第四四七話 キースポット
翌日。
朝のルーティーンを終え、イクシス邸にて朝食を頂いた後、私はおもちゃ屋さんに戻っていた。
というのも、昨日受けたモンスターの討伐依頼は通常、その達成に少なくとも三日ほどは掛かる内容となっている。主に移動やターゲットの発見にそれだけ時間が掛かるためだ。
しかも、場合によってはもっと日数を要することも珍しい話ではない。
ならばギルドへの達成報告も、相応に時間を置いて行うのがベターというものだろう。さもなくば、何やら不正を探られたり、最悪転移系スキルの存在に勘付かれる可能性があるのだから。
しかし件の依頼は、それを受注したその日の午前中の内に達成条件を済ませてあり、結果完全に時間が浮いてしまった。
なので現在は、私はこうしておもちゃ屋さんにてオーパーツの解析作業に時間を費やしており、皆は皆で各自鍛錬などを行っている。
せっかく鏡花水月での活動を再開したって言うのに、またもや別行動だ。
正直、もっとみんなと一緒に居たいんですけど……。
私は一人大きなため息をこぼすと、手元のそれへと視線を落とした。
一見なんてことはない、古びた銀色の杯。
さりとて一度そこに魔力を流すと、流した魔力が異様な動きを見せ。
けれどかと言って、それが何か意味を成すようには見えない。ただ変化し、霧散するのみである。
奇っ怪なのは、そうした変化が一体どういった仕組みで引き起こされているのか。それがさっぱり理解できないという点にある。
コマンドが書き込まれているわけでもなし、かと言って何かしらの力を秘めていることは間違いなく。
はっきり言ってしまうと、これを解読するための鍵が手元には無いのだ。
喩えるなら、厳重な電子ロックを前にアナログなピッキングツールしか持ち合わせていないような状態、とでも言うべきか。
或いは一切の凹凸もない垂直な壁を、素手だけで登ってみせろと言われたような……要するに、無理なのである。
完全なヒント不足。多分幾ら時間を費やしてみたところで、このオーパーツ一個からでは何も新情報を得ることは出来ないのだろう。
RPGで言えば、アイテムの大事なものリストに、まだ使いどころの訪れないキーアイテムが加わったような状態だ。早々に見切りをつけ、探索に戻る必要があるのだろう。
ところが、探索と言っても何をどうしたらいいのか。これまた見当がつかないというのが困りもので。
何せどこから発見されたかすら不明なアイテムである。探索と言っても、何処をどう調べれば良いのかさっぱり分からないのが現状なのだ。
昨日の夕飯時、皆へ一応その旨を報告、相談してみはしたのだけれど、やはりと言うべきか有力なアイデア等は得られず、今日もダメ元でこうして机に向かっているのである。
ゼノワは退屈なのか、そこら辺に漂ってお昼寝中だ。
机の端では、モチャコがせっせと自分の作業をしている。私の方には目もくれない。構ってもらえないというのはちょっと寂しいけれど、彼女はオーパーツのことなんて何にも分からないとあっさり匙を投げているのだ。
妖精師匠の知恵を借りても進展がないとなれば、いよいよ手詰まり感が凄まじい。
結局お昼まで粘ってみても、やはりと言うべきか何ら進展の一つも得ることが出来なかった。
私は脱力し、師匠たちに一声かけてからイクシス邸へ昼食を摂りに転移したのだった。
ゼノワは眠そうにしながらも、当然のように私の頭にへばりついてきた。
★
時刻は正午を四半刻ほど過ぎ、魔道具によるゆったりとしたBGMの流れるイクシス邸の食堂にて、昼食の席についている私。
同じテーブルには鏡花水月の他、イクシスさんも同席している。
なお、このBGMに関しては先日エルドナにて私たちが買ってきたお土産となっている。
静かな食堂で一人ぼっち、べそをかきながら夕飯を食べていたイクシスさんを思えば、需要があるかなと思い選んだ品である。早速こうして利用してもらえている辺り、どうやら喜んでもらえたようだ。
楽曲に関しては、勿論異世界ミュージックとなっており、正直どんな楽器を用いて奏でられたものなのかはよく分からない。
オルゴールのような、譜面をその場で演奏するタイプの魔道具ではなく、収録した音声を読み込んで再生するタイプの品らしく、音質はレコードを彷彿とさせる趣深さがあった。
まぁ私、音楽については全然詳しくないんだけどね。ゲーム楽曲とか、アニソンなんかを嗜む程度だ。
そんな心地のいい音の流れる中、食事をしつつ交わされる話の内容はと言うと。
「もうやーめた! オーパーツの解析はぶっちゃけ時間の無駄なので、私は旅に出ます」
という、はっちゃけたものであった。
それというのも、昨日の『オーパーツについてなーんも分からん!』っていう私の吐いた弱音について、心配した皆が進捗を訊ねてきたことに起因するわけで。
しかし当然、突然『旅に出ます』だなんて言えば、皆も目を丸くせざるを得ない。
「旅って、どこか行きたい場所があるの?」
とオルカが問えば、皆の視線が私へと集まる。
行きたい場所、か。私は逡巡し、返答を口にした。
「具体的にどこに行きたい、って考えがあるわけじゃないよ。だけど思ったんだ。やっぱり『探索』が不足してるんじゃないかって」
私は、オーパーツとにらめっこしながら考えたことを皆に語って聞かせた。
この先、他にもオーパーツを手に入れる機会があったとして、しかしその何れもがもし銀色の杯のように、さっぱり解析の尾すら掴めないような品だった場合、手詰まりを起こすのではないかと。
ならば今求められるのは、机に向かって頭を抱えることではなく、もっと別のアプローチなんじゃないかと。
ではそのアプローチとは、どの様なものが適しているだろうと考えてみた時、ふと思いついたのである。
「『アイテム』じゃなく、『場所』が鍵になってる可能性って考えられないかな?」
この言に、皆が確かな興味を示したのが分かった。
ソフィアさんがふむと顎に手を当て、確認するように問うてくる。
「なるほど……つまり、『オーパーツと関わりのある場所』がどこかに存在している可能性がある、ということでしょうか?」
対し、私は一瞬言葉に詰まった。可能性を問われれば、否とは言えない。可能性は何時だって無限大だもの。
しかし『有力な可能性』の存在を示唆する何かがあるのかと言えば、残念ながらそれには持ち合わせがないのだ。
謂うなれば、そういう場所があるかも知れない、だなんていうのは私の突拍子もない妄想にも等しい。
そんな妄想の出どころというのも、『これがRPGだったら、特定の場所でキーアイテムを使うって展開がベターだよねー』だなんていう、駄目なタイプのゲーム脳が由来であるため、あまり胸を張って主張できるようなものでもないのだ。
なので、ソフィアさんの言葉に私は目を泳がせつつも。
「まぁ、うん。有力とは言えないけど、そういう可能性は確かにあるって思うよ」
という、実に頼りない返答を返したのである。
しかし皆にとっては、それで十分だったようで。
「良いんじゃないか? どうせギルドへの達成報告まで暇だしな。そういうロマンのある冒険はむしろ私の好むところでもある。喜んで手伝うぞ!」
「勿論、私も」
「ココロもお供しますよー!」
「興味深いアプローチだと思います。そうと決まれば、どこを探索するか早速話し合いましょう」
と、全員が乗り気を示してくれたのだった。
こういうところを見ると、やっぱり彼女たちも冒険者なんだなぁと、私は思わず口元を綻ばせたのである。
すると。
「何でそんな面白そうな話を、私抜きで進めようとするかなぁ!」
と、ある意味冒険者代表のようなイクシスさんが騒ぎ始めたではないか。
もちろん除け者にするつもりなんて微塵もない。むしろ意見を求める気満々である。
「それならイクシスさん、そういう『特別な場所』について何か心当たりとか無いかな?」
早速その様に質問してみれば、彼女は記憶を探るように少し考え込み。
「勿論あるぞ!」
と、力強く頷いたのだった。
★
昼食を終えた私たちは、イクシスさんに連れられイクシス邸のとある部屋へやって来ていた。
そこは、ずらりと並んだ本棚と、その中に収められた数多の蔵書が目を引く、所謂図書室であった。
こんな部屋があったのかと、私は驚きに目を丸くしたけれど、他のメンバーはいつの間にやら利用したことがあるようで。
彼女らの話によると、ここには使用人さんたちも利用できる娯楽本の他、冒険に役立つ資料の類も多く揃えられているらしく、中にはイクシスさんが旅の過程で見たものを細かく記録した、勇者ファン垂涎必至の貴重な資料も保管されているとか。
とどのつまり、私が求める情報を得るのに、最も適した場所であると言えた。
「ここの資料でなら、ミコトちゃんの求める『特別な場所』についても何か手がかりが得られるかも知れないだろう?」
そう言って自信ありげに微笑んでみせるイクシスさんにお礼を言うと、私たちは早速手分けをしながら、怪しげな場所について情報を集めていったのである。
また、イクシスさんがかつて訪れたことのある場所に関しては、直接口頭でそのエピソードを聞くことも出来た。
そのようにして二時間も調べれば、まぁ出るわ出るわ。
前世でも謎多き場所というのは世界各所に点在していたけれど、ファンタジーなこの世界に存在するそういったスポットというのは、まぁ数が多い。
そもそもで言えば、数多存在するダンジョン一つ一つが、言ってしまえば『特別な場所』であると捉えることが出来るのだ。
それ以外にも、謎の遺跡なんてのも世界各地に存在しているらしく、未だ詳細の分からぬものだって幾らでも存在していた。
まぁ考古学の分野が、前世のそれ程発展していないというのも理由の一つやも知れないけれど。
さりとて、科学の代わりにスキルが存在するこの世界である。鑑定スキルの一種には、考古学に役立つ凄いものもあるそうで、しかしそれを駆使しても情報が判然としない謎の遺跡なんかは結構あるらしいのだ。
正に、『特別な場所』と呼ぶに相応しい、是非足を運んで調べてみたいスポットである。
そうしてあれこれと資料を漁ってみた結果。
私は天井を仰ぎ、ポツリと言葉を零した。
「私、この世界のことまだ全然知らなかったんだなぁ……」
この世界にやってきて、もう何ヶ月かすれば一年だ。長いようであっという間だった気もする。
それなりに沢山のダンジョンにも潜ったし、多くのモンスターとも戦った。空を高速で飛ぶ術も得たし、いろんな景色も見てきた。
様々な人にも出会ったし、妖精や精霊なんかとも縁を紡いだ。きっとこの世界基準でも、人並み以上に濃い経験をしてきたと思う。
それでも、まだ知らないことはたくさんあるんだ。
行ったことのない場所も、出会ったことのない人やモンスターも、食べたことのないものや、聞いたことのない音楽だって。
骸と戦って、いつかの想いを拾い集める。そんなふうに行動指針を定めた私ではあるけれど、しかし。
こうして知らない場所に思いを馳せてみると、もしかしたら私は知らず識らずの内に、小さくまとまっていたのではないかって気がしてくる。
当たり前のことだけれど、世界は広いんだなぁ。
当たり前過ぎて、実感が沸かないほどに。
「私、もっと色んな場所に行ってみたいな。そこそこ自衛力もついてきたし、移動手段も持ってるし、口実も得たことだし」
私のつぶやきに、皆もわいわいと「それならここなんてどう?」「ココロのおすすめはここです!」「私は強敵と戦える場所がいいぞ!」「スキルを授けてくれるという霊験あらたかなスポットがありまして」とか何とか、一緒になって思いを馳せてくれたのだけれど。
そんな中、ふとイクシスさんが思いがけないことを言い始めたのである。
「ふむ……そういうことなら、鏡花水月は『特級PT』の認定を受けたほうが良いかも知れないな」
そう述べた彼女の手元には、不完全な大陸地図らしきものが広げられていた。




