第四三八話 鼻のきく球
この世界の人なら、誰でも当たり前のように持っている魔力。
これには人それぞれ、異なるカタチがあると以前より唱えている私だけれど。
そんな魔力は、実のところ残滓として残留することがある。
顕著なのは魔法をぶっ放した後の空間だ。その場合、魔法を発動する際魔力のカタチが変化を遂げてしまっているため、誰の放った魔法の残滓か特定するというのは、困難を極めるだろう。そもそもあまり長く残るものでもないしね。
しかし、装備アイテムは違う。
装備アイテムには、装備していた人の残滓が結構長く留まるものだ。
匂いに喩えるのが一番自然でイメージに近いだろう。
直に身につけるものには結構残っているものなのだ。無論、時間とともに失われては行くけれど。
今回私が作ってきた秘密道具は、正にその残滓を利用して動く発明品となっている。
取り出してみせたる、鉄球が如き金属の球体。
何ですかそれはと問われた私は、早速ネルジュさんへ向けて説明を開始したのである。
「これは、以前骨董品店のワゴンセールで見つけた、アーティファクトの一つです。掘り出し物ってヤツデスネ」
「! アーティファクト……ああ、もしかして貴女方が骨董品店を訪れていたのは」
「です。こういう掘り出し物を求めてのコトデス……って、まぁそれは置いておくとして」
しめしめ、勝手に都合よく解釈してくれたぞ。誤魔化し下手の棒読みは、どうにかバレずに済んだようだ。
仮面の下で小さくほくそ笑みながら、続いてこれが如何なる道具かの説明に入る。
「一見ただの古びた金属球でしか無いこちらのアイテム。しかし実は便利な能力を秘めているんです」
「……それが、今この状況で役立つということですね? どういった能力を持っているのですか?」
フロージアさんを探す手掛かりが失せ、地道な捜索作業を余儀なくされようとしていた現状、それをすっ飛ばすべく制作してきたこのアイテム。
私はネルジュさんへ向けてしかと頷いてみせると、続きを口にしたのである。
「実はこのアーティファクト、特定の人物の居る方向へ向けてコロコロ転がり続けるように出来てるミタイナンデス!」
「! それはもしかして……フロージア様を捜すのに役立てられるということでしょうか?」
「はい。フロージアさんの『匂い』を覚えさせることが出来れば、可能だと思います」
「!!」
私の言葉に瞠目し、一瞬飛びつきそうになるネルジュさん。
さりとて心底疑り深いのだろう。この期に及んで眉根を寄せると、「それは、本当ですか……?」と怪訝そうに問うてくる。
それはまぁ、仕方がないだろう。だってあまりに都合のいいアイテムだもの。
何だったら、私がこの状況を見越して予め用意しておいた、自作自演だと疑われたって仕方がないのかも知れない。
っていうかまぁ、半分はそのとおりなんだけどね。この状況に合わせて今さっき作ってきたばかりなんだから。
まぁでも、彼女の思うような妙な企みなどは一切ないので、どうにかそこは信じて欲しいところである。
「なら、一度試してみせましょうか。そうですね……かくれんぼをしましょう。鬼は私がやるんで、ネルジュさんは隠れてください。見事このアイテムを使ってネルジュさんを見つけてみせますよ」
「遊んでいる場合ではないのですが……まぁ、いいでしょう。しかしズルは無しですからね?」
「む。ことゲームに関して私にフェアを説くとは、なかなか面白いことを言いますね……頼まれたって不正なんてしませんよ。その点は安心してください」
「そうですか……では、隠れますので」
「おっと、その前に!」
時間が惜しいのだろう、さっさと踵を返そうとする彼女を、慌てて引き止める私。
怪訝そうに振り返る彼女へ、私は一つお願いをした。
「そのロングコート、少々お借りできますか?」
「それは構いませんが……発信機でも仕込むのですか?」
「ほんとに疑り深いですね。そんなことしませんって。ネルジュさんの匂いを先ず覚えさせなくちゃ、この子が転がってくれないでしょう?」
「! それは、そうでしたね……」
納得したのか、素直にロングコートを脱いで私に差し出してくるネルジュさん。
しかしまた疑われてはかなわないので、私はマジシャンよろしく袖まくりまでして、努めて怪しまれる要素を排除するべく配慮しながら作業を始めた。
作業と言っても大したことはしない。先ずは金属球を、ガシャポンのカプセルよろしくパカッと二つに割る。コツはぐっと力を入れて捻るだけ。すると、無駄にかっこいいギミックがガシャガシャっと動いて真っ二つに割れるのだ。
思わずと言った具合に、ネルジュさんも他の皆も「おお」と感嘆を漏らす。仕込んだ甲斐があった。
割れた球の片側は、ぶっちゃけ無駄に凝ったギミックを担った飾り蓋のようなもの。本命はもう片方だ。
青の光を薄く漏らす球の断面。それをそっと、ネルジュさんの差し出してくれているロングコートへと近づける。
すると青の光が徐に点滅を始める。スタンバイが済んだ合図だ。
「これでよし。匂いを覚えたようなので、もう着てもらって大丈夫ですよ」
匂いと言いつつ、覚えさせたのはネルジュさんの魔力の残滓。これを覚えさせることにより、追跡の準備が整うのである。
そうしたなら半分になった球を元の形に戻す。ガシャガシャと、また無駄ギミックがSFチックな挙動を見せれば、あっという間に古ぼけた金属球の姿に戻った。
すると、早速私の手の中で動き始める金属球。
それをネルジュさんへ向けて差し出してみせる。
「ほら、分かりますか? ネルジュさんの匂いに反応して、貴女へ向かって動いてます」
「!! なんと……わかりました。ではその効果の程、確かめさせていただきます。目を閉じて六〇秒ほど数えてください」
「了解です」
というわけで、かくれんぼ開始。
からの、あれよあれよと終了である。
金属球は的確に彼女の居る方角へ向けて転がろうとするので、ともすれば取り落しそうになってしまう。まぁ落としたところで壊れるようなものでもないのだけれどね。
念の入ったことに、随分と離れた場所に身を潜めていた彼女を、あっさりと見つけてしまった私。
流石にこれには降参を示したネルジュさんへ、私は満足して金属球を差し出す。
「さぁ、これを使ってフロージアさんを捜しましょう」
ようやっと一縷の望みが差した気分だったのだろう。彼女は何時になく素直に金属球を受け取るのだった。
★
金属球を駆使しての捜索に切り変えて、一時間あまり。
私たちは早くも、フロージアさんを攫った奴らの潜伏場所と思しき、一軒の屋敷前にやってきていた。
時刻は午前一一時前。曇天も相まってか、屋敷の様子はなんだか異様な不気味さを放って見えた。
貴族の屋敷なのだろうけれど、今は使われていないようだ。庭は荒れ放題で、屋敷の壁にも蔦が這っているような有様だ。廃墟一歩手前とでも評するべき、ボロい邸宅である。
私たちは現在、屋敷の敷地を遠目から観察し、様子を窺っているところだ。
物陰に身を潜めコソッと調査を行うだなんて、なんだか探偵や警察みたいでワクワクする。
なお、この場所は貴族街の一角にあり、周囲を見れば他にも豪奢な邸宅がちらほら立ち並んでいる。
まぁイクシス邸に比べれば何てことはないけどね。私も目が肥えてしまったものだ……いや、単に基準が狂ってるだけか。
何にせよ、所謂閑静な住宅地というやつで。その静けさがくだんの建物を一層不気味に見せている。
路地の出口からこそっと観察を続けている私たちなれど、はっきり言って埒が明かない。
怪しい人物の出入りも見えないし、ネルジュさんなんて案の定「本当にここなんですか……?」と訝しんでいる有様だ。
が、現状ここがハズレであるという証拠もない。
それ故、何にせよ私たちには何かアクションを起こす必要があった。
「それで、どうする? 先ずはうちの斥候役であるオルカを先行させてみるか?」
クラウがネルジュさんに問う。すると逡巡した彼女は、静かに考えを述べた。
「……いいえ、此処から先は我々だけで対処します。既に部下にもこの場所については知らせてありますし、これ以上貴女方の協力を当てにするわけには行きません」
そう言って金属球を私に返すネルジュさん。
珍しくオルカの表情が些か険しくなる。が、それを横目に彼女は宣った。
「協力には感謝します。が、そのアーティファクト含めて全てがフェイクであるという可能性は未だ残っています。事はフロージア様の安否に関わる大事。気分を害すようなことを言い、申し訳なくは思いますが、ここまでの協力が偽りではないというのであればどうか、ここでお引取り下さい。貴女方にも警戒を割いていては、救出作戦にも支障が生じかねませんから」
メタメタに警戒してる! ここに至ってもまだ、そんなに私たちのことを警戒するのかこの人!
まぁ、言ってることは一応分かるし、確かに万が一私たちがフロージアさんを攫った人たちと通じていた場合、ネルジュさん含めてその部下も一網打尽だものね。リスクは決して無視できるものじゃない。
実際部下の人と思しき気配が、ずっと遠巻きに私たちをつけて来てるし。ガチで私たちのこと信用してないんだな……ちょっと悲しい。
それでもこの場所まで金属球の示した通りやって来たのは、他に手掛かりもなかったため、ダメ元ってことか。正に藁にも縋るってやつだろう。
さて。言い分は確かに理解できるんだけど、オルカがメチャクチャ不服そうにしている。
何せネルジュさんは、グロムとやらに昨日負けたばかりだもの。戦闘になればフロージアさんの救出が無事に済むか怪しいところだ。
まぁその点は、今もコミコトがバッチリガードに付いてるから、心配には及ばないのだけれど。だとしても、ネルジュさんの采配は気に入らない様子である。
敵の戦力がグロムって人だけとは限らないわけだし、荒事になればフロージアさんが巻き込まれる可能性もある。
私たちのことが信用ならないっていうのは、ある意味仕方がないことなのかも知れないけれど、しかしフロージアさんがあれほど親しみを見せたオルカを疑った挙げ句私たちを戦力から外すっていう選択をしたのは、彼女の強すぎる警戒心故だろう。
それが果たして、どう転ぶのか。正直あまり良い予感はしない。
とは言え、ここでごねても警戒されるだけである。
私がクラウへアイコンタクトを送れば、彼女は小さなため息とともに頷きを返し。
「已むを得ないな。ここはネルジュ殿らに任せて引き上げるとしよう」
そう言って踵を返すのだった。オルカを含めた他のメンバーも、渋い表情でそれに従う。
『……これだから、他の人とはやりにくい』
と、念話でぼやくオルカ。思わず皆が苦笑を返す。ネルジュさんには既に背を向けているため、気づかれようもない。
『しかしどうします? 恐らくですが放っておいたら彼女たち……死にますよ?』
『……だろうな。マップは屋敷の中に結構な人の反応を捉えているしな。全員が戦闘員とも限らないが、恐らくグロム以外にも実力者は居るだろう』
ソフィアさんの物騒な予想を、クラウがそのように肯定した。私にも異論はない。
『なら、こっそりお手伝いしますか? 要は力を見せなければ良いんですし!』
『そうだねぇ……』
ココロちゃんの言に、私は一つ逡巡し。
『鏡花水月って名前を出している以上、貴族の人がその気になって調べようとしたら、私たちの冒険者としての情報くらい簡単に出てくるよね。特にソフィアさんとかクラウ、ココロちゃんなんかは有名だもの』
『まぁ、それはそうでしょうね』
述べた考えに、ソフィアさんが肯定をくれる。
それを受け、私は一つ作戦を提案したのである。
『なら、変装するっきゃ無いね!』
そう。私たちはこれより、鏡花水月であって鏡花水月でない、『多分あの人たちだけど断定はできない謎の集団』として、コソッと介入をかますのだ。
公爵家に恩を売るでもなく、逆に変な恨みを買うでもない。兎にも角にもフロージアさんを無事に救出するためだけに現場を荒らす、イレギュラーを演じるのである。
あとになって追及を受けようと、言い逃れが出来るよう正体を隠し。既に出回っている『冒険者PT鏡花水月』の情報に逸脱しない程度の働きを行う。
題して『好き勝手しておいて知らんぷり作戦』である。
皆からも反論異論の類は出ず、代わりに悪巧みでもしているようなニヤリとした笑みが返ってきた。
そうと決まれば早速準備である。足早に一旦現場を離れた私たちは、一応監視のために付けられたと思しきネルジュさんの部下をそそくさと撒き。
物陰に身を潜め、早速皆で雑な変装を始めたのだった。




