第四五二話 肉体言語
「つまり、ミコトちゃんは遠く離れた場所を一瞬で行き来できる、特別なスキルを持っている。そういうことね?」
「まぁ、そういうことだな」
少し疲れたように述べたクマちゃんの問を、コクリと頷いて肯定したのは、彼女の対面に腰を下ろしたイクシスさんだ。
流石に彼女まで座ると狭いので、いい加減誰かクマちゃんの隣に座ればいいのに、頑なにこっち側に座るのは何なんだろうか。
意味不明なすし詰め状態が、クマちゃんから見ればさぞ滑稽だろうに、彼女はそんなことに構っている場合ではないと、眉間をもみほぐしながらため息をついた。
「そう……ねぇミコトちゃん、悪いんだけど確認のため、私のことも何処かに連れて行ってみてくれないかしら?」
「え、うん。別にいいけど、リクエストとかある?」
「そうねぇ、なら別の国とかどうかしら? 飛べる?」
「一応可能だけど、訪れたことのない場所には飛べないからさ。どこにでもってわけには行かないよ……あ、ノドカーノとかどうかな?」
「そうなの? ならそれでいいわ」
「いや待てミコトちゃん。ミコトちゃんがあの国で訪れたことのある場所といえば、例の……」
「あっ……」
そう。私がノドカーノで訪れたことのある場所としてまず思い浮かぶのは、先の厄災戦が行われた現場と、その近くの町や村くらいのもの。現在おもちゃ屋さんがその辺りを重点的に回って、厄災戦の被害を被って悲しい思いをした子どもたちのケアをしているからね。
なのでクマちゃんを連れてその辺りを訪れた場合、もしかすると先の一件に勘付かれる可能性があるのだ。
などと私たちが危惧していると。
「あら、そう言えばこの間発生した厄災級のモンスター……そこにイクシスちゃんが素早く駆けつけたって話が上がってきてるけれど、まさかそれって……!!」
「あ、あー……その、なんだ、えっとぉ」
「そう。やっぱりミコトちゃんが絡んでいるのね……」
「わ、私って言うか、私たちっていうか……」
「そうだったわ。確か報告には、イクシスちゃん以外にもサーちゃんやレラおばあちゃんの目撃情報まで上がってきていたけれど、まさか……」
スッと、皆が揃って視線を逸らす。
流石グランドマスター、察しが良すぎるよ。いや、ボロを出した私のせいか。
「ミコトちゃん、サーちゃん……サラステラちゃんやレラおばあちゃんとも面識があるのね?」
「う」
「はぁ……親しいのかしら?」
「そうだな、親しいぞ。レラおばあちゃんにはバフの扱いを仕込まれていたし、サラには毎日模擬戦で鍛えられていた。二人共ミコトちゃんには一目置いている。無論私もな」
観念したのか、その様に認めてしまったイクシスさん。
ちょっと情報出し過ぎな気もするけど、しかしここまできたら半端にするより強力な後ろ盾が付いてるぜ! ってアピールしておいたほうが、面倒事を遠ざけられたりするのかな? そうだといいな。
何とも難しい表情で黙ってしまったクマちゃん。
その様は、普通に渋いおっさんである。オジサマ好きが見たら黄色い悲鳴の一つも上がりそうな色気がある。
しかしその内心はと言うと、私の扱いに酷く困っているようで。
グラマスともなると、私の能力が何処の誰にどう悪用されたら、どれくらいヤバいとかなんとか、頭の中をグルグル回っているのだろうね。
ちょっと時間がかかりそうなので、私は隣に座るイクシスさんへ問うてみた。
「ところでクマちゃんとサラステラさんって親しいの? サーちゃんって呼んでるみたいだけど」
「ああ、よく肉体言語で語り合う間柄だな。まぁ普通に仲もいいが」
「サーちゃんとはソウルフレンドよ! 寧ろソウルシスターと言っても過言じゃないわね!」
おっと、聞こえていたらしい。バッと顔を上げてその様に反応を返すクマちゃん。要するにサラステラさんとは親友ってことみたいだ。
「あ、それならサラステラさんの所に飛んでみる? 今何処に居るか知らないけど」
「知らないのに転移できるの?」
「まぁ、うん。行けると思うよ。ちょっと確かめるから待ってね」
クマちゃんに一言断ってから、早速サラステラさんへと念話を送ってみる。
『サラステラさーん、今忙しい?』
『ぱわっ?! ああ何だ、ミコトちゃんぱわ? 今ちょっとゴリラと殴り合ってるパワ!』
『ゴリラって……ええと、今からグランドマスターのダグマさん連れて、そっちに行っても大丈夫かな?』
『ダーちゃんぱわ?! 勿論良いぱわ! 人目はないから何時でも良いぱわー!』
『ほいほーい。じゃぁすぐ行くね』
『待ってるぱわ! 楽しみぱわ!!』
というわけで、了承は得られた。マップを確認してみると……うわ、これ普通に特級危険域じゃんか。流石サラステラさんである。
「うん、大丈夫そう。クマちゃんの準備が良いなら何時でも飛べるけど」
「そう……なら、お願いしようかしら」
「みんなも行く?」
確認してみれば、流石にグラマスの部屋に取り残されるのは嫌だとのことで、皆揃ってワープすることに。
行ったことのない場所へは飛べない、という制約も、サラステラさんにマップスキルを共有しているため問題はない。そも制約は厳密に言うと『マップスキルでサーチしたことのない場所には飛べない』って内容なので、マップ共有中のサラステラさんのもとへは何時でも飛べるのである。
よって転移の実行にあたって、障害足り得る要素は特に無く。
「それじゃ、行くね」
皆がソファから立ち上がったのを認めるなり、早速転移を発動した私。
一瞬にして切り替わる視界。
そこは、鬱蒼と草木の茂る密林の只中だった。
寒い季節もなんのその、頭上高くにはびっしりと木の葉が空を覆っており、足元にはフカフカの腐葉土と枯れ枝が敷かれ、右を見ても左を見ても様々な種類の緑が元気に茂っている。
そして。
五〇メートルほど先では、ドッカンバッカンとゴリラをより凶暴にデザインし直したような、とんでもない迫力を纏うモンスターと正面から殴り合うサラステラさん。
念話で聞いたとおりとは言え、前回は確か雪山で白熊とやり合ってたし、やっぱりとんでもないなこの人。
「うそ……ホントにサーちゃんじゃない……!!」
「あ、ダーちゃんぱわ! 久しぶりぱわー!」
「やだもぉ、戦闘中によそ見しちゃダメじゃないの! って言うか私も交ぜて!!」
「勿論歓迎するぱわ! いっぱい拳で語るぱわ!!」
辛抱たまらんとばかりに、ダッと駆け出すクマちゃん。
しかしその移動速度たるや、ホントにサラステラさんクラスの超速であり、二人して実に楽しそうにゴリラをボコり始めたのである。ああ、なんてこと……。
しかもである。その肉体言語とやらが、心眼のせいで私にも理解できてしまうというのだから、とんだスキルの副作用だ。流石にその言語を習得したいとは思わないので。
そうして程なくして、哀れゴリラは黒い塵へと還り。
しかし興奮冷めやらぬ二人は、そのまま模擬戦に突入したのである。
あのレベルの二人が素手でやり合うとか、もう完全にドラ◯ン◯ールのそれだもの。
皆が二人の戦いを遠い目で眺める中、ゼノワだけが頭上でキャッキャと喜ぶのだった。ああ、お前だけが癒やしだよ。
それから小一時間が経過。
あれだけバカスカ殴り合いをしていたのに、こちらへ戻ってくる二人には目立った怪我もなく、寧ろやけにスッキリした笑顔すら浮かべていた。
「久しぶりに思い切り体を動かして、すっごく気持ちよかったわ! やっぱりサーちゃんの打撃は最高ね!!」
「ダーちゃんこそ、事務仕事ばっかりで鈍ってるかと思ったら、全然キレッキレで安心したぱわ! ボディーランゲージ楽しかったぱわ!!」
誰だサラステラさんにボディーランゲージだなんて言葉教えた人。無責任ですよ!
「うーむ、やはり別次元だな……私もいつかはあの領域に……!」
「ココロにとっても良いお手本になりました。もっともっと精進しなければ!」
などと、うちの脳筋組が目をギラつかせているけれど、二人ならきっと届くはずだ。図らずも良い刺激になったのなら僥倖だったね。
「っていうか、特級PTの認定を貰いに王都まで来たはずが、どうして私たちこんな密林の中にいるんだろうね……」
「なりゆき」
「どうしてこうなった、というやつですね」
「まぁしかし、これでクマちゃんも転移スキルがまやかしの類ではないと理解しただろう。戻って話の続きをするとしよう」
イクシスさんの言うとおり、先程までは感じられた転移スキルへの疑いが、サラステラさんと殴り合ったことで解消されたらしい。
そんなクマちゃんと、ついでにサラステラさんも連れて、私たちはグラマスの部屋へとワープで戻ったのだった。
★
流石にサラステラさんまで加わっては、ギッチギチで座るスペースが確保できないということで、鏡花水月とレジェンズに分かれてソファに腰掛ける私たち。
どっかりと深く座り込んだクマちゃんは、改めてふぅと深く息をつき。
「やっぱり体力の衰えを感じるわね。サーちゃんとのボディランゲージは楽しいけれど、流石にちょっと疲れちゃったわ」
などとぼやいている。完全に話題が逸れちゃってるね。
「えっと、クマちゃん? それで、そろそろ本題に戻りたいんだけど大丈夫かな?」
と声を掛けてみると、ハッとした彼女は取り繕うように姿勢を正した。
「ご、ごめんなさいね。ちょっと現実味がなくって、軽く夢心地だったわ」
「随分と物騒な夢心地だね……」
ともあれ、ようやく話を本筋に戻すことは出来たようで。
それを認めるなり、早速切り込んだのはイクシスさんだった。
「まぁ体験してもらったとおり、これがミコトちゃんのヤバさだ。顔色一つ変えず、この人数をポンポン転移させてみせる……これが何を意味するか、クマちゃんになら説明するまでもないだろう?」
「……ええ、そうね。はっきり言って反則級の能力だわ。イクシスちゃんたちが彼女に目を掛けるのも分かる」
「ミコトちゃんもだが、他のメンバーも相当な粒ぞろいだ。結成してまだ一年にも満たないPTではあるが、鏡花水月は十分に特級PTとして活動できるだけの実力を有している」
「ぱわ。それは間違いないぱわ。っていうかミコトちゃんを未だにBとか言ってるギルドはアホぱわ」
「二人にそこまで言わせる程なのね……」
何だかやけに持ち上げられて、もじもじする私たち。なんか恥ずかしいんですけど。恥ずかしいっていうか、面映いっていうか……。
てか、今のうちにサラステラさんには釘を刺しておかないと。
念話にてこっそり、ギルド側に必要以上に私の情報を伝えたくないので、今はワープのことくらいしかまともに教えていないって旨を説明し、私に関するアレコレは話さないでほしい、とお願いしておいた。
『オッケーぱわ、こう見えて私口は硬い方ぱわ。任せるぱわ!』
って返事がきたけど、何だこの不安感。天然な人だからなぁ、気をつけておかないと。
裏でそのようなやり取りをしているとも知らず、クマちゃんは依然として続くイクシスさんの話を、難しい顔で聞き続けていた。
この能力を隠すために、地道な工作を行っていることや、そのせいで本来可能な活躍を抑えてしまっていること。
そうした点も鑑みて、うまい具合に便宜を図ってはもらえないだろうか、という相談までつらつらと述べるイクシスさん。
腕組みをし、むぅと唸るクマちゃん。
ここは私たちからも何か言ったほうが良いんだろうか。えーと。
「現状私たちは、冒険者活動に対してすごい窮屈さを感じてるんだ。その活動だって、資金を得るためってだけだし、こんな状態が続くのなら何か別の方法で稼いだほうが効率が良いかも、とすら考えてる。ルールが自分たちに合わないから、そのルールをどうにかして欲しいだなんて、そりゃ傲慢だよね。だから無理に特例を認めてほしいとは思わない。だけどもし何か良い方法があるのなら、それを教えてもらえると有り難いな、とは思ってるよ」
「…………」
冒険者ギルドに属して活動すれば、当然恩恵も大きい。依頼の受注や戦利品の換金なんかは、もし個人でどうにかしようとすると物凄く手間が掛かるだろうしね。
だけれど、かと言って絶対なくちゃならないものかと言われたら、少なくとも私たちにとってはそうじゃないんだ。
冒険者じゃなくてもダンジョンには潜れるし、そこで得た高価な品なら、お店で直接買い取ってもらうだけで十分な利益を出せるはず。
それに『冒険者』っていう立場に縛られることで、常に一定の情報を掌握されているって考え方も出来るわけだ。能力バレが起きた際、もしかするとそこを辿って厄介な人に声を掛けられる可能性すらある。
現に先日、ネルジュさんにあっさり情報を握られちゃったしね。フロージアさんも普通に詳しかったし。
なのでもしここでクマちゃんが、便宜は図れない、ルールに従え! みたいなことを言うのであれば、いよいよ本格的に今後の活動を見直すべきなのかも知れない。
恐らくクマちゃんは、私の発言を受けてその辺りのことにまで考えを巡らせているのだろう。めちゃめちゃにいろんなことを思考しているのが、心眼を通して感じられた。
果たして、そんな彼女の出す結論とは如何なるものか。
私たちはただ静かに、彼女が口を開くのを待ったのである。
ひぃ! 久々に来たわね!! 誤字報告が!!
か、感謝……感謝しています……はいぃ……!
そして例によって、お寄せいただいた報告はしっかり適用させていただきました。有り難い!
やぁ……それにしても、まだまだあるものですね、誤字。
見落としって怖い。あと言葉の意味を捉え間違ってることも偶にありますし。
ご指摘、勉強になります!
また何か御座いましたら、教えていただけると助かります!




