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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第四四〇話 オルカの生い立ち

 現・Bランク冒険者、オルカ。

 しかして彼女が親より与えられた名は、これではなかった。

 彼女の最初の名は、『リコリス』と言った。

 フルネームは『リコリス・ライト・ゼアロゴス』。ゼアロゴス公爵家に、四番目の娘として生を受けた公爵令嬢である。


 ゼアロゴス公爵家と言えば、代々武勇に秀でた人材を多く輩出している、押しも押されぬ名家であった。国の要職、特に軍関連の重要なポストには、彼の家系に縁ある人物が多数名を連ねている程である。

 過去には彼の『英雄ライト』を世に送り出し、公爵位という地位も相まってその名は国中に広まるほど。

 そんな華々しいゼアロゴス公爵家にあって、オルカこと四女リコリスはと言えば。


 生まれ出たその瞬間より、疎まれたのである。


 親、兄、姉、祖父母や一部の使用人に至るまで、彼女の存在を知る者はほんの一部を除いて皆一様に、彼女を疎ましく思った。

 理由は何か?

 至極単純である。髪の色が肉親の誰とも異なったのだ。

 ゼアロゴス家の家系は代々金髪に金の瞳。当主には『金獅子』の称号が受け継がれるほどに、そこには確かな遺伝と強いこだわりが存在していた。

 まさに、ゼアロゴス家の象徴とも言える金色の髪。

 ところがリコリスは、それを持ち合わせていなかったのだ。


 彼女の髪は、漆黒。混じりけのない黒であった。

 結果、当然のようにリコリスは忌み子のような扱いを受けることになった。


 生まれついて体が弱いのだと周囲には嘘が振りまかれ、幽閉にも近い形で彼女は部屋に閉じ込められた。

 世話をする使用人もたった一人、同情を示すでもなくただ淡々と、最低限の手間を掛けるのみ。

 それ故にリコリスは、親に親愛の情を抱くでもなく、かと言って孤独を嘆くでもなく。

 ただ閉鎖されたその環境が当たり前であると。その様に認識したまま、当然教育という教育も施されず五歳まで生かされた。


 一際お転婆で、公爵家内でも屈指の問題児とされた幼女が、探検がてらにリコリスを見つけたのは、そんなある日のことだった。


 使用人が制止するのも聞かず、彼女はババーンと部屋の扉を開け放ち、そして痩せこけた妹の姿を、それとは知らぬままに発見したのである。

 当時のリコリスは、それはそれは酷い状態だった。

 髪や肌は荒れ、目に生気はなく、あまつさえ言葉すらも最低限しか知らぬ有様。

 当然それが、自らのひとつ下の妹だなどと思いもしない彼女、フロージア。

 自身と殆ど年も変わらぬ少女の、そのあんまりな姿に一種の恐れを懐いた彼女は、目をまんまるにさせると。

 その日はぴゃっと踵を返し、どこへだか逃げ去ってしまったのである。


 ところが。

 どういうわけか、フロージアは次の日も、その次の日も、また次の日も、懲りるでも飽きるでもなくリコリスの様子を見にやって来たのだ。

 それは純粋で無邪気な好奇心故か、はたまた同情からか。

 理由のほどは、当人にしても分からない。ただ、気になって仕方がなかった。


 使用人と毎日ケンカし、出し抜き、幾ら叱られようとへこたれず、子供特有の純真な質問攻撃により大人を黙らせ。

 そうしてフロージアは来る日も来る日もリコリスの元を訪れたのである。


 いつの間にかリコリスが、自らの妹であると突き止めた彼女は、自身を『お姉様』と呼ばせようとした。

 が、結局定着したのは『姉さま』という、少しばかり不器用な呼び方だった。

 それでも、リコリスが『姉さま』と呼ぶ度、フロージアは大層喜んで彼女を猫可愛がりしたのである。

 リコリスにしても、フロージアだけが唯一、家族だと。肉親であると思える相手だった。


 フロージアはリコリスに、様々なものを齎した。

 ご飯やおやつをこっそりとっておき、毎日可愛い妹へ届けた。

 大好きな冒険譚を、面白おかしく語って聞かせた。

 一緒に本を楽しむために、読み書きだって教えた。

 リコリスを忌み子足らしめたその黒髪を、「かっこいいですわ! 素敵ですわ!」と無邪気に褒めた。


 何より、リコリスはフロージアに『人間性』を与えられたと言っても差し支えないだろう。

 ささやかなれど、リコリスもフロージアも、そこに確かな幸せのようなものを感じ、大切に育んでいたのである。



 そんな日々は、ある日唐突に終りを迎えた。



 リコリスが一〇歳を過ぎた、ある日のこと。

 彼女の髪が黒い理由。それが判明したのである。


 リコリスやフロージアの母は、婿を迎えて家を継いだ、所謂女当主であった。

 スキルやステータスに男女差はない。故に男尊女卑の考えが薄いこの世界にあって、女当主というものもまた際立って珍しいわけではないが。

 さりとて公爵家当主ともなると、ただの血統にてそれがまかり通るはずもなく。

 とどのつまり、現ゼアロゴス家当主は当代きっての女傑であった。

 その武勇たるや、彼の勇者PTに名を連ねても何ら不思議ではないと、誰もが確信を懐いてやまないほどである。


 しかしそんな彼女故に、旅先にて一夜の過ちを犯したことがあった。

 そう。リコリスは突然変異にて黒髪に生まれたわけではなく。父親の遺伝子を受け継いだ結果、その黒髪を引き継いでしまったのである。


 当然、スキャンダルだ。

 大人たちは目の色を変え、とある決断を下した。

 この事実を秘匿することを決めたのだ。

 リコリスを亡き者とし、ゼアロゴス家の汚点を消し去ってしまおうと。

 けれどさりとて、結果的にそれは阻止された。

 それは血も涙もないと知られる彼女の母、金獅子ブランカが見せた最初で最後の温情だったのか。

 はたまた、姉フロージアが必死に手を回した結果だったか。


 何れにせよ、リコリスは暗殺を辛うじて免れることが出来た。

 けれどその代わりに、命以外のすべてを失ったのである。


 表向きにはゼアロゴス家四女、リコリスは病により帰らぬ人となったものとして処理され、あまつさえささやかな葬儀まで執り行われた。

 リコリスは、その名前すらも失ったのである。

 唯一彼女の手に残ったのは、姉フロージアから貰った幾ばくかの資金と、新たな名前だけ。


『オルカ』というその名は、他でもない。

 姉フロージアが付けたものだった。


 齢一〇の少女が一人、モンスター蔓延るこの世界に放り出され、まともに生きていけるはずもなく。

 さりとて彼女が生きながらえたのは、偏にフロージアによる陰ながらの援助があればこそだった。

 しかしそれでも、苦労は絶えなかった。

 外に出ることすら許されず育った少女には、当然同世代の子ほどの力もなく。知識も乏しく。

 それでも必死に生きた。足りないものを一つ一つ補いながら、我武者羅に日々を過ごしたのである。


 そうして気づけば、彼女は一端の冒険者となっていた。

 姉からの支援も自ら断り、待望の自立を果たしたのである。

 痩せこけた顔もいつの間にか改善され、血色も随分と良くなった。

 が、しかし。それにより、思いがけず新たな問題が生じてしまった。

 満足な栄養を得るに至った彼女の容姿は、自然と人目を引くほどに端麗であったのだ。

 そのせいで嫌な思いをする場面も、危ない目に遭うようなこともちらほらあり、それらをどうにかこうにか回避する過程で彼女は一つの処世術を得たのである。


 仮面だ。

 未だ自衛力が十分でなかったみぎり、彼女は仮面をしてその顔を隠したのだ。

 斯くして、仮面の冒険者オルカは数年に渡り下積みを行い、冒険者としての実力を得ていった。

 皮肉なことに、親より受け継いだその並々ならぬ才覚は、彼女を強かな戦士へと導いたようだ。


 そうしてやがて、十分に自衛できるだけの力を得たオルカは、いつしか素顔を晒し活動を行うようになり。

 ある日、へんてこな少女に出会ったのである。



 ★



「「「「うおぉぉ~~~ん」」」」


 廃屋と見紛わんばかりの屋敷の屋根上。

 防音の魔法を掛けているからと、私を含めた四人はオルカの話にダバダバ涙を流していた。

「ミコト、苦しい……」

「うるさいオルカうるさい、今は黙って抱きしめられてなさい!」


 オルカの身の上話を聞き、感極まった私たちは嗚咽を漏らしながら、飛びかかるようにオルカを抱きしめ、シッチャカメッチャカにしている。

 透明化の魔法のせいでお互いの姿もろくに見えていないので、ぶっちゃけ何がなんだかという感じではあるが、そんな事はどうでも良いのだ。

 オルカに! オルカに人肌の温もりを教えてやらねば!!

 そんな使命感に駆られ、私たちはわんわん泣きながら暫し、一つの塊になって過ごしたのである。


 マジ許さんから! オルカママ、マジ許さん!! 絶対いつかぶん殴ってやる!!


 鏡花水月の目的に、『打倒金獅子』の文字をゴリゴリに彫りつけながら、私たちは寄ってたかってオルカに頬ずりをする。

 涙や鼻水で大変なことになった。みんな被り物してるから、その内側は大惨事である。


 ともかく。

 斯くして私たちは、ようやっとオルカの過去を知るに至ったのだった。

 なるほど、死んだはずの公爵家四女か。

 もしその存在が明るみになれば、ゼアロゴス家をよく思わない人たちにとってさぞ都合のいいウィークポイントとなるのだろう。

 オルカの言った通り、情報を耳に入れてしまった、と言うだけで確かに危険なのかも知れない。


 だけれど。その程度の危険なら、幾らだって跳ね飛ばしてやる。

 私たちにはその覚悟と、力がある。あとウチらのバックには勇者イクシスが付いてるんで!!

 素直に、話を聞けて良かったと思う。

 そして話を聞いたからこそ。


「ずび……分かったよ、オルカ。フロージア姉さまを必ず無事に救い出そう!」

「でずでず! フロージア姉さまを害する悪党は、根こそぎ滅ぼします!」

「尤も、既にフロージア姉さまの安全は保証されているわけだがな!」

「フロージア姉さまにちょっかいを掛けた連中に、さてどの様にお灸をすえてあげましょうかね……!」

「え、あ、うん……でも無茶はダメ」


 オルカに釘を刺されつつも、さりとて私たちの動物ヘッドの瞳には、ギラリと熱い炎が宿るのだった。

 フロージア姉さまの敵は、我らの敵!

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