第四六八話 空中戦とマフラー
鳥だ! ドラゴンだ! いや、ソフィアさんだ!!
イクシス邸訓練場にて、上空をビュンビュン飛び回る人影が一つ。
そう、黒竜の飾翼を身に着けたソフィアさんが、その試験運用をしているところである。
『ふふふふ、これは爽快ですね。ふふふふふ』
というご機嫌な念話を垂れ流す彼女を、私とゼノワ以外の皆は羨ましげに見上げている。
ココロちゃんに至っては、我慢できずにソフィアさんめがけて石を投げ始める始末。ひょいひょい躱されてるけど。
『いいからそろそろ替わって下さい! みんな順番待ちしてるのです!』
『いえいえ、まだやるべきテストが残っているので』
そう言って彼女は、徐に地上へ向けて短杖を構えると。
『あははははは!』
実に楽しげに笑いながら、攻撃魔法をばら撒き始めたのである。
ダメだあれ、完全にハイになってる。
『何という全能感! お次は【ドラゴンブレス】もお披露目しちゃいますよ!!』
『おいバカやめろ! そういうのは空に向かってやれ!』
『おっと、それもそうですね。では……』
クラウの言葉にどうにか聞く耳を持ってくれたソフィアさん。しかしドラゴンブレスは実行するらしく。
胸いっぱいに息を吸い込んだ彼女は、盛大に体を仰け反らせた後、空の彼方へ向けてそれを吐き出したのである。
瞬間、迸ったのは空を横切る一条の光。
雷だった。それも、極大の。
流石に魔術のそれには劣るものの、あのチャージ時間の少なさから繰り出されたとあっては、尋常ならざるスキルなのは疑うべくもない。
っていうか、雷か。事前の検証によると、どうやらドラゴンブレスは使用者の潜在魔力、私で言うところの魔力のカタチによって属性が変化するらしい。
ソフィアさんは風魔法が一番得意だと思ったのだけれど、意外とそうじゃなかったってことかな?
『成功です! 魔術の応用でドラゴンブレスの属性を変化させることが出来ましたよ!』
あぁ、ソフィアさんにはそんな事も出来るのか……。
どうやら黒竜の飾翼を一番使いこなせるのは、やはり彼女であるらしい。
ココロちゃんのあの悔しそうな顔である。レアな表情だ。
まぁそんなことよりも。
「ソフィアさんはもうしばらく降りて来そうにないし、『黒繭のマフラー』の試しを始めちゃおっか、オルカ」
「ん」
短くコクリと頷いたオルカ。
その首元には、普段巻いているロングマフラーとは異なる、真新しい漆黒のマフラーが巻かれていた。
そう、黒繭のマフラーは彼女に託されたのである。
理由は色々あるけれど、一番はやっぱり長いマフラーと言えばニンジャ。ニンジャといえばオルカ。ってことでオルカが一番似合うと思ったから。
しかし当の彼女は、以前私が贈ったマフラーを未だに大事に愛用してくれていたため、最初受け取るのを渋ったわけだけれど。
だけどそこは、今度は鏡花水月みんなからの贈り物だ、ということで納得してもらった。
因みに争奪戦は起こらなかった。これも人徳というやつだろうか。単純に、オルカにこそ相応しいと皆が納得していたのも大きな理由だろうけれどね。
早速私たちから少し距離を空けこちらに向き直ると、首元のマフラーを軽く掴むオルカ。
するとそんな彼女に気づいた他の面々が、ソフィアさんから注目の対象をオルカへと移した。
「お、マフラーのテストか?」
「ソフィアさんなんて放っておいて、こっちを見るのです!」
「新アイテムのテストというのは、何度観てもワクワクするよなぁ」
当然のように交ざっているイクシスさん。肥えた目を持つ彼女も黒繭のマフラーには注目しているらしく、それはマフラーの性能がお世辞抜きに高いことを裏付けているようだった。
「それじゃ、先ずは【拡縮】を」
そう言ってオルカがマフラーへ向けて念じれば、たちまち布のサイズが幾らでも伸び。あっという間に彼女の足元に大量の布が折り重なったのである。
かと思えば、次はシュルリとあっさり元のサイズに戻ったり。
それから幾らか試している内に、長さだけを伸ばしたり、広さだけを拡張したりすることも可能だと分かった。
これならとっさに身を包み、防具のように自身を守ることも出来るだろう。
素早さや隠密に特化したオルカが、これで堅さまで手に入れたわけだ。今後はこれまで以上に、安心して斥候を任せられそうである。実力に関しては一切疑っていないけれど、やっぱり不測の事態で怪我を負う可能性が下がるのは、精神衛生上たいへん助かることである。
「次、【操布】」
拡縮の確認が終わり、次は自在にマフラーを操れるという操布の能力を試すことに。
再びオルカがマフラーへ念じたなら、変化はすぐに起こった。
何と、マフラーの裾が風もないのにフワリと浮かび上がり、さながら拳でも作るようにギュッと丸まって、シャドーボクシングを始めたのだ。
皆が驚きを顔と声に出す中、オルカは次々にマフラーの形を変えたり、自由な発想で動かしたりして、楽しそうに布と戯れたのである。
あまりに楽しそうなものだから、私は彼女に『ムササビの術』を伝授することにした。
やり方は簡単。
背中に回した布の四隅を両手両足に固定し、後はその布に強い風を当てるだけ。
風魔法で下から強風を当ててやれば、船の帆が如く風を受けたマフラーは、オルカの体重を持ち上げてみせた。
「!? と、飛んでる!」
楽しそうにホバリングするオルカ。羨ましがる他の面々。
「ミコト様、それココロも! ココロもやりたいです!」
「わ、私も! 私も頼む!」
「ガウガウ!」
「私だけ除け者にしないよな? な?!」
というわけで、急遽ストレージから適当な布を取り出し、ついでに重力魔法で体重を軽減させ、皆でムササビの術を堪能したのだった。
勿論私とゼノワも参加した。めちゃくちゃ楽しかった。それはもう、アイテムの性能テストっていう趣旨をうっかり失念してしまうくらいには……。
★
まさか、ソフィアさんと空中戦の訓練がおっ始まるとは、流石に予想外だった。
ムササビ軍団VS空中爆撃機ソフィアさんVS最強ステルス機ゼノワ。
まぁ、白熱した。普段やらないようなことに夢中になるっていうのは、イベント感があって高揚するものだよね。
その分、なんだかどっと疲れたけれど……。
結局陽の光に朱が差し始めるまで、空の上でギャースカやっていた私たち。
くたびれてようやく着陸した頃、唐突にオルカが言い出したのである。
「それじゃ、【羽化】始めるね」
私たちは一様に、今がアイテムの試運転中だったことを失念していたのだとようやく自覚し、みんなして盛大に目を泳がせた。
が、それはそれ。
気を取り直した私たちは、皆でオルカへと注目したのである。
何せ、【羽化】だなんて如何にも凄そうな特殊能力の初披露だもの。この中にそれが気にならない人なんて、一人も居なかった。
イクシスさんの鑑定によると、どうやら羽化の能力はその名から想像出来るとおり、『変身』に関わる能力らしい。
アイテム名からして黒繭のマフラーだし、もしかしてオルカが虫になるとか、そんなことはないよね……?
ちょっと心配である。
他方でクラウやソフィアさんは。
「むぅ、変身能力羨ましいんだが。私も欲しいんだが」
「ココロさんは姿が変わりますし、ミコトさんもフォームチェンジしますし。そこにオルカさんまで変身……流行に乗り遅れた気分です」
などと愚痴をこぼしている。流行って……。
そんな私たちの前で、深呼吸を行ったオルカ。当然ながら彼女自身、未知の能力への怖さというのは感じているようで、その緊張がありありと見て取れた。
が、覚悟を決めたオルカは静かに目を閉じ、「はじめる」とだけ告げ、マフラーへ念を送ったのである。
羽化が、発動した。
直後、先ず始まったのは繭の生成だった。
黒繭のマフラーがオルカの全身を幾重にもぐるぐる巻きにしたかと思えば、あっという間に人間サイズの黒い繭が完成。
どうやら勝手に拡縮と操布が働いているようだ。或いはもしかすると、この羽化を成り立たせるための副産物として、他の特殊能力が付随したのかも。
『オルカ、大丈夫?』
ちょっと心配なので、繭の中へ念話を送ってみる。すると、存外あっさりと返事はあり。
『平気。ちょっと体がムズムズするけど』
という念話が返ってきた。羽化中でも念話でならやり取りは可能みたいだ。
そうして待つこと一〇秒くらいか。
不意に黒繭がバサリと派手に解け、かと思えばシュルシュルと元のマフラーへ戻っていった。
そうして繭の中より姿を現したるは……。
「こ、これが、羽化したオルカか……!!」
「羽が生えたわけでは……なさそうですね」
「ええ、ですがこれは……」
「け、獣耳! 獣尻尾!!」
「え?」
当人は自身の変化に気づいていないらしい。
けれど私は、それを一目見るなり飛びついていた。
モフモフである! オルカの耳には、フワッフワの獣耳がひょっこり生えていたのだ。
お尻からはふさふさの尻尾が伸びており、微かにゆらゆらと揺れている。
「さ、触ってもいいかな?」
と、どうにか触れる直前になってから、ギリギリそのように許可を求め、「? い、いいけど」という返事を得るなり盛大にモフモフさせてもらった。
最高だった。
柔らかくふわふわのさわり心地。すべすべの毛並み。髪色と同じく黒い耳と尻尾は、犬……いや、狼のそれだろうか? 判然とはしないけれど、そんな気がする。そうだったらカッコイイなという願望もある。
耳をワシャワシャすると、尻尾が左右にブンブン揺れる。
尻尾を触ると恥ずかしそうにほっぺが赤くなる。
た、たまらん……!!
「この娘うちで飼ってもいいですか?!」
「ミコト、少し落ち着け。そして私にも触らせてくれ」
「ココロも! ココロも!!」
「順番ですよ。ミコトさんの次は私です」
「キミたちだけズルいぞ! 私もいいよな? な?」
「えっと……」
斯くして爆誕した『スーパーオルカ』は、とにもかくにも大モテしたのだった。
マスコットの座を奪われそうになったゼノワは、頭の上で大暴れしていたけれど。




