第四四九話 王都
翌日。
今回エビルリザードの討伐依頼を受けたのは、エルドナの街から幾らか離れた小さな町でのこと。
それというのも、転移スキルを隠蔽するための工作の一環であり。エルドナを出て直近で依頼を受けようとすると、移動時間の関係で選択できる冒険者ギルドは限られたのである。
まぁとは言え、難度の高い依頼というのは辺境に行けば行くほど発生しやすくなるもので。
それ故私たちの訪れたその町のギルドにも、体よくAランク依頼が存在していたわけだ。
件の依頼の達成報告を午前中の内に済ませ、報酬を受け取った私たち。
当然のように不正を疑われてしまったけれど、ソフィアさんの特級パワーで無理やり誤魔化した。これこそが、肩書の持つ信用の力である。それを実感させられた気分だ。
それから一応取っておいた宿のチェックアウトも早々に済ませ、急ぎ足で町を後にした。
本当に、転移スキルを隠すための工作とは面倒なものである。
町を出た私たちは、一旦揃ってイクシス邸へ戻り。
そしてそこからはいつもの。
「ココロ号、発進! ですっ!!」
私とココロちゃんの体重を重力魔法でゼロにし、その他様々な魔法を併用して空を横切る高速移動を行使したのである。
ココロちゃんの背におぶさるというのは、毎度のことながら妙な心苦しさを感じるのだけれど、飛行速度は凄まじいので文句は無い。
そんなこんなで午後二時頃には、目的地のすぐ近くに降り立った私たち。
そう。もう目前に見えているそこは、数多の支部を有する冒険者ギルドが本部を置きし、この大国デッケーゾが中核。
その名も、王都オルケーン。
巨大建築物の立ち並ぶ、正にデッケーゾって名前を象徴したような大規模な都だった。
都全体を囲う壁からして、これまで見てきた中でまぁ飛び抜けて大きい。あんぐりと口を開けて、暫し見入ってしまいそうなほどの大迫力だった。
これだけ大きければ、巨人の侵入だって阻めそうだ。
「ミコト様、一先ず皆さんと合流しませんか?」
「おっとそうだったね」
ココロちゃんに言われ、私は早速イクシス邸で待機していた他の面々へ、移動が済んだ旨を告げた。
以前はストレージに入ったまま一緒に移動するって方法を取っていたのだけれど、今は「その移動時間で鍛錬がしたい」というオルカたちの要望に応え、彼女たちには現地到着後にストレージ経由でこちらへ来てもらうことになっている。
すると連絡を入れてすぐ、PTストレージ内にオルカ・クラウ・ソフィアさんが入ったのを確認できたため、それをすぐさま取り出した。
結果、滞りなく鏡花水月全員集合である。
そして直後、私と同じように厳つい壁を眺めて感嘆する三人。感動を分かち合えた気がしてちょっと嬉しかった。勿論ココロちゃんも、私と一緒に間抜け面を晒したさ。
「みんなは王都って来たことあるの?」
今更の質問ではあるが、何気なくその様に問い掛けてみれば、概ね予想通りの答えが返ってきた。
「初めて」
「ココロは何度かありますよ」
「私も、昔あるな」
「私もですね」
オルカは初めてで、それ以外のみんなは訪れたことがあるらしい。
ついでに私にくっついて、ココロ号で一緒にやって来たゼノワも、「キュァ~」と間の抜けた返事をした。本当にどこにでも付いてくるなこの子は。
しかしまぁ、王都経験者が居るというのであれば心強い。
マップスキルがあるから迷子にこそならないとは思うのだけれど、それとこれとは話が違うのだよね。
「さて、それじゃぁ行こうか」
一頻り都の外壁を眺め終えた私たちは、いよいよ門へ向けて歩みだした。
一歩一歩近づく毎に、どんどん迫力を増すような巨大な壁。そして大きな門。
初めてそれらを目の当たりにした私とオルカは殊更緊張を覚えながら、入都審査を待つ馬車の列を横目に、冒険者御用達の簡易審査口を潜った。
まぁ簡易とは言っても流石王都なだけあり、都に入るための審査も他より随分と厳しいようだ。寧ろ簡易だからこそ厳重とすら言える。
冒険者証の提示は勿論のこと、王都を訪れた目的を訊ねられたり、簡単な持ち物検査をされたりと、なかなかに緊張したけれど、鏡花水月全員が問題なく通過することに成功。
別に悪巧みをしているわけでもないのに、こういうのってやたらおっかないよね……。
まぁ私の場合、ストレージなんてものを持ってるせいで、持ち物検査なんてほぼ意味を成さないんだけどね。そのせいで妙に後ろめたく思えてしまって、無駄にドキドキしてしまった。
午前中に別の町を出たばかりの私たちが、今王都の門にて確かな足跡を残してしまった。
もし探偵さんとかが私たちの足取りを追ったなら、その不自然な移動速度にすぐ感づくに違いない。
けど、それを恐れていては、ここを訪れるのに一ヶ月前後も時間を置く必要があった。流石にそんなには待てないのだ。
なので、ちょっとリスキーではあったけれど、私たちは早急な王都入りを優先したのである。
そして、わざわざここを訪れた理由はと言えば、そう。
昨日話し合った結果、結局イクシスさんのコネを頼ることにしたわけだ。
即ち、冒険者ギルドのグランドマスターに会って、無理やり特級PTの資格を融通してもらおうっていう、パワープレイをかますのである。
そんな滅茶苦茶が、果たして罷り通るのかっていうのは甚だ疑問ではあるのだけれど。
しかしイクシスさんが「まぁなんとかなるだろう。多分」と言うのだから、多分大丈夫なのだろう。
ダメだったらその時はいっそ、冒険者とは異なる生き方を選ぶのもいいなと、そこまで皆で話し合っている。
正直な話、転移の誤魔化し工作に関しては、私を含めた全員が辟易としているのだ。
だったらいっそ、冒険者としてではなく、もっと自由な立場でダンジョンに潜ったりモンスターを狩ったりして、そこで得た品を独自に売買してしまえばいいじゃないっていう。
取引や交渉の手間なんかが掛かるため、それはそれで大変そうだとも思うのだけれど、移動時間を気にせず活動できるようになるっていうのなら、寧ろ大きなプラスになるだろうしね。
そういうわけで、グラマスとやらが私たちの話に応じてくれるのならば良し。さもなくば、冒険者とは違った道へ進むことになるかも知れないっていう、謂わば一種の分水嶺である。
それを思うと、正直緊張で胃が重たく感じてしまうわけだけれど。
今はそれよりも。
「これが、王都……!」
門を一歩抜けたと同時、オルカがそう呟いた。
私に至っては、言葉すら出てこなかったほどだ。
目の当たりにした街並みは、かつて訪れたどんな場所よりも壮観で、美しかった。
整然と立ち並ぶ巨大な建造物の群れ。それでいて、景観への強い拘りが窺える統一感のあるデザイン。上空から眺めてもきっと見応えがあるだろう、緻密に成された区画整理。
それに人の数も当然のように多く。心眼をオフにしておかないと辛く感じてしまうほどには、人の流れが延々と途絶えない。
前世でもそうだったけれど、こういう光景を目にすると、つい思ってしまう。
「人間って、居るところには居るんだなぁ」
「確かに」
すかさずオルカが共感を示してくれた。
私たちみたいな冒険者っていうのは、普段あまり人と遭遇することのないような場所で仕事をするものだからね。
たまにこういう人の流れを目の当たりにすると、そういった感想が出てしまうのである。
「それでミコト様、どうしましょう? 先ずは宿を取ったり観光したりですか?」
「うーん、どうしようか。って言うか、今から直接ギルド本部とやらを訪れたとして、グランドマスターさんとやらには会えるものなのかな?」
「流石にアポイントメントがなければ難しいでしょうね。たとえイクシス様よりの紹介状を預かっているにしても」
「なら二手に分かれる?」
「ふむ、アポを取りに行く班と宿を取りに行く班か。いいんじゃないか? 私は賛成だ」
というわけで、早速簡単にこれからの予定を話し合った私たちは、続いて班分けを行った。
結果、冒険者ギルド本部へ向かうメンツは、私・クラウ・ソフィアさんの三人となり。オルカとココロちゃんで宿を探しに行くことに。
宿に関しては、クラウとソフィアさん、それと事前にイクシスさんからもオススメを聞いているので、そこを当たってみるらしい。
まぁ尤も、別に今回は宿にちゃんと宿泊するとは限らないため、何なら安宿で十分なのだけれどね。
そこは実際状況を見ながらの判断である。
そうと決まれば早速行動だ。
オルカたちと別れた私たちは、以前ギルド本部を訪れたことのあるというソフィアさんの案内で、広い通りをてってけと歩き進んだ。
綺麗に敷き詰められた石畳は歩きやすく、コロコロと移り変わる周囲の景色は、異国文化と言うか、異世界文化を確かに感じさせ。ともすればそれらに気を取られて、うっかり迷子になりかけたほどだ。マップスキルがなければ危なかった……。
しかしまぁ、何と言うか。私にとっての『都会』って言うと、ビルがずらーっと並んでいて、デジタルサイネージなんかがチカチカしてるような、そういう近代的なものだと思っていたのだけれど。
しかしどうやらそれは、思い違いだったみたいだ。
これだけの人が生活を営んでいて、建造物が所狭しと立ち並んでいる。
それだけで十分に、ここは都会なんだなって、そう感じる。ちょっと不思議な感覚だ。
だから、こういう都会にやって来ることが稀な私は、とどのつまり完全な『お上りさん』というやつで。
ついつい見慣れないものが視界の端に映る度、アレはなんだろう、コレはどういうものかな、アッチのはどうなってるの、あれクラウたち何処いった、って具合にフラフラしてしまうわけである。
挙げ句、ソフィアさんに手を繋がれる始末。
「世話を掛けてすまないねぇ」
「そう思うのなら、前を見て歩いてください」
「私も最初この都を訪れた時は、大はしゃぎしたものさ。ミコトはまだ〇歳なんだから大目に見てやろうじゃないか」
「……ばぶぅ」
なんだろう。自分でネタにする分にはいいけど、イジられると恥ずかしいな。ちょっと顔が熱い。
「はぁ。でも、目がもう一つあれば二人の姿を見失わなくて済むのにな。何で二つしか備わってないのかな」
「! ならば獲得しましょう! 【第三の目】というスキルがあってですね!!」
「あ、はい。また今度ね」
珍しくお姉さんムーブをしていたソフィアさんも、どうやら平常運転らしい。
なんて他愛ないやり取りをしながら暫く歩いていると、ようやっと見えてきたのは異様に巨大な建造物だった。
どうやら私たちの足は、あの建物に向かって歩を進めているらしい。ということは。
「もしかして、アレが?」
「ええ。前方に見えるあの建物こそが、世界中に数多の支部を置く冒険者ギルドが根幹。冒険者ギルド本部です」
「うむ……圧巻の佇まいだな」
他の建造物と比較しても尚、高く広いその建物は、一種異様な迫力を湛えているように見えた。
周囲をよく見てみれば、確かにギルドスタッフの制服を身に纏った人がたまに歩いているし、それ以上に冒険者らしき雰囲気のある人が、私たちと同じ方向へ歩いているのに気づく。
王都の景観を壊さぬよう配慮されたのか、色は明るい灰色を基調とした、青や赤で飾られた厳つい建物。
規模としては、一瞬お城と見紛わんばかりだけれど、お城は王都の中心にデカデカとそびえ立っており、ここからでも視界に捉えることが出来るくらいにはでっかい。
何より、形がお城のそれとは異なっており、どちらかと言えば要塞を彷彿とさせるような、角張った建物なのだ。
それにしても……。
「こんなに大きな建物で、一体何が行われてるんだ……」
私がそう首を傾げて見せれば、ソフィアさんがさらっと返答をくれた。
「無駄に広いだけですよ。実務にここまで大仰な施設は必要ありませんからね。しかし権威の象徴、とでも言うのでしょうかね。格好をつけることも大事なんですよ」
「こういう建物を見ると、何だな。今の私の技で、果たしてこれを一撃で吹き飛ばせるだろうか、なんて妄想してしまいそうになるな」
「あぁ、クラウのそういう感性には、何だかすごく安心させられるよ」
彼女もまた、心に男の子を宿す者なのだ。間違いない。
そして私もクラウに倣い、自分だったらどんな方法でこれを吹き飛ばせるかと、こっそり妄想に勤しむのだった。




