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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第四四三話 先手を取ると強いネルジュ

 さながら台風一過。ネルジュさんが去った後、妙な気疲れを感じた私たちは、誰が何を言うでもなくさっさと旅支度に取り掛かった。

 旅支度というかまぁ、この街を離れるための準備である。

 幸い私もみんなも荷物の類は基本的にPTストレージにしまっており、出しっぱなしにするようなことというのは殆どない。

 そのため出発の準備は、部屋を軽く片付ける程度の少ない手間で済むわけだ。

 それが済んだならロビーへ降り、フロントカウンターにてチェックアウトの手続きを行おうというのだけれど。


 そこで、思いがけない事態が生じてしまった。

 受付のお姉さんが言うのだ。

「先程鏡花水月様のお連れ様と仰る方が、向こう一週間分の滞在費を支払っていかれましたよ?」

 タイミング的に見て、十中八九ネルジュさんだろう。

 さては私たちが宿を去らぬようにと、この様な策を! いや、もしかすると単純にお礼のつもりなのかも知れないけども。

 なんて冗談めかして考えはしたものの、しかしよくよく思慮してみると、あながち冗談とも言い切れないことに気づく。

 ポンコツの疑いが掛かったネルジュさんだけれど、基本的には真面目で出来る人なのだ。なら、彼女の言った『お礼はまた後日改めて』って宣言を果たすべくベストを尽くしているのだとしたら、この勝手な滞在延長手続きには裏がある可能性が考えられる。

 まして変に疑り深いのも彼女の特徴だしね。私たちが逃げることを既に予想していることも、実際有り得る話だった。


 もしも本当に、鏡花水月を宿にとどめておくための作戦を展開しているのだとしたら、他にも何か手を打っていないとも限らない。

 なんだか嫌な予感がしたため、チェックアウトは一度保留とし、鍵をカウンターに預けると急ぎ外に出た私たち。

 ネルジュさんが私たちの出立を見越して何か仕掛けるとしたら、街を出る際必ず通る場所である可能性が高い。即ち、街門だ。

 だがまさかそこまではするまい、いくらなんでも考え過ぎだと、皆で談笑しながら足を運んでみると。


 案の定だった。

「鏡花水月の皆様ですね。門に何か御用でしょうか? もしや街を出るだなんて言いませんよね? ね?」

 門の付近で突然、ネルジュさんの部下と思しきガタイの良い男の人に声を掛けられ、やけに迫力のある笑顔で迫られてしまった。「ね?」じゃないんですけど!

 ここで強引に押し通るような真似をすれば、ますますネルジュさん、延いては公爵家の関係者に目をつけられかねない。

 それにもっと単純な話、姉さまとこのままサヨナラではオルカも寂しかろう。出来ればもう一度フロージアさんに会わせてあげたいというのが、私も仲間たちも、皆が同じく懐く心持ちであった。

 故に。


「仕方ないね。もう少し滞在するとしようか」

「ですね」

「だな。押し通っても良いことはないだろう」

「ギルドで依頼を受けるのもありですしね」


 ネルジュさんの根回しに免じ、もう数日はこの街に滞在することが決まった。

 するとオルカが、どこか申し訳無さそうにモジモジし。

「ごめんみんな、気を遣わせちゃって」

 と、気まずそうに謝罪を述べてくる。

 だが、オルカに謝ってほしいだなんて誰も一ミリも思っていないため、皆それを気にする素振りの一つも見せず流したのだった。

「オルカこそ気にしないで。それよりさ、これからどうやって過ごす? 私は鍛錬したいんだけど」

「ミコト、すっかり鍛錬バカに……」

「流石ミコト様です! その勤勉さ、ココロも見習わなくてはなりませんね!」

「そもそもこの街へは、息抜きのためにやって来たのですよ。鍛錬なんかしてどうするんですか」

「まぁ私も、体や腕が鈍るのは嫌だしな。ソフィアの言うことも分かるが、取り敢えずギルドにでも行ってみないか?」


 クラウの提案に異論は出ず、結果私たちは先日宿を紹介してもらって以来となる冒険者ギルドへ足を運ぶこととなった。

 今日も今日とて街は賑わっており、通行人たちは相変わらず荒事とは縁遠そうな上品な人が多い。

 対する私たちの格好はどうかと言うと、そう言えば私以外ろくに装備らしい装備を身に着けていない、街用の格好をしていた。

 私にしたって、一見すると冒険者用の装備とは判別しにくい、普段着と言い張れなくもないような装備を選んで身に着けている。

 まぁ、仮面のせいでどの道浮いちゃうんだけどね。仮面を取ったほうが更に浮いちゃうから仕方がない。

 ともかく、冒険者ギルドへ向かうには少々相応しくない格好をしているのは確かだ。

 そんな事に今更思い至った私は、ギルドへ向かう道中にて皆へそれを指摘。

 すると。


「言われてみたら、確かに」

「そうだな。依頼を受けるにせよ、鍛錬をするにせよ、もっと動きやすい服を選ぶべきだったな」

「となると、一度宿に戻ります?」

「いっそこの機会に、服を見に行くというのは如何でしょう? 我々も一応女子ですし、そういう過ごし方も有意義なように思うのですが」


 ソフィアさんが思いがけない提案をしてくる。

 確かに言われてみたら私たち、『服=装備』というイメージが強すぎて、オシャレの一つも気にしない生活をしていた。それを不満に思うこともなかったし。

 って言うか私に至っては、オシャレなんてしてどうすんだって感じですらある。

 目立たないように顔を隠してるのに、着飾ったのでは意味がないと言うか、逆効果と言うか。

 それに生前から、自分が着る物へのこだわりなんて全然なかったしなぁ。正直食指は動かない。

 だがしかし、私以外のメンバーがオシャレをしている姿というのは……うん。見たい。素直に見たい。

 でも鍛錬もしたい。今現在もスキルをコソ練している最中なのだけれど、それはぶっちゃけ何時だってやってることだし、出来ればそれとは別に体を動かす鍛錬を行いたいのだけれど。

 うーん、迷う。どっちを優先するべきか……。


「ミコト、どうする?」

「うーーーーん……みんなの意見は?」

 オルカの問い掛けに、腕組みをして答えを決めあぐねた私は、先に皆の考えを聞くことにした。

 すると水を向けられた皆は。

「ココロはミコト様とご一緒できるのであればどちらでも!」

「私は鍛錬に一票だな。宿に着替えに戻って、その後ギルドへ直行だ」

「私はお買い物に行きたいです。というか、ミコトさんを休ませたい」

「そういうことならソフィアに賛成」


 というわけで、意見が割れた。

 どうやらクラウも私と同じく、自分の格好に頓着しないタイプらしい。ダサTとかも普通に着るタイプだろうか?

 中立のココロちゃんに、鍛錬派のクラウ、そしてショッピング派のソフィアさんとオルカ。

 私の一票にはココロちゃんがセットで付いてくるので、実質二票分の意味がある。さて、どうするかな。

 私が腕組みをして優柔不断を発揮していると、不意にココロちゃんが言った。

「ところでミコト様、ギルドで鍛錬するにせよ依頼を受けて街の外に出るにせよ、変に注目される気がしませんか?」

 言われて、考える。

 この街のギルドは変に小綺麗で、他の街ほど冒険者が屯しているようには見えなかった。

 まぁ前回訪れた時は、ギルドが空きやすい時間だったっていうのもあるけど、それにしてもスタッフにもイマイチやる気が感じられなかったって言うかなんて言うか。

 そんな中で鍛錬場を借りて体を動かしていたら、まぁ確かに目立ちやすいだろう。

 かと言って依頼を受けるにしても、街を出る時にまたネルジュさんの部下の人に絡まれるだろうし。

 確かに何れを選んでも、穏やかでは居られないかも。

 これにはクラウも同じような考えに至ったのか、渋い顔を作った。


「そうだね……分かった。私もショッピングに一票入れるよ。でも鍛錬もしたいから、早めに切り上げてイクシス邸の訓練場を使わせてもらって、運動はそこでしよう。イクシスさんも寂しがってるしね」

 私がその様に提案を述べれば、クラウも納得を示し、異論は誰からも出なかった。

 思い起こされるのは、食堂でべそをかいていたボッチイクシスさんの可哀想な姿。

 どうやらクラウが通話だか念話だかで連絡を取ったみたいなので、状態は緩和されたはずだが。それでも直接顔を見せれば大喜びするに違いない。


 斯くして私たちは目的地を小洒落た服屋さんへと変更し、ショッピングを楽しんだのだった。

 女子の買い物は長いと言うけれど、私たちのそれもご多分に漏れず。

 特に私は、容姿レベルがやたら高い鏡花水月の面々が、普段とは異なる洒落た格好をする様が新鮮で、あれもこれもと色々着せ替えて楽しんだり。

 かと思えば物作りに携わる者として、服(防具)とコマンドの組み合わせについて思いを馳せてみたりと、あれこれ興味深く見たり考えたりしている内に、あれよあれよと結構な時間を使ってしまった。

 ショッピング、恐るべしである。まぁその後予定通りに鍛錬もちゃんとしたんですけどね。



 ★



 そうこうしている内に、一週間が過ぎた。

 流石にショッピングばかりしているはずもなく、むしろ鍛錬に時間を費やすようになった私たちは、そろそろいい加減モンスター相手の実戦がしたいと、飢えを感じるようになってきた。

 これも一種の職業病だろうか。何にせよ、エルドナにてやることはもう何も残されていない。骨董品店巡りも済ませたし、私もソフィアさんの勧めにより【審美眼】を獲得した。そのうえで、新たなオーパーツに巡り合うようなこともなかったしね。


 宿の滞在可能日数も経過したことだし、ネルジュさんからは護衛で忙しいのだろう、音沙汰もない。ので、そろそろ街を出る算段を立てていた私たち。

 そんな折であった。


『ミコト、姉さまが訪ねてきた。早く来て』

 という連絡を朝イチに受け、私は「またこのパターンか」という思いと、「ようやくか」という思いを綯い交ぜにしながら、おもちゃ屋さんより宿に向けて転移したのだった。

 すると先日の焼き直しが如く、私がやって来たのを認めるなり、部屋のドアの向こうへ「入っていいですよ」という言葉が投げられたのである。


 ドアが開き、そこから入ってきた人物はと言えば、しばらくぶりに顔を見る『姉さま』ことオルカの実姉、フロージアさんその人であった。

 それに続いてネルジュさんがしずしずと入室すると、静かにドアをしめる。

 そうしてフロージアさんは、早速オルカの姿を認めるなり嬉しそうに駆け寄り、肩からタックルをかましたのである。

「おっふ」

 と、滅多に聞かない類のオルカの声を聞きつつ、私を含めた皆の視線は彼女の抱えるそれへ注がれていた。

 卵である。オルカがフロージアさんへ贈った、モンスターの卵。

 それを大事そうに両手で抱える彼女は、当然オルカを抱きしめることが叶わず。しかしどうにかして愛情表現をしたかったらしい。

 結果、タックルにてオルカをベッドへ押し倒すという形に。微笑ましい姉妹のじゃれ合い、とでも言うべきなのだろうか。てぇてぇ光景である。


「会いたかったですわリコ……オルカ! これほら見てほらこれ! あなたに貰った卵、大切に温めてますの!! わたくしの大切なベイベーちゃんですわ!!」

「姉さま、ちょっと落ち着いて……」

 オルカに馬乗りになって大はしゃぎするフロージアさん。

 それを見守るネルジュさんの顔には、以前のような険しさはなく、代わりに微笑ましいものを眺めるようなだらしなさが浮かんでいた。

 この人、結構本音が顔に出るタイプなんだな……。


 そうしてしばらく、ハイテンションにはしゃぐフロージアさんの様子を眺めていると、ようやっと落ち着きを取り戻したのか、オルカへ寄り添うようにベッドに並び腰掛け、姿勢を正したのである。

 ぐるりと改めて私たちの顔を見回した彼女は、今度こそ静かに立ち上がると、ゆっくりと口を開いたのである。

「ネルジュに聞きましたわ。この度、わたくしが事なきを得られたのは皆さんのご活躍あってのことだと。深く感謝しますわ」

 そう言って、卵を抱えたままヘコっと頭を下げるフロージアさん。

 あわわ、貴族のお嬢さんに頭を下げさせるとかこれ、大丈夫なんだろうか?!

 私が内心で慌てていると、代わりにクラウが応じてくれた。


「いや何、我々は偶々所持していた丁度いいアイテムをネルジュ殿へ貸し出しただけなのでな。然様に畏まられると逆に恐縮してしまう。なのでどうか気にしないで欲しいのだが」

 そうさ。私たちはあくまで偶然に持っていたアイテムを提供したに過ぎない。それ以外のことは何もしてないのである。

 頭を下げてもらえるというのなら、むしろ「うちのネルジュがすみません」みたいな内容のほうが余程しっくりくると言うか、助かると言うか。

 しかしそんな私たちの思いなど知る由もないフロージアさんはと言うと。

「とんでもありませんわ! わたくしネルジュからバッチリ話は聞き及んでおりますのよ!」

 バッチリと来たもんだ。


 曰く、犯行グループの潜伏場所を見つけられたのは私たちのおかげ。更にそれを無力化したのは私たちであると、断言してしまったらしい。

 確定情報でもないのに、よりによって主であるフロージアさんにその伝え方はどうかなって思うんですけど。

「仰るとおりですお嬢様! 鏡花水月の皆様は、私をも下した彼の爆炎使いグロムを圧倒的な力で無力化したのです! 現に捕縛したグロムはすっかり自信を喪失しており、私と対峙した時の威勢は見る影もありませんでしたもの!」

 あーほらまた、余計なこと言って。フロージアさんの目が再びキラリと光り始めたじゃないか。

「すごいですの! さすが冒険者ですの! そんな皆さんの一員にリコ……オルカが加わっているのだと思うと、何だかとても感慨深いと言いますか、誇らしい気分ですわ!」

「姉さま……」


 うぐ。ネルジュさんの話を肯定するわけにこそ行かないけれど、しかしフロージアさんには良い機会なので、もう少しばかりオルカが如何にすごい冒険者になったのかを語って聞かせたくなってしまった。

 だってそれはそうだ。彼女は未だに、オルカへ向けてド直球の愛情を持っている。そんな彼女になら、話せる範囲でという前提は付くけれど、オルカが如何にすごくて頼りになる冒険者なのかを聞いてほしいじゃないか。


 斯くして私たちはそれから暫く、フロージアさんにオルカの冒険譚をワイワイと語って聞かせたのだった。

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