第四五八話 必ず殺す技
特級ダンジョンを徘徊するタフなモンスターとの戦闘を通して、深手を負い苦しむ彼らの姿にふと考えさせられた私。
その結果思い至ったのは、私が彼らを一瞬で楽にしてやれるような、所謂『必殺技』を持っていないという事実。
必ず殺す技ということで、殺傷能力はもとより、受ける相手にとってはそれが、今生の最後に見る光景となるのである。ならばなるべく美しい技が良いに決まってる。
というわけで、四日目のダンジョン攻略を三六階層にて引き上げたあと、イクシス邸にて私は皆へ相談を持ちかけていた。
「私も必殺技を開発しようと思うんだけど、何か良い案ってないかな?」
夕飯の席でその様にアイデアを募ってみたところ、皆目をキラリと輝かせながら早速嬉々として思案し始めたのである。
なので、そんな彼女らへヒントがてら、『高い殺傷能力』『即死攻撃』『美しい』という条件を併せて提示しておいた。
すると、最初に手を挙げたのはココロちゃんで。
「やっぱり変身したお姿から繰り出す、最大威力の一撃がロマンですよ! ロマン砲というやつです!!」
ロマン砲。当たれば強力だけれど、そうそう当たるようなものじゃないクセの強い攻撃のことを指す。しかも外した場合のリスクも大きく、使い所は相当に限られる博打要素の高い技だ。
ただし、バシッとヒットすればメチャクチャカッコイイし、何より威力が高いのは間違いないわけで。
一発逆転も狙える手札としては、持っておいて損はないだろう。
「確かに、悪くないね。寧ろ良い!」
「ありがとうございますっ!」
でへへと嬉しそうなココロちゃん。照れ笑いがかわいい。
しかし、そこに異を唱えたのはソフィアさんだ。
「そんな技では使い所が殆どありませんよ。それではお目にかかれる機会がそうそう巡ってこないではありませんか!」
という実に彼女らしい意見ではあったけれど、確かに発動に大きなリスクを抱えるのなら、それは必殺技と言うより『最後の切り札』と呼ぶほうがしっくり来るような、奥の手である。
それはそれで別途開発したくも思うのだけれど。
しかし必殺技と言うなら、ソフィアさんの魔術のようにフィニッシュ技として活用できるような、一回の戦闘に一度は発動できるくらいのコストが望ましいだろうか。
「威力が高いことと、殺傷能力が高いことは少し違う。その点も考慮しないと」
「確かにね……」
ソフィアさんの意見について考えを巡らせていると、そこへオルカの鋭い意見が投げ込まれた。
言われてみたらオルカの貫通力のある矢っていうのは、的確にモンスターの核を射抜くからこそ恐ろしいわけで、それがただ貫通するだけの攻撃だったなら、確かにダメージは大きくても、その脅威度は大きく低減することだろう。
つまり、バカみたいに出力の高い技を考えるだけじゃなく、そこにより脅威度を高めるような工夫を施し、殺傷力を極限まで引き上げてこその必殺技である、ということだ。
流石一撃必殺率がPTでダントツに高いオルカの意見である。参考になる。
「ところで、『美しい』っていう条件付けには何か意味があるのか?」
と問うてきたのはクラウで。
私は少しばかりギクリとしながら、今回必殺技開発を行おうと思い至った経緯を語って聞かせた。
死を経験した私ゆえに感じてしまった、モンスターへの同情めいた気持ち。もし自分が殺される立場なら、と想像した結果、痛みも苦しみも最小限に、鮮烈なほどに美しい光景を目の当たりにしながら逝けたなら、と。そんな、珍しくズッシリ重たいことを考えてしまったわけで。
するとココロちゃんが、ポツリと述べた。
「まるで葬送の餞のようですね……」
流石に、食堂の空気が重たくなってしまった。
とは言え、モンスターだって一応生物だ。生物を殺すということは、彼らの命を奪っていることに他ならないわけで。
であれば当然、明るい話題であるはずもない。
「えっと、なんかごめんね。変な話ししちゃって」
「いや、大事なことだ。ミコトもそんなことを考える年頃になったのだな……」
私の取り繕うような謝罪に、クラウはそう返事をした。っていうか何目線なんだ……。
すると皆も。
「冒険者に限らず、殆どの人はモンスターに対して『殺す』と言うより『倒す』という認識で当たっていると思うのです。だからミコト様のそのお考えは、ココロにはとても尊いもののように思えました……! 流石ミコト様です!」
「モンスターは絶命すると塵になる。殺めたって感じが薄いのは、そのせいかも知れない」
「しかしなるほど、そう考えると美しさを条件に含めたのにも納得がいきます。それを踏まえた上で更に考えてみましょう」
と、皆真面目な声を返してくれたのである。
そしていつものように、一緒に食卓を囲っていたイクシスさんも。
「冒険者たるもの、遅かれ早かれぶつかる問題だな。命を奪うという実感と向き合うタイミング。モンスターは殺しても良いものである、という漠然とした認識に懐疑心を懐く瞬間というのは、戦い続ける者にはおおよそ誰にでも訪れるものだ」
何時になく真面目な声で、その様に述べた。
確かにその言のとおり、私はこれまで『モンスターとは戦って倒すのが当たり前』と考えていた節がある。
何なら、モンスターをちゃんとした生き物である、と考えてすらいなかった。もしかしたら敢えて、そう捉えないようにしていたのかも知れない。
それだけ元日本人の私には、『殺し』というものに忌避感があったから。
ゲームのようなこの世界で、しかもモンスターは殺したところでリポップする。
だからココロちゃんの言うとおり、殺すというより『倒す』という認識で今までやってきた。
だけれど今更になって、ふと気づいてしまった。
傷を負えばモンスターも痛いし、苦しいんだって。私は彼らを明確に害しているんだ。
まして、へんてこスキルを駆使した、フェアとはとても言い難い方法で。
いや、だからといって、これから先自ら安全性を手放して、敢えて危険に身を置くような立ち回りをしよう、だなんて思わないけどさ。
それでも、覚悟は足りてなかったって、正直反省してる。
私の持つへんてこスキルというのは、実際スキルとして存在している以上、明確なルール違反なんてことはないと思う。何かしらズルをして手に入れたわけでもないし。
けれど、反則級に便利なスキルではあるんだ。
それを軽はずみに、ヘラヘラと行使して良いのかと言えば、きっとそうじゃないんだろう。
罰則があるとかないとかの話じゃない。
もっと真摯に力や技を振るうべきなんだ。曖昧な理由で戦うべきじゃない。『何の為に』を強く意識しなくちゃ。
そうでないと、多分この先私はモンスターを殺せない。武器やスキルを振るう度にモヤモヤを抱えることになるのだろう。
それに、これから開発しようっていう必殺技を言い訳にもしたくない。
なるべく苦痛を与えることなく殺せるのだからと、自分を慰めるようなことはするべきじゃない。
言い訳じゃなく、餞にしたいから。
だから、殺す理由をしっかり抱えてなくちゃならない。へんてこスキルを行使する理由も。
私は私を知る。
その為にモンスターと戦い、殺すんだ。
だから私は、へんてこスキルを使う。
そしてこれから、必殺技を手にする。
「独り善がりかも知れないけど、私は私の目的の為にモンスターを害すし、殺す。必殺技は、そんな彼らへのせめてもの餞になればいいなって、そう思うよ」
私の言葉に、皆は一瞬目を丸くして。
そして静かに、頷きを返したのだった。
そこからは、皆でワイワイと必殺技開発の賑やかな話し合いである。
ああでもないこうでもない、あれも良いこれも採用。そんなふうに盛り上がった結果、いつもよりちょこっとおもちゃ屋さんに帰る時間が遅れてしまった。
ゼノワも楽しそうにしていたし、派手好きな彼女の意見は、何気に結構参考になった。
斯くして、今日も夜は静かに更けていったのである。
★
翌日。
ダンジョン攻略五日目。三七階層にて、ますますその力を増したモンスターが跋扈する中を、相変わらず三班に分かれて探索する私たち。
ゼノワとともに、相対するは昨日ぶりのリザードマンだ。当然昨日戦ったそれよりも格段に手強いはずである。
相手は単体。ならば今回は、私一人で相手をさせてもらうとしよう。ゼノワには悪いけれど、観戦していてもらうことに。
奇襲の類は、もしその必要があるのなら使用を躊躇いはしない。
けれど今回は違う。無論、敵を侮るわけではない。
正面からやり合っても十分な勝算がある。確かに負傷する可能性は高まってしまうわけだけれど、今回に限ってはそれを甘んじて呑むつもりだ。
昨日改めた覚悟を、ここで今一度確かめるのである。
私は、私の為に、これから目の前のリザードマンを殺害する。
モンスターにとっての『死』って概念が、果たして私や他の人たちにとってのそれと同じものかと言えば、恐らく違っているのだろうけれど。
それでも、これから物凄く痛い思いをさせるのだ。自分がされたら嫌なことを、相手に押し付けようっていうのだ。
ならば当然、相応の覚悟を持たなくてはならない。
バチリと奴と視線がぶつかり、それが合図となった。蒼炎のグローブを携えて強かに一歩を踏み出し、私は弾かれたように疾走した。
正面に見据えるは、私よりずっと大きな体躯を持つ二足歩行のトカゲ。ともすればドラゴンとすら見紛うような、ゴツゴツとした鱗で全身を覆っており、如何にも硬そうである。
バカ正直に突っ込んでくる私へ、リザードマンの選んだ初手は、その長い尻尾をムチのように繰り出す、アウトレンジからの鋭く重たい一撃。
おまけに尻尾には属性アーツスキルの一種だろう、紅蓮の炎がゴウと纏わりつき、しかも高いステータスより繰り出されるそれは、目で捉えることすら困難なほどに速い。
が、私には当たらない。
心眼が奴の狙い、攻撃のタイミング、その軌道に至るまで、事が起こるよりも前にしかと私に教えてくれる。
故に、私は天井まで飛び上がり、そして思った。
そう言えば今回、防御をテーマにするって決めてたんだった、と。回避行動は最早、今の私にとってあまりにデフォルト。意識しなければ敢えて防御しようという気すら起こらないのだ。
そんな私の小さな反省など知る由もなければ、知ったことでもなし。トカゲは私が飛び上がり着地した天井を鋭く目で追うと、ぶん回した尻尾の遠心力に振り回されるでもなく、見事な体幹と姿勢制御でもって回転を維持。
ドンと地を蹴り、私へ向けて螺旋を描きながら飛び掛かってきたのである。厳つい見た目によらぬ跳躍力だ。
だが無論、その様を惚けて眺めているはずもなく。
私は天井を蹴って更に下方へと跳躍。勢いよく宙へと身を投げだすと、リザードマンの脇をすり抜け。空中に空間魔法にて足場をこさえると、瞬間的に強烈な踏み込みを成した。
そうして、ど突く。
重力魔法やバフを盛り、更には風魔法にて吹っ飛ばす力を盛り付けた挙げ句、蒼炎による爆風も併せ、伸び切ったリザードマンの横っ腹を、強かに殴り飛ばしたのである。
凄まじい勢いで、通路の壁へ叩きつけられたリザードマン。
だが流石の耐久力である。派手に損傷したダンジョンの壁は、すぐにでも修復を始め、急ぎ退かねばそのまま壁の中へ埋没してしまう。それを知ってのことか、それとも本能によるものか。
暴れるように壁の中より這い出した奴は、黒い塵へ変わるでもなく、さりとてダメージは大きかったのだろう。随分と体を重そうにしながらも、鋭い瞳で私を睨みつけていた。
これまでに私たちが対峙してきたようなモンスターの殆どは、今の一撃で敢え無く塵に変わるようなものばかりだった。だからこそ、『加害を行っている』という認識の薄いままに過ごしてきたのかも知れない。
だけれど、こうして痛い思いをさせた相手と睨み合えば、今までのような軽い考えじゃ居られない。
それでも私は、これを踏み越えていくんだ。
「……次で決める」
心眼にて意識の間隙を突き、テレポートにてその懐へと潜り込んだ私。
ペタリと奴の腹へ左手を添えた。リザードマンがリアクションを返すよりも早く、私は全力でそれを発動したのである。
即ち、綻びの腕輪由来の【分解】だ。
高ステータスの相手には効きづらいこの能力も、相手が弱っているなら話は違ってくる。
まして、意識の外側に潜り込み行使したとあれば、その効果は一層上昇し。更に普段以上の力を込めて発動したのだ。万全な相手に振るう場合と比べたなら、そこには劇的なまでの差異が出る。
その結果として、瞬き一つにも満たぬ間にリザードマンの体躯は長い尾の先に至るまで全てが解け、粒子状へと変換されたのだった。
私はそれを腕輪へ吸い込みながら、小さくため息をつき、天井を仰いだ。
「経験値って、重たいなぁ……」
ゼノワがそっと頭を撫でてくれた。




