシャルが如何に凄まじいかは、観戦していた誰もが認めるところだった。
防御ばかりか、十分な攻撃力まで手にしたとなると、いよいよオルカに隙は無いって感じだ。
因みに変身の反動というのも然程ではなく、模擬戦を終えて変身を解いてみせた彼女は、存外けろっとしていた。
変身に少しばかり時間を使うことと、変身中は常時MPをじわじわ消費すること。それと幾らかの体力的な消耗。その三点にさえ注意すれば、非常に使い勝手の良い力であると言えるだろう。
ソフィアさんの黒竜の飾翼も含め、今日のダンジョン探索では非常に大きな成果が得られた。
山小屋の特級ダンジョンも四〇階層を突破し、恐らくそろそろ後半戦だろう。もしかすると最深階はもうすぐかも知れない。
今日思い至った、条件を満たさないと出てこないような『真・隠し部屋』についても意識しつつ、明日の攻略も頑張るとしよう。
★
翌日、ダンジョン攻略六日目。時刻は午前九時をやや過ぎた頃。
攻略の続きを行うべく、本日も張り切って山小屋の特級ダンジョンへ舞い戻った私たち。
早速足を踏み入れたるは、四一階層。
一フロア当りの広さも、すっかり探索するまでもなくマップのサーチ範囲内に収めることが出来るようになったため、正直下り階段へ直行しても構わないのだけれど。
しかし、やはり昨日話に出た真・隠し部屋のことが気になる私は、ゲーマー特有の『これもう進んでいいの? 取り逃しとかない? このマップ戻ってこれないんじゃないの?!』って状態に陥っていた。
「す、隅々まで探索したい……」
「こらこら、無茶を言うな。そんなことをしていては、それこそ一月以内の期限を守れなくなってしまうぞ」
「ぐぬぬ」
クラウの正論パンチに反論を封じられ、口をつぐむ私。
するとそこへ。
「もし如何にも怪しい仕掛けとか見つけたら、その時調査したら良い」
「オルカ……!」
私が求めているのはただの隠し部屋ではなく、何かしらの条件をクリアすることで出現する、真なる隠し部屋である。
しかし問題は、肝心なその条件の内容も分からぬままフロア中を探し回っても、当然ながら見つけることは非常に困難であり、あまつさえ真・隠し部屋がそもそも存在していない可能性だって十分に考えられるってことだ。
だからオルカの言うように、如何にも怪しい仕掛けとか、そういうものを見つけた時にだけ注意深く探索をする、というスタンスは落とし所として納得のいくものだった。
フロア全体を調べられないのは口惜しいけれど、PT活動である以上私も折れるところは折れなくちゃならない。
そんな具合に方針は定まり、今日も今日とて特級ダンジョンの攻略を始めた私たち。
此処から先、徘徊するモンスターの強さもいよいよ生半可なものではなくなってくるだろう。
それに伴い、これまでのような三班に分かれての探索ではなく、二班編成での行動に切り替えることとなった。
新たな装備も携えたことだし、やる気も十分。
四一階層、攻略スタートである。




