第四五七話 モンスターの苦痛
山小屋のダンジョン二〇階層にて、対峙したケルベロスを撃退した私たちは、案の定出現した階段を前に顔を見合わせ。
そうして一応次の階層へと足を踏み入れた後、今日のダンジョン攻略を切り上げたのだった。
イクシス邸に戻り、お風呂を済ませ、ケルベロスのドロップアイテムについてワイワイとガールズトークをし、晩御飯を頂いてから私とゼノワはおもちゃ屋さんへ。っていう、概ねいつもどおりのルーティーンをこなしたのである。
因みにケルベロスから得たドロップアイテムは、三色の綺麗な宝石が嵌った盾だった。ので、クラウが使うことに。
思えば彼女も、ストレージを駆使して複数の盾を使い回すようになったものである。器用なことだ。
今回得た盾も、クラウならばきっと上手く活用してくれるに違いない。
で、翌日。
ダンジョンアタックを始めて三日目。
今日も今日とて朝からダンジョンへ潜った私たちは、今回も強気に三チームに分かれての探索を敢行。
ただ、マップの広さは階を経る毎に少しずつ縮小しているようなので、ぶっちゃけもう手分けをするほどのこともないのだけれど。
それでもチームを分けるのは、やはり実戦経験を重ねる意味合いが大きい。
何せ昨日のケルベロス戦、皆なかなかに手応えを覚えていたのだ。そうでなくともフロア中に徘徊している通常モンスターだって、決して侮れるようなものではない。
そりゃPT全員で強敵に挑むのが、一番連携訓練としては価値があるだろうけれど。
さりとて、こうしてツーマンセルで戦ってこそ相応の危機感、緊張感と、それに伴う手応えを感じられるのだから、良質な戦闘経験を求めるという意味合いに於いては、やはり全員で戦う安全策よりもこちらに意義を感じてしまう。
私とゼノワがちゃっちゃかマップ埋めのために走っている間、他の班は私とは別の方角をカバーしたり、次の階段を目指したりという役割分担はそのままに。
しかしエンカウントを積極的に行い、攻略速度には然程こだわらぬよう足を進めたのである。
それが二五階層目まで続いた。そこからは、どうやらマップ埋めをするまでもなく階層の全容をマップのサーチ範囲内に捉えることが出来るようになったため、役割を変更した。
私とゼノワが次の階段を目指してる間に、皆は好きにモンスターとの戦闘を行うという感じである。
他方で私も、実戦経験はもっと積んでおきたいし、腕輪もどんどん育てたいので、階段を目指す道中に敵影を見つけたら、積極的にエンカウントするようにしている。
そんなこんなで攻略は順調に進んだ。
しかし当然の事ながら、階層を降りれば降りるだけモンスターの手強さは増し、いよいよ私とゼノワもちゃんと連携を駆使して当たるべき強敵がチラホラ出始めたのが、三〇階層を過ぎてのことだった。攻略開始から四日目のことである。
「さてゼノワ、此処から先は私との連携を意識して立ち回ってみようね」
「クルゥ!」
「よしよし、じゃぁ早速やってみようか!」
対峙するは二足歩行のトカゲ。所謂リザードマンというやつだ。
そう言えばこの世界には、ドラゴニュートっていう種族も居るらしいけど、それとこのモンスターはまた別物、って考えていいのかな?
以前出会った黒鬼より聞かされた話がフッと脳裏を過る。
鬼は元々モンスターではなかった。けれど何やかんやあって、モンスター化してしまったとか何とか。
もしかするとこのリザードマンとドラゴニュートの間にも、それと似たような背景があったりするんじゃないか。
なんて勝手な妄想をしては、ちょびっと感傷的になってみたり。
まぁ仮にそうだとしても、或いはそうじゃなかったとしても、戦うことにも倒すことにも何ら変わりはないし、躊躇いもしないのだけれどね。
通路の先に捉えるは二体のリザードマン。
既に先程一度戦ってはみたけれど、純粋にステータスが高く、鱗も硬い。生半可な攻撃では痛痒の一つも与えられないだろう。
私とゼノワはそんな奴らへ向かって、勢いよく襲いかかっていった。
先ず前提として。
モンスターと言えど、ゼノワの存在を捉えることは出来ない。五感の何れにも引っかからず、辛うじて第六感で捉えられるかどうかという程度。精々が、そこに何か居る気がしないでもない、程度のものだ。
更には、物理攻撃がすり抜け、スキルや魔法の類も通じない。正に、小さな天災とでも言うべき理不尽な存在。それがゼノワなのである。
なので、ゼノワの攻撃が相手へまともな痛痒を及ぼせるのであれば、はっきり言ってその時点でほぼ勝ちが決まる。
逃れる術があるとするなら、単純に逃亡を図るか、契約者である私を倒す事くらいだろう。
そのため滅茶苦茶セコいことをしようと思うのなら、ゼノワだけ敵の前に送り出し、私は安全な場所で見物しているだけでいいのだ。
が、流石にそんなチート臭いことはやらない。たとえ頼まれたってやらない。まぁ遠隔魔法なら使うけどね。
私とゼノワを敵に回す側からしてみたら、さぞ私が器用に複数の強力な魔法を操っているように見えることだろう。よもや精霊の仕業だなんて思いもしないはずである。
そして現に今対峙しているリザードマンも、私をソロだと思い込んだ。
瞬間である。リザードマンの一体が、ゼノワの精霊魔法により大きく吹き飛ばされ、通路の彼方へ派手に転がっていったのだ。
用いたのは指向性のある爆発。なんだかんだゼノワに甘い私は、結局事ある毎に、ご褒美として新しい魔法の提供をポンポコ行っており。
それに伴い彼女から一度に引き出せる力の量というのも、随分大きくなったものである。
まぁ、まだまだ成長途上の彼女に無理を強いるような真似はしたくないため、トレーニング以外でそうそう力を使わせてもらうようなこともないのだけれどね。
二体居たリザードマンを、ゼノワのおかげで分断することに成功した。
後は、もう一体が戻ってくる前にコイツを仕留めるなり、弱らせるなりするだけである。
まぁそれが一筋縄じゃいかないんだけど。
『奴の注意は私に向く。ゼノワはひたすら虚を突いて!』
『ギャウ!』
リザードマンにゼノワは捉えられない。見えているのは私だけ。ゼノワの仕業は、全て私が成した術として勝手に勘違いするのである。
それを利用し、ゼノワには奴の死角や意識の穴を突き、ドンドコ攻め立ててもらう。
ただし。
『私までうっかり巻き込まないようにしてね!』
という注意だけは添えておかないと。
それにしても、鱗の硬いモンスターというのは実にやり難いものだ。
刃が通りにくく、魔法も効果が十全には通らない。打撃も阻むし刺突も然り。
だけれど一点。
岩系のモンスターと違い、鱗の下には肉があるのだ。血も通っている。
だからこそ、通じる攻撃もあるわけで。
一先ず、私は舞姫を携え奴へと躍りかかった。刃物では当然相性は良くないが、私に注意を引くための布石である。それこそ相性の問題から油断も誘えるしね。
警戒しつつも、私を正面から迎え撃つつもりのリザードマン。仲間を吹き飛ばされた術への警戒も忘れてはいないようだが、私が突っ込んでくる姿を認め、優先順位が迎撃へ傾いたらしい。
瞬間、唐突に奴の尻尾に穴が空いた。ゼノワがレーザーを放ちちょっかいを掛けたのである。
完全に想定外の攻撃に、一瞬混乱するリザードマン。
そこへ突っ込む私。舞姫で斬りかかる……と見せかけての、換装。以前イクシスさんから譲られた蒼炎のグローブを装備し、アーツスキルを発動した。
アーツスキルの中でもマジックアーツの要素も取り入れた、ちょっぴり特別な技。俗に言う『属性アーツスキル』というやつである。
蹴りに炎を纏わせたり、槍に稲妻を纏わせたり、みたいな派手な技は、魔法剣などを除くと軒並みこれに当たる。
そして私が今回用いたのは、拳を風の力で先端の鋭い杭として打ち出す、刺突力のエゲツないパンチ。【杭パンチ】である。ほんと、誰が命名しているのやら。
だが、流石は特級ダンジョンに住まうリザードマン。お腹まで硬い。
私の杭は確かに奴の腹を突き破ったけれど、さりとて深々と突き刺さるには足りておらず。
けれど、それ故のグローブである。
右手に纏った風が解けた次の瞬間、奴の体内へ潜り込んだのはグローブより発せられた蒼炎の業火。
それはずっしりとした反動を私の腕に返しながら、凄まじい勢いで噴出したのである。
生きたまま体内を焼かれることの、如何に痛く苦しいことか。正直想像するだけで背筋の寒くなるような恐ろしい話だが、しかし。
どうやら思ったより熱に耐性があるのか、これにも耐えるリザードマン。凄いタフネスだ。
奴は怒り任せにその牙を剥き出しにすると、凄まじい速度で私の首元へ食らいつこうと動いた。
が、その口内へ打ち込まれたのは、ゼノワの紡ぎし一筋の光線。
ビスっと上顎を貫き後頭部から飛び出したそれは、奴を大いに怯ませた。
狂ったように叫び、のた打ち回るリザードマン。それでも黒い塵に還らぬというのは、それだけステータスが高い証だろうが、却ってそれが可哀想にすら思える。
ここまで動転していては、最早魔力制御の一つもままなりはすまい。
私はソフィアさんの得意魔法、閃断を行使してその首を切り落としたのだった。
流石に耐えることは叶わず、たちまち黒い塵へと還るリザードマン。
ぶっ飛ばされたもう一体を見据える。
あっちのは、せめてもう少し苦しませず倒すとしよう。
慢心に繋がりそうだから、あまりこういう事は考えたくないのだけれど。
しかし戦闘を長引かせるということは、それだけ相手を苦しませる時間が伸びるってことでもある。なまじ耐久力の高い相手は尚更だ。
自分のためにも、対峙する相手のためにも、即死技の開発って大事なことなのかも知れない。
物騒なれど、そんなことを思い始めていた。
『ゼノワ、なるべく苦しませないように一気に行こう』
『ギャウ……!』
必殺技。
例えばオルカは、モンスターの核を一目で見抜き貫く事が出来る。
ココロちゃんはココロさんへの変身を覚えたし、謂うなれば攻撃の全てが必殺級だ。
クラウは聖剣や灼輝と、正に必殺技って感じの爆発的な火力を持つ技を有しているし。
ソフィアさんに至っては、今や鏡花水月のフィニッシャーである。魔術の威力は尋常のそれではない。
対して、私はどうだ。
強いて言うなら白枝なんかが強力だけど、あれは私の技っていうかアイテムの力だし。
宿木もキャラクター操作も、必殺技というのとはちょっと違う。どっちかと言えばバフに類するものだもの。
そう考えると、私って必殺技持ってないな……いっつも状況に応じて対応してるだけ。
好ましいのは相手を怖がらせず、苦しませず、一瞬で仕留められるような即死技……。
それで言うと閃断がイメージに近いか。だけどソフィアさんの二番煎じだものね。そこはやっぱりオリジナルが良いよ。
私だけの、必殺技。
うーん……すごくロマンのあるテーマだけど、実際切った張ったを手ずから行う身になって考えてみると、複雑な気分である。
相手を苦しませず、一瞬で屠ってやりたいと。どうやら私はそのような理想を必殺技に求めるらしい。
この私が、派手な技でなくて良い、だなんて考えるとは。我が事ながら驚きだ。
或いは逆に、終わりの間際に何か、メチャクチャ綺麗な光景を見せられるような、そんな技でも良い。
酷く傲慢な考えだ。殺すことを前提としていて、勝つことを当然のようにしていて。その上で、相手への気遣いだなんて。とんだ自己満足。偽善だ。
それでも、私だって一度……いや、多分何度も死を経験している身だもの。
だからだろうか。もし自分だったら、痛い痛いと泣き叫ぶのも嫌だし、苦しくてゆっくり意識が消えていくのも嫌。さくっと、なるべく一瞬でぽっくり逝きたいって、そう思うから。
あとは、絶望的な光景を見ながら逝くよりかは、心奪われるくらい綺麗なものを眺めながら散りたいとも思う。
最後に目にするものだものね。やっぱり、前世で最後に見たのが迫りくる車体だった私としては、たとえ独り善がりだろうとそんなことを考えてしまうわけですよ。
だからせっかく編みだすのならそんな必殺技を……って、無駄にハードル上がっちゃったかな。
でも良い機会だし、このダンジョンで何か掴めたら良いな。
なんて漠然とした考え事を、一旦脇に置いて。私はゼノワとともにもう一体のリザードマンを仕留めたのだった。




