第四六五話 VSスーパーリザードマン・フォー
吠える。
空気をビリビリと震わすスーパーリザードマン・フォーの咆哮は、一種のスキルであった。
間近でそれを聴いた者に『恐慌状態』を与える、状態異常スキル。
そうでなくとも、敵対者を萎縮させるには十分な迫力がそこには込められていた。物理的に聴覚麻痺の効果も狙えるだろう。
そんな恐るべき咆哮を、さりとてミコトたちはサラリと遮音の魔法でやり過ごし、あまつさえ無防備を晒す超トカゲ4へ先制攻撃を仕掛けたのである。
隙と認めるなり、強かに躊躇いなく襲い掛かる。
彼女らはそうして超トカゲを、死の淵へ追いやったのだ。故に。
彼女らのその貪欲さが、彼の怒りを煽ってしまった。
クラウが聖剣を振るい、少し遅れてココロが金棒で殴りかかる。
だが、その何れも超トカゲ4の脅威とはなり得なかった。
二人の動きを目の当たりにし、彼は確信した。
遅い、と。技の鋭さも自身への脅威には値しない。
だから、ガードすらせず彼はそれを自らの身体で受けてみせたのである。
案の定だった。何の痛痒も感じない。そんなものはもはや、暴力などとは思いもしない。
児戯である。
そう思えばこそ、一層腹立たしく感じられた。こんな奴らに自分は今しがた、今際の際寸前まで追いやられたのかと。それが情けなくもあり、悔しくもあり、兎にも角にも癪に障った。
怒り任せに尻尾を振る。目の前の雑魚をまとめて薙ぎ払う。
ところが超トカゲ4の思惑は外れることとなる。盾を構えたクラウは、恐るべき速度にて振るわれたそれを、完璧にガードしてみせたのである。
ばかりか、彼女の盾は受けた衝撃をまるっとトカゲへ弾き返し、その表情を驚きに歪ませたのだ。
力を得、傲慢に曇りかけたその瞳に、警戒の色が宿った。
ジャストガード。完璧なタイミングで攻撃をガードした際、ダメージの無効化に加え衝撃を反射するという強力な防御スキルである。
これを受け、尻尾を大きく弾かれた超トカゲ4。とっさのことに踏ん張りきれず、体軸が流れてしまった。
そして、彼女らはそういった隙にこそ嬉々として付け込んでいくのだ。
刹那の出来事だった。
尻尾の根本に、強い痛みが走った。何ら予兆無く生じたそれに、しかし超トカゲ4は怯むでもなく反射的に後ろ蹴りを放っていた。
が、それは何を捉えることもなく空振り。
そしてその瞬間、次は首筋に再びの痛みが生じ。
それら鋭い痛みの正体が斬られた傷によるものだと、その時になってようやっと気づき、斬撃を放ったであろう何者かを振り払おうとした時には既に、膝の裏を斬りつけられていた。
視えてはいたのだ。反応も出来る。
だが、そいつは的確に意識の隙間に滑り込み、太刀傷を与えてきたのである。
それはミコトによる、ツツガナシの抜刀剣。ほんの一秒間だけ発揮される、恐るべき超速超威力の剣撃。
さりとてそれを繰り出したミコトも、確かな驚きを覚えていた。
尻尾は切断するつもり満々だった。首への攻撃も致命傷を狙った。膝裏へのそれにしたって、足を切り落とすつもりだった。
だと言うのに、尻尾には思いの外刃が通らず、首も健在。膝裏の腱を斬ったのは有効打たり得ただろうが、ここまで力のあるモンスターが超速再生系の能力を持っていないとは思えない。
そしてその予想は正しく、斬られた三箇所の傷は既に修復が進んでおり、程なくして元通りになってしまうだろう。
恐るべき耐久力と継戦能力。反応速度も際立って高く、結果としてミコトと超トカゲ4は双方ともに、相手の推定脅威度を上方修正したのである。
超トカゲ4は、優先して排除するべき対象を見定めた。ミコトである。その刃は、下手をすると致命の一撃にもなりえると、そう認めたが故であった。
故にこそ、早い段階で潰さなくてはならない。自らを脅かすものを順番に排除していけば、確実な勝利を得られると。超トカゲ4はその様に判断したのである。
そうと決まれば話は早い。
ツツガナシを納刀したミコトへ向けて、恐るべき速度で踏み込み拳を繰り出す。
が、感覚で分かった。躱される。視られている。攻撃が当たる気がしない。得も言われぬ不気味な感覚だ。
けれど果たして、超トカゲ4の刹那の未来視は捻じ曲げられたのである。
視えざる壁が、繰り出したる拳を阻んだから。
そして、壁は衝撃をすべて跳ね返す。
防御スキル【拡護】は、防御判定を拡張する守護のスキルである。
繰り出したるは当然、鏡花水月の盾である彼女、クラウ。最強の盾を継ぎし女騎士だ。
超トカゲ4の表情が歪む。痛みにではない。その煩わしさにだ。
先ほど尻尾を弾かれた時と同じその感覚に、拳を阻んだ者の正体はすぐに分かった。だから、優先順位が揺れる。
自らを害し得るミコトを先に屠るべきか、それとも邪魔なクラウから仕留めるべきか。
何れにせよ返された拳の衝撃は小さくない。反動で腕は後方へ弾き飛ばされ、つられてたたらを踏む。
が、その時だ。足首を何かに掴まれ、あわや尻餅をつかされそうになった。
まだ癒えきらぬ尻尾を無理に動かし、姿勢をどうにか支える。
しかしそれと同時だった。背に携えた翼の一つに衝撃があり。
直後、激痛が走ったのだ。
PTストレージを駆使した疑似転移は、近接戦闘に於いても強力なアドバンテージを発揮する。
オルカの影帯により姿勢の崩れた超トカゲ4の背へ、ストレージから現れたるはココロ。
その右翼へガシリと取り付いた彼女は、勢いよく身を捩りその左翼をあろうことか捩じり折ったのだ。気味の悪い濁音が背を伝い体の芯へ届く。一瞬遅れて激痛も。
たとえ打撃にて碌なダメージを与えられなくとも、膂力は使い方一つで十分な脅威となる。
まして超トカゲ4は知らなかったのだ。彼女の初手が、加減されたものだったことを。
まんまとココロの力を見誤り、痛手を受けてしまった。片翼は奇妙な形でだらりとぶら下がり、こうなっては再生にも些か時間を要する。癒やすのに幾らか消耗もする。体のバランスも悪くなった。痛みから集中力も削られる。
超トカゲ4は、一層怒った。
敵は格下のはずなのだ。それなのに、どうしてこんな結果になるのかと。
力は間違いなく自身が上だ。にも拘らず、どうして相手は無傷のまま、自身だけが痛みを受けているのか。
納得がいかない。腹立たしい。不条理だ。
八つ当たりのように、背後のココロへ向けて体当たりを仕掛ける。巻き込んで壁に叩きつけてやろうというのだ。
ところが、強く地面を蹴ってみたところで既にココロは背後に居らず。
翼をへし折るなり、さっさとストレージ内へ引っ込んだ彼女はクラウの後ろに現れた。
一瞬、彼女と超トカゲ4の視線が交差する。
動揺したのはあろうことか、超トカゲ4の方だった。無理もない。
何をしても裏目に出る。攻撃をしたはずが、気づけば痛手を負うのは自分ばかり。それが一体何故なのか、まるで理解が追いつかないのである。
だから彼は、さらなる癇癪を起こすのだ。
怒りのままに叫んだ。
すると、その喉を何かが焼いた。
ソフィアの放った熱線だった。それがスペースゲートを経由し、大きく開いたその口内へ容赦なく照射されたのである。
流石の超トカゲ4も、これには怯まざるを得なかった。痛み、苦しみ、驚き、困惑。そして袋小路にでも追いやられたかのような、諦念めいた感情。
まるで自身が口を開くのを予め知っていたかのようなタイミングで為されたそれに、いよいよ怖じ気にも似た不気味さを覚えたのである。
そんな真似、自身には出来ない。理解が及ばない。少しずつだが、着実に追い詰められている。
次はどう動けばいい? どうすれば目の前の敵を屠れる? 爪で引き裂くか? 食い千切ってやればいいのか? 尻尾で叩き伏せる? 首をねじ切ればどうだ?
様々な選択肢を脳裏に浮かべ。そして気づけばそれらを、他でもない自分自身が否定してしまう。
それでまた裏目に出たらどうする? もう痛いのは嫌だ。けれど何もしなければ殺される。どうしたら殺せる? 殺そうとすればまた裏目に出る。どうしたらいい。有効な選択肢とは……。
なまじ進化を経て賢くなったが故の弊害か。思考の袋小路は、物理的な隙を生み。
隙があればミコトたちは容赦なく付け込む。
足元からは影帯が這い上がり、クラウとココロが正面から飛び掛かる。
そしてミコトはと言えば、超トカゲ4にとって全く思いも寄らない行動に出た。
何と、その姿がサラサラと砂のように解け、光の粒へと変わっていったのである。
そうして光の砂はするりと、後方で虎視眈々と目を光らせていた彼女の元へ飛来し、その身内へ吸い込まれていったのである。
驚くべき光景。得体の知れない事態。胸中に渦巻くのは、どうしようもなく不吉な予感。
気づけば超トカゲ4は踏み込んでいた。クラウにもココロにも構うこと無く、二人を押しのけるように全力で地を蹴った。
影帯は未練がましくその足へへばりついたけれど、持ち前の膂力でもって強引に踏み出したのである。
大股で叩きつけるように床を踏みしめ、生じた膨大な衝撃を運動エネルギーとし、流れるような動作で拳に集めた。それを、目の前の不気味なそいつへ叩き込む。
瞬間、まただ。また、あり得ない事態が起こった。
超トカゲ4の拳は、これまでにない程の威力でもって、ミコトと融合し髪色の変わったソフィアへ叩き込まれたはずだった。
ところがどうだ。拳が叩いたのは、盾だった。
そう、クラウの盾だ。
彼女が修行期間で得たスキルの一つ、【スワップ】。指定した仲間と自身の位置を入れ替えるという、一種の転移スキルである。
そして発動するジャストガード。返る衝撃は、今度こそ超トカゲ4の拳も、肘も、肩までもを壊した。それだけの負荷が右腕を貫いたのである。
思考する。何故こいつがここに居るのかと。ならばあいつはどこに消えたのかと。
腕を破壊した衝撃は、それに飽き足らず超トカゲ4の体を大きく後方に引っ張る。
ここまでの戦闘を経て、彼は強く予感した。追撃が来ると。自身の意図せぬ姿勢の崩れには、先ず間違いなく付け込んでくるのだと。
だから、急ぎ身を固める。鱗と筋肉の強度を引き上げ、一定時間機動性と引き換えに防御力を飛躍的に上昇させる、自己強化スキルを発動したのである。
すると。
不意に飛来した一本の矢が、サクッと彼の肩へ突き刺さったではないか。
防御を、大きく上昇させたはずが、何故……?
答えを得る間もなく、その矢に込められたスキルの効果により、超トカゲ4の核がその位置を示すべく光を放ち始める。
胸の中心にて、真っ赤に輝くそれこそが彼の核。モンスターにとってのコアである。これを砕かれたなら、たとえどんなモンスターであろうと問答無用で絶命するという、絶対的な弱点だ。
これだけは死守せねばならない。自らの核の位置が再度暴かれたことを自覚した超トカゲ4。これが狙われているのだと恐怖し、一瞬身を強張らせた。
そこへ、突然の衝撃。
ドスッと背中より感じたそれは、一体何だというのか。
ほんの一瞬の出来事だった。反射的に視線を背後に向ける。そして、思考が停止した。
ココロである。それも、鬼の力を解放し『ココロさん』へ移行した状態の彼女が、その手に赤く輝く何かを握っていたのだ。
理解した。背を穿たれ、抜き取られたのだと。自身の核が奪われてしまったのだと。
もはやなりふりなど構っていられなかった。我武者羅に彼女へ向けて無事な左手をのばす超トカゲ4。
さりとて、無情にもココロさんの放った回し蹴りは、凄まじい轟音と衝撃を合図に彼の巨体を広いボス部屋の彼方まで、さながら矢のような勢いで吹き飛ばしてしまったのである。隠し部屋の入り口を綺麗に通過し、一直線に飛んでいく彼の様は、ココロの見事なコントロールの賜物だ。
そうして彼女は、輝く赤い核を無造作に宙へ放り投げると、即座に姿を消してしまった。
彼女だけではない。クラウもオルカの姿もいつの間にか消えており、残ったのは唯一人。
パンと掌を合わせ佇む、銀髪のソフィア。
彼方の壁にめり込んだまま、超トカゲ4はその光景を目の当たりにしていた。
合わせた掌が、さながら鍵でも回すかのようにガチャリと反転。
刹那、生じたるは青色の熱線。彼女の面前より吐き出されたそれが、自身の赤き核を呑み込む。
その様こそが、スーパーリザードマン・フォーの目に焼き付いた最期の光景であった。
そうして彼の意識は、ぷつりと途絶えたのである。




