第四六二話 無印
特級ダンジョン第四〇階層。
中ボスを無事に撃破したのも束の間、突如出現したのは謎の隠し部屋である。
しかも、どうやら部屋の中には何やらモンスターが潜んでいるらしいことが分かった。
早速透視スキルでその正体を確かめてみたところ、私が目にしたのは……。
「なんか……今倒したボスとそっくりで色違いのやつが居るんだけど」
超トカゲこと、スーパーリザードマン・ツーというのが、今しがた戦い倒したボスの名前だった。
隠し部屋の中に居るそいつは、そんな超トカゲによく似ていたのだ。
違いと言えば、アレより体が一回り小さいことと、顔もわずかに違うか。
そして何より、鱗の色である。
この階層に至るまでに幾度となく遭遇してきた、通常のリザードマン。ああいや、特級ダンジョンに住まうモンスターが正しい意味で『通常』かは甚だ疑問ではあるのだけれど。
ともかく、ここまでに見てきたそれと、同じような鱗の色をしていたのである。
その様に、透視で私が目にした情報を仲間にそのまま伝えてみたところ。
鏡花水月の生き字引こと、ソフィアさんがズバリと推測を述べた。
「それはおそらく、スーパーリザードマン(無印)ですね。スーパーリザードマン・ツーより、一段階劣るとされるモンスターです」
「無印!」
それはつまり、あれか。
やっぱりその、スーパーな野菜星人みたいな感じで、無印がパワーアップするとツーとかスリーになっちゃうやつなんだろうか。まさかゴッドまであり得たりするのかな……?!
もしもそうなら、無印の状態で一気に勝負を決めるのが重要だってことになる。
「よし……ソフィアさん。隠し部屋の入り口を覆ってる壁ごと、魔術で無印くんを仕留めるんだ! 彼には申し訳ないけど、得られる安全を無為に手放すわけには行かないからね」
「なっ、それはまともに戦わないということか?!」
驚きを返したのはクラウだった。どうやら相手がスーパーリザードマンであると聞き、彼女は普通に戦うつもりだったようだけれど。
しかし私はそんなクラウへ、無印の恐ろしさを説いて聞かせる。
「よく考えてみてよクラウ。ボスフロアの隠し部屋に潜んでるモンスターが、本当にボスの下位互換だと思う?」
「むぅ……」
「ならミコトは、無印が何か特別な個体だって考えてるの?」
「うん、そう考えてる」
「そ、そうなのですか? それは一体どのような……」
「奴は多分、パワーアップしてスーパーリザードマン・スリーに変貌を遂げるよ。そんなフラグの気配を感じる!」
そうさ。あんな思わせぶりな隠れ方をしているやつが、ただのスーパーリザードマンであるとは考えにくい。
もし変貌を遂げなかったにせよ、何かしらただならない力を隠しているか、或いは見た目詐欺でめちゃくちゃ強いとか、きっとそういうオチが待っているに決まってるんだ。
とどのつまり、準備もなしに手を出すと危険な相手だってこと。
「ミコトさんの突飛な予想はともかく、侮って掛かるよりは良いでしょうね」
「私は正面から戦いたいんだが……しかし、力の未知数な相手に喧嘩を売るべきではない、というのも納得できる話ではある」
「でもミコト、いいの?」
「ん、なにが?」
「変貌を遂げるモンスターは、変貌の前後でドロップするアイテムが変化することがある」
「あ、ココロも聞いたことがあります。それで言うと今回は、レアなアイテムを入手できるチャンスなのかも知れませんね」
「うぐ」
そ、そんな仕様が隠されていたとは……!
ってことは、あれか。もし部屋の中の無印くんが、戦闘の途中でスーパーリザードマン・スリーに変身するのだとしたら、その変身を待って討伐したほうが良質なドロップを狙えるってことか。
だけどツーでも結構強かったし、それがスリーになったんじゃリスクも相応に高いのは間違いないだろうし……。
リスク回避を取るか、アイテムを取るか。悩ましい問題である。
「……みんなはどう思うの? ドロップ狙いと安全性重視。今回はどっちを優先する?」
悩んだ結果、一先ず皆の意見を参考にするべくその様に問い掛けてみると。
「私は正直、戦ってみたいぞ。最悪逃げるという選択肢もあることだしな」
「私は、余計なリスクは避けるべきだと思う」
「ミコト様がいらっしゃるのですから、ココロたちに万が一などありえません! 戦って大丈夫だと思います!」
「スーパーリザードマン・スリー……もし本当に変身するのだとしたら、どんなスキルを有しているのか、是非この目で確かめてみたいものです!」
との返答があり。
リスク回避派はオルカだけかぁ。私もオルカと同意見なんだけど、多数決的には負けちゃってるね。
まぁでも、クラウの言うように逃げるって選択肢があるのは事実なんだし、ドロップアイテムが魅力的なのも確か。
「あ、ドロップと言えば、スーパーリザードマン・ツーの落としたアイテムだけど」
参考がてら、一先ず自動回収の効果でPTストレージにしまわれていたそれを、改めて取り出してみる。
一つは良質な魔石。これはまぁ、定番だね。
っていうか、そっか。【餞の徒花】は純粋にHPを削り切る必殺技だから、コアを砕いたレアドロップが狙えないんだ。
レアドロップの場合魔石は落ちず、その代わりドロップアイテムのグレードが上昇するわけだから。
で、そんな通常ドロップで落ちたスーパーリザードマン・ツーからの戦利品はと言えば。
「ネックレスですね。どういう効果を持っているのでしょう?」
「鑑定してみるよ。ちょっとまってね……」
私は魔力のカタチを調整し、【鑑定】を最高レベルで発動できるよう整えた。
これにより、今の私は鑑定だけならイクシスさんをも超える最強の使い手となる。
が、代償として他のスキルや魔法は、軒並み弱体化している状態となる。使えなくなっているものも多い。
とても危険な状態なので、ちゃっちゃか用事を済ませなくちゃならない。
「ええと……あー、なるほど」
「ミコト、わかった?」
「うん。これ、装備してるだけで全ステータスが上昇するっぽい。私の完全装着みたいに」
「! それはつまり、このアクセサリーで殴ったり防御したりせずとも、補正が乗るという意味か?」
「そうだと思う。しかも補正値が、オール20。HPとMPは60上がるって」
「「「「!!」」」」
この世界に於いて、ステータスが10も違えばその戦力差は、簡単には覆せぬものになる。
それを思えばこのアイテムが如何にとんでもないものか、容易に察しが付くだろう。
ここが特級ダンジョンであることに加え、スーパーリザードマン・ツーのシンプルで隙のない強さ。
なるほど、それらを踏まえて考えれば、こういう品が通常ドロップで落ちたとて然程の不思議もないのだろう。
それにしても、まぁシンプルに強力な装備である。
「取り敢えず、これは誰が持つ? 私的には、クラウに装備してほしいかなって思うんだけど」
「わ、私か?!」
「ですね。攻防に優れて魔法まで使えるクラウ様なら、ぴったりだと思います」
「異議なし」
「いいと思いますよ」
ってことで、あっさりそれはクラウの首元を飾ることとなったのだった。
質の良い革紐には、シンプルにスーパーリザードマン・ツーの爪のようなものが一つぶら下がっており、何とも素朴なデザインとなっている。すごいアイテムの割に地味だけど、チャラチャラと音が鳴りづらいのは利点か。
クラウはそれを服の内側へと押し込むと、胸元をポムポムと嬉しそうに叩いた。
「凄いな、確かにステータスの上昇を感じる。ミコトと融合した時に近い感覚があるぞ。この力、必ずや皆のために役立ててみせよう!」
力強くそう宣言する彼女。皆はそれに満足し、頷きを返すのだった。
「それにしても、スーパーリザードマン・ツーのノーマルドロップでそれだけの品が落ちるんですね」
「なら、それがもしスリーのレアドロップだったら……」
「ごくり……」
分かりやすく皆の目の色が変わった。
ついにはオルカまでもが、やる気スイッチをオンにしてしまったらしい。
こうなってしまっては、流石に私一人が反対するわけにも行かないだろう。
だけどその代わり、先程の戦闘よりも一層気合を入れて望む所存である。二重宿木だって出し惜しみはするまい。
幸いゼノワも骸戦からこっち、更に成長しているしね。じわじわと二重宿木を維持できる時間も延びてきている。
それにスーパーリザードマン・スリーっていうのは、あくまで私の予想に過ぎないのだから、存外変身も何もせず終わってしまう可能性だって低くはないのだ。
その場合みんなはガッカリするかもだけど、安全無事に方が付くのならそれに越したことはない。
そしてそのためにも。
「なにはともあれ、一旦休憩を挟もうか。さっきの戦闘で消耗もしたしね」
「ここで休むの?」
「隠し部屋の前でというのは、流石にちょっと落ち着きませんね」
ってことで、一旦イクシス邸までわざわざ戻ることにした私たち。
万が一隠し部屋からドーン! って無印くんが飛び出してこないとも限らないし、休憩中に奇襲を受けたんじゃ危険だしね。
そう考えると、なるほど。私たちが得意としている奇襲戦術が如何に有効なのかがよく分かろうというものだ。
まぁだからといって、休憩のためだけにわざわざダンジョンを出て、遠く離れたイクシス邸にまで戻るなんていうのは、流石にちょっとやり過ぎな気がしないでもないけれど。
しかしそれが然程の苦労もなく可能だというのだから、安全な休憩のためにそういった選択肢も有効に活用していくのは、ある意味冒険者として正しい選択なんじゃないかと思う今日此頃。
イクシス邸転移室は、いつの間にか何やかんやと家具類が持ち込まれているため、休憩にはもってこいのスペースとなっている。
そのため各々ソファやベッドに腰を落ち着け、ふぅと体を休めつつ、ついでに作戦会議なんかも軽く交えながら三〇分ほど過ごし。
回復薬等で十分に消耗も補ったところで、私たちは再度特級ダンジョンへ向けて転移したのである。
舞い戻ってきた四〇階層ボス部屋にて、早速いそいそと魔術の発動準備に取り掛かるのはソフィアさん。
それというのも、これからエンカウントすると分かっていて、しかも先程同系統のモンスターと戦闘したばかりだというのだから、事前に有効な技の仕込みをしておくのは当然の選択である。
とは言え、初手でぶつけて無印くんを蒸発させるようなことがあってはならないため、そこは状況を見つつ、良きタイミングでの発動となるわけだけれど。
はてさて、果たして私たちの目論見通りに事を進めることは出来るのか。というかそれ以前に、本当に無印くんは変身するのか。
期待と不安を胸に、いよいよココロちゃんが愛用の金棒にて、隠し部屋の入り口を覆う壁へ殴り掛かるのだった。




