第四三七話 追跡
ネルジュさんの協力要請を受け、攫われたフロージアさんの捜索を行うことになった私たち。
当然ネルジュさんの他にも、この街の衛兵さんらが既に街中を駆けずり回っているらしく、人海戦術で捜索は為されている最中であるとのこと。
それはまぁ、公爵家のご令嬢が攫われたとあれば大事件だもの。当然そのくらいの騒ぎにはなるだろう。
しかし今のところその成果は芳しく無く。
フロージアさんの護衛を行っているコミコト目線では、未だ誰が助けに来ただとか、周囲が騒がしくなっただなんて異変は感じられなかった。
手早く朝食を済ませた私たちは、時間が惜しいネルジュさんに急かされ、共に宿を出る。
先ず向かうのは、昨晩フロージアさんが攫われた現場である。
そこではネルジュさんが襲撃者と一戦交え、そして敗北したそうだが。
果たして手掛かりの一つでも残っているだろうか?
ネルジュさんに先導されながら、街中を駆け足で移動する。
なんか今更だけど、こういう事件に巻き込まれると、不意にRPGの世界にでも入り込んだような気分になる。
そもそもが如何にもよく出来たゲームのような世界だもの。視界の端にはミニマップまで表示されてるしさ……これで三人称視点だったら完璧である。
今度そんな魔道具でも作ってみようかな? 意外と汎用性のある物が出来るかも……。
そんなふうに思考を脇道に逸していると、不意にオルカから念話が飛んでくる。
『ミコト、姉さまの様子はどう?』
『ん? うーん……寝てるね』
『一晩中気を張っていたようですからね、無理もありませんよ』
『しかし寝ているのならば都合が良いな。護りやすくなるだろう』
『そうですね。いっそそのまま眠っていて頂いたほうが、怖い思いをせずに済むでしょう』
『なら魔法で眠りを深くしておく? 各種結界も展開しておけば、誰もフロージアさんに手出し出来なくなるはずだよ。そうしたら今囚われている所からの移送も妨害できそうだし』
『うん、お願い』
『あいあい』
オルカのお願いを受け、私はフロージアさんに睡眠魔法と、遮音や対物理・魔法結界を展開しておいた。必要に応じて追加も出来る。
遠隔魔法ではなく、コミコトを通しての魔法なので、微調整等もお手の物だ。
これで今のフロージアさんには、生半可な力の持ち主では近づくこともままならないだろう。
っていうか、彼女に何かしようってやつが寄ってきたなら、私が黙っちゃいないけどね。
『ところで、そういうオルカは平気? 寝てない上に分身を使い続けてたんでしょ?』
『大丈夫。分身が動いてる間に睡眠はとってあるから』
『なにそれ便利!』
『ミコトのオートプレイほどじゃない……』
『MPは大丈夫?』
『回復薬飲んだから、大分戻った』
『そっか。でも無理はしないでね』
『ミコトが居れば、私が無理をするほどのことにはならないから平気』
『うんうん。こういう時はどーんと頼ってくれ給えよ!』
なんてやり取りをしている内に、いつの間にやら現場へ到着したようで。
「ここです。昨晩フロージア様を連れ去られたのは……」
と、悲痛な面持ちでそう語るネルジュさん。
やって来たのは通りの一角であり、野次馬の姿がそれなりに見受けられた。
しかしそれより何より目を引いたのは、戦闘の痕跡である。
周囲の建物は派手に損壊しており、石畳はごっそり抉れたり砕けたり。
おまけに焼け焦げたような痕も散見でき、余程派手に暴れたのだろうことは一見しただけでよく分かった。
「ふむ、想像以上に激しくやり合ったようだな」
「……一生の不覚です。私がついていながら、みすみすフロージア様を連れ去られてしまうなどと……」
「争ったのはどのような人物だったのですか?」
「顔は隠されていて見えませんでしたが、男です。恐ろしく強い……剣と爆炎を扱う戦士でした」
「それ程の使い手なら、有名なやつかも」
「その線からは探ってるんですか?」
「ええ、勿論。既に部下が情報屋を当たっているはずですが……」
と、そこへ息を切らせ駆けてくる者があった。
鎧に身を包んだ若い男性である。彼はネルジュさんへ向けて一目散に駆け寄ってくると、その目前にて止まり背筋を伸ばした。
どうやら彼女の部下の人らしい。となると、情報屋とやらを当たっていた人だろうか。
早速ネルジュさんに、ヒソヒソと取ってきた情報を伝えると、次は聞き込みを命じられたようで、踵を返し駆け足で去っていった。朝っぱらからお疲れ様である。
何かしら情報を得たらしいネルジュさんは、渋面を作り黙り込んで思案を始めた。
が、私たちの視線が自身に集まっていることに気づくと、已む無しとばかりに情報を供与してくれる。
「爆炎の男について、情報が入りました。名をグロム……通り名は『炎剣のグロム』というそうです」
「グロムか……聞いたことはないな」
「無理もありません。真っ当な人間ではないみたいですからね」
ネルジュさん曰く、そのグロムとやらは所謂『裏の世界』で名を馳せている人物だそうで。
報酬次第で何でも請け負う、傭兵まがいのことをしているらしい。
そのことから、恐らくフロージアさん誘拐を企てた何者かに雇われたのだろうことが伺い知れるわけだけれど。
しかしそれでは、肝心のフロージアさんに辿り着くための手掛かりとしては弱い。
「雇われでは、潜伏場所のヒントにもなりません……」
「地道に聞き込みで情報を集めるしかありませんかね?」
「他に、フロージアさんを連れ去った人物について何か、覚えていることって無いんですか?」
悔しげな表情のネルジュさんへ、そう問いかけたのはソフィアさんだ。
これを受け、一瞬記憶を思い起こした彼女は、少ないながらも情報を述べてくれた。
「何れも黒ずくめで、顔を帽子やフードで隠していました。人数はグロムを除いて三人。体型から、恐らく男性ばかりですね。他に仲間がいる可能性は否定できません」
「連れ去った方法は?」
「私とグロムが交戦している最中、布をかぶせて担いでいきました。あちらの路地の方です」
ネルジュさんが一本の細道を指し示してみせるも、果たしてそれがどの程度役に立つ情報とも知れない。
誘拐犯が道を真っすぐ進んだ先に身を潜めている、だなんてことがあるはずもないだろうし。
っていうかもどかしいな! 私たちはその潜伏先っていうのがはっきり分かっているんですけど!
なのにそれを教えては、『どうしてそんな事が分かる? 怪しいやつめ!』って展開になるのは免れ得ない。
もしそうならないにしても、『その優れたスキル、私たちのために役立ててください』って流れになるはず。絶対イヤです。
なので、どうにかこうにか自然な流れでネルジュさんをゴールへ導かなくちゃならないのだけれど、思ってたよりこれ難しいぞ……。
犯人グループが、そう都合よく痕跡を残しているはずもないし、手持ちの情報も少ない。
地道な捜査をしてたら、フロージアさんに辿り着くのが何時になるか分かったものじゃないし。
だからといって、私たちが不自然な動きをしたらネルジュさんに怪しまれるしなぁ。私たちのこと信用してないって、堂々と言っちゃうような人だもの。誤解されるような真似は慎まなくちゃならない。
なら、一体どうやって彼女をゴールへ誘導したら良いのか……うーん。
……あ。
私たちの能力が疑われるのがまずいって言うんなら、『私たちの能力』とは別のものを頼りにすれば良いんじゃないだろうか……?
例えば、そう。魔道具とか、アーティファクトとか。
そして、無いなら作れ、の精神である。私にはその技術が、ある。
『みんな、ちょっと思いついたんだけどさ』
早速仲間たちに念話にて相談を持ちかけると、皆は良い考えだと乗り気を示してくれた。
しかし問題が一点。
私がその便利な秘密道具を用意しようにも、それをこの場で作り始めるというわけには当然行かないわけで。
代わりにコミコトに作業させようにも、あっちはあっちで護衛の仕事がある。
なのでどうにかして怪しまれることなくこの場を離脱し、秘密道具を作成するだけの時間を確保しなくちゃならないわけだ。
さてどうしたものかと困っていると。
『それなら大丈夫。私に任せて』
と、頼もしい言葉をくれたのはオルカだった。
『何か策でもあるのか?』
クラウがそのように問えば。
『分身をミコトに化けさせる。戦闘するわけでもないし、先ず見破られることはない』
『そんなことまで出来るの?!』
『えっへん』
流石ニンジャである。これならアリバイ工作はバッチリだろう。
そんなわけで、私はネルジュさんの隙を見計らい、ワープにておもちゃ屋さんへ転移。作業部屋にて秘密道具の制作を始めるのだった。
師匠たちはぎょっとした様子だったけれど、みんなにも自身の作業があるため、お構いなくと一言言っておけば絡まれるようなこともなかった。
他方でオルカは見事に分身を変化させ、私の偽物を作り出したらしい。
念話にて、これならバレる心配はなさそうだと皆が教えてくれた。
しかし分身の維持にはMPを食うため、手早く作業を済ませて戻る必要がある。
私は急ピッチにて設計と制作を行い、ものの数分でそれを作り上げたのだった。
「あのさぁ、ミコトさぁ……」
と、私の作業机の上に自分の作業スペースを作っているモチャコが、呆れた様子でジト目を向けてくるけれど、今は構っている時間はないのだ。
「ごめんモチャコ、今ちょっと急いでるから、また夜にね」
そう謝って席を立つと、寝室へ移動。明るい時間帯はおもちゃ屋さんに人間の子供が訪れる可能性があるため、ワープも外で行うのは出来れば避けるべきだろう。
というわけで、オルカたちにタイミングを示してもらい、ネルジュさんの気が削がれている隙に寝室から転移して戻った私。
オルカの分身が消え去り、何食わぬ顔でそれと入れ替わったのである。
「く……手掛かりがありません。一体どうしたら……」
そのように一人思い悩む彼女へ向け、私はわざとらしくぽんと手を叩いてみせたのである。
「そうだ、アレが使えるかも!」
そう言って、自分のカバンからゴソゴソと取り出したるは、古びた金属球が一つ。
大きさは砲丸より一回り小さいくらいだろうか。対して重さは然程でもない。精々野球ボールくらいか。
出来たてホヤホヤの秘密道具ではあるけれど、如何にも古びて見えるよう加工して作った、偽アーティファクトである。
ぱっと見なんの変哲もない古い金属の球。
私が取り出してみせたそれを、如何にも胡乱げな表情で眺めたネルジュさん。
他方で仲間のみんなも、実はこれがどういうものかをまだ聞かされていないため、内心では彼女と同じく興味津々なれど、「あーそれね、知ってる知ってる!」という知ったかぶりをかましてくれる。
「何なんです、それは?」
当然投げ掛けられたネルジュさんからの質問に、私は嬉々として返答するのだった。




