第四四六話 ピクニック
エルドナより帰還を果たしてから、はや二日。
私たち鏡花水月は現在、とある火山を訪れていた。
足元には大小様々な岩が所狭しと転がっており、歩きにくいったら無い。
歩きにくいので、重力魔法を駆使し、さながら天狗が如き歩法を行使している真っ最中である。
折角なので、鼻の長い仮面を装備して、プチコスプレ気分だ。頭の上のゼノワも楽しそうで何より。
仲間たちもすっかり重力軽減状態に慣れており、各々が楽しそうに飛んだり跳ねたりしている。
が、勿論こんな場所までわざわざ遊びに来たわけではない。
モンスターを討伐するためにやって来たのだ。
そう、久々の真っ当なお仕事である。冒険者が冒険者業をしているという、何ということはない当たり前のこと。
だと言うのに、何故こんなにもフワフワした気持ちになるのやら。
浮ついてるんだ。なまじ修行期間を経たせいで、良からぬ余裕が出てしまったに違いない。
以前はもっと、どんな依頼にも緊張感を持って当たっていたって言うのに、サラステラさんに毎日殺されかけたせいで、感覚がだいぶバカになっているのかも。
私は自らを戒めつつ、ふと傍らに目をやった。すると。
「あ、二時の方向にモンスターを視認。処理する。終わった」
これである。今回やったのはオルカだけど、モンスターが目についた途端誰かが瞬殺するっていうのが当たり前になっており、まったく危機感が働かない。おまけにドロップもPTストレージで吸い込んじゃうし。拾いに行く手間すら掛からないという、至れり尽くせりな仕様である。
いや、まぁ分かるよ。この辺りはC・Bランク相当のモンスターが多いからね、今の私たちの相手じゃないってことくらい分かるんだけど。
だとしても、もうちょっと気を引き締めて臨みたいじゃない。
これじゃぁまるでハイキング……いや、むしろピクニックとすら言える。依頼を受けてやって来た冒険者にあるまじき緩さである。
「ねぇみんな。私もうちょっと冒険者らしくピリッとした感じで行きたいんだけど」
堪らずその様に皆へ声を掛けると。
「む。まぁ気持ちは分かるぞ。だが、何というかなぁ……張り合いがないのだ」
「油断するつもりはないから、安心してミコト」
「ですです。ミコト様の御身は、このココロが必ずや死守してみせますから!」
「ココロさんがそこまでするほどの強敵は、この辺りには存在しませんよ。というか、実力に依頼が見合っていないんですよ」
との声が返ってきた。
今回の依頼はAランク相当のモンスター『エビルリザード』を一体討伐し、ドロップを討伐証明として提示する、というもの。
エビルリザードは、黒くてデカいトカゲらしい。毒の息を吐くとか。動きもすばしっこく、爪や唾液にも強い毒が含まれるため、かなり厄介な相手らしい。
が、私たちにとってはそうでもない。
状態異常への対策くらい、上級冒険者ともなれば基本中の基本だ。
加えて射程外からの攻撃方法も豊富に取り揃えているし、マップやオルカの索敵能力があれば不意を突かれるようなこともない。
であればこそ、この緩さなのである。
ソフィアさんの言うとおり、とどのつまり実力と依頼の難度が噛み合っていないのだ。
とは言え、ギルドでは泣く子も黙るAランク依頼。
Aランクの中でも簡単な方だとは言え、これをクリアできるPTがどれくらい居るかと問われれば、冒険者の中でもほんの一握りってことになってしまうのだろう。
そんな依頼をこんなピクニック感覚でこなしに行こうというのだから、私たちってばだいぶ常識から外れてきてる気がする。
へんてこスキルの恩恵は確かに計り知れないけれど、何より努力の成果である。あと、身も蓋もないようなことを言うなら、才能か。
ココロちゃんは鬼の先祖返りで、クラウは勇者と最強の盾の娘。ソフィアさんはハイエルフの中でも『魔導術』にすごい才能を持ってると言われてたし、オルカは最近判明したけど『金獅子』とやらの娘らしい。
そんな豪華メンバーがせっせと努力を重ねたら、それは当然強くなるよ……。
彼女らに比べたら、私なんてただ変なスキルを持ってるだけのゲーマーだもの。我ながらよく肩を並べていられるなって、自らの頑張りを褒めてやりたいくらいだ。
でもまぁそれはそれとして。
斯く言う私のそのへんてこスキルが、明るみに出ると厄介極まりないってことで、面倒なこの現状に甘んじているわけなのだけれどね。
もし現段階で高難易度の依頼をポンポコこなすようでは、おかしな注目を集めかねないのだ。それは当然よろしくない。
実力相応に活躍して良いのは、もっとちまちまゆっくりと実績を重ねて、目立った功績を上げても不自然さが出ないくらい、私たちがベテラン感を醸し出すようになってからだ。
なので今のところは、たとえ依頼が簡単に感じようと、丁寧にこなしていく他無いのである。
そう、分かってはいるのだけれど。
「こんなんじゃ、大事な『冒険者としての経験』が蓄えられないよ……経験値が美味しくない。もっと頭使いたい」
こんな事を言うと、ゲーム脳であるとして軽んじているように聞こえるかも知れないけれど、まったくそんなことはなくて。
難しい状況を経験し、失敗や成功を繰り返していくってことは、どんな分野に於いてもとても重要なことだろう。それを一言で『経験値』って言葉にしているだけなんだ。決して軽んじてはいない。
まして冒険者としての経験値ともなれば、それは場合によっては自らの、あるいは仲間や他人の命をも左右する重大な要素となり得るわけで。
それを仲間たちはよく分かってくれているので、私の発言を軽く流したりはしない。
だが。
「そうは言ってもミコトさん、今更冒険者ギルドで受ける普通の依頼に、碌な『経験値』を求めてみたところで、不味いのは当たり前でしょう」
「だな。我々は厄災戦規模の修羅場を潜っているのだ。今更そこらの依頼で困らされることの方が少ないだろう」
「勿論油断は禁物ですけどね。でもミコト様のお力があれば、どんな事態にも大抵対応できてしまうのです!」
「誤解を恐れずに言うなら、ミコト抜きで活動した方が張り合いがある」
「うぐっ」
オルカの言に、心をゴリっと抉られた私。分かってる、悪気はないことくらい分かってるけどさ。
そうさ。私のへんてこスキルさえ無ければ、彼女らは真っ当に冒険することが出来るんだ。
マップに物を言わせた索敵も無く、ワープによる移動時間の短縮も無く、秘密道具によるサポートも、どんな状況にだって大体対応できる無数の手札も無い。
限られた選択肢の中で、最善を探りながら危険と対峙する、正しい意味での冒険が出来るんだ。
私だって縛りを設ければ、それと似たようなことは出来るけれど、だとしてもやっぱり『いざとなったら解禁すればいい』という甘えが、真の意味での危機感を遠ざけてしまう。
つまり、私と別行動することこそが、彼女たちにとっての良き経験値たり得るってわけだ。
その事実が、ただただ悲しい。
そしてへんてこスキルに取り憑かれた私は、どう足掻いたって真の冒険からは遠い位置にあり続けるわけで。
はぁ……私の経験値……。
「やっぱり母上に仕事を寄越してもらうのが、経験値的には美味しいのだろうな」
「いや、私たちもいち冒険者として、そんな反則じみたことばっかりしてちゃダメだと思うんだ……」
「普通に普通な依頼をこなして、ギルドで報酬を得る。確かに最近めっきり遠ざかってたことですね」
「そのせいで、気づけば活動資金が随分心許なくなってましたし。ままならないものです」
「でも初心にかえるのは、悪いことじゃない」
エルドナでそこそこ買い物もし、昨日PTの活動資金を見直してみたところ、随分と目減りしていることに気づいた私たちは愕然としたのだ。
それはまぁ、ストレージ内に溜め込んでいるドロップアイテムの類なんかを換金すれば、お金に困るってこともないのだけれど。
さりとて、突然そんな大量の在庫をどこかに売りつけるような真似は、良からぬ注目を浴びる原因になりかねない。なので出来れば避けたいところ。
と言うかそれより何より、「そう言えば私たち、最近ちゃんと冒険者ギルドで依頼受けてないよね」と思い至ったのが、現在こうして山にやってきている理由である。
最近は厄災戦だの骸戦だのというイベントに忙しく、通常の冒険者活動が蔑ろになっていたのだ。
そして、活動を不自然に休止するというのも、これまた怪しさを醸し出しちゃうわけで。
だって冒険者が依頼を受けないってことは、報酬を得られないってことだもの。
ならその休止期間中、彼女らはどこで何をしてたの? って気になっちゃう人が出てくるかも知れないじゃないか。フロージアさんクラスの冒険者オタクとかさ。
だからそういう方面への怪しくないよアピールも兼ねて、こうして普通の依頼を普通にこなしているわけなのだけれど。
尤も。
「お、ターゲット発見だ。処理する。終わったぞ」
これである。
依頼受注から現在に至るまで、ほんの半日も掛かっていない。ギルドへの達成報告もあんまり早いと怪しまれるだろうし。
それを思えば、また数日はへんてこスキルを隠す工作のために、わざわざ暇な時間を過ごさなくちゃならない。
ここまで来ると、いっそ冒険者って職が手に合っていないような気さえしてくる始末。
「なんか、何だかなぁ……って感じ」
「見てくださいミコト様、とってもいい景色ですよ!」
「取り敢えず山頂まで登ってお昼にするか?」
「それ完全にピクニック」
「空が青いですねぇ」
これで良いのか鏡花水月……。
スローライフと言えば聞こえは良いけれど、もっとストイックに生きたい私としては、どうしようもない物足りなさを感じてしまう。
チーターの汚名を被らないためにも、私はもっともっと経験値を得なくちゃならないっていうのに。むむぅ。
やっぱり、どうにかしてもっと堂々と難しい依頼に挑むことって出来ないのかな?
次の骸戦に備えて、実力だってもっと磨いておきたいし。何か考える必要がありそうだ。
ともあれ、依頼の目標は無事達成出来たということで、私たちはそのままひょいひょいとジャンプしながら山頂まで上り、眼下の絶景を眺めながら昼食を摂って、他愛ない話に花を咲かせ、暫しのんびりした後イクシス邸へワープにて戻ったのだった。
★
「またミコトが難しい顔してる」
オルカにそう指摘されたのは、夕飯の席でのことだった。
相変わらず仮面をしているのによく分かるものだ。
因みに最近、食事の際には口元の開いたタイプの仮面をつけるようにしている。以前と違って所持している仮面の種類もだいぶ増えたからね、中には目元だけを隠す仮面とか、逆に口元を隠すマスク型の仮面なんかもあるんだ。
おかげで、食事の度に顔を隠すのに苦労することも少なくなった。
まぁそれはそれとして。
「何だミコト、まだ依頼が簡単すぎると悩んでいるのか?」
「いやいや、そこまでは言ってないから。慢心ダメ絶対! ……って違くて、今考えてるのは別のことだよ」
「スキルのことですね?」
「うん、違うね」
ソフィアさんのいつものやつを適当に受け流すと、些か心配げな表情をする皆に向けて、私は勿体つけるでもなくそれを吐露したのである。
「実は、オーパーツの解析が、ちっともまったくさっぱり進んでなくて……」
言って、私は頭を抱えて天井を仰いだ。
なかなかどうして、悩みの種というのは尽きないものである。
そしてこればっかりは、皆に相談してみたところでどうにかなるような話でもなく。
それが分かっていればこそ、皆は困ったような同情したような、曖昧な表情を一様に作るのだった。




