第四五五話 ゼノワと一緒
山小屋の特級ダンジョン第一階層にて、未だちまちまとエンカウントしてはモンスターの力の程を確かめている私たち。
一階層目だって言うのに、そこいらのダンジョンでならボスを務めていても不思議じゃないほどのステータスを持った、強力なモンスターが出現するのである。そりゃ慎重にもなるさ。
しかしながら、どうやら私たちの戦闘スタイルは、相手の実力を見極めるってことに関して、さっぱり不向きらしく。
数度戦ってみて、ようやっと得た一つの結論があった。
「ダメだ。こうなったらツーマンセルで行こう。ちなみに私はゼノワと組むから」
そう、全員で掛かるからダメなのだ。だったら人数を減らせば良い。実にシンプルかつ効果的な対応である。
というわけで決まったチーム分けは、私・ゼノワチーム、オルカ・ココロちゃんチーム、クラウ・ソフィアさんチームという組み合わせ。
まぁバランスはいいと思う。私とゼノワに関してはまぁ、ゼノワの姿なんて私以外には見えないのだから、組むのは必然として。
オルカ・ココロちゃんチームは、オルカが隙を作ってココロちゃんが仕留める。基本に忠実でシンプルに相性のいい組み合わせだ。
それで言うとクラウ・ソフィアさんチームも、クラウが前衛で暴れて、ソフィアさんが魔法ないし魔術で敵を薙ぎ払う。お手本のような前衛と後衛の組み合わせである。
マッチョ犬との戦闘を見る限り、この三チームで其々に動けば、マップ埋めも捗るし敵の力量も全員で把握できる。それに戦闘経験も積めるはずである。
「よし、それじゃぁ各々適当に戦いながらマップを埋めていこう。あ、それと」
散開の指示を出す前に、私は一つ思い出したことを告げることにした。
それは以前、蒼穹の地平とダンジョンに潜った時のこと。
隠し部屋を訪れた私たちは、そこでレアモンスターと遭遇を果たしたのである。
で、そいつを腕輪の力で仕留めたところ、なんと新たなスキルを一つ獲得することが出来たのだ。
なので、出来れば隠し部屋には積極的に立ち入るようにしたい。
という旨を皆に語ったところ。
「新たなスキルのためです、勿論全力で協力しますよ!!」
「言われてみれば確かに、隠し部屋って結構スルーしてた」
「ですね。どうせボスを倒せば宝箱の中身は総取りできますし」
「だがなるほど、レアモンスター狙いか。相わかった、目を光らせておくとしよう」
そんなふうに了承を得て、今度こそ三手に分かれてのマップ埋めを開始したのである。
ただこれに際し、今回は私以外重力魔法は掛けずに探索を行うことに。
理由は二つある。
一つは重力魔法のオンオフが、術者である私にしか操作できないから。っていうか、オフにしたら掛け直す必要があるしね。
もう一つは、敵が強いから。
格下が相手であれば、軽重力という普段とは異なる状態での戦闘でも対応できるだろうけれど、今回は違う。
流石は特級ダンジョン。油断したら要らぬ怪我を負いかねないし、最悪の事態だって考えられる。
なので攻略速度より、先ずはこのダンジョンのレベルに慣れることを優先したわけだ。
ということで、マップ埋めの主力は私とゼノワってことになる。
重力魔法で早速体重を普段の六分の一にした私は、ゼノワを頭に引っ付けたまま、早速ダンジョン内をズバババっと移動し始めたのである。
さながらピンボールの如く床や壁、天井を蹴って高速で駆けるわけだけれど、なんと頭上のゼノワはそれを絶叫系アトラクションか何かのように、キャッキャと声を上げて喜ぶばかり。
普通の人は目を回したり、顔を青くしたり、トラウマを植え付けられたりするものなのだけれど。流石は精霊である。
そうしてみるみる内にマップを埋めていく私。
対して他のメンバーは、戦闘を優先しているらしい。私も折を見て、単独で彷徨っている個体にちょっかいをかけるが、やはりタイマンを張ってみれば力の程も随分分かりやすくなった。
どうやらこの階層のモンスターならまだ、ゼノワの助けを借りるまでもなく、余力を残して対処可能であることが分かった。勿論、慢心などはしない。
たとえ私にとって格下の相手でも、当たりどころ一つ悪ければ、人は簡単にぽっくり逝くものさ。
と言うか何だったら、この軽重力移動だってそう。
うっかり足をもつれさせて空中での姿勢制御に失敗し、乱回転した挙げ句どこかに後頭部を打ち付けようものなら、それだけで……。
そういうわけなので、慢心は敵なのだ。最大の敵だ。大敵である。
地面や壁を蹴る一歩にすら、しかと神経を集中し、正確な肉体制御を心がける。
以前はすべてマスタリー任せだった私だけれど、サラステラさんとの地獄の模擬戦により、ちょっとは自分の意志で体を動かすことも覚えてきた。
何より、今の私には二体分の骸が蓄えた、膨大な経験が引き継がれている。
それらを駆使することで、私の動きは間違いなく、以前のそれよりずっと洗練されたものへと変化していた。
それでも尚、油断は禁物。慎重に、正確に、その上で努めて素早くってね。
★
レアモンスターっていうのは、珍しいからレアモンスターなんだ。
何ならソシャゲで言うSSRとかURとか、もしかしたらそれ以上に遭遇率は低い。
というわけで、第一階層の隠し部屋を見て回ったくらいでは、レアモンスターなんていうのは見つけること叶わず。
とは言え各々なかなかに手応えのある戦闘をこなせたようで、探索に伴う満足度は上々であった。
そんなこんなで現在、既に八階層まで降りてきている。
モンスターのレベルもおおよそ分かったし、一階層当たりの広さも然程じゃないことが判明した。手分けをすれば割とすぐにマップ埋めも終わるため、後はせっせと隠し部屋を探りつつ下り階段へ向かい、階層が変われば初回だけは全員でエンカウント。問題無いようなら手分けを……。
っていう、まぁ結局殆どいつもどおりの手順を繰り返し、現在に至るわけだ。
階層を経る毎に、確かにモンスターの手強さはゴリッと上昇する。
しかし未だ、手に負えないってレベルではなく。手分けをしても対処可能なレベルである。
ただ、一戦一戦に掛かる時間っていうのは着実に伸びており、苦戦と言うほどではないにせよ、みんな結構な歯ごたえを感じているらしい。
他方で私はと言えば、思いがけずゼノワが張り切っており。
精霊力由来の強力で、しかもスキルや魔法の類では防御も相殺もかなわない精霊魔法により、モンスターをバカスカ殲滅していく始末。
私の出番……。
一応隙を見ては分解を仕掛け、腕輪に吸わせるようにしている。最早モンスター争奪戦みたいなもんだ。
しかしこの子、精霊のくせしてモンスターには好戦的なんだよね。普通の精霊は滅多に自ら戦うようなことはしないらしいんだけど。そういう部分からして不思議な子である。
それから、レアモンスターに関してだけど。未だに未遭遇。
もしかすると一つのダンジョンに一体居ればラッキー、くらいに構えておくべきなのかも知れない。
まぁ、地道に行こう。ソフィアさんは随分焦れったそうにしているけどね。
「む、いつの間にやらもう夕方だな。敵もなかなかに強かったし、無理せず今日のところは引き上げるか?」
時計を確認したクラウから、そんな提案が述べられる。
丁度第八階層を探索し終えて皆と合流し、次の階層に降りようかというタイミングだった。
区切りもいいので私に異存はなく、それは他のメンバーにとっても同様らしい。
そういうわけで、一応九階層にまで降りるだけ降りた私たちは、そこで今日の探索を切り上げたのである。
フロアスキップとワープを駆使すれば、あっという間にイクシス邸だ。
まぁもっと楽なのは、ストレージ経由で帰ってくることなのだけれどね。
だけどそのためにわざわざ勇者様の手を煩わせるのも何だし、スキルを二つ使うくらいどうという程の手間でもない。何なら反復練習の足しになってお得なくらいだ。
そんなわけで、転移室からゾロゾロと退室すると、今日の汗を洗い流すべく、その足で浴場へ向かうのだった。
以降は普段のルーティーンと何ら変わり無い。
果たして山小屋の特級ダンジョンが、一体何階層まで続いているかは分からないけれど、初日にしてはまぁ悪くない滑り出しだろう。
明日以降も、油断なく攻略していきたいものである。
★
翌日。
朝から順調に探索を進めること数時間。
現在私たちは、第二〇階層目に到達していた。時刻は午後四時を回った頃だ。
理屈は不明なれど、ダンジョンって十刻みとか五刻みみたいに、区切りのいい数字の階層に最深階層、つまりボス部屋が存在していることが多い。
とは言えもりもり育った特級ダンジョンだ。たかだか二〇階層で終わり、とはちょっと考えにくいだろう。
だというのに。
「これ、ボスフロアですね」
というソフィアさんの言葉のとおり、マップには一本道と、その先にある大部屋が一つ映し出されていた。
他には、これと言って何もないシンプルな階層。
間違いない。かつて何度も見たこの構造は、ボス部屋のそれである。
「まだ二〇階層目なのに、もうボス部屋……?」
「確かに、特級という割には拍子抜け」
「だな。これからまだまだ強い敵が出てくるものだと思っていたのだが」
「まだ若いダンジョンだったのでしょうか?」
と、私も皆も各々思ったことを口に出しては、不思議そうに首を傾げた。
するとそこで、ソフィアさんが「もしかすると」と前置きをし、こんな事を言いだしたのである。
「強力に育ったダンジョンには、ボスが複数存在するものがあります。ここもその一つなのかも知れませんね」
「ボスが複数って言うと、フロアボスみたいな?」
「いえ、それとはまた異なっていて、一見すると普通のボスフロア。しかしいざボスを討伐してみると、特典部屋の代わりに次の階層への階段が出現する、というケースです」
「この階層がそれだと?」
「可能性は低くないかと」
とどのつまり、『中ボス』というやつである。
しかしなるほど、クマちゃんがこのダンジョンを攻略するのに一ヶ月の期限をくれたのは、中ボスの存在を予期してのことだったのかも知れないね。
結局フロアスキップについてクマちゃんに教えたところ、課題提出までの期限が一ヶ月に減らされてしまったのだ。いや、それでも一ヶ月。
マップスキルについてはまだ隠したままだし、妥当な期限設定なのかも知れないけど。
しかし中ボスの居るようなダンジョンだとすると……想像以上に時間がかからないとも言い切れない。
まぁ、なにはともあれ。
「取り敢えず、倒してみれば中ボスかどうかハッキリするよね」
「違いない」
「ですが注意してください。その力はフロアボスなどとは比較になりません。本物のダンジョンボスに次ぐ力を持っている、と考えて挑んだほうが良いでしょう」
「ここまでのモンスターとは隔絶した力を持っているってことですね……!」
「上等じゃないか。暴れさせてもらうとしよう!」
斯くして、私たちはボス部屋へと足を進めるのだった。




