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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第四四一話 恐怖のアニマルヘッド

 オルカの身の上話を聞き、新たな秘密を共有し合った私たち。

 一頻り皆でオルカをもみくちゃにし終えると、そのタイミングで不意に私は事態の進展を認めたのである。


 動いたのは私たちの足元、即ち屋敷の地下に身を潜める誘拐犯グループだった。

 先程から延々と、どうにかしてフロージア姉さま……じゃない、フロージアさんを守護している結界の障壁を打ち破ろうと奮闘していた彼らは、しかし。

 どうやらとうとう諦めるに至ったらしい。

 それというのも、潜んだ場所が悪かった。

 大技をぶっ放すにはあまりに環境がよろしくないのである。何せ地下だもの。

 しかもここは閑静な住宅地であり、大規模な爆発なんかがあれば、当然の如く周囲に知られる事になるはず。

 加えて貴族の屋敷が立ち並ぶ立地も相まって、一度騒ぎになればあっという間に衛兵さんなんかが駆けつけるに違いない。

 って言うか、地上では着実にネルジュさんによる指示の下、包囲網が築かれつつあるわけだが。


 そうした事情も相まって、彼らは決断を下したのである。

 即ち、フロージアさんのことはここに放置して、痕跡を消してからさっさとずらかってしまおうと。

 そしてそうと決まれば行動は早く。驚きの手際でもって、自分たちがここに潜伏していた証拠をちゃっちゃと片付け始めたのである。殊更、足がつきそうな情報は徹底的に排除している模様。


 私は屋根上から、透視のスキルを駆使してその様子をしかと観察していた。

「あー……こりゃ、包囲網が完成する前に逃げちゃうね」

「姉さまは?」

「諦めたみたい」

「さすがミコト様の障壁ですね!」

「わ、私の盾のほうが凄いしっ!」

「はいはい、みんな分かってますよ」

 張り合おうとするクラウをソフィアさんが宥めつつ、視線で私に続きを促してくる。

 要望に応えるべく、心眼を駆使して彼らの逃走経路の割り出しに掛かると。


「ん。隠し通路を使って逃げる算段を立ててるみたいだね」

「マップスキルの前じゃ、隠しきれてない」

「ならば待ち伏せですか? ココロ、やる気十分ですよ!」

「通路の出口は……少し離れた位置にある小屋か」

「ではその近くで待機していましょう。いやぁ、思いがけず活躍の機会を得られそうでラッキーですね」


 話は決まり、私たちはすっくと立ち上がると、最後に未だ慎重に人員を配置して包囲網をこしらえているネルジュさんを一瞥し、さっさと移動を開始したのだった。

 急いては事を仕損じると言うけれど、必ずしもそうとは限らないらしい。

 彼女には悪いけれど、今回の手柄は私たちが掻っ攫うとしよう。



 ★



 火魔法による明かりが、古びて苔むした石畳をオレンジ色に照らしている。

 反響するのはゾロゾロと連続する、複数の足音だ。

 急いているのだろう。使われぬまま久しい地下通路を、彼らは駆け足で横切っていった。

 足を止めることなく、誰かが忌々しげに怨嗟を吐く。

「くそっ! くそっ! 何だって言うんだあの障壁は!! あれさえ無けりゃ計画は滞りなく遂行出来てたってのに!」

 男のヒステリックは、さりとて足音とともに虚しく響いては、闇の中へと沈んでいった。

 呼応する者はなく。

 しかし代わりに、皆の責めるような視線がある人物に集まった。


 計画を実行するに当たり雇われた、数人の傭兵崩れたち。

 その中でも最も力のある、グロムという男。

 この男の手に掛かれば、障壁の一枚や二枚容易く砕くことが出来る。

 誰もがその様に確信した。それこそ、それは当の本人でさえも。


 ところが蓋を開けてみたら、この惨憺たる有様である。

 グロムをはじめとした、今回雇った戦力の誰もが件の障壁を前に匙を投げたのだ。

 ばかりか、どこから嗅ぎつけたのか屋敷の直ぐ側に、ターゲットの護衛を務めていた女の姿が確認されたとの情報まで入り。

 あまつさえ彼女の指示だろうか、屋敷の周囲にチラホラ武装した人間が集い始めているという報せまで届いた。


 破れぬ障壁に掛かりきりになっていては、一網打尽にされかねない。良くても強行突破だ。

 今計画を主導する男は苦虫を噛み潰したような表情で、撤退命令を下したのである。

 不幸中の幸いと言うべきか、逃走経路として準備してあったこの地下通路には、どうやら気づかれた様子はないらしく。

 加えて今回誘拐に携わった人間の素性についても、知られたのは恐らくグロムと、精々が雇った戦力のみ。

 無事逃げおおせることさえ叶えば、計画を練り直すことも可能だろう。無論、実行することも。

 それに当たり、所詮雇われでしか無いグロムたちの存在は邪魔になってくるものの、彼らをどうするにせよ一先ず撤退を済ませ身を潜めることが今は肝要。

 そのためには、今グロムらにへそを曲げられては問題なのである。


 故に彼らはそれ以上の文句を垂れるでもなく、出口へ向けて息を切らしながら駆けたのだった。

 するとやがて、魔法の光は待ちかねた上り階段を明るみに捉え。

 男たちは安堵のため息を禁じ得ぬまま、徐にゾロゾロとそれを登り始めたのだった。


 石造りの階段を登り、扉を一枚開ける。

 すると目の前にはようやっと、微かなれど魔法のそれとは異なる光源を見つけることが出来た。

 天井より差し込むか弱い光だ。

 男の一人が先行して光の下へと向かい、備え付けてあるはしごを数段登る。

 そうして天井をぐいと押し上げれば、差し込む光は更に確かなものとなった。


 皆が順にはしごを登る。

 そして登った者から気づくのだ。今しがたまで天井だと思っていたそれが、実は床板だったということに。

 つまるところ地下通路の出入り口は、この建物の床下に隠されたものだったのだ。

 屋内を見渡してみれば、そこは何とも埃っぽい、年季のいった小屋だった。ボロ小屋と言ったほうが余程しっくり来る気さえする。

 窓は閉じられているが、どこからか光が入り込んでいる。換気要らずの素敵な物件、とでも言えば少しは評価も上がるだろうか。

 しかし男たちのお気に召す事はなかったようだ。彼らは外した床板を元に戻すと、長居は無用とばかりに早速出口へ向かい歩を進めた。


 念の為この中で斥候能力に長けた男が警戒しつつ、そっと外の様子を窺い、静かに扉を開いた。

 蝶番がギィと耳障りな悲鳴を上げるが、さりとてどうやらそれを疎む必要はないらしい。

 扉を一歩出たそこは、住宅街の外れ。街の外壁にほど近い、所謂街外れに位置する場所だった。

 そして幸いなことに、人の気配はない。

 そもそもこのような場所に、好んでやって来るような物好きがそう居るはずもないのだ。


 男たちは今度こそ安心し、一人また一人と小屋を脱してはため息を漏らした。

 無理もない。安堵とともに、落胆が皆の肩へ伸し掛かったのだから。

 無事離脱は叶ったものの、計画は後退を余儀なくされた。

 再びの誘拐ともなれば、その難度は今回の比ではなくなっているに違いない。

 それを思えば、今回の失敗は悔やむに悔やみきれないだろう。


 ともかくだ。

 何にせよ先ずはこの場を離れ、速やかに身を潜める必要がある。

 男たちは疲労の溜まった足腰に鞭打ち、もうひと頑張りだと再び歩みだそうとした。


 その時であった。

 彼らは一様に、奇妙なものを目撃したのだ。


 動物の被り物をした、体格からして女子供と思しき五人組。

 それがふらりと、どこからともなく現れ。そして男たちの前を遮ったのである。

 生じた異変は、その直後。


「っぃぎあっっぁあああ!?」

 誰かが汚い悲鳴を上げた。

 いや、『誰か』がではない。その場に屯していた男たちの全てが、大小差はあれど激痛に声を漏らしたのだ。

 と同時、彼らは一様にその場に倒れた。立っていることが出来なかったのだ。

 理由は至極単純。

 彼らの足の腱が、すっぱりと切断されてしまったから。


 誰もが、何が起こったのか理解できなかった。

 そしてそれは、この中で最大の戦力であるグロムであっても、残念ながら例外とはなり得なかったのである。

 その他戦力として数えられていた彼らも等しく、情けないことに全員が地に伏せ、表情を険しく歪ませていた。


 男たちの視線の先には、佇む五つの不気味な人影。

 不気味な被り物をした、得体の知れない者たち。

 足をやられては、その場から逃げ出すことすら出来ず。

 出来ることと言えば。

「お、おい! 何のために高い金を出して雇ったと思ってるんだ! 何とかしろ!!」

 そのように、グロムたちへ命令とも懇願とも取れる言葉を叩きつけることだけだった。


 言われるまでもなく、グロムらは応戦しようとした。

 ところが。

 グロムらの四肢に、目にも留まらぬ疾さでもって漆黒の矢が打ち込まれたのだ。

 足の痛みにより一瞬麻痺した意識の間隙を縫うような、見事な射撃。音も殺気も感じさせない、唐突に降って湧いたような新たな痛み。

 方々より苦悶の声が上がるが、それはすぐに別の色を交え始めた。恐怖である。

 打ち込まれた矢が、不気味なことに自ずと形を変え始めたのだ。

 それは勿体ぶるでもなくあっという間に、彼らの肌にまとわりつきながらリング状の形を成したのである。

 リングは彼らの四肢にしかと嵌っており。そして。

 その黒き輪っかは徐々に徐々に、彼らの肌へと細く鋭く食い込んでいったのだ。

 戦う人間であればこそ、皆直ぐにそれが意味するところを悟ることが出来た。

 リングがこのまま食い込んで行けば、やがて皮膚は破れ、肉は裂かれ、骨さえ砕き。最後には四肢を断ち切って、待つのは多量の出血による失血死か、痛みによるショック死か。

 免れるべく抵抗しようにも、果たしてそれを目の前の不気味な脅威が傍観しているとも思えない。

 何れにせよ、この状況を許した時点で負けは確定していた。詰みである。


 戦闘に入る以前の問題。今更非戦闘員という足手まといを抱えてどうにか出来るはずもない。

 敵の戦力は未知数。何をされたのかすら正しく出来ていない現状、仮に立て直しが叶ったとて勝負になるとも思えなかった。叶うとすれば、隙を突いての逃亡くらいのものだろうか。無論、他の者らも一緒にだなどと、そんな高尚な考えなどは持ち合わせず。

 自分だけが助かる方法。それだけをグロムは必死に考えていた。

 そんな後ろ向きな考えは、これまでに数多潜ってきた修羅場が培わせた、経験から来る予感ゆえか。はたまた単なる弱気から来るものか。

 何れにせよグロムらは敗北を認め、抵抗の意思を引っ込めたのだ。得物を手放すことでそれを示してみせる。無論、黙って殺されるつもりも無いけれど。

 すると必然、戦う力を持たぬ男たちからは罵声が浴びせられた。

 が、命あっての物種だ。この場において、彼らの言葉一つにどれ程の価値があるというのか。

 少なくともそれは、グロムらを動かすほどの値には足らなかったらしい。


 すると、完全に抗う力をなくした男たちへ向けて、被り物をした不気味な人物らが歩み寄ってくるではないか。

 力を持たない男たちは堪らず悲鳴を上げ、恐慌状態に陥り、中には泣き叫び失禁する者まで出たほどだ。

 雄鶏頭と牛の頭をした者ら二人が、淀みない足取りで迫ってくる。

 そして一人、また一人と男たちの首を絞め上げ、意識を確実に刈り取っていったのである。

 傍目には、意識を失った彼らが生きているのかどうかすら定かではなく。

 その恐怖たるや、強烈な悪夢のようにすら思えた。


 その手は無論、容赦なくグロムらにも伸び。

 殺されてなるものかと、タイミングを見計らって至近距離にて撃ち放った爆炎は、しかし。

 雄鶏頭のそいつに、僅かな焦げ目一つつけることすら叶わず。

 そのあまりな現実に、「ははっ……?」と小さな笑い声を漏らしたグロム。

 直撃すれば、巨木すら容易くへし折り燃やし尽くすような一撃である。それを受けて、無傷。怯みもしない。彼にとってそれは、まるで質の悪い冗談のようだった。

 そうして呆気なく、他の者と同様に首を強かに絞め上げられ。

 白目をむいて泡を吹き、意識を失った彼の有様を見た瞬間、いよいよ誰もが一切の希望を捨て、確信したのである。


 ああ、ここで死ぬのか、と。


 斯くして一人残らず、彼らの意識は深い闇の中へ放り込まれたのだった。

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