第四四四話 冒険者ヲタク
私たちが知る限りの、オルカの冒険譚を語って聞かせること二時間あまり。
時刻はいつの間にやら午前一〇時をとうに過ぎ、私たちは随分と打ち解けてわいわいガールズトークに花を咲かせていた。
まぁ、一般的なガールズのそれと比べると、些かじゃじゃ馬がすぎる内容ではあるのだけれど、フロージアさんにとってはそれこそが琴線をゴリゴリに刺激するようなので、何ら問題は無し。
しかし楽しく話をしながらも、話しちゃまずい内容というのには皆細かく注意しており、時折念話にて『これって話題に出しても大丈夫かな?』という相談を適宜行ったりもしながら、オルカの活躍ばかりかダンジョンで見たもの、得たものなどの話を延々と語ったのである。
その結果。
「ぬぅぉおおおおお!! 羨ましすぎますわ!! どうしてわたくしには、ゼアロゴス家に生まれておいて武の才能が毛ほども芽生えませんでしたの!! こんなのってないですわぁあああ!!」
「ああ発作が! お嬢様の発作が始まってしまいました!」
金髪縦ロールを振り乱し、悶え転がるフロージアさん。
その脇でアワアワするネルジュさん。
「フロージア様は、冒険への憧れが強すぎるあまり、ワクワクする物に触れすぎると自らの非力を嘆いて発狂してしまうのです!」
「きえぇぇええええ!! わたくしだって冒険したいですわぁぁああああ!! あああああああ!!」
おぉ、泣いておられる。正に慟哭と呼ぶに相応しい嘆きっぷりだ。防音結界張っておいて正解だったね。
そんな、手のつけられないバーサーカーと化してしまったフロージアさんを。しかし何を思ったのか、がっと抱きしめるオルカ。
はじめは彼女の腕の中でジタバタしていたフロージアさんだったけれど、しかし。少しするとそれもパタリと収まった。かと思えば。
「ぐす……ひっく。酷いですわ……わたくしだって……わたくしだって……」
と、次はべそをかき始めたではないか。もしかして誰かお酒とか飲ませた?
そんなフロージアさんの頭を、慈しむように優しく撫でるオルカ。
「大丈夫。きっと姉さまもいつか冒険できる日が来る。いい仲間にだって巡り会える。だから泣かないで」
「……オルカ……」
これ、精神年齢逆転してませんかね……どっちが姉なんだかとツッコミの一つも入れたくなるところだけれど、ネルジュさんの前でそんな暴露めいたことを言えるはずもなく。
私たちが一様に黙って二人の様子を眺めていると、不意にネルジュさんが口を開いたのである。
「すごい……一度騒ぎ始めると最低でも半日は手がつけられないフロージア様が、こんなにあっさりおとなしく……」
余程驚いたのか、思ったことが口から漏れている。っていうか最低半日って、さっきの調子で半日?! すごい体力である。あと喉が強いんだなぁ。
なんて、私がぼんやり的はずれな感想を懐いていると。ネルジュさんは続けざまに、爆弾を放り込んできたのである。
「ところで、ずっと気になっていたのですが……オルカ様とフロージア様のご関係とは一体どの様なものなのでしょうか……?? 何故オルカ様はフロージア様を『姉さま』などとお呼びになるのか……?」
ああ、それ気になっちゃいますか。まぁ気になっちゃいますよね。
私たちは一瞬目配せし合い、小さく頷きを交わした。
そうさ。こんな事もあろうかと事前に話し合いは済ませておいたのだ。
誤魔化し下手の私たちに代わり、鏡花水月で唯一真顔で嘘を言えるソフィアさんが説明を始めた。フロージアさんよりも先にである。
「我々も先日、それが気になってオルカさんに訊ねたのです。そこで分かったのですが、どうやらオルカさんは幼い頃フロージアさんによく遊んでもらっていたそうです」
「? それはどういう……?」
「恐らくフロージアさんは幼少の頃、こっそりとお屋敷を抜け出して居られたのではないですか? 現にオルカさんはそこでフロージアさんとよく遊び、姉のように慕った仲だと教えてくれました」
「ああ……フロージア様の抜け出し癖はそんな頃から……」
納得したのだろう。遠い目をして得心のいったような顔をするネルジュさん。
他方でオルカとフロージアさんも、アイコンタクトで話を合わせるよう示し合わせが成ったらしい。
「こ、このことはここだけの秘密ですわ! わたくしの神がかった抜け出しテクは、未だに誰にもバレていないはずですもの!」
「いえ、結構バレてますよ」
「え」
ネルジュさんの残酷な宣告に、表情がカチリと固まるフロージアさん。
どうやら、未だにこっそり屋敷を抜け出してはやんちゃしているらしい。で、皆には結構バレちゃっていると。当人はそうとも気づかず今まで過ごしてきたのか。
やっぱりお嬢様っていうのも大変なんだね……。
まぁともかく。この話により、オルカがフロージアさんを『姉さま』と呼ぶ偽の理由をでっち上げ、ネルジュさんに信じ込ませることが出来た。
余談にはなるが、一応『オルカの顔が、妹であるリコリスに似ている』って嘘設定も用意してある。フロージアさんがオルカのことを、度々「リコリス」と呼び間違える理由としてでっち上げた設定だ。似てるも何も実は本人なんだけど、流石のネルジュさんもそうとは思うまい。
これなら、冒険者オルカの存在が変に怪しまれることはないだろう。
とは言え油断は禁物だけれどね。もしオルカの存在がリコリス本人だと分かったなら、今更になって公爵家の関係者が、彼女の命を狙いに来る可能性も生じてしまう。
なので必要以上の情報は、嘘でも本当でも関係なく、そもそも出さないに限るのだ。
そうしてフロージアさんがようやっと落ち着きを取り戻したなら、話は転じて別の話題へ。
即ち、彼女らがこの部屋を訪ねてきた本題とも言うべきものへと移ったのである。
それというのは、つまるところ。
「さて、それでですわね。今回助けていただいたお礼を、是非何か差し上げたいのですけれど」
という、本来であればワクワクタイムである報酬のお話。さりとて私たちにとっては、文字通り望外の僥倖というか、有難迷惑と言うか……。
できれば何も受け取らずに済ませたいというのが、偽らざる本音であった。
そんな私たち鏡花水月の心持ちを、フロージアさんに対して最も強い発言権を持つオルカが代弁してくれる。
「姉さま、お礼は要らない。姉さまが無事だったならそれだけで十分」
「オルカ……ですがそういうわけには行きませんわ! 命を救ってもらっておいて、そんな」
「姉さま、よく考えてみて」
食い下がろうとするフロージアさんを遮り、オルカが言う。
「もし姉さまが私たちに贔屓するようなことがあれば、私たちの冒険者活動に支障が出る可能性がある」
「!」
オルカの言に、ネルジュさんがふむと顎に手を当てた。
彼女が察したのは、特級を有するとは言え未だ知名度の低い鏡花水月が、唐突に公爵家との繋がりを匂わせ始めたのでは、周囲からのやっかみが生じる可能性がある、とかそんな感じだろうか。
しかしフロージアさんは、裏の意味にも察しがついたはずだ。
公爵家の令嬢である自身が鏡花水月と繋がりを持てば、僅かなれどそこを伝って良からぬ連中が嗅ぎ回る可能性がある。結果、万が一オルカの正体が知られようものなら、忽ちスキャンダルが明るみに出てしまうわけだ。
それは公爵家にとっても鏡花水月にとっても、損しかない話であり。
そう思い至ればこそ、途端にしょんぼりし始めるフロージアさん。
「……ですが、わたくしどうにかして感謝の気持をお渡ししたいんですの……何か、何かありませんの? わたくしでお力になれることは!?」
一般的な貴族がどうかは知らないけれど、やはりフロージアさんはいい人だと思った。
だってそうだ。冷静な判断は既に出来ており、彼女は私たちと必要以上に関わりを持つことが、互いのためにならないと理解している。何ならここにやって来たことすら、リスクのある行為だったと分かってもいるのだろう。
であればこそ、本来なら『已むを得ない』と割り切って、ここでおとなしく引き下がるところだろうに。
それでも尚、彼女はお礼がしたいと、そう食い下がるのだ。
単なる我儘だと言われたなら、確かにそうなのかも知れない。
だとしても、彼女は『已むを得ない』の一言では片付けられないくらいの気持ちを持ってくれている。
無理を通してでも何とかお礼をしたいと、そう思うことの出来る人なのだ。
貴族としては褒められたことではないのだろうけれど、少なくとも私はいい人だなって思った。
そしてそれは皆も同様なようで。困った顔をしながらも、今後に影響のない範囲でフロージアさんに『して欲しいこと』を思案し始めたのだ。
すると不意に、「あっ」と声を発したのはネルジュさんだった。皆の注意が集まれば、彼女は逡巡しながら思いがけないことを言い出すのである。
「でしたら、昇級の推薦などをなさっては如何でしょうか?」
「推薦、ですの?」
「ええ。実は私、鏡花水月というPTに甚く興味が湧きまして、先日から色々と情報を集めていたのですよ。そこで、ミコトさんがBランク冒険者であるということを知りまして」
その言葉に、バッと彼女の視線が私の方を向く。
先日の自己紹介時、結局有耶無耶になっていた私のランクに関して、今はじめて耳にしたフロージアさん。それ故の関心だろう。
「ミコトさん、Bランクでしたのね……素晴らしいですわ! あら、でもBランクでミコトさん……そう言えばどこかでチラッと耳にした覚えがありますわ……そう、確か……異例の早さで昇級を果たした仮面の冒険者、でしたわね!!」
「私のことまで知ってるんですか……?!」
素直にびっくりである。
ネットなんて存在しないこの世界で、一体何処を経由すれば私みたいなルーキーの情報まで仕入れられるっていうのか。恐るべき情報通っぷりだ。
しかしそうは言っても、私は別に目立った実績を残してはいないはず。PTとしてはまぁ、結構ダンジョンに潜ったりもしたけど、それは周りが実力者ばかりだから私の手柄と考える人は居ないだろうし。
なので流石のフロージアさんも、それ以上の情報は持ち合わせていないはずだ。
現に、彼女の口からそれ以上の知識が飛び出すことはなかった。
が、だからといってそれで止まる彼女ではなく。
「わたくし、ミコトさんについて知りたいですわ!! お話を聞かせてくださいまし!!」
パーソナルスペースなどゴリゴリに無視し、ガッと私の両手を力強く握ると、目をキラッキラに輝かせながら迫ってくるのだった。
歩くブラックボックスことこの私に、なんておねだりをするんだこの姉さまは!
結局、ネルジュさんの言う『昇級』がどうとかって話に戻るまで、今暫くの暇を要したのだった。
失礼します。カノエカノトです。
今話に関しまして、一部表現に整合性の乱れをご指摘いただきまして。
その修正を施しました。
とんでもねぇうっかりでしたね。いやぁ、焦った焦った。
恐らく問題なく直せてると思います。違和感があったら申し訳ない。




