第四四八話 特級へのいざない
ロールプレイングゲームにおいて、物語の進行を司る三大要素(持論)と言えば、『キャラクター』『アイテム』『場所』というのが相場だった。
キャラクターは、会話イベントだったりバトルイベントだったり様々で、最もベターなやつ。
アイテムは、物語を進めるための鍵となっていたり、特定のイベントを起こすためのフラグを担っていたりして。
そして場所というのは、特定の場所を訪れることで起こるイベントだったり、それこそダンジョンの隠し部屋なんかがそれに当たったりする。
私たちはこれまで、人物とアイテムに関しては結構注目して来たし、現在も骸を呼び出すためのキーパーソンだったり、オーパーツっていうキーアイテムを求めて活動しているわけだけれど。
しかし『特別な場所』というのには正直関心が薄かったのだ。
思えばそもそも、世界には特殊なダンジョンなんかもチラホラ存在しているらしいし、現に以前私たちが挑戦した『鏡のダンジョン』なんていうのは、結構重要な場所だったように思う。
何せあそこでは、自分自身と対話するっていう不思議な経験をしたしね。まぁ、かと言って何か重大な情報を得られた、なんてことはないのだけれど。
しかし特殊ダンジョンの中には、もしかすると何かの手掛かりになるようなものが存在する可能性だってあるはず。
ってわけで、そういった『特別な場所』を探し、巡る旅をしようという話を出したところ。
思いがけずイクシスさんより飛び出したのは、私たち鏡花水月は『特級PT』の認定を受けたほうが良いという一言だった。
その意図を測りかねた私が首を傾げると、しかし彼女の言わんとしたことを正しく理解したのだろう、ソフィアさんがふむと声を漏らす。
「なるほど、特級危険域の探索を視野に入れるのであれば、確かにその方が良いかも知れませんね……」
また聞き馴染みのないワードが飛び出してきた。
そして案の定。
「! 私たちが、特級危険域へ……」
「それはまた、腕が鳴るな!」
「ひぇぇ……」
という、私以外は既知のワードらしく。
しかしいい加減、私が一時の恥を覚悟で質問するより前に察してくれたようで、ソフィアさんがぬるっと説明してくれた。
「おさらいしますと『特級危険域』とは、冒険者ギルドが特級未満の冒険者に対して侵入を禁じている、極めて危険な領域のことを指します」
「そ、そんな危険な場所が……」
「っていうかミコトちゃんは、私と一緒に行ったことあるけどな」
「え」
サラッとまたビックリするようなことを言うイクシスさん。
あれか。以前イクシスさんの仕事を手伝った時か……。
まぁあの頃は私、ほぼほぼただの運搬係だったし、イクシスさんがあまりに楽々とモンスターを屠るものだから、どれだけ危険な場所に立ち入ったのかとか、正直よく分かってなかった。
「取り敢えずミコトちゃん、これを見てくれ」
そう言って彼女が差し出してきたのは、一枚の地図だった。
この大陸の地図である。普段は自身のマップスキルの情報ばかり見ている私だけれど、一応普及している一般的な地図というのも目にする機会はたまにある。
とは言え、この大陸全土を描いた縮尺の小さな地図というのは、そう言えば見たことがなかったっけ。
私のマップにしても、行ったことのある場所しか記録してくれないため、大陸全土を網羅しているわけではない。っていうか当然のようにスカスカである。
そのため、ちょっと新鮮な驚きがあった。
「へぇ、大陸ってこんな形してたんだ……あれ、でもなんかやけに情報少なくない? 特に上半分なんて、大雑把に地名が書かれてるだけっぽいし」
疑問に思い、私がその様に問うてみれば、心做しか皆の表情に真剣味が増したように見える。
私の疑問へは、イクシスさんが答えをくれた。それも、思いがけない答えを。
少しばかり苦い顔をした彼女は、しかし勿体ぶるでもなくこう言ったのだ。
「ああ、それはそうさ。我々の暮らすこの大陸のおおよそ半分が、その特級危険域に指定されているのだからな」
「へ……?」
大陸の半分が、特級危険域……つまり、特級冒険者しか立ち入れないヤバい場所ってこと?
それって要は、人間が暮らしてるのってこの大陸の半分にだけってことじゃないか。
前世では、人間が星の上を我が物顔で徘徊し、人の手が及んでない場所なんて深海くらいのものだ、なんて言われてたくらい、手垢をつけまくっていたものだけれど。
しかしこの世界には、私が想像していたよりも余程沢山『未踏の地』って呼ばれるような場所が存在しているってことだ。
それがなんだか、現実味の薄い途方も無い事実に思えて、思わず間抜けな声が出てしまった。
「え……それ、ホントに?」
「ああ。もっと言うなら、海なんて更に大変だぞ。モンスターが強いばかりか、何より戦い難いからな。そのせいで海を渡るという試みは、長らく苦戦を強いられている有様だ」
「…………」
師匠たち、普通に無人島で資材漁りとかしてるけど……いや、うん。それはきっと例外の部類なんだ。
ともかく、そういう事なら確かに特級PTの資格は得て置いたほうが良いだろう。
何せその立ち入りの制限された、特級危険域とやらにも、私たちの求める『特別な場所』は存在しているかも知れないのだから。
って言うか、大陸の半分がその領域だっていうのなら、可能性は大いにあるだろう。
それに考えてみれば、この前の骸って、もろにその特級危険域内で眠っていたことになるのでは? 何せ大陸地図で見た感じ、人里とはまるで縁の無さそうな場所だし。
だとすると『特別な場所』に限らず、骸が他にも眠ってる可能性だってあるんじゃないだろうか。
しかし、そこでふと疑問に思った。
「その危険域、ギルドが立ち入りを禁じてるって話だったけど、勝手に入るとペナルティとかあるの? っていうかどうやってそれをギルドは監視してるのさ?」
そう。大陸のおおよそ半分が立入禁止だとか言われても、ならば冒険者ギルドはどうやってその境界を監視しているっていうのだろうか。
もし危険域への侵入を正確に把握できないのだとすると、罰則の判断基準もまた曖昧になり、如何にも問題が生じそうなものだけれど。
すると、返答を寄越してくれたのはオルカだった。
「ペナルティは特に無い。ただし、ギルドは一切の責任を持たないって感じ」
「そもそもギルドは、受付を介さない冒険者の活動には基本的に介入しませんからね。良くも悪くも自己責任です。ですから特級危険域への制限は、謂わば警告のような意味合いが殆どですね」
ソフィアさんの補足説明もあり、私は納得してふんふんと頷いてみせた。
ということは、イクシスさんに付き合って立ち入った私への罰則なんかは、特に生じるものではないってことか。ちょっと安心である。
しかし、そうなるとまた別の疑問が湧いてくる。
「あれ、それだと……私たちが特級PTになる必要ってあるのかな? 勝手に探索したら良くない?」
だってそうだろう。罰則の類が無いというのなら、冒険者らしく自己責任で活動すればいいだけの話だ。
むしろ『特級PT』だなんて肩書を背負うことで、余計な注目を集める可能性すらあるわけだし。
それを思えばいっそのこと、特級になんてならず、こそっと探索したほうが理に適っているように思えるのだが。
そんなふうに私が首を傾げていると、返答してくれたのはイクシスさんだった。
「確かにミコトちゃんの言うことも道理ではある」
と前置きした上で、彼女はこう述べたのだ。
「だが、特級の肩書は伊達ではない。ギルドからの手厚い支援が受けられる上、その逆にキミたちの発言権というのも確立されるものと思っていいだろう」
「発言権……? 別に、そんなのは求めてないけど」
「そうだなぁ、こう言い換えたほうが分かりやすいか。『信用』と」
「!」
何となく、彼女の言わんとしていることに察しがついた。
現在の私たちは、各々のランクの平均をとって、おおよそ『AランクPT相当』という扱いを受ける立場にある。
しかしAランクでは、まだ常識の範囲内なのだ。
確かな根拠がなければ、どんな素敵な情報を発信してみたところで、到底信じるに値しない。誰も取り合わない。
それはつまり、私たちがへんてこスキルの存在を隠しながら活動し、見聞きした情報、得た品、成した偉業さえ、不正を疑われてしまうということ。
だからこそ私たちは、こんなにも窮屈な活動を強いられているわけなのだけれど。
まぁそれは、情報を秘匿したいがために選択したムーブでもあるため、不満を言うだけ的外れではあるわけだが。
しかしこれが、ギルドや国に認められた限られた存在、『特級』の肩書を持つとなれば話は別だろう。
私たちがこれまでのように『活動手段』の部分を隠したまま、ギルドに何かしらの情報を提供した場合、肩書のおかげでそこには一定の信憑性が伴うわけだ。どうせ嘘だろうと軽んじられることがない。
どうやってそれを調べた? っていう、私たちが語りたくない企業秘密な部分を、特級という肩書が肩代わりしてくれるわけだ。
これを利用すれば、なるほどこれまでよりずっとギルドとの連携は取りやすくなるし、私たちも動きやすくはなるかも知れない。
例えばギルドで物を売るにしたって、変な目を向けられる心配も減るだろう。それこそ特級危険域とやらで得たアイテムなんかは、おいそれとギルドで買い取ってもらうわけにも行かない。進入禁止って場所に出入りしてることがバレるわけだしね。かと言って市場に流すのは、商人との直接的な取引が必要になる。それだけでちょっとした手間だし、変なトラブルの種にもなりかねない。それを鑑みれば、やはりギルドの買取サービスを利用するのが手軽で安全なんだよね。
あとは、受注した依頼を素早く片付けたところで、不正も随分疑われにくくなるのも利点か。
ギルドでのお仕事がスムーズに出来るようになれば、今回のように変な工作を行う必要とか、活動資金に悩まされるような事も、随分緩和されるんじゃないだろうか。
それにきっと、未開拓地である危険域の情報なら、ギルド側も欲しているに違いないだろうしね。
「なるほど……確かに利はありそうだね」
私は顎に手を当て更に逡巡し、言葉を続けた。
「だけどさ、やっぱりそこには私たちの能力が露見するリスクがあるし、何より特級になったからって何でもかんでもギルド側が情報を鵜呑みにするとは思えない。『信頼』を得るためには、結局私たちの手札を幾らか明かす必要が出てくるんじゃないの?」
だとするならそれは結局の所、厄介ごとの種になり得るわけだ。
それだったらはじめから、ギルドを当てにしないほうが動きやすいのではないだろうか。
私がその様に問い掛けてみれば。
しかしイクシスさんは、思いがけずニヤリと口の端を僅かにつり上げ、ぽむと一つ手を叩いたのである。
そして、これまた驚くべきことを言い出したのである。
「そこでなんだが、私に良い考えがある。実は友人がギルドのグランドマスターをしていてだな」
「…………」
流石勇者。魔王を討伐した大英雄。そのコネクションもやはりスケールが違った。
「彼女に言えば、まぁ悪いようにはならないだろう」
とかなんとか、自信ありげに言ってみせたのである。
もしイクシスさんが勇者でなかったら、こんなに胡散臭い話もないね。
しかし当然ながら、心眼で見る限りイクシスさんに何か偽りや裏の思惑があるようには見えないし、仲間たちの表情を確認してみても、難しい表情こそすれ、警戒している様子はなかった。
「まぁとは言え、最低限グラマスにはある程度力を見せる必要があるだろうし、それが厄介事を招かないとは、私も絶対の保証が出来るわけでもない。ミコトちゃんの言うように、無理に特級にならずとも探索は出来るのだから、この話は拒んでもらっても構わないぞ」
そう言って、結局の判断は私たちへと委ねるイクシスさん。
さて、どうしようかと。
早速私たちはイクシス邸図書室にて、この話に乗るか否かを話し合うのだった。
ゼノワは退屈だったのか、いつの間にやら夢の中だ。
そして結局この話し合いは、延々と夜まで続いたのである。




