第四五四話 床のない山小屋
「ここが、指定されたダンジョンか……」
「本当なら移動だけで多分、一月と言わず掛かる距離」
「ココロ号大活躍だな!」
「でへへぇ。ミコト様のお力あってのことですよ~」
「中にいる魔物のレベルは、これまで相手にしてきたものと一線を画します。初エンカウントは全力で対処しましょう」
ソフィアさんの注意喚起に私たちは深く頷き、慎重に目の前の山小屋へと足を踏み入れていったのである。
扉を開ければ、そこにはデンと部屋の中央に大きく口を広げた、地下へ続く階段。
これが、ダンジョンへの入り口らしい。
特級危険域内に存在するため、誰も手がつけられず育ちまくったダンジョン。その一つだ。
果たして、その難度たるや如何に。
一歩一歩、その石造りの階段を下りながら、ちらりと回想なんかをしてみる。
今朝方まで、私たちは確かにまだ王都に居た。
クマちゃんとの交渉があったのが昨日で、あの後指定のダンジョンに関する位置情報なんかを記した地図を貰って、ギルド本部を後にし、サラステラさんやイクシスさんを送り返してから宿に向かい、私は例によっておもちゃ屋さんへ帰還。
一夜明けた後速やかに王都を出て、ダンジョンから最寄りのワープ可能なポイントまで転移。
そこからココロ号に乗って、爆速でやって来たというわけだ。
そうして現在時刻、午後一時半。ついさっき一旦イクシス邸に戻って昼食を摂ったわけだけれど、果たしてこんな私たちを見たらクマちゃんはどんな顔をするのだろうか。まぁ、無闇に見せる意味もないんだけど。
さて、そんなこんなで今訪れているのは、特級危険域でもまだ浅い地域にある、山小屋のダンジョン。
どうやら山小屋もセットでダンジョンらしい。道理で危険域にあるくせにしっかりしていると思った。
朽ちかけたボロ小屋というふうでもなく、寧ろ手入れが行き届いてるようですらあるのだ。ホコリの一つも溜まっていない、小綺麗な小屋。
ただし一歩足を踏み入れれば、その床の大半が大仰な下り階段への入り口に占領され、台無しにされていることが分かる。床のない小屋とでも呼べば、おもしろ物件として地元で名を馳せることができそうだ。
まぁこんなところを見たがる地元民なんて、危険域には存在してないわけだけど。
などと益体もないことをぼんやり考えている間に、最後の一段を降り終え。私たちは早くもダンジョンの第一階層へと踏み入れたのだった。
危険域のダンジョンと言えど、天外魔境が如きおどろおどろしいものってことはなく、こうして辺りを見回しても際立った目新しさはない、古びた石造りの迷宮って感じの、然程珍しくもない様子が広がっていた。
光源の不明な、違和感のない明るさもいつもどおり。
なのでこれまたいつもどおり、早速マップを確認してみる。
「うわぁ、流石育ちまくったダンジョンって言うだけあるね。半径約一二キロ、直径にして二四キロをカバーするマップの探知範囲に階層の全容を捉えきれないよ」
「ミコト、なんか説明くさい」
「こうして皆でダンジョンに潜るのも久しいからな。寧ろおさらいになって助かる」
「そういうことでしたら私が……」
「いえ、無駄に長くなりそうなので大丈夫です」
バチバチと視線をぶつけて火花を散らすソフィアさんとココロちゃん。仲いいなぁ。
「まぁともかく、取り敢えず移動だね。マップ埋めをしつつ手近なモンスターにエンカウントしていこう」
「最初は単体狙いだな」
モンスターの脅威度を測るには、先ず無難に単体で動いてるヤツを狙い、皆でボコすこと。
そこでなるべく安全に相手の強さってものを確認しつつ、徐々にどの程度苦労する相手なのかを正確に見極めていくのが私たちのベーシックとなっている。
なのでマップを頼りに、近くで単独行動をしているモンスターへ標的を定め、一気に距離を詰めていく。
そうして暫く、年季の入った石畳の上を駆け続ければ、ターゲットへのエンカウントは間近となり。
念話にて。
『今回は先ずクラウに突っ込んでもらおうかな。ココロちゃんは追走しつつ、程よいところで飛び出して。オルカは奴の背後を取って援護を。私とソフィアさん、それにゼノワはまぁ、状況を見つつだね』
そう指示を飛ばせば、短い了承が返り。
そして会敵。嬉々として予定通り、クラウが盾を構え突っ込んでいった。凄まじい突進力である。
多分あれ、盾のスキルだね。前は見たことなかったけど、新技かな?
ココロちゃんもその背に隠れ、ピッタリついていってる。オルカも天井をぬるりと駆けて、早速奴の頭上を越えた。
ソフィアさんは魔術の用意を始め、私もツツガナシを構える。当たり前のように頭に引っ付いているゼノワもやる気だ。
対するモンスターは、ムキムキのドーベルマンが如き四足歩行の獣だった。体高だけで私を上回っている。でかい。
尚、事前に透視などのスキルで奴の正体は看破済みである。ソフィアさん曰く、マッスルドッグというらしい。安直だ。
が、恐らくそれが進化したものであるという話から、到底侮ろうという気にはなれない。
獣型のモンスターは索敵能力に長けている。奇襲がしづらいというのは、正直私たちにとってちょっとやりにくい相手なのだけれど、それならそれで正面から当たるだけの話。
案の定私たちの接近を予め感知していた奴に、油断らしき気配はなく。
正々堂々、今クラウがマッチョ犬と衝突を果たした。
奴の初手は爪。鋭く繰り出されたそれは、膂力任せの一撃。しかも滅茶苦茶に速度が速い。
仮にアレをそこら辺の冒険者が受けようものなら、最悪上半身ごと引き千切られるかも。そのくらいの威力を秘めた一撃だった。
だが。
『どや』
念話でドヤるクラウ。それもそのはず、彼女の盾に奴の爪が触れ、十二分にその重みが伸し掛かったその瞬間、ゴギッと派手に鈍い音がし。
哀れ奴の右前足は、あられもない方向へ曲がっていたのだ。
完璧なカウンター。そしてスキルの効果により生じる自己強化のバフ。
すかさず聖剣による追撃に入るクラウと、その影から跳び出したココロちゃん。
しかし流石はマッチョ犬。痛みに動じるより先に、危機感が働いたのだろう。素早いバックステップを行おうとした。
が、失敗した。
背後に回ったオルカが、奴の足の腱をバツンと切り裂いたのだ。
これによりマッチョ犬は否応なく姿勢を崩し、いよいよ動揺もあって致命的な隙を見せたのである。
そこへ襲いかかるココロちゃんの金棒とクラウの剣。
オーバーキルだった。
「……私の出番は?」
「クルゥ……」
「同じく活躍の機会がありませんでした」
不完全燃焼のまま皆を見れば、オルカとココロちゃんからは苦笑が返り。
しかしクラウはというと、キラキラと目を輝かせていて。
「すごい! すごいすごい! 良い手応えだった!! ここでならたっぷり戦闘経験が積めそうだぞ!!」
と、実に嬉しそうな様子。
そんな彼女を見ると、案外攻撃を実際に受けてみるっていうのは、良質な経験値を稼ぐ上で大事なことなのかも知れないと、その様に考えさせられる。
よし、今回は私、障壁を使った戦闘を課題にしてみようかな。
ピンポイントな障壁を巧みに使えば、相手の攻撃の出始めを封じて意表を突くことも出来るだろうし。うまくハマれば近接戦で簡単にアドバンテージを取れそうだ。
まぁそれはともかくとして。
「取り敢えず、私たちの実力が不足してるってことは無さそうだね。一安心かな」
「とは言え、まだ初戦。次はもうちょっとモンスターに実力を発揮させて、様子を見たほうがいい」
「そうだね。慢心ダメ絶対」
オルカの言に気を引き締めつつ、私たちは再びマップを見ながら敵影を探した。
因みにマッチョ犬のドロップは回収済みである。ストレージがいつの間にかレベルアップした結果、【自動回収】という新機能が追加されており、PTメンバーが倒したモンスターのドロップは、予め指定しておいたストレージかPTストレージ内のフォルダへ収納されるようになっている。地味だけど大変に便利である。
そんなわけで、ちらりとPTストレージをチェックしつつ、私たちは次の戦闘に臨むべく駆け足でターゲットと定めたモンスターの居る場所へ向かったのだった。
尚、罠なんかも当然存在してはいるのだけれど、マップが丁寧にその位置を知らせてくれるので、回避は容易く。加えて万が一マップに映らない罠がないとも限らないので、オルカをはじめとした皆もその点は警戒している。
なのでそこで足を取られるようなことはない。スムーズに次のエンカウントを成功させた私たちである。
今回も相手はマッスルドッグの進化したモンスター。さっきのやつと一緒だ。
とは言え、姿は同じでも動きまで同じ、なんてことはない。
私たちの接近を予め察知していた奴は、私たちの姿が見えるなり先制攻撃を仕掛けてきたのだ。
火炎魔法である。通路を埋め尽くすほどの大仰な火炎が、私たちめがけて容赦なく浴びせかけられる。角から飛び出した途端コレだ。
が、こっちには心眼持ちが居るからね。てか私のことなんだけど。
なので当然の如く、敵の待ち伏せくらいはお見通しである。
普段なら、わざわざ警戒されていて、しかも魔法を放つ気満々の相手の前に飛び出すだなんて、そんなリスクやコストの掛かる真似はしない。裏をかいて安全確実に、しかも余計な労力を掛けること無く処理するのが鏡花水月の基本的な立ち回りだもの。
だけど今回は、防御をテーマにしようと自分で決めたばかりだしね。それに。
『魔法は私が処理する。クラウたちは突っ込んで様子見。あとは各自自己判断で』
そう念話で指示しつつ、左腕より放つは白き光で構成された枝。
光速だからね。放つと言うよりは出現するって感じだろうか。
私の出現させた白枝は、迫りくる火炎へ接触するなり、それを瞬時に分解。解けた魔法は魔力へ変わり、その魔力も吸収の効果で私が美味しくいただいておく。
たくさん練習した甲斐もあり、今や魔法の分解はお手の物である。
クラウとココロちゃんはその結果を予め確信しており、それ故に鋭く奴へと突進していった。オルカも天井を駆けて、先程同様挟み撃ちの位置取りを構築。
だが、先程と違い一気に仕留めに掛かるようなことはなく。
突っ込んでいったクラウは、挨拶代わりにとそのまま盾で殴りに掛かった。所謂シールドチャージである。
ココロちゃんもクラウの背から飛び出しはしたものの、まだ仕掛ける様子はなく、マッチョ犬の力を見極める姿勢だ。
対する犬はと言えば、警戒色を濃くし、グルルと凶暴に喉を鳴らした。こうしてまともに相対すると、なかなかどうして随分な迫力だ。正直以前潜った簡単なダンジョンのボスなんかより、余程強力なモンスターだと思う。
そんな奴の次なる行動は、背後のオルカへの攻撃だった。どうやら突破口を開くことを優先したらしい。
だが、うちのオルカを侮るとか、それは愚策だよ。
僅かなモーションで後方へ跳んだマッチョ犬。振り向きざまにオルカを爪で薙ぎ払おうという魂胆だ。
けれど飛び退くさなか、奴の胴にぐるりと何かが巻き付いた。オルカの進化した影魔法だ。
イクシスさんすら捉えてみせたそれの強度は、何と厄介なことに術を受けた対象のステータスに依存するらしい。対象の影を媒体にしているがゆえの特性だろうか。
その上そもそも影なので、普通の手段では触れることすら叶わず。
とどのつまり、一度捕まれば抜け出す手段はほぼ存在しないという、極悪捕縛魔法となっているわけだ。
胴に巻き付かれ、そのまま地面に無理やり引き寄せられたマッチョ犬。ばかりか、巻き付いた影は徐々に全身へ広がっていき、身動きを確実に封じていく。
自身と同等の力で拘束され、爪で引き裂こうにも牙で噛み千切ろうにも、そもそもマッチョ犬から触れようとしたところでただの影。どうこう出来るようなものではないのだ。
それからものの一秒とせず、あっさり身動きが取れなくなったマッチョ犬は地面に縛り付けられ。
「侮るからこうなる」
と、ジト目のオルカに叱責される始末。自慢の筋肉が泣いてるぜ。
結局それから、実力を見るために影から開放されたマッチョ犬は、しかし私たちの得体の知れなさに警戒し、警戒を通り過ぎ恐怖し、ろくに力を発揮することも出来ぬまま塵へと還っていったのである。
誤字報告感謝です! 今回もしっかり適用させていただきました!
あぁぁ……何時になっても慣れませんね。何故あんなにもしょうもない書き損じを繰り返すのか……。
ところで、誤字報告の際には報告者様のお名前、というのは表示されないのです。
それ故後書きの場を借りてお礼と、適用報告を行っておるのですけれど。
もし、名前が表示されるから怖い……みたいに思ってる方がいらっしゃるようでしたら、その点はご安心めされよ!
ただし、IDは表示されます。数字の羅列ですね。リンクとかはないです。
正直、これで特定のユーザーさんを見つけ出すというのは面倒くさい私です。出来るのかどうかも知りませんし。
なのでIDをたどってわざわざお礼しに行っちゃうぜ! なんて押しかけるようなマネも致しませんのでご安心を。
他所の作家さんがどうかまでは分りかねますけれど、私はそんな感じのスタンスです。
あ、勿論、不適切な指摘は適用対象外となりますので、その点はご理解くださいませ。




