第四四話 泊まり込みの準備
今日の目標は宝箱を一つ開けること。
ということで、それを無事に果たした私達はマップを確認しつつ、来た道をスラスラと引き返してダンジョンを脱出した。
道中出遭ったモンスターは相当数おり、結果として過去最大級の戦果を叩き出したと言えるだろう。
ストレージのスタック機能大活躍である。
入り口に引っ掛けたままにしておいた縄梯子をよじ登ると、お日様にはすっかり赤みがさしており、体感時間との齟齬を実感させられてしまう。
刻々と傾く西日に追い立てられるように、私達はこころなし早足で街への帰路を辿るのだった。
ギルドに戻る頃には日も沈んでしまい、いつもより幾らか遅い時間の帰還となった。
早速買取カウンターで今日の成果を引き取ってもらうと、期待通り懐は潤い、私はニッコリ。オルカもココロちゃんも満足げであった。
それからソフィアさんに顔を見せるべく、受付カウンターへ立ち寄る。
「おかえりなさい。どうでしたか、初めてのダンジョンは?」
「ただいまです。やっぱり地上での狩りとは勝手が違うことも多くて、結構戸惑いましたね」
「でも、ミコトはよくやってた」
「はい。単独でも問題なくモンスターを仕留めておいででしたし、細かなサポートには眼を見張るものがあります」
「なるほど。やはりミコトさんは状況判断に優れているようですね」
くっ、またそうやっておだててくる。ニヤけて調子に乗っちゃいそうになるからやめて欲しいんですけど! べ、別に嬉しくないわけじゃないけどねっ!
「それで、踏破はできそうですか?」
「そうですね。戦力的には問題ないと思うんですけど、いかんせん時間がかかりますからね」
「ダンジョン泊は必須」
「踏破を目指すなら、しっかり準備しないとですね」
ダンジョンには、往々にして複数の階層があるものだ。中には例外もあるそうだけれど、基本的に幾つものフロアで構成されている。
今回挑んでいるダンジョンもまた、恐らくは更に地下へ下る階段なり坂道なりが存在するはずだ。
一体どれだけの階層で構成されているかまでは定かじゃないけれど、踏破を目指すのならダンジョン内で夜を明かすことになるだろう。というか、ダンジョン内では夜も昼もないか。疲れたら休んで、睡眠を取る。という認識のほうがしっくり来る。
そのためにも、快適に休むための備えだったり、食料だったりの蓄えは準備しておかなくてはならない。
「そうだね、それじゃぁ明日は準備に充てるとして、明後日ガッツリ潜ってみますか。もしも可能なら、思い切ってボスまで討伐してしまおう。勿論安全第一で」
「うん。私もそれでいい」
「ココロもです」
「では私も」
「あの、ついて来そうなノリで応じるのやめません?」
「ついていく気なので」
「却下で」
曰く、私が泊りがけでダンジョンに潜るなんてことをすれば、また何かしらスキルに変化が見られる可能性が高いから、どうしても見届けたいらしい。
勿論そんな理屈は認められないし、駄々をこねるソフィアさんを見かねた同僚の受付嬢さんが、彼女を羽交い締めにして奥へ連れて行ってしまった。
私達はため息をつき、誰からともなくその場を後にしたのである。
すると不意に、何処かの冒険者が話している声が耳に入ってきた。
「おい、あいつまだ戻ってきてねぇのか? 現場を確認してくるだけの簡単な依頼じゃなかったのか?」
「心配ならお前見に行ってこいよ」
「バ、バッカ! 別にそんなんじゃねーし! し、心配なんてしてねーし!」
ふむ、男のツンデレか。残念ながら私の琴線には触れないかなぁ。
特に気に留めるでもなく、私達はギルドを出たのだった。
★
翌日。
予定通り今日はダンジョンに泊まり込むための準備を行う。
水に食料に、あと寝具の予備があってもいい。しっかり休まないと疲れは抜けないからね。
ただ、しっかり休みすぎているところを襲われては、笑い話にもならない。ココロちゃんの結界が頼りだな。
なにはともあれ、私達は揃って朝から出かけ、必要になりそうなものを片っ端から買い集めて、次々にストレージへ放り込んでいった。
アイテムストレージの容量はスタックが出来るため、種類換算で六四種類分。
デタラメに突っ込んでいたのではあっという間に枠が埋まってしまう。
とは言え余らせていても仕方がないので、そこは皆で話し合いながら、持っていくべき物を吟味していった。
主なところは水と食料だ。特に水は大事。大きな水瓶を幾つも買って、全てにたっぷり水を詰めてから収納しておいた。
ただの水だけだとストレージには入らないのに、瓶に入れると入るという不思議。
恐らく水は、アイテムではなくオブジェクトなんだろう。小石なんかもそうだ。
だから小石をストレージに入れたいなら、水同様壺なり鞄なりに詰めてからストレージに入れる必要がある。流石にそこまでして石を持っていこうとは思わないが、投擲用の品としては一考の価値もあるか。
ちなみに、複数のアイテムをひとまとめにして、箱か何かにしまったものをストレージに収納しても、結局バラけてしまい、個々のアイテムとして収納されるという実験結果がある。狡い真似は出来ないらしい。
なんて考え事をしながらも、買い物は着実に捗る。女子の買い物とは思えないサクサクぶりだ。
と、肉屋で保存食の干し肉を物色しながら、ふと私の口が不満を漏らす。
「それにしても、保存食はやっぱり味気ないものばかりだね……」
「こればっかりは、仕方ない」
「そうですね。ココロも出来れば、お二人には美味しいものを食していただきたいのですが、力及ばず……」
「はぁ……これはあれだね。アイテムストレージの進化に期待するしか無いね。ストレージ内の時間が停止する機能、なんていうのは物語の設定で結構よくある話だから」
私の異世界冒険譚あるあるに、オルカもココロちゃんもへぇと感心してみせる。
考えてみると、『時間が止まる』だなんて発想自体が珍しいのかも知れない。時計も希少品だしね。
一応日時計くらいはよく知られているのだけれど、大々的なものがあるわけでもなく、三時間ごとに大きな鐘がなる、ということもない。
他の街にはあるのかも知れないし、この街にも本当はあるのかも知れない。何かの理由で止まってる、とかいう可能性だってあるしね。
何にせよ、現状最も手軽に時間を判別する方法は、太陽の傾きを確認したり、自分の影の長さを観察したりする程度の、随分大味な手段ばかり。
「ねぇオルカ。何処かに時計って売ってないかな? ダンジョンに潜るのなら、あったほうが便利じゃない?」
「ミコト。時計は繊細な品だから、冒険者には不向き。持ってると寧ろ侮られる」
「ああ、なるほど」
言われてみると確かに納得だ。普通の冒険者が精密な時計なんて持っていれば、戦闘の拍子に容易く壊れてしまうだろう。そんな繊細な品を大切に持ち歩いているようなやつは、やる気のないやつだって思われるのかも知れない。肩書だけのナンチャッテ冒険者、とか。
「はぁ、それならそっちも、ステータスウィンドウに時間表示とか実装されるのを待つほか無いか」
「もしそれが可能になったなら、ダンジョンの中でも規則正しい生活が送れますね、ミコト様」
「あはは、生活ってほど長く滞在したい場所じゃないけどね」
ともあれ、ボスを倒すつもりならそうも言っていられないんだよなぁ。
ダンジョンの中に何日も籠もるとなると、食事もそうだけど衛生面もしんどいことになりそうで、正直今から気が重い。
「ねぇココロちゃん。聖魔法に身を清めるような魔法って無いかな? お風呂に入れないなら、せめて……って思ったんだけど」
「あ、はい。ありますよ」
「よし。私聖魔法覚える。明日までに必ず!」
決断は即座に。そして固く。
干し肉をたっぷり買い込んで、人目を避けつつストレージにしまい、次の店を目指す。その道すがら、私は早速ココロちゃんに聖魔法のコツなんかをレクチャーしてもらいつつ、いつものようにあれこれ試し始めた。
結局やることと言えば、以前魔法を覚えた時と大差ない。
MPの使い方、というのはちょっと分かってきたので、その応用で聖魔法っぽいことをやればいいのだ。
何かしらの神聖な奇蹟らしきことを引き起こせたなら、それがきっと聖魔法のスキルとして登録されるはずだ。
あとは応用だな。
火魔法に続き、実は既に幾つかの属性魔法を習得している私。地水火風は基本だよね。それに光。闇はあまりイメージが掴めず、苦戦しているところだ。失敗して影魔法なら覚えたけど。
それで言うと、聖魔法というのも何をイメージすればいいのかいまいちよく分からない。ということでココロちゃんにアドバイスを貰ったわけだが。
大事なのは、とにかくマジックアーツではなく、大元の属性魔法スキルの方を取得することで、当該属性のマジックアーツ開発が、物凄く楽になるという事実だ。
多分何らかのサポートとか補正とかが働いて、MPによる不思議な現象を起こしやすくなるんだと思う。
なので、聖魔法さえ手に入れれば勝ったも同然だと思っている。
「ミコト様は既に水魔法もお持ちですから、汚れた水の浄水なんかがイメージしやすいんじゃないですか?」
「と言うか、ミコトはスイスイ魔法を覚えすぎる。もうちょっと追いかける私の身にもなって欲しい」
「そんな事言うけど、オルカだって結構覚えたでしょ?」
「むぅ……ミコトには全然及ばない」
ぷぅとむくれるオルカだが、やたら器用で飲み込みの早い彼女は、私が魔法を習得した方法をそのまま模倣することで、比較的スムーズに魔法を習得している。やはり目の前に魔法を習得した実例があると、疑念無く取り組めるため習得が楽なのだろうか。
ただオルカの場合、属性魔法を覚えたあとのマジックアーツ開発はイマイチ芳しくないらしく、それを鑑みるに、どうやら万能マスタリー先生のサポートがあってこそ、私は比較的自由にマジックアーツを形にできているらしい。
「オルカ様。ミコト様が常識からかけ離れているだけで、十分にオルカ様も人間離れした速度で魔法を会得しておいでですよ」
「そっか。相手が悪すぎる……」
「別に競争してるわけじゃないでしょ! 私はたまたま向いてただけかも知れないんだし、気にしない気にしない」
オルカを宥めつつ、ココロちゃんに言われた汚水浄化をやろうと思うも、汚水なんて歩きながら見つけられるものでもない。まして浄化だなんて。
仕方がないので、自分の靴の裏でも浄化しようと試みることに。これなら歩きながらでもやれるしね。
あ。歩きながらと言えば、例によって換装訓練もストレージ訓練も並行して行っている。
おかげでステータスのDEXが恐ろしい勢いで上がっている。現在17だ。最初は4しか無かったので、このトレーニングは副次的に凄まじい効果をもたらしていると言えるだろう。
同時に複数のことをこなすというのは、それだけ器用さが求められることなんだろうな。
生前、同時に幾つものゲームを同時プレイしていた私には造作も無いことだがね。
「ミコト。一応オレ姉のところで武器の調整もしてもらおう」
「そうだね。ダンジョンに潜ってる最中トラブルがあっても拙いしね」
ということで、オレ姉のところに立ち寄って、武器の点検や歪みの調整なんかもしてもらった。
他にも必要そうなものを買ったり、なんやかんやしている内にあれよあれよと日は遠くへ沈んでいき、結局私は公衆浴場にて浄化を成功させて、聖魔法の獲得に成功するのだった。
信仰心なんて持ち合わせのない私が、本当に覚えてよかった魔法なのかな? なんていうのは、覚えた後に気づいたことだった。気にしたら負けだ。そんなことより衛生管理のほうが私には重要だからね。
その後猛特訓の結果、就寝前には宣言通り、身を清めるためのマジックアーツ【ピュリフィケーション】を覚えた。
執念の勝利である。
★
一夜明け、支度を調えた私達は宿を出て、そのままダンジョンへ向かった。
一応冒険者ギルドに顔を出そうかとも思ったのだけれど、先日ソフィアさんに話はしてあるし、万が一本気でついてこられても護衛の手間が増えるだけなので、それなら絡まれる余地もなく直接ダンジョンへ向かってしまえという話。
そもそもあの人は、私に対して執着し過ぎだと思うんだ。自覚はないんだけど、そんなに私のスキルって変なんだろうか? よくわからん。
ともかく、そういうわけで私達はさっさと街門をくぐり、ダンジョンへ足を向けたのだった。
予定は長くても一週間。往復を考えると、もう少しかかるだろうか。正直不安もあるし、憂鬱を感じることもあるけれど、ワクワクもしている。
果たして今回のダンジョンアタックにて、ボスまで到達できるかどうか。乞うご期待、といったところである。